33.バラモス城  -- 1


 レミラーマはレベルを上げた盗賊が使える呪文、というより特技で、視界に入る場所のどこかにめぼしいアイテムや金が落ちていたら、その場所がわかるというものらしい。
「それから『とうぞくのはな』。これはレミラーマと違って場所まではわからないけど、もっとずっと広い範囲で、付近の宝の数を知ることができるわ。この2つを組み合わせれば……」
 ルディが話しながらにやりと笑う。
「あんた今まで、宝箱や壺の中身は取ってきたと思うけど、地面に落ちてるものはきっと見逃したことも多かったと思うのよ。レミラーマ覚えるまで連れてってくれたら、今まで行った場所で取り逃した物、あたしが見つけてあげるわよ。どう?」
 これで断れないだろう、と言わんばかりの勝ち誇った顔をしている。
 確かにありがたい話だった。しかし聞いているうちに、少し複雑な気分になった。
(こいつには本当にたくさん借りがあるし、今はザオラルも覚えているから、別にそんな条件出さなくても断らなかったのにな…)
 むしろ、借りを返す機会をなくしたような気がする。とはいえ、そんなことはさすがに口には出せない。じゃあ何もしないと言われたら困る。
「分かった。じゃあ、転職してレミラーマを覚えるまで、仲間になってもらうってことで」
「そうこなくちゃ!」
「けど、問題はこれから行く場所だな…。まあ、なんとかなるかな」
「…何よ。どこに行くの?」
 不穏なものを感じたらしく、ルディは顔をしかめた。
「魔王の城」
「えええ!?」
「もうあとは魔王倒すだけなんだよ。がんばって防御しててくれ。ザオラル覚えたから死んでも大丈夫だけど」
「ちょ、ちょっとー! もう少しこう…穏やかな行き先はないの!?」
「ないよ」
 あったら俺だってそっちに行きたい。

 ラーミアでバラモス城に乗り付ける。今回は魔王を倒しに来たわけではなく、宝箱回収とレベル上げが目的だからそれほど緊張感はないが、さすがに勇者の旅の最終到達地点だけあって重い雰囲気が漂っている。
 宝箱が3つまとめて置いてあった。中身はいのりのゆびわ、まじんのおの、ふこうのかぶと。
「その兜、呪われてるわよ」
「なんとなくわかる」
「換金すれば13ゴールドってとこね」
 呪いに対する世間の目は厳しい。換金目的だと今回の城の収穫はいまいちのようだ。最後の場所なのだからもう少し何とかならないのだろうか。敵ばかり強いのはバランスが悪いと思う。
「…ぐっ!」
「! ルディ!」
 後ろで防御していたルディが、うごくせきぞうの一撃で吹っ飛んだ。そのまま動かない。急いで魔物を片づけて駆け寄る。
「おい」
 肩をつかんだ瞬間、ぞっとした。そういえば俺は、自分は何度も死んでるくせに、今まで人が死ぬところを見たことはなかった。
「…ザオラル」
 ありがたいことに一回で生き返ってくれた。
「う…あ…」
「大丈夫か? 悪い、回復遅れた」
 ルディは息をつき、青ざめた顔をしていた。HPも回復させると、ようやくゆっくりと起きあがった。
「…あたし……死んだのよね?」
「うん。でもちゃんと生き返ったから」
「わかってるわよそんなの。でも……」
 ルディは俺を見て、恐る恐るという口調で尋ねた。
「…あんたって…今まで何回くらい死んでるの…?」
「そんなの数えてないけど……30回くらいかな。もう少しあったかな」
 ルディは呆然とした顔で黙りこみ、しばらくしてつぶやいた。
「……信じられない……こんな……」
 臨死、というより死亡体験に、何かショックを受けているようだった。俺も初めて死んだ時はそうだっただろうか。あまり覚えていない。特に何もなかったような気がするが。
(しかし……生き返るにしても、人が目の前で死ぬのって、嫌なもんだな)
 これからはもっと気をつけよう、と心密かに思った。

