29.サマンオサ南の洞窟


 オロチに負けたとなると、次に向かうのはサマンオサの洞窟とピラミッドの二択だ。ここのところ、こんな具合に何度も死にながら数カ所をぐるぐる回ることが多いような気がする。死なずに帰還することもないわけではないが。
 今回はイシスに向かうことにした。いいかげんピラミッドを卒業したい。通い慣れた道を通り、まっすぐに落とし穴に落ちた。帰りに比べると、行きの道は町の中と同程度の平和さだ。棺を開ける。災いあれと宣言されるのも何度目だろう。本職の墓泥棒だってここまで根性を見せた奴はいないはずだ。すでに、棺を開けた時の爪の輝きを目にしても、何の感激もない状態になっている。
 爪を取ると、いつものように魔物の大群に襲いかかられた。一歩ずつ進み、魔物たちを倒し、魔物たちが落とす金を拾う。この金拾いの作業がなければ進むスピードは倍くらいになるような気もするが、落ちている金を無視できるわけがないのでそんなことは考えても無駄だ。ミイラおとこがすごろくけんを落とした。それも拾う。
 群れをかきわけるように進む。しかし今回は余裕があった。階段を上り、とうとう地上に出た時にもHPは100以上残っていた。余裕の持ち逃げだ。ついに本当の意味でピラミッドを制覇した。
「いらっしゃいませ。ゴールド銀行です。…おや、これは」
 カウンターの男が感心したような顔をした。一気に1万2千ゴールドの返済だ。といってもおうごんのつめの換金額はそれほどではなかった。ピラミッドの魔物たちが落とした金だけで6千ゴールドを超えていたのだ。侵入者にこんなに金を拾わせるとは、泥棒に追い銭とはまさにこんな状況を言うのだろう。
「また一山お当てになったようで」
「まあね」
 全部返すまでにはあと50山くらいだろうか。ようやく卒業したピラミッドだが、金策が全くなくなったらまた世話になる日も来るかもしれない。
 ゴールド銀行を出てすぐに船に乗った。今回拾ったすごろくけんを使って、それで一区切りだ。
 25ゴールドを拾ってかしこさが3下がって千ゴールド増えてすごろくけんを拾いちからが1下がって落とし穴に落ちた。拾ったすごろくけんでもう一度挑戦したら何事もなく進んで落とし穴に落ちた。相変わらず穴と縁が深い。二回とも地面を調べて落とし穴だったわけではなく最初から見えているタイプの落とし穴だったのであきらめがつきやすいというか…まあ結果は同じだからどうでもいい。

 次はサマンオサだ。洞窟に向かう前に城下町に入ったらまだ葬式をしていた。早く墓地の建物に入らせてほしいのだが。偽の王様を倒すまでは葬式を終わらせないつもりか。あきらめて洞窟に向かった。
 洞窟の魔物はやっかいだった。特にゾンビマスターは集団でマホトラを使ってくる。俺のようなアイテム弱者に対してこの仕打ちはあまりにひどい。回復できなくなるのもつらいが、ルーラが使えなくなったら最悪だ。サマンオサからだと船も使えないから、アリアハンまで徒歩で帰らなければならなくなる。危なくなったらすぐに帰ろう、と腰を引いた態度で洞窟を進んだ。
 地下二階に下りたら目の前に宝箱があった。そのすぐ先にも宝箱が見える。そのすぐ先にも。とりあえず駆け寄って次々と開けながらも、俺は違和感を覚えていた。ダンジョン内の宝箱は、メインストリートにはそんなに置かれないものだ。宝箱を何かのついでのように思っている冒険者ならば騙されるかもしれないが、宝箱が主目的な俺は騙されない。確実にこれは罠だ。
 とはいえ、罠と分かっていても開けずにはいられないので、騙されないことにあまり意味はない。続く宝箱を次々と開けながら進んでいくと、宝箱が並ぶ部屋に入った。怪しいと思いながらも開けると案の定ミミックだった。なんとか倒す。次を開ける。またミミック。倒したらまじんのオノを持っていた。それは嬉しいが、ミミックもマホトラを唱えるのでMPがすごい勢いで減る。この洞窟はマホトラ使いが多すぎる。やむなくここで洞窟探査を中断した。この部屋の宝箱の残り2つは次に来た時に開けることにしよう。全部ミミックのような気もするが。
 まじんのオノの換金額は意外と安かった。残念だ。

