31.バーク


 幽霊船で手に入れたペンダントを持って、さっそくオリビアの峠に行った。海峡を通ろうとすると例によって海が荒れる。波に翻弄されながらもペンダントを空にかかげてみた。
「ああ、エリック! あなたをずっと待っていたわ」
「オリビア、もう君を離さない!」
 突然、目の前の空間に二人の男女が現れて抱き合った。エリックは幽霊船のこぎ手だったはずだが、 あのペンダントにくっついてきていたのだろうか。
 しばらくして2人の姿は消え、同時に岬の呪いもなくなっていた。

 岬の向こう側に何があるのか、知っていて来たわけではない。呪いが解けるアイテムを手に入れたから解きに来てみただけだった。地図で見ると、海峡を通り抜けた先には小さな島がある。
(ここに、村の一つでもあってくれればな…)
 しかし、それが甘い考えだということはすぐにわかった。近づいてきたその島は予想以上の小ささだった。その上岩ばかりで人の住めるような場所にも見えない。とりあえず接岸し、降りてみる。すぐに一周できる島だが、船を泊めた岸のちょうど反対側に、朽ちかけたほこらがあった。のぞきこんでみると、中にちらりと光が見えた。
(こんなところに、誰か住んでるのか…?)
 こんにちは、と言いながら入ってみて、俺は外から見えた光の正体を知った。
「ここは寂しいほこらの牢獄…」
 青白い炎がそうつぶやきながら、部屋の中をふわふわとただよっている。一つだけではなく、奥の方にも別の炎が見えた。
(また亡霊か…)
 もうこの程度のことでは驚かない。
(…炎タイプだな)
 分析をする余裕もあった。
 俺は今まで何人もの亡霊と会ってきたが、亡霊には大きく分けて2種類ある。人の形をしているタイプと、炎タイプだ。これまで会った亡霊は人の形をしているタイプが多かった。幽霊船には人の形タイプと炎タイプの両方が乗っていた。しかし、ここの牢獄のメンバーは全員炎タイプのようだった。
 今までの傾向から行くと、人の形をしている方とはある程度の会話が可能だが、炎タイプは同じことを繰り返すだけだったりして、こちらが何か言っても返事をしてくれないことが多い……まあこんな分析は全く無駄なのだが。
 他に何もない場所なので、とりあえず亡霊のつぶやきを聞いて回った。その中に、自分の名を名乗っている亡霊がいた。
「私はサイモンの魂。私のしかばねのそばを調べよ…」
 サイモン。確か、サマンオサの王様が偽者にすり替わったせいで追放された男の名前だ。そういえばほこらの牢獄でくちはてたとか言われていた。何にせよ、調べろと言われてはじっとしてはいられない。別の部屋に行き、もう骨になっている死体を見つけた。死体は剣を握りしめていて、床に血の文字で『ガイアの剣』と書いてあった。
(ガイアのつるぎ? これが?)
 ルザミで聞いた通りなら、これをネクロゴンドの火山の火口に投げ入れれば、魔王の城に行けるはずだ。地図の色塗りの時に見かけたから火山の場所は知っている。こんなところでつながるとは。
 しかし、なぜサイモンはこの剣を持っていたのだろう。ネクロゴンドの火山といえば、勇者オルテガが命を落とした場所でもある。サイモンはその時のことを、何か知っているのだろうか。俺は剣を持って、サイモンの魂がいる場所に引き返した。
「剣がありましたよ。これ、ガイアの剣ですよね?」
「私はサイモンの魂。私のしかばねのそばを調べよ…」
 やはり駄目か。もっともその時のことを聞いて何か得になるわけでもない。同じことをつぶやき続けるサイモンに一礼して、俺はほこらの牢獄を後にした。

 アリアハンに戻り、いつものように返済する。今回の返済額は千ゴールドだけだから、金を数えるのにもたいして時間はかからない。
「ありがとうございました。残り81万6千ゴールドです。がんばってくださいね」
「うん」
 いつもと変わらないやりとりをした後、受付の男がふと思い出したように口を開いた。
「そういえば…。以前ここにいらっしゃった、ゴールドさんという方」
 思わぬところで名前を聞き、ぎくりとする。受付の男は首をかしげながら続けた。
「あの方、何かあったんですか?」
「え…?」
 何のことだろう。町を作って、その町がどんどん大きくなっている。何かあったといえば、それはあっただろうが。
「まあ色々やってるみたいだけど。なんで?」
「あ、いえ…その。…よけいなことを言ってしまいましたね」
 受付の男はしばらく口ごもり、周囲を見回して、本当はこんなことを言ってはいけないのだがと前置きしてから俺にささやいた。
「あの方の口座、凍結されてるんですよ」
「? 凍結…?」
「まあ、差し押さえとか…そういう対象になっているみたいです。事業に失敗でもされたんですかね」
「…嘘だろ? だってあいつ…」
 あの町で、あんな屋敷に住んでいる。しかしそんなことは何の反証にもならない。あの町の人々があいつの屋敷に向けていたあの視線を思い出し、急に不安になった。

