26.サマンオサ
さいごのかぎで開けられる扉は数多いが、開けたら部屋の中に旅の扉だけ、ということも多い。それはそれでいいのだが、そういう部屋はいつも当たり前のように空っぽで、壺もタンスもないのは嘆かわしい限りだ。旅の扉のある部屋にはアイテムを置いてはいけないというルールでもあるのだろうか。
かつてアリアハンから出る時に初めて出会った旅の扉は、知らない場所へと一瞬で運んでくれる奇蹟の存在だった。今もそれは同じはずだが、最近は旅の扉で運ばれた先が知っている場所だったり、旅の扉から別の旅の扉へと飛んでいるうちに元の場所に戻ったりすることも多く、すっかりありがたみも失せている。どんな奇蹟体験も慣れればこんなものだ。
とはいえ、かたっぱしから旅の扉に入っていれば知らない場所に行き着くこともある。
(…お。ここは…?)
地図を見ると海賊の家と同じ大陸のようだ。祠の神父さんがサマンオサの王の話をしていた。つまりここから歩けばサマンオサの城下に着くということだろう。
とりあえず歩き出したらグリズリー2匹とガメゴンに襲われた。グリズリーの一撃はダメージ50を越える。まあなんとかなるかと思っていたら痛恨の一撃で死んだ。手持ちが284ゴールドに減った。ここはまた今度にしよう。
旅の扉での新天地探しを中断し、今度は船を進めて地図に色をつけることにした。ランシールの南西の陸地。多分テドンで聞いたレイアムランドとはここだろう。向かう途中でようやくベホイミを覚えた。これでまた少し強気になれる。ヘルコンドルがすごろくけんを持っていた。そろそろ新しいすごろくもしたいところだ。
「わたしたちは」
「わたしたちは」
「卵を守っています」
「卵を守っています」
たどり着いたのは氷で閉ざされた大地と、その中にぽつんと立っている神殿だった。やはりここがオーブを捧げる場所、レイアムランドだった。神殿の中央に巨大な卵があり、それを守っているという巫女が二人。
「6つのオーブを金の台座に捧げた時…」
「伝説の不死鳥ラーミアはよみがえりましょう」
ようやく、「オーブを集めると船がいらなくなる」の意味がわかりかけてきた。異常な大きさの卵。伝説の不死鳥。陸を歩き、海を行き、次は空ということか。自分が進む先にある絵面を考え、鼻白むような妙な気分になる。不死鳥の背中に乗って魔王の城に挑む勇者……ラーミア以上にそっちが伝説になりそうだ。けど、そんなのはどう考えたって俺の役じゃない。
そっちは別の誰かがやってくれないだろうか。俺はそいつのためにオーブを集めてやってもいい。そしてこのばかでかい卵から出てくる鳥の背中の片隅にでも乗せてもらって、きちんと勇者を全うできる誰かの後ろをついて歩き、金や物を拾っていたい。
俺みたいな金目当てのまがい物じゃない、本物の勇者はどこにいるのだろう。それとも、どこにもいないのだろうか。6つのオーブのうち半分を俺が手に入れてしまったのは、本物の勇者がどこにもいないからなのだろうか。
持っていたオーブを3つとも捧げた。袋が軽くなってありがたい。
灰色の陸地はまだ広い。レイアムランドの南、地図で言うとずっと北に、ほとんど灰色の大陸がある。とりあえずそこに向かった。船旅は楽だが陸上にはどんな魔物がいるか分からないので、なるべく船を下りず、細い海峡を通りながら少しずつ地図に色を付けていった。
(…何だ、あれ)
海岸のすぐそばに、石造りの小さな城がぽつんと建っていた。上陸は気が進まなかったが、建物と見れば上がらないわけにもいかない。
小さな城の中はがらんとしていて、玉座のようなものに座っている男がいるだけだった。その男が俺を見てぎょっとしたように腰を浮かせ、それから座り直してぼそりとつぶやいた。
「旅の者か」
変な反応だと思った。そんなに驚かなくてもいいだろう。こんな場所では誰かが訪れることも珍しいのだろうか。男は俺から目をそらし、ぼそぼそした口調で続けた。
「わしも昔は、オルテガという勇者様のおともをして冒険したものじゃ」
思わぬところで名前を聞き、喉から変な音が出た。そして、俺を見た瞬間の男の驚きの理由もわかったような気がした。ムオルの人々と同様、俺をオルテガだと思ったのだろう。俺はあの兜を、相変わらず身につけている。
だが玉座の男は、身内の者かとは聞かなかった。俺から目をそらしたまま、オルテガとの冒険の断片をぽつぽつと語った。海での魔物との死闘。どこかの国の防衛戦。今いるこの城はかつて魔物の砦だったこと。大げさな語り口調ではない分せまってくるものがあり、俺は相づちも打たず、息を潜めて聞いていた。
ふと、男が話を切り、俺を見て少し目を細めた。
「オルテガ様は、火山の火口に落ちて亡くなったそうじゃが、わしにはまだ信じられぬ」
その言葉に対して、俺は何も言えなかった。
