28.ジパングの洞窟


 どうも最近、先に進もうと思うとやり残したことを思い出す。無意識に進みたくないと思っているのかもしれない。
 サマンオサとジパング、どちらの洞窟に行くかの二択を再び考えようとした時、ピラミッドのおうごんのつめのことを思い出した。あれからレベルも上がったし、そろそろ行けるのではないか。ここで一度挑戦しておくことにしよう。
 いつもの穴に飛び込み、王の棺までまっすぐ進む。開くとそこでいつも通り、黄金の輝きに迎えられた。行きはこんなにあっさり着くのに、同じ距離を歩く過程でもう何度死んだのだろう。今回もさっそくつうこんのいちげきを食う。もえさかるかえんやつめたいいきを吐いてくる奴らもいた。今回は毒に侵されることはなかったが結局死んだ。
「おおセンドよ、死んでしまうとはふがいない」
(いいところまで行ったんだけどな…)
 ため息をつきながら王の間を下がり、金を数える。3724ゴールドあった。最後まで戦い抜ければ相当貯まるだろう。あのつうこんのいちげきさえなければ。今回は運が悪かったからもう一度、と思わなくもなかったが、あれだけの回数戦っていれば確率的に1回くらいつうこんのいちげきも食うだろう。やはり、実力が不足しているのだ。

 魔物のレベルを考慮して、まずはジパングの洞窟に向かうことにした。火山の麓にある洞窟で、ヤマタノオロチはこの火山のヌシらしい。
 洞窟に入ったとたん、足下と進行方向両方からの熱気に襲われた。進行方向のところどころに溶岩が光っている。帰りたくなった。そういえばここで死んだら親子ともども火山の死を迎えることになる。溶岩に落ちて死んだら生き返れない、というのが遺伝で俺にも伝わっている可能性もある。今回は命は一つという思いで臨まなければならない。
(……?)
 妙な音がした。狭いところを風が吹き抜ける時のような音だ。広い洞窟ならよくあることかもしれないが、何か違う気もした。嫌な雰囲気だ。汗をぬぐいながら、溶岩のない場所を進む。こんなところにも宝箱があった。
「…何だこれ」
 不気味な怒り顔の面だった。しかし問題はそこではない。木でできた薄い面にしか見えないが、装備すれば異常に守備力が高いことが触るだけで分かる。今身につけている鎧、盾、兜を合わせた守備力でも、この面の足下にも及ばないだろう。
 とはいえ、そんなうまい話があるわけがない。おそらく呪われているのだろう。守備力と引き替えにとんでもない見返りがあるというわけだ。
 しかし、呪われているとしても、もしかしたら大したことない内容の呪いかもしれない。金を使えないという今の状況も呪われているようなものだし、それとの兼ね合いで、実質呪われていない状態で装備できる可能性もある。
(ま、これは後だな)
 袋に面を入れ、先に進む。ゆっくり考え事ができるような暑さではない。

 洞窟に入ってからずっと聞こえている妙な音が、だんだん大きくなってきた。大きくなると風の音ではないことがわかる。あれは魔物の吠え声だ。近づいている。
 途中に祭壇があり、布の切れ端と人骨らしきものがその上に載っていた。
(オロチへの生贄だ)
 初めて村に寄った時、次の生贄はやよいさんという人だという話を聞いた。さっき村に寄った時にも同じ名前を聞いた。この骨は前の生贄だ。
 そう考えてなんとなくほっとした時、腹の底が震えるような吠え声がした。岩山の向こう側で溶岩を背にして、緑色の蛇の化け物がいくつもの頭を振り立てていた。
 巨大だった。今まで倒してきた魔物とはまったく違う。眼前に立つだけでHPが削られそうだ。こういうのを瘴気というのかもしれない。
 喉の奥が痛い。洞窟内の暑さで口の中が乾いているのに唾を飲もうとしたせいだ。さいごのかぎの神殿が海の底から現れた時や、レイアムランドで不死鳥の話を聞いた時と、同じことを考えた。これは俺の役目じゃない。あんな化け物と戦うのは、本当の勇者のやることだ。俺はただ。ただ、借金を返そうとしているだけで。
(あと、86万6千ゴールドですね)
 ふと、ゴールド銀行の受付の男の声が脳裏をよぎり、俺は急に落ち着いた。あれと戦うのが俺の役ではないとしても、あれと戦う以外にない。借金はまだまだ残っている。
(そうだ。それでも、だいぶ返したんだ)
 やいばのブーメランをはがねのつるぎに持ちかえ、進んだ。オロチはもう俺に気づいている。笑い声のような音をたてて炎を吐いてきた。かいくぐって首に剣を突き立てる。八つの頭から一斉に吠え声があがった。
(うるさいな)
 そう思う余裕があった。オロチは強い。しかしまったく歯が立たないわけではなかった。そして俺にはベホイミがある。こうなれば削り合いだ。オロチが倒れるのが先か、俺のMPが尽きるのが先か。

