25.地球のへそ
テドンの村には、さいごのかぎを手に入れたらすぐに行こうと思っていたのだが、なぜか後回しになっていた。ルーラでポルトガに飛び、船を出す。前に行った時もそうだったが、ポルトガから行くとちょうど夜に着くので都合がいい。日が沈んでないと用が果たせない。
「ようこそ、テドンの村へ」
「旅の方ですか? どうぞごゆっくり」
相変わらず、村の人々は笑顔で歓迎してくれた。しかし俺が以前にも訪れているということには、誰も気づいていないようだった。
(そんなにしょっちゅう客が来てるとも思えないのにな)
少し妙に思いながらも牢屋へと向かう。途中、壁に大きな穴の開いた家があった。家の中の床は、毒の沼地に侵食されている。以前訪ねた時、ランシールに行けと教えてくれた老人の住む家だ。家の中を伺うと、老人は変わらずそこにいた。俺に気づいて壁の穴ごしに話しかけてきた。
「ご不審でもおありかな、旅のお方」
あの時にも同じことを言われた。老人も俺のことを覚えていないらしい。
(…ああ、そうか)
ようやく気づいた。この村の人々は、俺が以前訪れたことを知らないのだ。
動いて、話してはいても、この村の人々はもう生きてはいない。この村の時間は、滅びた時に止まってしまったのだろう。日が昇れば、ここは廃墟になる。日が沈むたびに蘇っても、それは前の晩の続きではない。滅びる前のこの村が戻っているだけだ。
「いいえ。別に、何も」
「ふむ、そうかね」
俺の答えに老人は、なんだか寂しそうに笑った。
「おお、やっと来てくださいましたね。さあ、このオーブをお受け取り下さい」
鍵で牢の扉を開けると、場所にそぐわない丁寧な態度で囚人に出迎えられた。レッドオーブと同じ形の緑色の石が、目の前に差し出される。
「世界にちらばるオーブを集めて、はるか南レイアムランドの祭壇に捧げるのです。あなたになら、きっと新たなる道が開かれるでしょう」
レイアムランド。地図ではここから南にもまだ陸がある。そこだろうか。まだ行ったことはない。「船がいらなくなる」という言葉の意味も、そこに行けばわかるのかもしれない。
囚人は嬉しそうだった。「あなたになら」と言ったが、誰が入ってきたとしても、同じように言ってオーブを渡していたのだろう。彼が背にしている壁の落書きは、夜になってもそのままだ。
『生きているうちに私が持っているオーブを誰かに渡したかったのに』
俺がそれを見ていると、囚人が俺の視線を追って振り向いた。そして初めて落書きに気づいたような顔をした。しばらくじっとそれをながめてから俺に向き直った彼の表情は、今にも泣きそうに歪んでいた。
「どうか、ご無事で」
ぽつんとそう言った。なぜか胸がつまった。
「ありがとう」
それだけ答えた。この牢に来て、初めて口にした言葉だった。
魔王に滅ぼされた村で、夜にだけ蘇る。ここはそういう場所なのだと知っていたはずなのに、俺はその意味をよくわかっていなかった。夜になれば生きているのなら昼夜が逆転しただけとも言える、という程度に考えていた。明るく笑い合う村人たちの横を通り抜けて村を出る前、入り口で一度振り返った。たいまつの灯りが、前に見た時とは違って見えた。
町の周りをうろついて朝を待った。この村の本当の姿をもう一度見ておこうと思った。
歩きながら考える。亡霊には、今までにも何人か会った。だが、同じ相手に何度も会ったことはこれまでなかった。カザーブの墓場でてつのつめの話をしてくれた武闘家も、イシス地下のほしふるうでわの番人も、さいごのかぎの神殿でいにしえを語っていた白骨も、また会う時には俺のことを忘れているのだろうか。
忘れられていたとしても何の不都合もない。第一、また会う機会があるともあまり思えない。ただ、生きている者と死んだ者の間は思っていた以上に遠いのだということを今さら知って、なぜかそれが少し悲しかっただけだ。
日が昇り、村に入った。村は魔王に滅ぼされた廃墟に戻っていた。倒れかけている建物を見ながら歩く。昨日オーブを受け取った牢にももう一度行ってみた。牢の中には、前に来た時と同じように屍が横たわっていた。目を上げて壁を見た。
「…あ」
思わず声が出た。壁の落書きの内容が変わっていた。