俺はオルテガの死を疑ったことがない。遺体を見たわけでもないのに、生きているかもしれないと思ったことは一度もなかった。俺に課せられた例のものが、何よりの死の証拠のような気がしていたのだ。死を疑ったこともないが、悲しむ暇もあまりなかったと思う。俺の父親で、莫大な借金を残していった、偉大な勇者。
(勇者、か)
レイアムランドで考えたことがまた頭をよぎった。勇者オルテガなら、不死鳥の背中に乗って魔王に挑んでも、ちっともおかしくなんかないのだろう。
小さな城を出て、さらに海峡を進んだ。しかし突然海が荒れ、進めなくなった。妙な歌声が空から響く。少し戻ったら海は嘘のように凪いでいた。
すぐそばの海岸に小さな宿屋があったので、この現象について分からないかと入ってみた。
「嵐で死んだ恋人を思い、オリビアは身を投げました。しかし死にきれぬのか、通りゆく船を呼びもどすそうです」
また恋人が死んだ話だ。恋人同士というのは迷惑な死に方をするものなのだろうか。オリビアの恋人エリックの乗った船も、幽霊船になっているという。船があるならそいつで海を渡ってこっちに来ればいいじゃないかと思った。銀のロザリオを装備していた時と違って、今の俺はロマンチストではない。
オリビアの岬を通ろうとした時に変な建物が見えたのを思い出し、上陸してそこに向かった。もしやという気はしていたが、やはりそうだった。久々のすごろく場だ。今回は券を7枚も持っている。
1回目。25ゴールドと千ゴールドとはでなふくを拾い、体力が2上がった。サイコロ切れて終了。
2回目。ちからのたねとターバンを拾った。落とし穴。
3回目。しばらく進んだが何もなく落とし穴。
4回目。スタート直後落とし穴。
5回目。500ゴールド落としたがパワーベルトを拾った。キメラの痛恨の一撃で死亡。
6回目。26ゴールドと500ゴールドとすごろくけんを拾った。落とし穴。
7回目。41ゴールドを拾った。落とし穴。
8回目。何もなく落とし穴。
いつものことだといえばそうだが、本当によく落ちていると自分でも感心する。7回やってもゴールにかすりもしない。レベルが上がれば運の良さも上がっているはずだが、あまり関係ないらしい。とはいえ今回も金品をたくさん手に入れることができた。すごろく場には本当に感謝している。
次に向かったのはスー大陸だ。西側には色が付いているが東側に灰色地帯が多い。西側の海岸線に沿って船を走らせていたら、ぽつんと塔が建っていた。あたりには町もないので何の塔なのかはよく分からない。とりあえず入ってみた。
少し歩いたらどくどくゾンビに遭遇し、毒の息をしっかりくらった。どんなにレベルを上げても、毒と死がイコールなのは変わらない。ちょうど手持ち金もきりがよかったのでリレミト、アリアハンに飛んで借金を返済し、町を出て自分で自分に攻撃して死んだ。手持ちが14ゴールドになった。
いくら死に対して割り切っても、自分で自分に攻撃して死ぬのは正直抵抗がある。今回が初めてだ。しかし今の俺を倒すのは、アリアハンの魔物では荷が重いだろう。この状況では自殺もやむを得ない。
次に向かうのはサマンオサか、塔か。あまり迷うことなくサマンオサへ向かった。グリズリーは痛恨の一撃さえ出してこなければ大丈夫だがゾンビは素であれだ。
緊張しながら進んだが、今度はあっさり着いてしまった。拍子抜けしながら町に入ったら、なにやら人通りが少ない。道具屋のカウンターすら誰もいない。妙な町だが、好都合でもある。民家に入り、いただけるものをいただいた。
墓場に人だかりがあった。泣き声が聞こえる。葬式の最中らしい。どうやら人が少なかったのは、近隣住人がそろってこれに参列しているためだったようだ。参列者の後ろを横切って墓場に入り、墓標の前を1つ1つ調べる。墓標の前は金品回収に欠かせないポイントだ。案の定色々落ちていた。
葬式の参列者から泣き声に混じって憤りの声が上がった。一瞬墓場荒らしをとがめられたのかと焦ったが、どうやら違うらしい。故人の死に方への怒りの声のようだった。昔は優しかった王様が、今は些細なことで人を死刑にする、などと穏やかではない話が聞こえてくる。気にはなったが、今はそれより回収が先だ。
いつものように城に向かう。が、入れてくれなかった。裏口からこっそり入り、台所から王様の寝室まで一通りのものを集めた。その後でいつものごとく王様にお目通りを願ったのだが、
「どこから入ってきたのだ!? あやしいやつめ! 牢にぶち込んでおけい」
王様の前で片膝をつく暇もなく怒鳴られた。驚いている間にとらえられ、牢に入れられてしまった。なぜ、と考え、人の物を取っていくことをすでに当たり前のように考えていた自分に思い当たる。ここの国では許されないことだったらしい。
牢の中で反省した。せめて王様に会い、空気を読んでからにすべきだった。最後の鍵を持っているから脱獄はたやすいが、もうこの国では堂々と出歩くことはできないだろう。ため息をつきながらとりあえず独房から出る。牢の中の物くらいはいいだろうと他の独房のつぼをあさった。見張りがいるのとは逆方向に行くと、ずっと奥にも捕らえられている人がいた。