 ルディがレベル20まで上がるまでに、そんなに時間はかからなかった。ダーマ神殿に飛び、転職を願い出る。また何日かかかるのかと思っていたが、レベル0の人間が1になるのと違ってすぐに終わることらしい。
「では、ルディは盗賊になりたいと申すか?」
「はい」
 本当に、これでいいのだろうか。
 あの町で、牢に入れられる前。劇場を作っていると言った時も、道具屋のカウンターにいた時も、ルディは楽しそうだった。一緒に旅をしている時もそうだ。珍しいアイテムを見つけて、どんなアイテムなのか鑑定しながら話す時、やっぱり楽しそうだった。
 商人をやめてしまって、本当にいいのだろうか。盗賊というのもアイテムを扱う職業だし、だからルディはその職業を選んだのかもしれないが。
「お待たせ!」
「…あれ、もう終わったのか」
「ええ、これでもうあたしは立派な盗賊よ。さあ、レベル上げに行きましょうか!」
 転職とは本当に早くすむものだった。今さら何か言ってもしょうがない。
 またバラモスの城で宝をあさりながらレベルを上げた。もう宝箱は全部取り尽くしたと思う。歩き回るうちに変な部屋に入ってしまったが、魔王ですといわんばかりの生き物が遠目に見えたのであわてて引き返した。
「やった! 覚えたわよ、レミラーマ!」
 はぐれメタルを倒したせいもあって、レミラーマを覚えるレベルまで到達するのはすぐだった。
「あ、あれ! その骨の前」
 さっそくこの城の床に落ちている物を拾う。拾いつくしたらこの城にはしばらく用はない。次に来るのは一人で、目的は魔王討伐だ。

 世界レミラーマの旅が始まった。今まで行った場所を別の形で制覇する旅だ。行き忘れがないよう、アリアハンから始めて、旅した順番に回った。
「もう一つ、そこの草むらの中」
 レミラーマの実用性は想像をはるかに超えていた。小さなメダルが50枚集まったのでメダルおじさんのところに行った。しのびのふくをもらったので盗賊になったルディに渡す。ダンジョンにも行くから、装備は強いものの方がいい。しかしダンジョンには、あまり宝箱以外の場所にめぼしい物が落ちていることはないようだった。
「ここもなかったな」
「そうね。…ねえ、あんたその時、ここの洞窟に何しに来たの?」
「ああ、ほらノアニールが村中眠らされたことがあっただろ? あれの原因ていうのが…」
 一人で行った町や村、洞窟や塔を、誰かと一緒に回るのは、なんだか不思議な感覚だった。それぞれの場所を順番に訪れ、そこで自分が何をしたのかを話すのは、自分がどんな旅をしてきたのかを振り返ることでもある。
(長い旅してるなあ、俺)
 ノアニール、アッサラーム、すごろく場を経てイシス。かつて苦労した道のりは、今はラーミアでひとっ飛びだ。
「ちょっと何なのよここはー!」
 相変わらずミイラ大発生中のピラミッド。その頂上にあったメダルも拾う。行くまでの戦闘で金が貯まるのもいい副産物だった。レミラーマで見つかるのは小さなメダルが大部分のようだ。たまってきたのでまたメダルおじさんのところに行った。
「よし! これでセンドはメダルを60枚集めたので、ほうびにせいぎのそろばんを与えよう!」
 俺もルディも装備できない武器だ。すぐ換金だなと思いながら受け取ると、ルディが横からそれをじっと見ていた。
「どうかした?」
「…え、ああ……何でもないわ。ほんとにあるんだって思っただけ」
「ほんとにって、何が」
「それ。せいぎのそろばん。商人の最強武器なのよ。名前だけは何度も聞いたことがあるわ。戦う商人には、伝説の…」
 楽しそうに話し始めて、はっとしたように口をつぐんだ。
「ま、どうせあんたには使えないから意味ないけどね。売るんでしょ、それ。いい値段つくわよ!」
 早く行こうと俺をせかして、井戸の口へと走っていく。
(やっぱりあいつ、今でも商人に戻りたいんじゃ……)
 前にある背中を見ながら考える。
(…俺にできること、何かないのかな)
 装備品だから別に後でもと言った俺の手から取り上げるようにして、ルディはせいぎのそろばんを道具屋のカウンターに置いた。換金額は18750ゴールドだった。

