33.バラモス城  -- 2


「ついにここまで来たか、センドよ。この大魔王バラモスに逆らおうとは身の程知らずな…」
 ようやく魔王と対面した。といっても今までさんざん城の中をうろついてきたし、この部屋に入ったのも初めてではない。魔王バラモスは外見もそれほど強そうに見えず、ヤマタノオロチの時のような見るだけで苦しくなる威圧も感じなかった。なぜか俺の名前を知っていて気味が悪い、とは思ったが。
「ここに来たことを悔やむがよい。もはや再び生き返らぬよう、そなたのはらわたを食らいつくしてくれるわ!」
 聞き捨てならないセリフとともにバラモスは襲いかかってきた。
(生き返れない?)
 炎、メラゾーマ。物理攻撃も重い。2回攻撃。
 即死するほど圧倒されているわけではないが、死なない自信はまったくない。というより死ぬ自信がある。今までだって、強敵が現れるたびに毎回死んできた。
(動揺するな)
 どっちにしろ死ぬ。だったら冷静に、どう攻撃するのが効果的なのか、死ぬまでの間に観察して、どう戦えばいいのか見極めなければ。
(大丈夫、俺は生き返れる)
 何回死んだかなんて覚えてはいないが、あばれザルに撲殺されても、オロチの炎に焼かれても、ボストロールのこんぼうの下敷きになっても、ちゃんと生き返ってきたじゃないか。相手が魔王になったからといって、それが何だというんだ。
(お、くさなぎのけんが効く)
 守備力を下げると、てきめんにこちらからのダメージが増える。下げながら攻撃してみたが、攻撃パターンを読み誤り、俺はそこで死んだ。
「おおセンドよ、死んでしまうとはふがいない」
 気がつくと、いつもの通り王の間だった。安堵の息をつく。ちゃんと生き返れた。死んだ俺のはらわたをどうしようが、そんなことはどうでもいい。ここに戻ってくることさえできればいいんだ。間をおかず、また挑戦しに行った。
「何度来ようとも同じこと。このバラモスがどれほど偉大か、思い知らせてくれる」
 今度は生き返れぬようにしてやるとは言わなかった。再挑戦しに来たことでその件はあきらめたのかもしれない。
(ああ、何度でも来てやるさ)
 くさなぎのけんで守備力を下げ、攻撃する。メラゾーマを使ってくるのがやっかいだ。ダメージを読み誤らないように注意しながらベホマと攻撃を繰り返した。MPが切れるまで粘ったが、攻撃が足りずに死んだ。
「おお、センドよ。死んでしまうとは…」
 王様の言葉もろくに聞かず、王の間を出る。歩きながら手持ちの金をチェック。630ゴールドだった。千ゴールド以上あったら返済だが、その必要もない。城下町を出てラーミアに飛び乗り、またバラモス城に向かう。
(あのメラゾーマは嫌だな)
 あれのダメージがきつい。なんとかしなければ。城の魔物をいなしてバラモスの部屋に飛び込む。死んでからまた来るまでの時間の短さのせいか、バラモスが目を見開いた。3度目の挑戦。
 まふうじのつえを使ってみた。最初はきかなかったが次のターンできいた。よし。
 メラゾーマがなくなると総ダメージがかなり減る。ベホマを使う頻度も減ったおかげでMP消費も少なくなり、この戦闘にもっと長く耐えられるようになった。今回も死んだが、前2回よりはだいぶ長い戦闘だった。
「おおセンドよ、死ん…」
 手持ちの金は516ゴールド。また急いでバラモス城に向かった。短い間にどんどん来られた方が、魔王も嫌だろうと思ったからだ。心理攻撃というより単なる嫌がらせだ。
(しかしあいつ、あれだけ攻撃してるのにまだまだHPありそうだな)
 今までで一番タフな相手かもしれない。さすがは魔王だ。最初にまふうじのつえを使い、その次にくさなぎのけんで守備力を下げる。多分それはこれから先も同じだろうが、くさなぎのけんは相当しつこく使った方がいいような気がしてきた。あれだけHPがあるのなら、限界まで守備力を下げた方が後々の投資になる。
 などと考えながらバラモス城に入ったら、いきなりじごくのきしのやけつくいきで麻痺して死んだ。
「おおセンドよ。死んでしまうとはふがいない」
 まったくだ、と思う。手持ちの金は258ゴールド。せっかく間髪入れずに攻めていこうと思ったのに、間が開いてしまった。残念だとは思ったが、気を取り直してまた魔王を訪ねて城に行く。殺したはずなのにまたすぐ来たというのも嫌だろうが、少したってから来られるのもそれはそれで嫌だろう。そんなに急ぐこともない。
 また、魔王との決戦。ここにきて俺はようやく、竜の女王様にもらった玉のことを思い出した。しかし使うといってもどう使うのかよくわからない。それに、竜の女王様は戦えば分かると言っていたが、別にバラモスは闇の衣なんていうものを身につけているようには見えなかった。
(まあ、装備は変わることもあるだろうしな)
 玉のことはひとまず考えず、戦いを続けた。慣れてきたせいか、落ち着いて相手の攻撃を観察できるようになった。魔法を封じると、バラモスの攻撃は単純なローテーションだった。物理攻撃→炎→物理攻撃→バシルーラ、以下繰り返し。
 次の攻撃がわかると、自分にベホマをかけるタイミングにもさらに無駄がなくなる。今回は全部読みながらやれた。が、MPがなくなって死んだ。これは完全にレベル不足だ。バラモスは少し放置して、この城でレベルを上げさせてもらうことにしよう。