 しばらくはあの町には行かないことにしようと思っていたが、結局スー大陸に船を向けた。いつものように岸に船を止め、町へと向かう。しかしその途中にどくどくゾンビに遭遇し、毒に侵されてしまった。
(くそ、馬鹿馬鹿しい)
 舌打ちをして歩く。これでまた、後で死ななければならない。どうせ何かの間違いに決まっているのに。無駄足のために死ぬなんて、無駄死にの中でも特に嫌な無駄死にだ。
 しかし入口まで来て、俺は町の様子がまたがらりと変わっていることに気づいた。あちこちから歓声が上がっている。祝いの祭りの最中のようだ。何を祝っているのかは、町に入ってすぐに分かった。
 革命の成功。
 今まで人々を苦しめてきた町の創始者は、今は牢の中にいる。
 俺は、町を満たしている喜びと興奮を前に立ちつくした。前にルディと会った時の、あの言い争いが頭によみがえる。あの時俺があいつをちゃんと説得して、やり方を変えさせることができていたら、こんなことにはならなかったのだろうか。
「おや、センドさん」
 呆然としていたところに声をかけられた。顔を上げると、こんな時にあまり見たくなかった顔が俺を見て笑っていた。俺に『とりたて』をかけた、あのターバンの商人だ。
「またお会いしましたな。しかし妙な時にいらっしゃったもんです。何が起こったか、説明した方がよろしいですか?」
 俺は首を横に振り、商人をにらんだ。
「あんた、レベル高い商人なんだろ。ずっと商人やってきて、色々知ってるんだろ。あいつに忠告して、やり方変えさせたりできなかったのかよ!」
 自分でもやつ当たりだと思いながら怒鳴ると、商人は驚いたように目を見開き、それから笑い出した。
「…はは! はっはっは! いや、これはこれは」
「何がおかしいんだ」
「いやいや……。彼女はあなたの旅に同行したこともある、あなたの仲間だと聞いていましたのでね。あなたはもう少し状況をご存じなのかと思っていました」
「状況…?」
「センドさん。あなたは本当に、彼女が一人でこの町を動かしていたと思っているんですか?」
 ターバンの商人が面白そうに言った言葉を、俺はしばらく理解できなかった。この町は、ルディが作った町だ。あいつじゃなくて、他に誰が……。
(……あ)
 血の気が引く。ルディはこの町を作るにあたって、オルテガに債権を持っている商人たちに声をかけた。俺はそのことを知っていたし、不安にも思っていた。あんなやつらと一緒に町を作るなんて本当に大丈夫だろうかと、その話を聞いた時に思ったはずだ。それなのになぜ、町の中心はずっとルディのままだと、何の疑いもなく信じていたのだろう。
「確かに彼女の才覚はたいしたものです。物の流れを見極める目も、人の能力を見抜いてうまく使う力もある。が、交易の中心となる新しい町を作る、などという事業で先頭に立つには、少々若すぎましたな。この町が生み出す利益は莫大だ。彼女に呼ばれてここに来た商人は、誰もがそれを狙っています。ああ、私はそうでもありませんよ。この町にはあまり手を出していません」
「…………」
「あの屋敷、目立つでしょう」
 ターバンの商人は目線を例の屋敷に向けて言った。
「彼女は、自分の屋敷を建てたいなどと言ったことはありません。創始者なのだから屋敷がなくてはと、他の商人が建てさせたのです。町のどこからでも見える、あの悪目立ちする外観でね」
 ターバンの商人は面白そうに笑いながら続けた。
「町の名前に創始者の名を、と提案したのも他の商人。もう一人の創始者と引き離し、あの老人に彼女のやり方は強引だと吹き込み、町の人々にそう話させるように仕向けたのも他の商人。嘘をつかないスー族の言葉には重みがありますからな。彼女を祭り上げ、取り巻きにちやほやさせ、その状態で人々から搾取する。さて、人々が苦しい生活を誰のせいと思うか。そういう状態を切り抜けられるだけの経験は、残念ながら彼女にはだいぶ足りなかったようだ」
 聞いているうちに気分が悪くなってくる。
 何も知らなかった。けど、そんなことは言い訳にもならない。この前この町に来た時、俺はあいつに何を言った?
「若い頃の失敗は人を成長させますが、一生取り返しのつかない傷を負うこともある。この町に関わっている商人は、世界中に手を広げている者も多い。牢から出られても、彼女はもう商人としての再起は無理でしょうな。気の毒ですが…」
 ターバンの商人の言葉は続いていたが、俺はそれ以上聞かずにその場から駆けだした。途中、革命に浮かれる町の人に創始者が入れられている牢の場所を聞き、また走った。
 なんて馬鹿なんだ、俺は。