 世界中を回り、メダルその他を集める旅は順調に進んだ。顔を出しづらいスーのあの町にもマントをかぶった変装姿で入り込む。今のあの町は楽しそうに活気づきながらも穏やかな雰囲気で、ルディは少し嬉しそうだった。旅の扉が連鎖するほこらをめぐり、船に乗り換えて幽霊船にも行った。
「…ネクロゴンドの洞窟のチェックも終わり、と。他に行ってない場所は?」
「エジンベアをのぞけば、もう終わり」
「ああ…そう。じゃあこれであたしもあんたも、きままな一人旅に戻るってわけね」
「あ、悪い。その前にもう一カ所」
「え?」
「一度行った場所じゃなくて、行ったことない場所なんだけど」
 世界地図を広げた。ほとんど色が付いた陸地の中に、唯一灰色のまま残っている地点がある。確か岩山に囲まれてて行けなかった場所だ。ラーミアなら行けるだろう。
「何もないかもしれないけど、あったらレミラーマ頼む」
「しょうがないわね。ま、最後だし、いい物見つけてあげるわよ」

 岩山を越えたその場所には、ひっそりと城がたたずんでいた。こんな外と遮断された城に、誰が住んでいるのだろう。遮断されているのはバラモスの城もそうだが、このあたりで魔王の噂は聞かない。
 中に入ってみると、入口にいた白い馬が一声いなないてから言った。
「不死鳥ラーミアに乗ってこられたのはあなたがたですね?」
 しゃべる馬はスーにもいた。ルディも今回は別に驚いてはいないようだったが、馬が衛兵をしている城というのはますます普通ではない。
「ここは天界に一番近い、竜の女王様のお城です」
「竜の女王様?」
「天界?」
 さっぱり分からない。俺はルディと顔を見合わせた。
「あなた方は、竜の女王様に会いに来られたのではないのですか?」
「…いや、そういうわけでは」
 レミラーマをしに来たとは言いづらい雰囲気だった。もっとも、そんなことを気軽に言える場所など滅多にないだろうが。
「そうですか。いえ、もし会いに来られたのだとしても、今お会いすることはできないのですが……」
「会いましょう」
 馬の言葉をさえぎって、別の声が響き渡った。
「女王様!?」
「おお…女王様」
 目の前の馬も、城にいる他の人々も、いっせいに驚いてなぜか上を見た。
 どこから響いているのかわからない声が続けて言った。
「よく、この城を訪ねてこられました。そなたたちに頼みたいことがあります。私のところまで来てください」
 そこで声はとぎれた。目の前の馬がおろおろしている。
「女王様はご病気なのです。お願いします。ご負担になるようなことは」
 頼みごとがあるのは向こうなのにご負担と言われても困るが、心底心配そうな馬の目を見ると曖昧にうなずくしかない。廊下を進み、重い扉を開けた。
「ようこそ。よく、いらっしゃいましたね」
 高い天井。広い部屋。俺たちを迎えたのは、一頭の大きな竜だった。
 あぜんとして見上げる俺を、竜は優しく見下ろした。
「城の者に聞いたかもしれませんが、私の命はもう消えようとしています」
 聞いていない。病気だと聞いただけだ。
「けれど、一つ気がかりがあります…」
 女王は一度目を伏せ、しばらくしてまた俺を見た。金色の穏やかな瞳だった。
「そなたには、魔王と戦う勇気がありますか?」
「え……ああ、はい」
 勇気があるかどうかはわからない。が、戦うことになるのは確かだし、中止しようとも思っていない。だったら、この答えで問題ないだろう。
「そうですか。ならば、この光の玉をさずけましょう」
 俺の手の上にゆっくりと落ちてきた玉は、何もしていないのにまぶしいくらいに光り輝いていた。
「魔王の闇の衣は、この光の玉で消え失せます」
「闇の、衣?」
「魔王はそれを身にまとっています。魔王と戦うことがあれば、それとわかるでしょう。この光の玉で、一時も早く平和が訪れることを祈ります」
 女王はそう言って目を閉じ、微笑んだ。
「…生まれ出る、私の赤ちゃんのためにも…」
 その姿が一度輝いたかと思うと、薄れて消えた。後には卵が一つ、残っているだけだった。