 アリアハンで休み、次にジパングに向かった。何も考えずにルーラしてしまったが、本当に目的地を順番に回るのが癖になっているようだ。一つの目的に集中できなくなっているのはあまりいい傾向ではない気もするが、まあ来てしまったものは仕方がない。オロチを倒せば当面の目的地も減って否応なしにサマンオサに集中することになるのだし。
「またそなたか…」
 周囲の制止を振り切って女王の部屋に入ると、横たわった女王が俺を見て顔をゆがめた。前に正体を見ているはずの側近の人々は、そのことを忘れたような顔で「ヒミコ様がおけがを」とか「出て行ってくれ」などと言っている。きっと術でもかけられているのだろう。
 殺された俺が全快してリベンジに来たのに、勝ったオロチは傷を負って床についたまま。不公平なのかもしれないが別に後ろめたくもない。正体を現せばこいつは、洞窟で戦った時よりも強いのだ。
「…考え直してわらわに服従を誓いに来た、というわけではなさそうじゃな?」
「ああ。今度は勝てるかなと思って来た」
 答えたとたんに女王の目は赤く光り、みるみるうちにあの化け物が眼前に現れた。部屋の中にいる人たちが悲鳴を上げ、腰を抜かしたりしながらもどうにか逃げていく。前と同じだ。これでまた負ければ完全に繰り返しになる。
 オロチは元気いっぱいで炎を吐いてくる。やはり洞窟の時より明らかに強い。なんで寝ている必要があるのかよく分からない。だが俺も前回よりレベルを上げている。回復呪文を唱えながら、オロチが落としたくさなぎのけんで攻撃。削り合いだが、今回は俺に分があった。長い闘いになったが、とうとう最後に残った頭が、国中に響くような断末魔の叫びをあげながら床に落ちた。
(勝った…)
 俺はため息をついてその場に座り込んだ。またギリギリだった。残りのMPは3。洞窟のオロチを倒した時も同じくらいだった気がする。たまには楽に勝つ戦いもしたいものだ。
 立ち上がろうとした時、最後に落ちたオロチの首の下敷きになっている宝箱が見えた。引っ張り出して開けてみる。見覚えのある竜の台座。紫のオーブだった。
 静まりかえっていたあたりがざわめき始める。断末魔を聞いて人々が戻ってきたらしい。
「あ…あんた…大丈夫か…」
 俺がうなずくと、彼らはこわごわとオロチの死体に近づいてきた。
「倒したのか…オロチを…」
「オロチがヒミコ様に化けておったとは…」
 集まる人々はだんだんと増えてゆく。女王が死んでいるのでめでたいばかりではないだろうが、何はともあれ祝いの宴を始めようという様子だった。俺はパープルオーブを袋に入れ、その場から離れることにした。
「おい、あんた。どこへ行くんじゃ」
 呼び止められてぎくりとする。いや、これはオロチの持ち物だから俺が持って行ってもかまわないはずだ、と思ったが、
「一緒に祝ってくれ。あんたが倒してくれたんじゃないか」
 ああ、そっちか。急いで行かなければならないところがあると断り、俺は船に乗ってジパングを出た。満身創痍で宴に参加なんて無理だ。実家でしか回復できないのにはこんな弊害もある。