 どうやら無理かな、と死を覚悟した時、今までより苦しげな、甲高い吠え声をあげ、オロチの体が崩れた。とどめを刺そうと頭の一つを攻撃したが、別の頭に炎を吐かれた。俺が体勢を崩したすきにオロチは後ろに下がり、突然その姿が消えた。
「!?」
 何が起こったのかと身構えたが、よく見たら後ろに旅の扉があった。溶岩の色が映って赤く見える。追いかけて飛び込もうとしたが、さっきオロチが倒れこんだ場所に一振りの剣が落ちているのに気づいた。くさなぎのけん。今のはがねのつるぎよりずっと強そうだ。装備して旅の扉に飛び込む。残りHPは37、残りMP3。ぎりぎりだった。

「ヒミコ様! 今すぐ傷のお手当てを! どこでそんなお怪我をされたのやら…!」
 旅の扉かと思ったが、どうやら少し違ったようだ。移動した先は空中で、俺は見覚えのある木の床に落ちた。見覚えのある装飾。ヒミコの屋敷だった。室内に人は多かったが全員慌てていて、俺が空中から現れたことには誰も気づいてはいないようだった。
 少し離れたところに横たわっているヒミコが見えた。顔も体も傷だらけだ。どこでそんなお怪我をされたのやら…と一緒に不思議がれるほど俺の勘は悪くない。やっと真相が分かった。よけいなことをするなとあの時ヒミコに言われた理由も。ここでもサマンオサと同じことが起こっていたらしい。
 だが、ここで手負いの蛇に話しかけて、第2ラウンドでも始まったら確実に死ぬ。俺はそっと部屋を出た。一度アリアハンに飛ぼうと思ったが、もうルーラもできない。3だけ残っているMPでホイミをかけ、船に乗った。途中でだいおういか3匹が出たが、なんとか勝ってアリアハンに上陸する。ホイミがなかったら死んでいただろう。
 扉を開けて懐かしい我が家に入った瞬間、膝から力が抜けた。物音に気づいたのか母さんが台所から現れた。
「あら、センド。おかえり……センド?」
 その声も遠くから聞こえるような気がした。
「センド! どうしたの、しっかり…」
「…大、丈夫…」
 とてもそうは見えないだろうと思ったが、大丈夫には違いなかった。もう何度死んだか分からないが、今回はただの瀕死だ。何とか起きあがる。
「…寝れば、治るから…」
 2階に上がり、ベッドに倒れ込む。寝たのは夕方だったが、ちょうど翌朝の朝食に目が覚めた。
「大丈夫なの?」
「平気だよ」
 体は完全に回復していた。まったく家は便利だ。俺は笑ったが、母さんは心配そうな顔のままだった。そういえばこんな状態で家に帰ったことは今まであまりなかった。
「本当に、大変な旅をしているのね…」
 それはそうかもしれないが、本当に大変な時は死ぬのでここには帰らない。帰るのは王の間だ。どちらも体は全快だが、あっちは金が減って説教がつく。しかしそんなことを言う必要はない。俺はジパングという国を脅かしていた魔物を苦労して倒した話をした。母さんは顔を曇らせたままだったが、じいちゃんは感心したように言った。
「たいしたもんだ。センド、お前…男の顔になったな」