『生きているうちにオーブを渡せてよかった』
さいごのかぎの使いどころも残り少なくなってきた。次はランシールの神殿かな、と思ったが、イシス地下の番人のことを思い出したせいかテドンから距離的に近いせいか、さいごのかぎとは関係のない場所のことをふと思い出した。
ピラミッド。
あの番人に聞いたおうごんのつめを、俺はまだ取っていない。
(行くか)
ランシールより先におうごんのつめ探しをすることにした。あの時と違ってやいばのブーメランもある。呪文を使えない場所を探すのも苦にはならないだろう。
ピラミッドに突入し、まっすぐ進んで地下に落ちた。
前に来た時も地下に何かないか探したが、見つからなかった。その時には積もっているどくろをかき分けて探したので、今度はどくろのない場所を一歩一歩探してみた。
「…お」
怪しいふたがあり、開けると階段があらわれた。やっと見つけた。きっとこれがおうごんのつめへとつながる道だろう。通路を進む。行き止まりに立派な棺が置いてあった。開けてみると、金色に輝く武器が入っていた。腕にはめる形のもので、俺には装備できない。が、予想通り高く売れそうだ。袋に入れた時、どこからともなく恐ろしい声が響き渡った。
「おうごんのつめを奪う者にわざわいあれ!」
そして棺から煙のようなものがわきあがった。周囲の空気が変わったような気がする。嫌な予感がした。急いでここを出て、早いところ売り払おう。棺を元通り閉めて段差を下りると、ミイラおとこが出てきた。倒し、少し進むとまた魔物。倒す。また魔物。倒しても倒してもわいてきて、なかなか進めない。
わざわいの意味が分かった。そういうことか。ピラミッドの魔物には苦戦しなくなっていたが、これはいくらなんでも相手が多すぎる。少しずつHPが削られていく。しかもあやしいかげが毒の息を吐き、こんな時に毒におかされた。諦めず進んだが死んだ。
「おおセンドよ、死んでしまうとはふがいない」
袋の中の金は、半分になっているはずなのに1540ゴールドあった。あれだけ戦えば当然かもしれないが、死んだ後にこんなに持っているとなんだか不気味だ。道具袋の方を見てみたら、おうごんのつめは入っていなかった。あの棺に戻されたらしい。しょうがないのかな、と思った時、なくなっているのがそれだけではないことに気づいた。
(…やられた)
道具袋の方に入れたはずの、例の1ゴールドがない。
これはおうごんのつめがなくなったのとは無関係だろう。いつもの、死んだ時に持ち金が半分になる現象に巻き込まれたのだ。やはり、道具袋に入れていても見逃してはくれないらしい。
死ぬ時の気がかりがなくなったので、爪に再挑戦しに行った。呪いはとけていて、魔物の出現率は最初の状態に戻っている。棺まであっさり到着し、開けてみるとおうごんのつめが何事もなかったかのようにそこにあった。
なんとなく腹を立てながら袋に入れてまた「わざわいあれ」と言われた時、ふと思い出した。そういえば上の方の階に、まだ取っていない宝箱があったのだった。ひとくいばこの恐怖のために素通りしてしまった。このままではそっちを取りに行くにも1歩ごとに魔物だ。あわてて爪を棺に戻そうとしたが、手から離れない。金を誰かに渡そうとした時と同じだ。くそ。死んだら勝手になくなっていたくせに。それも金と同じだ。
棺の周りをうろついて色々試してみたがどうにもならない。その間にも魔物が現れ続け、HPは削られていく。諦めて戻ることにしたがやはり途中で力つきて死んだ。手持ちの金は1572ゴールドになっていた。
何はともあれ爪は棺に戻ったらしいので、またピラミッドに行って今度は上の階にのぼった。宝箱を開けたがひとくいばことからっぽの箱しかなかった。ひとくいばこに全く苦戦しなくなっていたことが慰めだ。
また地下に行くかとも思ったが、やはりレベルが足りないような気がした。おうごんのつめはまた今度にしよう。
ピラミッドをひとまずあきらめ、ランシールの神殿に行った。さいごのかぎで開けた扉の奥で、神官らしい男が出迎えてくれた。
「よく来た。ここは勇気を試す神殿じゃ。たとえ一人でも戦う勇気がお前にはあるか?」
「……?」