 アリアハンで回復後、サマンオサの洞窟で取ったすごろくけんを使いに行った。
 ちからが4減って千ゴールドを手に入れ、そして響き渡るファンファーレと爆竹音。ゴールに着いてしまった。こっちもクリアだ。今の俺はどうやら調子がいいらしい。通うのに船が必要なこのすごろく場ともついにお別れだ。
 ゴールの宝箱にはドラゴンテイルが入っていた。グループ攻撃系の武器で、一体への攻撃力はやいばのブーメランより上だ。とげのむちをお払い箱にして以来、久しぶりの武器3つ持ち状態になった。

 抱えていた他の目的を全てクリアし、すがすがしい気分でサマンオサに戻った。宝箱部屋が俺を待っている。
 洞窟に入ってまもなくレベルが上がり、ベホマを覚えた。なかなか幸先がいい。例の宝箱部屋に行き、残りの二つを開けた。半ば予想していたが両方ミミックだった。期待なんかしていなかったと自分に言い聞かせながらも少し凹む。そしてやはりマホトラはきつい。そういえばザキも唱えてくるが、どういうわけか今まで一度もきいたことがない。もしかしたらザキがきかない体質なのかもしれない。一人旅なのだからそれくらいの良いことがあってもかまわないはずだ。
 ミミック部屋を出て、ラーの鏡を探し回る。また道なりに宝箱が置いてあった。ははあ……これはおそらく、ラーの鏡はこの進行方向にはないに違いない。ダンジョンの主役とはそういうものだ。もちろん並ぶ宝箱の方を開けに行く。主役は後回しでちょうどいい。アイテム。金。そしてミミック。またマホトラでMPを削られ、帰還を余儀なくされた。
 ラーの鏡はその次の探索で手に入れた。予想通り、宝箱の道とは外れたところにあった。

 さて、ラーの鏡を手に入れたはいいが、昼間は偽の王に近づけないから夜まで待たなければならない。城の周りをうろついてコングと戦いながら、闇のランプのことを思い出す。あれがあればこんな面倒な思いはしなくてすむのだが。夜になる寸前にレベルが上がった。最大MPも上がったので少し迷ったが、そのまま王に挑むことにした。
 町には入るとやっぱりまだ葬式をしていた。いまさらだがちょっといいかげんにしろと言いたくなる。裏口から城に入り、王の部屋に忍び込む。ラーの鏡をのぞくと、映っていたのは緑色の魔物だった。本物の王様とは似ても似つかない…。
「見ーたーなあー?」
 鏡に映ったその化け物が目を開いてそう言った。振り向くと本体も鏡と同じ、緑色の魔物になっていた。姿だけでなく大きさもまるで違う。寝ていたベッドが今にもつぶれそうにミシミシ音を立てている。
「けけけけっ! 生かして返すわけにはいかぬぞえ!」
 言うが早いか、その体型からは考えられないような動きで襲いかかってきた。どこに持っていたのか、巨大なこんぼうを振り下ろしてくる。さらに顔に似合わずルカナンを唱えてくる。だがそれでもなんとか闘えそうだ……そう思ったとたん、痛恨の一撃を食らった。一度は耐えたがそこにまた痛恨もう一撃。今度は死んだ。何だあれは。
 アリアハンの王の間で、いつものように手持ちのゴールドを確認した。1335ゴールド。軽く苛立った。夜まで城の周りをうろつくから、その間に金もある程度たまるのだ。そういうものを奪われるのは妙にくやしい。
 あの痛恨の一撃さえなければ。あれがなければ今のレベルでも勝てるのではないかと思う。つまりは運次第ということだ。もう一度挑みに行くことにした。またサマンオサ周辺をうろつき夜を待ち、寝室に突入する。しかしやはり痛恨の一撃で死んだ。手持ちの金は1017ゴールドになった。
「くそ…」
 痛恨の一撃が出るか出ないかは確かに運だ。だがどうやら相当な高確率で出るようだ。挑戦し続け死に続けたことは今までにも何度もあるが、いつもは「油断して死んだだけだから次はいけるな」「これはレベル的に無理だから少しレベルが上がってからだな」という次への思いがあった。しかしあの痛恨の一撃はそういった計算を無意味にしてくれるのでただ理不尽な思いだけが残る。ピラミッドを制してオロチも倒した今は、ひたすら偽の王に挑むしかない。嫌になってきた。
 もう一度くらい挑戦するか、とも思ったが、あの巨大こんぼうに自分の体が潰される音を思い出すとルーラの声が出なくなる。死ぬのには慣れても、ああいうのは心理的にけっこうきつい。