 走りながら自分を罵る。牢は町のはずれにあった。町の人々と同じく浮かれた顔をしている見張りの横を通り、中に入った。
 房が一つだけの小さな牢だった。鉄格子に近づくと、中にいるルディが見えた。みすぼらしいベッドの上で、壁にもたれて座っている。うつむいていて、俺には気づいていないようだった。
「ルディ」
 呼ぶと、ぎくりと顔を上げる。
「…センド」
 目が腫れている。きっと泣いていたのだろう。しかし俺を見ると、ルディはふんと鼻を鳴らしていつものように笑った。
「あんたの言う通りだったみたいね。で、何? 自業自得だって笑いに来たの?」
 何と答えたらいいのか分からなかった。俺は扉の鉄格子をつかんだ。
「今、出してやるから」
「…何言ってるのよ」
 ルディは眉をひそめ、俺が錠前にさわると慌てたように立ち上がってこちらに来た。
「やめてよ! 出たくなんかない! あ、あたし…そう、反省してるのよ。町を大きくするためとはいえ、色々強引なやり方しちゃったし。だから、みんなが許してくれるまで、ここにいようかなーなんて、ほら、殊勝なこと考えてるの。あんた、それ邪魔するんだ? ちょっとは空気読んだら?」
「…嘘つくなよ」
「え…」
「強引なやり方なんて、してなかったんだろ?」
「…………」
「ごめん。ごめん……俺……」
 言葉がちっともうまく出てこない。後でたくさん謝ろう、と思った。
(とりあえず、こんなところから出さないと)
 ここから出したら、あとはルーラで飛んで逃げればいい。袋からさいごのかぎを取り出すと、しばらくぽかんとしていたルディが、我に返ったようにまた止めに入った。
「馬鹿! 忘れたの? この町の商人にはあんたの債権者がいっぱいいるのよ。ここで騒ぎになるようなことをしたら、あんたは」
「どうでもいい、そんなの」
 言いながら錠前に鍵を差し込もうとすると、ルディが鋭い声を上げた。
「待って!」
 思わず手を止めた。ルディは鉄格子を握っていた手を離し、腕組みをしてわざとらしくため息をついた。
「分かったわ。そこまで言うなら、出てあげてもいいわよ。ただ、ちょっとその前に聞いてほしいことがあるの」
 眉を上げてにやにや笑う。こんな場所には似合わない表情だった。
「でもこれ聞いたら……多分あんた、あたしをここから出す気なくなると思うのよねー」
「…何だよ。早く言えよ」
「だから、約束してくれない? あたしが今からする話を聞いたら、きっとあんたはあたしをこのままにしてここを出たくなる。もしそうなったら素直に出ていって、それでもうここには来ないって」
 何か、嫌な感じがした。勝てない勝負を持ちかけられているような感覚だ。俺が黙っていると、ルディはいつもの馬鹿にしたような笑い方をした。
「何よ。話聞くだけよ? その程度で気が変わっちゃうようなら出してほしくないって言ってるの。約束しないんなら、あたしその鍵開けてもここから出ないからね。大声あげて見張り呼ぶから」
「……分かったよ。約束する」
 何の話かは分からないが、聞くだけで気が変わってしまうことはないだろうと思った。本人に確かめもせずに、町の様子だけで誤解してしまったことを後悔している今ならなおさらだ。
 ルディは俺の返事を聞いてほっとした顔をした。そして少し考えてからゆっくり口を開いた。その表情がかすかにゆがむ。俺は何を言われるのかと内心身構えた。
「…あたしが住んでたあの家の、一番奥の部屋。あんた前来たことあったわよね。あの時にあたしが座ってた椅子、覚えてる?」
「ああ」
「あの椅子、座るところが分厚くなっててね、クッションを外すと、アイテムとか入れるスペースがあるの。…そこに、いい物を入れといたわ。あたしの言いたいのは、それだけ」
「……?」
 それが何だというんだ。牢から出る出ないの話とは何の関係もないじゃないか。そう言おうとした瞬間、俺はルディの言葉の意味を理解した。
「…あ…」
 自分の体が、自分のものではなくなったみたいだった。
(屋敷の、奥の部屋)
(いい物)
(金?)
(アイテム?)
(行かなければ)
(早く)
(早く)
 知らなかった。今まで、金目の物を手に入れようとするのは、俺の意志でもあったから。他のことは全部さておいて金目の物を手に入れに行くのは、当たり前のことだった。だから、例え俺が望まなくてもそっちに引きずられるなんて、その力がこんなに強いものだなんて、知らなかった。
 ルディは苦笑いのような表情で俺を見ていた。
「ル……」
「センド」
 自分の体が、ずるずると出口の方に動いていくのを止められない。後ろを振り返ることさえできない。視界の端にいるルディが、笑ったまま涙をこぼしたのが見えた。
「…元気でね」