 オロチの件のかたをつける前に、ほぼ確実に呪われている例の面をどうするか決めることにした。確か商人なら鑑定で呪われているかどうかも分かるはずだ。ポルトガから船を出した。こんなことを頼める相手は他にいない。
「呪われてるわね」
 ルディは一目見てあっさり言った。
 一見呪われているが実は、というのも少し期待していたが、やはり無理だった。
「どんな呪い?」
「内容によっては装備するつもり? ろくなもんじゃないわよ」
 面をくるくる回して表と裏を見ながらルディは顔をしかめた。
「…ずっとメダパニがかかってる状態になるわ」
「メダパニ?」
 幻覚で混乱させる呪文だ。俺も何度かかけられたことがある。が、今までメダパニのせいで困ったという覚えはなかった。確かに頭の中がごちゃごちゃしている気はしたが、普通に攻撃できたし呪文も使えた。
「一人だとそんなものかもね。味方が敵に見えて同士討ちするっていう呪文らしいから。あたしもよく知らないけど」
「ふーん…」
「何、ほんとに装備する気?」
 迷った。この守備力のことを考えれば、この呪いの内容はどうということもない気がした。これからまた誰かと同行することになるのなら装備するのはまずそうだが、多分そんな機会もないだろう。
「それ、一回装備したら教会でお金払わないと外せないわよ」
 つまり、借金を全部返すまでは外せないということだ。今の残債額を考えた。下手をすれば、いやしなくても一生これをつけたままになるかもしれない。
「…それに、呪いの力で強くなって、あんたそれでいいの?」
 面を俺に返しながら、ルディは眉をひそめて言った。俺は黙って面を受け取った。
 何の力でとか、そんなものにこだわれるような余裕なんかない。借金を返さなければ何も始まらないし、返済が終わればどうせ解ける呪いだ。ただ、こんなものをつけていて、各国の王や町の人々と勇者として話ができるかどうか、少し不安だ。町の情報はたいてい盗み聞きだし、王様はどんな相手だろうが頼みたいことがあれば言ってくるものだとは思うが。
(…それに)
 今自分の頭上に乗っている、本当の勇者が昔装備していた物のことを思い出した。そしてあのムオルの村で、自分が考えたことも。
(これより強い兜が手に入ったら、すぐ売り払ってやる)
 しばらく考えて、ようやく決めた。
「これ、売りたい」
 カウンターに置かれた物を見て、ルディはにっこり笑って答えた。
「1ゴールドです」
「安! 足下見すぎだろ!」
「呪われた防具なんてそんなもんよ」
 ふんと鼻で笑い、カウンターの下から箱を取り出して面をしまう。それを見ながら、俺はため息をついた。
 機械のようにただ金を返していくだけなら、多分この面を装備して父さんの兜を売った方がよかった。たいした呪いでもない。結局俺は、これをずっと身につけているのが嫌なだけなのだと思う。
(中途半端だよな)
 借金返済以外のことなんか、考える必要はないのに。
「センド」
「ん?」
「あたし、あんたが間違ってるとは思わないわよ」
  言葉に驚いて顔を上げた。ルディは機嫌の悪そうな顔で俺を睨んでいた。
「そりゃあんたは、魔王倒すよりお金返すのが目的なんだろうけど。でも、ちゃんと……まあ、わりと、それなりに……立派に勇者やってるじゃない。これから先もそうでしょ? だから……いいんじゃないの、はんにゃのめんなんて手放しちゃえば。勇者はこんなの装備したり、しないわよ」
 表情と違って言っている内容は優しい、ような気がした。胸の中が少し暖かくなる。
「…そういえば俺、それなりに勇者らしいこともしてたんだっけ」
「まあ、そうね」
 勇者の肩書き。魔王討伐。借金返済。本当の旅の目的が何かなんて、そうこだわることもないのかもしれない。別に相反するわけでもない。他に勇者がいないのなら、不死鳥を復活させて魔王に挑むのが俺でも、誰も文句は言わないだろう。
「…ありが」
「はい! 1ゴールド! よかったわね返済の足しになって!」
 礼を言おうとしたら妙に大声でさえぎられて1ゴールドを渡された。
(なんか、前にもこんなことがあったような…)
 既視感をたどって、前になくしたあの1ゴールドのことを思い出した。今度受け取った1ゴールドも、同じように薄汚れていた。

 いよいよオロチと最終決着だ。
 俺ははがねのつるぎから大幅にパワーアップ。相手は傷を負っている。たとえ二戦目があったとしても負けるはずがない。と思っていたら本当に二戦目があって、そして負けて死んだ。王様の説教を聞きながら、やっぱり俺の選択は間違っていたかな、と思った。


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センド : 勇者
レベル : 31
E やいばのブーメラン/くさなぎのけん
E だいちのよろい
E ふうじんのたて
E オルテガのかぶと
E ほしふるうでわ

財産 : 268 G
返済 : 136000 G
借金 : 864000 G