24.ルザミ


 アリアハンから南に進み、スーの村から西にあたりそうな海域をうろついているうちに、船で進めない浅瀬があった。しゃべる馬は壺を浅瀬で使えと言っていた。使うというのは海に投げ込むことだろうか。間違っていたら困るので、とりあえず縄でつるして海に浮かべてみた。
 とたんに凄まじい轟音。魔法の玉で壁を砕いた時のような音だ。続いて滝の音に似た水音。船が揺れ、海に投げ出されそうになる。あわてて甲板の手すりにしがみついた。
 何だこれは。あの壺のせいだろうか。いそいで縄を引いて回収しようとしたが、船が揺れてうまくいかない。必死になっているうちに、目の前の海から何か大きなものが姿を現し始めた。
 こんな時に魔物か、と縄をたぐる手を止めて武器を取る。しかし出てきたのは魔物ではなかった。
(…神殿!?)
 海から現れたのは、建物だった。沈んで浅瀬になっていたのが浮かび上がってきたらしい。
(いや、違う)
 周囲を見回して気づいた。陸が浮いてきたのではない。海面が下がったのだ。周りの海はかわきのつぼを中心に、アリジゴクの巣のような形になっていた。四方八方に、ここよりも高い海面がある。こちらに向かってすさまじい勢いで海水が流れてきているが、それを壺が平然と飲み込み続けていた。
 浮かび上がってきた陸地に着岸し、船は揺れを止めたが、俺はしばらく呆然としたままだった。
 いくらでも水を飲み込む壺。海底から姿を現す神殿。まるで神話だ。俺の旅は、魔王を倒すという建前の目的はあるものの、本当は金を集めるだけの旅だ。こんな光景が目の前に現れるような旅ではないはずだった。
 水音は続いていた。かわきのつぼがどこまで水を吸い込み続けるのかはわからない。俺は急いで神殿の入り口に向かった。

 神殿の中央に安置されていた鍵を袋に入れた。きっとこれがさいごのかぎだろう。床に落ちていたちいさなメダルも拾って神殿の奥に行くと、ぼろぼろの礼服を着た白骨が俺を迎えた。どうやら亡霊らしい。
「よく来た。空気に触れるのも久方ぶりよの」
 亡霊には今までにも何度か会ってきたが、なぜかみんな気さくだ。今回の亡霊もそうらしい。死人がこの世に残るのは恨みや未練のためと思っていたが、そうでもないのかもしれない。
「さいごのかぎを取りに来たか」
 うなずくと、亡霊は声を出さずにどくろの口をパクパクさせた。笑っているらしい。
「お前は、それを使う意味をわかっておるのか? 封じられた道を行くというのは、災厄に自ら足を踏み入れることだ。ましてや、最後の名が冠されたその鍵…。お前には、その覚悟があるのか?」
 言われて少し戸惑った。死んでも生き返る人間に覚悟は必要なのだろうか。
「…まあ、それなりに」
 変な答えになったが、亡霊はそれをとがめようとはしなかった。
「そうか。では一つ伝えておこう。私はそれを語り伝えるためにもここにおらねばならんのだ」
 亡霊が少し肩をすくめたのがわかった。
「イシス砂漠の南、ネクロゴンドの山奥にギアガの大穴ありき。すべての災いは、その大穴より出づるものなり」
 砂漠の南……テドンの村の北だ。魔王の本拠地。
「この鍵を持って旅していれば、いつかはそこにも着くということですか」
「それはお前しだいだ」
 全ての災い、か。ずいぶん大げさな話になってきた。
 また海の中で眠るという亡霊に別れを告げて神殿を出た。壺は相変わらず海水を飲み込み続けている。船に乗り、壺を引き上げた。とたんに周囲からどっと海水が押し寄せる。船は大波の上をはねるように揺れ、神殿はあっというまに海に沈んだ。
 魔王討伐は、建前の旅の目的だ。だが、金集めのために進んでいるうちに、いつかは本当にそこに行き着くのかもしれない。偉大な勇者の冒険の一幕を思わせる目の前の光景に、なんだかため息が出た。
(倒せるなら、倒してもいいんだが)
 けど、倒したら金を稼げなくなるかな。深刻な問題だ。考えながらかわきのつぼに巻いた縄をほどいた。
 それにしてもこの壺、吸い込んだ水はどこに行ったのだろう。
 のぞきこんでみたが、壺の中には水滴一つついていなかった。