(何をしたらこうなるんだ…?)
 町の入口で、俺はぼんやりと立ちつくした。サマンオサに行かず、ちょっとスーのあの町の様子を見に来た……はずだったが、別の場所に来てしまったのだろうか。やたらと大きな建物が建ち並び、道には石畳がしいてある。噴水のある広場が見えた。
(前に来てからそんなに経ったっけ?)
 入口できょろきょろしていたら、少し離れたところにいるターバンの男と目が合った。思わず顔がこわばる。俺にとりたてをかけたあの商人だった。笑顔で会釈してきたので気づかないふりをした。
 そうだ、ルディのいた道具屋はどうなっただろう。あれも増築して立派になっていたりするのだろうか。変わりすぎて道もよくわからないが、見当をつけて歩き出した時だった。
「センド!」
 呼びかけられて振り返る。作りかけの建物の中からルディが出てきた。
「また来たの? あんたも暇よねー。ちゃんと働きなさいよ」
 挨拶代わりのつもりかもしれないが、相変わらず口が悪い。こっちもついつられる。
「何だこれ。道具屋の改装か? こんな無駄にでかくして、売る物あるのかよ」
「違うわよ。これが道具屋に見える? 劇場よ、劇場!」
「…劇場?」
 驚いた。劇場がある町なんてそう多くない。できたばかりの町で作るような物なのだろうか。
(アッサラーム出身だからかな…)
 そんなことを考えながら作りかけの建物をじろじろ見ていると、
「あ、そうそう」
 ルディが急にニヤニヤ笑いながら拳で俺の肩をこづいた。
「? 何だよ」
「あんたの返済、あたしの口座にも入ってきてたわよ。ついに」
「え…」
 一瞬何のことかと思った。そういえば前に、1ゴールドも返ってこないと怒ってたっけ。
「まあまだ2千ゴールドだけどね。その調子であたしの懐を潤しなさいよ?」
 もう16万以上返済している。100万ゴールドのうちルディへの返済は2万5千だから、2千くらいは返せていても不思議ではないが、なんだか妙に嬉しくなった。
「何にやにやしてんのよ。気持ち悪い」
「や、別に。町を作るとかでかいこと言ってるくせに、俺の返済が頼りなのかと思っただけだ」
 ついそんなことを口走ったら、案の定ルディは眉をつり上げた。
「馬鹿じゃないの!? あんなお金なんかなくたって自分の力だけでやってるわよ! けどそれとこれとは別って言うか、借りた物はちゃんと返……あ、そりゃあんたが借りたわけじゃないけど……ちょっと聞いてるの!?」
「あーはいはい」
「何よその言い方!」
 町のあちこちから建物を建てる音が聞こえる。威勢のいい売り声もしている。いつのまにか相当な数の人々が住んでいるようだった。ルディが来るまでは老人が一人いただけの場所だ。
(俺もがんばらないとな…)
 自然とそう思えた。偽の王に挑み続けるのがきつくなったのなら、地図の色塗りをしながらレベル上げをしてもいい。金を返しながら少しずつでも強くなれば、そのうちいつかは倒せるだろう。
 なんだか、この町に来るたびに前に進む決意をしているような気がする。もしかしたら、用もないのに今日俺がここに来たのは、それが理由だったのかもしれない。


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センド : 勇者
レベル : 35
E やいばのブーメラン/ドラゴンテイル/くさなぎのけん
E だいちのよろい
E ふうじんのたて
E オルテガのかぶと
E ほしふるうでわ

財産 : 17 G
返済 : 165000 G
借金 : 835000 G