 無数の見えない手に引っ張られるように牢屋を出て、あの屋敷に入った。椅子のクッションを外し、ふたを開ける。入っていたのは見覚えのある竜の台座のついた宝玉だった。色は黄色。
(イエローオーブ…)
 そういえばルディは、俺がオーブを集めているのを知っていた。海賊のアジトでレッドオーブを見た時の不思議そうな表情が頭に浮かぶ。
 オーブはこの町に流れてきたのか。それをあいつは手に入れた。多分、俺に渡すために。俺はあいつにあんなことを言ったのに。
(…どうしたらいい)
 約束なんて知ったことかとまた牢へ戻った方がいいのだろうか。あいつのことだから、きっと騒いで見張りを呼んで、すぐ追い出されることになるだろうが、それでもこのまま行かないよりは…。
 オーブを袋に入れて、屋敷の廊下を歩く。
(俺は、あいつを見捨てた)
 ぼんやりとそう思った。牢から出してやると言ったのに、何もせずにあの場所を出た。『とりたて』のせいだと思うことはできなかった。あの場所にいたのは俺だ。出してやると言ったのも、結局そうしなかったのも俺だ。
(行った方がいいんだろうか)
 どんどん分からなくなる。屋敷から出ると、門の前にあのターバンの商人が立っていた。
「何かいい物でもありましたか? この屋敷も差し押さえられているはずですが」
 それには返事をせず、俺はターバンの商人に言った。
「あんたの力で、あいつを出してやれないか?」
 我ながら、力のない声だった。借金取りにこんなことを頼むなんて、どうかしている。
「無理ですな。事情はどうあれ、彼女の投獄はこの町の住人の総意によるものだ。それに逆らって勝手に釈放したりすれば、私も同じ目に遭いかねない」
 ターバンの商人はそう言って頭を振り、それからなだめるように続けた。
「しかし、彼女があの牢から出るのは、そう先の話ではないと思いますよ」
 俺がいつのまにかうつむいていた顔を上げると、商人は革命成功に沸く町の様子に少し目をやってから言った。
「町の創始者がいなくなり、次に表立っての実権を握るのは誰か、実際に甘い汁を吸うのは誰か。そういったことはまだ確定しているわけではありません。今も水面下で争いやかけひきの真っ最中だ。そしてそういう争いを有利に動かす上で……言葉は悪いが、彼女にはまだ利用価値があるのですよ。利用される時が、あの牢から出られる時…。彼女はそこで意固地になるような愚か者ではないはずです」
 商人はそこで言葉を切り、気遣わしげな表情になった。
「だから、そんなに心配しないでください。あなた、顔色真っ青ですよ」
 そう言われて俺は、忘れていたことを思い出した。
「…顔色は、そのせいじゃないよ」
 さっき、どくどくゾンビにくらった毒のせいだ。

 俺は結局牢に行かず、アリアハンに戻って千ゴールドを返済してから城外に出て死んだ。
「おおセンドよ、死んでしまうとはふがいない」
 王の間で、久しぶりにちょっと泣きそうになった。ルディのことや、あのターバンの商人の言葉や、こんな時にもきっちり返済してから死ぬ自分のことが混ざり合って頭の中をぐるぐる回り、それからアリアハンを旅立った時に自分が考えていたことを思い出した。
(一体なぜ、何のために俺は、こんな旅をしなければならないんだ)
 旅に出て、もうずいぶん経った。レベルも上がった。魔王の城に近づいた。借金もけっこう返した。
 それなのに、俺が考えていることはあの時とちっとも変わらない。少しは成長したような気もしていたのに。
 一体なぜ、何のために俺は、こんな旅をしているんだろう。


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センド : 勇者
レベル : 36
E やいばのブーメラン/ドラゴンテイル/くさなぎのけん
E だいちのよろい
E ふうじんのたて
E オルテガのかぶと
E ほしふるうでわ

財産 : 139 G
返済 : 185000 G
借金 : 815000 G