27.アープの塔
遠い海の道を行き、すごろく場へ向かう。今回のすごろく場はこれまでのような、町からちょっと歩いて着くような優しい場所にはない。すごろくをするための長い旅になる。手元にあるすごろくけんは2枚。これから先、1枚手に入れるたびにこんな巡礼を行うのかと思うとげんなりする。
「ようこそ旅人のすごろく場へ!」
しかし実際着いてみると、今回のすごろく場の広さには改めて感激した。ゴールするまで何度でも来ようと心に誓った。
今回の戦歴。1度目ではせいすい・ぎんのかみかざり・マジカルスカート・小さなメダル・アサシンダガーと530ゴールドを手に入れ、最大HPが4上がってすばやさが6下がった。2度目はブーメランを手に入れてかしこさが2上がった。またゴールできなかったし例によって落とし穴にも落ちたが、このすごろく場はアイテムが相当に豊富だ。2回だけでも十分満足できる成果だった。
すごろくけんもなくなった。ラーの鏡があるというサマンオサの洞窟に行こうかとも思ったが、その前にスー大陸にあるどくどくゾンビの塔に行くことにした。考えてみれば、別に毒に侵されたからといってすぐ帰る必要はないのだ。MPが切れてからでいい。どくどくゾンビがいるとはいえ、あの塔の魔物はそんなには強くなかった。毒状態で宝箱の回収をするのもたいしてつらくはないだろう。
また船旅をして塔に入る。入口付近でさっそく紫色のゾンビが吐く気満々で頬をふくらませていた。くそ。どうせ毒状態になるだろうと予想も覚悟もしていたが、そういう覚悟の必要な場所で最後まで毒に出会わず、少しは運も向いてきたのかとささやかに喜びたい気持ちもあった。そんな気持ちをずいぶん早く踏みにじってくれるものだ。ゾンビがいやな息を吐き、俺はあっさりと毒状態になった。この塔を出たらまた自殺しなければならない。
もっともこの塔の懸念は毒だけだから、こうなってしまえばもう何も考えずに金品回収に専念できる。上の階にのぼってみると、さとりのしょのあった塔と同じように、綱が張り巡らされていた。
(綱……そういえばあの塔だと……)
綱渡りをして宝箱を回収した後、塔の中心部あたりで綱から落ちてみる。
(正解)
落ちた目の前に宝箱が4つあった。全部回収。中の一つに変な笛が入っていて、宝箱の底にやまびこの笛と刻まれていた。重要アイテムの空気を漂わせている。何のためにあるのか分からない塔だが、どうもここのテーマはこの笛だったらしい。
アリアハンに帰って換金、返済。毒状態とはいえ体力的には十分余裕があったが、すぐ城外に出て手早く死んだ。嫌なことは早く済ませるべきだろう。
いよいよラーの鏡、とサマンオサに飛ぼうとした時、ジパングにも洞窟があったことを思い出した。あの地域の魔物はサマンオサよりだいぶ弱いから、行くとしたらそっちが先にした方がいいかもしれない。
どちらにしても苦戦はするだろうな、と思った時、なぜかスー大陸のあの場所を思い出した。町ができるはずの場所。総人口は2人から少しは増えているだろうか。
(行ってみるか)
急ぐ旅ではない。こうしている間にもオロチや偽の王の被害は拡大していくはずだが、俺の目的はあくまで借金返済で、その借金には利子は付かない。ゆっくりと様々な場所で返済方法を模索していくべきなのだ。ああいう場所にこそ思わぬ物があるかもしれない。
「ああ、来たの? 何か用?」
ルディは俺を見て肩をすくめ、そっけなく言った。
町になるはずのこの場所には、建物がいくつか増えていた。総人口は20倍くらいにはなっているようだ。道具屋の看板がついている建物があり、ルディはそこのカウンターに座っていた。
「いや、別に用はないけど」
言われてみると、なぜ来たのか分からなくなる。借金を返すためには色々な所に行かなければ、と思ってここを先にしたような気がするが、冷静に考えれば、つい最近まで何もなかったこの場所に金品獲得の期待ができるはずもない。ポルトガからわざわざ船を走らせてきたことが恥ずかしくなり、適当にごまかした。
「用がないと来ちゃいけないのか? たまには遊びに来いとか言ったくせに」
「べ、別にそういうわけじゃ…。お忙しい勇者様が用もなく来るなんて思わなかっただけよ」
相変わらず、妙にトゲのある言い方だ。なんだか懐かしいような気がした。
(…俺、忙しいかな?)