どういう意味なのかわからず、俺は首をひねった。神官は改めて俺を見て、それから俺が入ってきた扉を見た。
「1人で来たのか、お前は」
「はい」
「そうか。意味のないことを聞いてしまったようじゃな。この神殿の奥には『地球のへそ』と呼ばれる洞窟があるが、勇気を試す試練の洞窟ゆえ、仲間とともに入ることは禁じられているのじゃ」
なるほど。しかしそれでは俺の場合、普段通りの洞窟探索になってしまうのだが。
「行くか?」
「はい」
どうやらそれでいいらしい。勇気も何も試せない気がするが、1人で来た者にだけ試練の内容を変える、というわけにもいかないのだろう。
洞窟に入る。試練と言われたから苦戦を覚悟していたのだが、出てくる魔物は弱かった。宝箱がミミックだった時に驚いただけで、後は町の中を歩くのと大差ない。普段仲間と同行していれば、これで苦戦する程度の強さでも冒険に支障はないというということだろうか。うらやましいような、そんなことでいいのかと言いたいような。
(そういう奴らは、どんな冒険をしているんだろう)
同じくらいの強さの、それぞれ得意分野が違う仲間と、力を合わせて戦ったりするのだろうか。この神殿に来て、洞窟に誰が入るかでもめたりするのかもしれない。仲間と協力して戦うのに慣れているから、1人だとこんな魔物にも苦戦して、外で待っている仲間のことを思うのだろう。仲間は仲間で、外で待ちながら遅い遅いと心配して…
(馬鹿馬鹿しい)
うろつき、宝箱をあさりながらため息をついた。くだらないことを考えている。
宝箱の中に鎧が入っていた。だいちのよろい。大幅に守備力が上がった。長い間世話になったかわのこしまきともついにお別れだ。おうごんのつめに挑戦するよりこっちを先にした方がよかったようだ。
さらに奥に進む。壁に埋め込まれている石の顔に「引き返せ」と言われながら進んだ先に、ブルーオーブがあった。6つのオーブのうち、早くも半分を手に入れてしまった。
「よくぞ無事で戻った!」
地上の神殿に戻ると、神官に出迎えられた。もしも仲間と来ていたら、仲間もここで迎えてくれるのだろうかとふと思った。
ずっと昔、ルイーダの酒場で会った冒険者のパーティーを思い出した。仲は良さそうだったが、今思えば彼らも、それほど強くはなかったと思う。彼らがここに来たら、そんなこともあっただろうか。
「どうじゃ。1人で寂しくはなかったか?」
いまさら何を、と思ったが、言われてみれば寂しかったような気もする。仲間とともにここに来る冒険者と自分を、つい比べてしまったからかもしれない。
だいちのよろいの守備力に気をよくして、またピラミッドに出かけた。わざわいを受ける。戦う。またあやしいかげに毒をくらってしまった。しかし今回は守備力が上がっているせいかダメージも減っているし、いけるかもしれない。と思ったらマミーに痛恨の一撃を食らって死んだ。手持ち金、1593ゴールド。
また連続死亡だが、以前のような心の疲れはあまりない。あれだけ戦った上、死ぬことでその労力を無駄にしているのに、王の間に戻った時には「やれやれ」程度の苦笑気分で済んでいる。テドンの村で、死んでも生き返ることのできるありがたさを知ったせいかもしれない。
今回死んだのは毒のせいだと思う。というわけでもう一回行ってみることにした。次も駄目だったら後回しにしよう。行こうと思えばいつでも行ける。
今回は毒も痛恨の一撃もなかったが、やはり間に合わず死んだ。まだレベルが足りないらしい。
手元には2523ゴールド残っていた。同じ場所に行っているのに、死んだ時に手元にある金がだんだん増えてくるのはどうも妙な気分だ。成長している、ということなのだろうか。当然だが毎回返済している。返済額はいつのまにか、10万ゴールドを超えていた。
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センド : 勇者
レベル : 28
E やいばのブーメラン/はがねのつるぎ
E だいちのよろい
E ふうじんのたて
E オルテガのかぶと
E ほしふるうでわ
財産 : 523 G
返済 : 107000 G
借金 : 893000 G