 鍵を取ったので、金品回収旅行を開始した。
 ルーラであちこち巡り、今まで開かなかった扉を開ける。牢屋がほとんどだからまほうのかぎの時ほどの収穫はないが、それでも袋の中身は増えた。アリアハンの牢屋を開けたり、ロマリアの地下の宝物庫に侵入したりする。ふうじんのたてというやたら強い防具があった。長いつきあいだったせいどうのたてともついに別れの時だ。
 世界を一巡りしてまたロマリアに行く。ポルトガとの関所に扉があったのを思い出したからだ。しかし中は旅の扉で、飛び込んだその先もさらに旅の扉だった。またの機会にしようとロマリアに戻り、さてアリアハンに帰るかとルーラを使おうとしたら、MPが2しかなかった。調子に載って使いすぎていたらしい。ロマリアでよかった。下手な場所だったら死亡確定だった。MPが少なかった頃はあんなに気を遣っていたのに。今だって多いわけではないのだから気をつけなければ。
 懐かしい誘いの洞窟から帰った。ここの洞窟は床に亀裂が多くて帰るのに便利だ。なんだか昔同じことを考えたような気がする。
 洞窟の入り口近くに空の箱が落ちていた。今も使っているあのふしぎなちずは、この箱に入っていたのだった。なんとなく地図を広げてみた。あの時は全て灰色の地図だった。今はもう、別の色になった面積の方がずっと多かった。感慨深い。
 アリアハンに歩いて帰り、家で寝て、さて出発と思ったら船がない。ルーラで呼び寄せ、MPが減ったのでまた寝に行く。まれに見る無駄な一日を過ごした。

 次に向かったのは、あの海賊の頭領に聞いたルザミという島だ。テドンやランシールの神殿にも行かなければならないが、その前にそっちに行くことにした……が、途中しびれくらげに遭遇し、麻痺させられて死んだ。死んだのは久しぶりだ。持ち金が186ゴールドになった。
 そういえば、しびれくらげに麻痺させられたのは初めてではない。以前にも一度あったが、あの時はルディがいて、急いで船を動かして逃げてくれた。戦闘要員でない者に戦闘中働かせるとは何事かと後で怒っていた気がする。勝手な言い草だった…と考え、はっとして道具袋を見た。あの1ゴールドはまだそこにあった。

 またルザミに向かい、今度はあっさりと到着した。島民が自ら「忘れられた島」と言うだけあって、人はいるのにやけにひっそりとしている。こんなところで民家をあさったりするのは気がひける、と思ったが、そもそもあまり民家にあさるものがなく、外の方が多かった。墓やあやしげな地割れに物が落ちているのを拾った。気がとがめなくていい。
 海賊の頭領が言っていた予言者に会った。
「わしは予言者。そなたがここに来るのをずっと待っておった」
「…俺を?」
「うむ、そなたをだ。勇者よ」
 老人は満足そうに俺を見て、厳かに言った。
「魔王の城はネクロゴンドの山奥。やがてそなたは火山の火口にガイアのつるぎを投げ入れ……自らの道を開くであろう」
 またネクロゴンドだ。しかも予言されてしまった。
 いつのまにか、魔王の城へも近づいているのだろうか。欲しくもないさとりのしょを手に入れた時のことをなぜか思い出した。