 竜の女王様が亡くなられたということで、城は悲しみに包まれている。
 しかし、その死を目の当たりにしたはずの俺には、今ひとつ実感がわかなかった。光って薄れて消えるという、その死の形のせいかもしれない。そういえば、竜の女王様が何者だったのかも、よくわからないままだ。
「ねえ」
 どうやら同じように実感がないらしいルディが、俺の耳元でささやいた。
「この城に、あと一つ宝の気配」
「おー」
「どうする?」
「…分かってて聞くなよ」
 あの町の牢でのやりとりを思い出し、俺は苦く笑った。そういう話を聞いてしまったら俺が無視できないことを、ルディは俺以上に知っているはずだ。
「あ……そういうつもりじゃ」
 ルディは少しうろたえ、困ったように黙りこんだ。それから小さな声で言った。
「…あれ、あの時……ごめんね。ちょっと、ずるい手使った」
 俺は口を開けて、言う言葉を探した。なかなか出てこなかった。あのルディが俺に謝った。しかもあの牢の件で。これはどう考えても間違っている。あの時のことは思い出したくもないが、謝らなければならないのはどちらかというと俺の方だろう。
「何でお前が謝るんだよ。お前を牢から出さなかったのは俺だろ」
「は? 馬鹿? 『とりたて』に逆らえる人なんかいないのよ。あれは心を縛るものなんだから。逆らえないって分かってるから言ったんだもの」
「…………」
「何よ。実は傷ついてたとか? あんなことで?」
「それはお前だろ。泣いてたくせに」
「ば、馬鹿じゃないの!? 誰が…」
「しーっ」
 むきになって大声を出し始めたルディをあわてて止めた。悲しみに沈む城では目立ちすぎる。大きな窓のそばに立っている女性がこちらを見ていた。ごまかすように会釈したが、気にしていないらしく微笑んで会釈を返してきた。
(…エルフ?)
 人間ではないようだ。そういえばこの城には人間は俺たち以外いないようだが。
「センド…」
「ん?」
「あの人のすぐそば。あの窓のところ」
 何が、と聞こうとして、その場所で何かが光るのが俺にも見えた。この城に残る宝が、そこにあるのだろう。俺は窓の方へと歩いていった。
「すみません、こんな時に騒いでしまって」
「いいえ。あなたは女王様の大切なお客人。お心のままになさっていいのですよ」
 じゃあそこにある物ももらいます、と心の中で言い、俺は床に落ちているそれに近づいた。どうやら小さなメダルのようだ。拾おうとした時、女性が小さく「あ」と声を上げた。ぎくっとして顔を上げ、聞いた。
「何か」
「いえ…。あなたは、勇者でしたね」
「はい」
「もし、真の勇者の称号を得た者がいたなら、その光の中で天界に導かれるそうですわ」
「真の…?」
 窓から日の光が差し込み、床を照らしている。メダルはその光の中に落ちていた。俺は首をかしげながらその光の中に入り、メダルを拾った。何も起こらない。
「勇者だけど、真の勇者ではないみたいです」
 窓のそばに立つ女性は何も答えず、微笑んだだけだった。

「じゃあ、これでお別れね。はい、これ」
 スーのあの場所で町作りをするために別れた時とおなじように、ルディは装備していたしのびのふくを俺に投げてよこした。
「これからあんたは魔王討伐? ま、せいぜいがんばってね」
「ああ。お前はこれから泥棒生活か」
「言い方が悪い! 古代の秘宝を探したり、奪われた宝を魔物の巣から盗み返したり、盗賊にも色々あるんだから!」
「ふーん」
「何よその反応!」
 本当は、商人の方が似合うと思う。けど、そんなことを言えるはずがない。
(いつか俺に、何かできるようになったら)
 ルディは手を振って去っていった。これからどうするつもりなのかは知らない。

 メダル70枚の景品、しっぷうのバンダナをもらいに行き、ルディに返されたしのびのふくと一緒に換金した。返済もずいぶん進んだ。集まったメダルも増えて、今は75枚だ。
(さて、魔王を倒しに行くか)
 さっきまでより少し広くなったラーミアの背中で伸びをしながら、最後の戦いに思いをはせた。


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センド : 勇者
レベル : 40
E やいばのブーメラン/ドラゴンテイル/いなずまのけん
E やいばのよろい
E ふうじんのたて
E オルテガのかぶと
E ほしふるうでわ

財産 : 601 G
返済 : 273000 G
借金 : 727000 G