少なくとも暇ではない。やることはいつもある。やることがなくても借金はあるから、何かやることを探さなければならない。もっと建物が増えてめぼしい物を物色できるようになるまでは、わざわざ船で海を渡ってまでここに来る意味はないのだろう。ルーラで来れるなら手軽なのだが。
「…ここ、ルーラに登録できないのか?」
「無理無理。まだ町の名前もないもの」
「じゃあ、名前がつけば…」
「その後ダーマに新しい町として申請して、それが通ったら、かな」
どうやら当分先の話らしい。まあ、そんなもんだろう。
「…何、登録したいの?」
ルディが馬鹿にしたように言った。
「ここが大きな町になるんならな」
「なるに決まってるじゃない。あたしがいるんだから」
自信ありげに言う。その表情を見ていると、本当にそうなのかもしれないと思えた。周囲を見回すと、造りかけの建物がいくつもある。
「じゃあ、儲け話探して通いつめることにするよ」
「町にお金落としてくれる人の言葉だったら嬉しいんだけど。あんた持ってくだけじゃないの」
そう言いながらもルディは楽しそうに笑った。
道具屋を出て、できかけの町を歩いた。行き交う人の数はまだ少ないが、やはり商人らしいいでたちが多い。ルディが人脈を使って人を集めると言っていたが、それが彼らなのだろうか。
(しかし、ルディの人脈ってのは確か…)
前に聞いた。ルディの人脈というのは勇者オルテガへの債権を持っている者同士というつながりのはずだ。とすると今この町にいる商人は、みんな俺に債権を持っているのかもしれない。ひどい町だ。俺もよくうろついていられるものだと思う。別に何かされるわけではないだろうが。
「おや? あなたは…」
造りかけの建物を見上げながら大工に何か言っていた男が、俺に気がついて近づいてきた。
「センドさんではありませんか。いや、これはこれは」
大きなターバンを巻いた男だった。その顔に見覚えがある。誰だっけと一瞬思ったが、考えるまでもなかった。俺が見覚えている商人など、指で数えられるほどしかいない。
「5年ぶりになりますか? ご立派になられましたな」
父さんが死んですぐに訪問してきた、あの商人のうちの一人だった。確かあの中で一番偉そうにしていた奴だ。名前は知らない。知る必要もなさそうだし、これからも知らないままだろう。
冷たいようなぬるいような目で俺を見ている。あの時もターバンを巻いていたが、あの時よりターバンが大きくなったような気がする。あの時より金持ちになったのだろうか、などと考え、自分のその考えが馬鹿馬鹿しくて少し笑った。財産とターバンの大きさは、別に比例しないだろう。商人は俺が笑ったのを気にした様子もなく、愛想よく言った。
「ご活躍は耳にしております。返済も順調で何よりですな」
「活躍? …金貸してる相手にお世辞言う必要なんかないだろ」
「お世辞とはまた。ロマリアの国宝奪還、難攻不落のピラミッド制覇、バハラタの盗賊退治。これらの業績を活躍と呼ばずして何と呼ぶのですかな? あなたの名は、ご自分で思っている以上に高いのですよ」
そんなことを言われてもちっとも嬉しくなかった。返事をしないでいると、商人はあたりを見回してからまた俺に視線を戻した。
「やはり、お一人で旅をされているようですな」
「…当たり前だろ」
何が「やはり」だ。腹のあたりからむかむかしたものがのぼってくる。俺がした借金なら、こっちからも愛想笑いの一つもしてやってもいいが、残念ながらそうじゃない。
「大変でしょうな。お察しします。しかしそのご苦労はきっと良い形で実を結ぶことでしょう」
「あんたに何が分かるんだ」
「分かりますとも。あなたの旅の厳しさはよく知っています。あなた自身ほどには知りませんが」
分かるわけがない。何か言い返そうとした時、商人はこともなげに言葉を続けた。
「あなたに『とりたて』をかけたのは私ですからね。あの術をかけられた者がどんな思いをするか、少しは分かっているつもりです」
一瞬、息が止まった。
「…な」
「申し上げておりませんでしたかな? しかし別に驚くことはないでしょう。『とりたて』は商人の特技です。かけたのはあの中の誰かだと、思っておられなかったのですか」
思っていなかった。というより、誰かがかけたものだということをあまり意識していなかった。『とりたて』が商人の特技だということは頭ではわかっていたが、俺にこの変な荷物を背負わせた特定の誰かがいる、などと考えたことはなかった。父親があちこちで借金をしていて、『とりたて』という制度があって、なんとなく自然にそうなったような気がしていた。今考えれば、そう思おうとしていただけだったのかもしれない。
こいつが。俺に。
まじまじと見ていると、商人は目を細めて笑った。
「妙なことをお考えにならないことです。私が死んでも『とりたて』は解けませんよ」
俺はどんな顔をしていたのだろう。そういうことを考えていそうな顔だったのか。そんなつもりはなかったが、このまま話していたら本気でそういうことを考えかねないような気がした。俺は黙ったまま逃げるようにその場から離れた。商人は何も言わなかったが、背中にぬるい視線を感じた。
町を作りたいと最初に言っていたあの老人は、相変わらずみすぼらしい小屋に住んでいた。嬉しそうににこにこして俺に礼を言う。
「そうだ。お礼にいいこと教える。スーの村の井戸のまわり、調べろ」
そういう種類の言葉を聞くといつも、他のことは全て後回しになる。小屋を出てすぐルーラで飛んだ。
村の井戸のそばにはいかずちのつえが埋まっていた。売れば高そうだが、戦闘の役に立ちそうなのでそのまま持っておくことにした。
装備品は売らなくてもいいというルールを決めたのも、あのターバンの商人なのだろうか。その時ふと、そう思った。
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センド : 勇者
レベル : 31
E やいばのブーメラン/はがねのつるぎ
E だいちのよろい
E ふうじんのたて
E オルテガのかぶと
E ほしふるうでわ
財産 : 93 G
返済 : 131000 G
借金 : 869000 G