 島を見て回る。店らしい建物があったが、カウンターはあるのにその後ろに何も物がない。店だったら俺には縁がないが、これは果たして店だろうかと考えていたら、奥から男が現れた。
「いらっしゃいませ」
 どうやら店だったらしい。早く切り上げて立ち去ろうと思っていると、男は言った。
「おや…。旅の方ですか。ここは道具屋ですが、売り物が何もありません」
 売り切れたというより仕入れをしていないという雰囲気だった。道具屋は無表情で続けた。
「せっかく来ていただいたのに、すみませんね。そうだ……私が昔聞いた噂をお売りしましょう」
「え、いや、別に」
「ガイアのつるぎは、サイモンという男が持っていたそうです」
 止める間もなく道具屋は言い、俺は当惑した。
「…売るって言われても……俺、金ないんだ」
「…………」
 道具屋はしばらく妙な顔をしてから、力なく笑った。
「今のでお代をいただけたら、いい商売ですな。いりませんよ」
 どうやら冗談だったらしい。だが、売買に関する冗談は俺には通じない。金のことではいつでも真顔だ。
「予言者が喜んでいるのが、ここから見えました。あなた、勇者でしょう? 私も少しはお役に立ちたいと思ったわけです…」
 道具屋はそう言って少し目を細めた。
「…ああ、あなたは買い物ができない方ですか」
「あ…うん」
「最近は商売から遠ざかっていたので気づきませんでした。失礼なことを言いましたな。そんなつもりはなかったんですが」
 商人とは思えないような口調で、ぼそぼそと言う。それでも、ひっそりとしたこの島では、その声は妙にはっきりと聞こえた。

 ちいさなメダルを手に入れたので、アリアハンの井戸の中に下りた。
「よし! これでセンドは30枚メダルを集めたので、ほうびにちからのゆびわを与えよう!」
 メダルおじさんは機嫌よく褒美の品をくれた。
「お前はたくさん集めてくるのう! 感心な奴じゃ」
「…そうですか?」
 30枚という枚数は、果たして多いのだろうか。俺の持つ地図に残る灰色の部分はだいぶ少なくなった。メダルは世界中にあるというが、もうそんなに手に入れることはできないと思う。俺は部屋のすみにある本棚に目をやった。以前、あの本棚にある「褒美の品リスト」を見たことがある。一番最後に載っていたアイテムは、メダル100枚でもらえると書いてあった。
「ああ、あれは気にせんでよい。この世でメダル100枚を集めることは絶対にできん」
  本棚に向かう俺の視線に気づいたらしく、メダルおじさんは言った。
「なぜそう言い切れるんですか?」
「簡単なことじゃ。この世にメダルは100枚も存在しないからじゃよ」
 あっさり言われ、俺は少し驚いた。
「だったらなんで、リストに100枚まで載ってるんですか」
「この世ではないところまで足を伸ばせば、100枚手に入れることもできるからじゃ」
 どういう意味なのかわからない。しかしメダルおじさんは当たり前のことのような顔をしていた。
「お前は世界地図を見たことがあるだろう。お前がこれまで行ったのは、すべてその地図のどこかにある場所のはずじゃ。だが、その地図に載っていない国もある。そういう国は、お前が知らない別の地図に載っている」
 何かの比喩だろうか、と思ったが、どうも事実をそのまま言われているような気がした。
「メダルを100枚集めることができるのは、違う世界地図をまたいで旅をする者だけだ。そのようにできておるんじゃよ」
 初めてここに来た時に言われたことをふと思い出した。
『この場所はこの世と重なってはいるが、少しばかりずれてもいる』
 かわきのつぼが生んだあの光景には驚いたが、本当に驚くべきは、旅の初めから知っているこの場所の方なのかもしれない。
 ちからのゆびわはすぐに換金した。


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センド : 勇者
レベル : 25
E やいばのブーメラン/はがねのつるぎ
E かわのこしまき
E ふうじんのたて
E オルテガのかぶと
E ほしふるうでわ

財産 : 939 G
返済 : 96000 G
借金 : 904000 G