「誰かそこにおるのか? わしはこの国の王じゃ。何者かがわしからへんげのつえを奪い、わしに化けおった。おお、くちおしや…」
狂った老人のたわごと、とは思えなかった。暗い灯りの下で見えるその顔は、さっき見た王の顔にそっくりだった。そして国王の豹変の噂。牢の粗末なベッドに横になっているこの老人は、この国の本物の王に違いない。
驚くと同時に安心した。どうやら本物の王様が玉座に戻れば、この国でもいつも通りの行動をしてよさそうな気配だ。
「ご安心を、陛下。偽者は俺が倒します」
また安請け合いしてしまったが、その言葉にも自然に力が入る。この国の未来だけではない。俺が返済できる金額も、それに左右されるのだ。
王様は何も言わなかった。その代わり、ため息が一つ聞こえた。暗くて表情は分からないが、俺に期待しているという反応ではなかった。
「…そなたは、何者じゃ?」
「アリアハンの勇者、センドと申します」
この肩書きがどの程度の力を持つのか、実際のところはよくわからない。海賊の首領に有名だと言われたことを思いだした。もっとも、どれだけ有名になっていても、牢にいた人には聞こえてはいないだろうが。
王の視線がこちらに向いたのがわかった。
「アリアハンの勇者? アリアハンには、オルテガ以外にも勇者がおるのか…?」
また、その名前を聞いた。本当に有名なんだな、と思う。
「オルテガは、俺の父です」
「な、なんと。それはまことか。オルテガの…。そうか、よく似ている…」
そう言って、王様は長く息を吐いた。 会ったこともあるようだ。
「もっと明るいところで見たいものじゃな、そなたの顔を」
「では、なんとかここを出なければ」
独房には、不自然なすきま風が吹き込んできていた。地下牢の奥にしては妙だ。もしかしたら抜け出すこともできるかもしれない。向かいの独房の鍵を開け、ゆるんでいる壁の石を見つけた。外してみると、誰かが掘ったらしい穴が現れた。ずっと先まで続いている。
「陛下、出られるかもしれません。外に通じているかどうか確かめてきます」
「うむ…。しかし今はそなた1人で出るがよい。わしはここにおる。わしがいなくなったとなれば、あの偽者がわしを探して、皆にどんな無茶をするかわからぬ」
「しかし」
偽の王にとって本物の王は邪魔な存在に違いない。いつ消されるかわからない。むしろ今生かされているのが不思議なくらいだ。
「まあ、殺されはせんだろう」
国王は苦く笑った。
「へんげのつえの効果は永遠に続くわけではない。効果が切れる日が来たら化け直さねばならぬ。その日のために、本物のわしもまだ必要らしい」
「…なるほど」
「もっとも、ここに入れられてからもうだいぶたつが、今まで偽者がここに来て化け直していったことはない。そんな日がいつ来るかはわからんがな…」
その日がいつなのかわかれば、と思う。直前に無理にでも王様をここから出し、偽者の正体が現れた時に本物はここだと一騒ぎする。どんな魔物か知らないが、国中でかかればなんとかなるだろう。
だがいつになるかはわからない。王が二人という騒ぎになれば、城を掌握している偽者によって、犠牲も多く出るに違いない。考えている俺に王が言った。
「ここからずっと南に洞窟があり、ラーの鏡というものがある」
「ラーの鏡?」
「真実の姿を映し出す鏡じゃ。あれがあれば、偽者の正体を暴くこともできよう」
それが手に入ればなんとかなりそうだ。換金できるものだったら最悪だが、多分大丈夫だろう。
近いうちに必ず牢から出すと王様に約束し、俺は1人で抜け道らしき穴をくぐった。通るのがやっとの細い穴だ。かなり長い。誰だか知らないが、よく掘ったものだ。
隙間から光が漏れる石の蓋をこじ開けると地上だった。目の前に墓標がある。抜け穴は墓地につながっていた。
「ブレナンよお…いいやつだったのになあ…」
「あんたー」
聞き覚えのある泣き声がした。まだ葬式が続いているらしい。やけに長い葬式だ。墓場には建物があったが、神父さんと葬式参列者が入り口をふさいでいて入れない。何か回収できる物もあるかもしれないが、葬式が終わるまで入るのは無理そうだった。宿に泊まって翌日にならないと終わらないのかもしれない。仕方ないのでアリアハンに帰って家に泊まった。
さて、これからどうしようか。どうすればあの偽の王に近づけるのか。考えることは色々あるが、次にやることはとりあえずすごろくだな…。
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センド : 勇者
レベル : 30
E やいばのブーメラン/はがねのつるぎ
E だいちのよろい
E ふうじんのたて
E オルテガのかぶと
E ほしふるうでわ
財産 : 152 G
返済 : 121000 G
借金 : 879000 G