 レベルが上がってギガデインを覚えた。勇者だけが使える、超強力な呪文だ。
(これで一回試してみるか)
 バラモスに挑みに行き、いつもとは違う戦い方をしてみることにした。戦闘開始から覚えたてのギガデインを連発。というのも、バラモスのこの異常なタフさはHPの多さのせいではないようだからだ。攻撃しながら観察していると、前のターンでつけた傷が次のターンで消えていたりする。回復呪文を唱えているわけでもない。どうやら魔王ともなると、ある程度の傷は自動的に回復してしまうらしい。
 だから剣でこつこつ攻撃し続けるより、出会い頭に一気に大ダメージを与えればもしかしたら、と思ったのだが。残念ながらギガデインの消費MPがあまりにも大きいため、すぐMPが切れて死んだ。まあ予想はしていたことではあった。ギガデインには頼れないことがわかったのが今回の収穫だ。手持ちの金が645ゴールドになった。
 もう一度、今度はギガデインを使わないでどこまでいけるかやってみる。レベルが上がったのだから与える総ダメージ量も増えるはずだ。
「何度来ても同じこと…」
 バラモスの目に心なしか焦りの色が見える。それはそうだろう。殺しても殺しても現れる上、多分俺はそのたびに少しずつ強くなっているはずだ。しかし、その焦りがバラモスにとって良い方に出てしまったのか、いつもは俺が先に攻撃するところをバラモスに先に攻撃された。ちょうどHPが少なかったので死んでしまった。手持ちの金が890ゴールドになった。やれやれ。
 もう一度だ。MPがつきるまでの戦闘でなければ、今のレベルで倒せるかどうかがわからない。しかし今回は、バラモスにたどり着く前にエビルマージに眠らされ、気がついたら王の間だった。くそ、もう一度だ。
 やっとバラモスまで行き、MPがつきるまで戦った。そして死んだ。つまりこれはレベルが足りないということだ。よし、レベル上げだな…と思ったが、その時ふと考えた。今までずっとほしふるうでわを装備してきたが、これをごうけつのうでわに変えてみるのはどうだろう。攻撃力も上がり、いつもバラモスに先制攻撃をされるだろうから行動パターンも安定もするのではないか。
 しかし実際やってみたら失敗だった。受けるダメージが増えるわりに与えるダメージはあまり変わらない。その上いつもバラモスが攻撃を先にしてくるわけでもなく、よけいに不安定だ。失敗。つまり死んだ。どうもあまり意味がないようなので、ずっと袋をあたためていたこの腕輪は売った。
 また1つレベルを上げ、挑戦。途中で先に攻撃されて死んだ。休まずまた挑戦しに行く。今度はMP切れまで粘ってから死亡。つまり、レベル上げをしなければならない。

 レベル上げの間に死ぬのは情けないが、ホロゴーストのザラキで死んだ。今まで一度も効かなかった即死系呪文がついに効いてしまった。俺にも効くことが判明した。一度効くとこれからどんどん効くようになるのではないかと心配しながらレベル上げを続けていたら、今度はエビルマージに眠らされて死んだ。またか。ノアニールの洞窟での、マタンゴとの苦い思い出が蘇る。
 そうこうしているうちにレベルが上がって、またバラモスに会いに行った。
「何度来ても同じこと…」
 同じじゃない。同じのわけがない。そのことは、あんたが一番よく分かっているはずだ。誰も入れなかったネクロゴンドに入れた時点で、もう道はできてしまった。あとはただ通うだけ。戦い続けるだけだ。
 途中で先に攻撃され、死んだ。もう一度だ。アリアハンの王の間からネクロゴンドの王の間へ、すぐにとんぼ返りする。
「また、来たか」
 入ってきた俺を見て、バラモスの顔が歪んだ。
「…さっき、殺したばかりだぞ。原形をとどめぬほどにな。死しても蘇るのが勇者……しかしそなたのような者は、魔物でも見たことがない」
 そんなことを言われても答えようがない。嫌な顔をすればいいのか、胸を張ればいいのか。
「愚か者め。そなたが今、勇者として人間どもに褒めそやされ、英雄扱いされるのは、人間どもがわしを恐れるがゆえ。わしがいなくなれば、そんなものはたちまち消え失せるのだ」
「…英雄?」
 英雄扱い、か。スーの町でのあの騒ぎのようなものだろうか。そんな扱いはいらない。第一、英雄扱いされる勇者というのは、俺みたいなのじゃないだろう。借金作ってでも勇者らしいことを続けて、結局火山の火口に落ちた、誰かのようなのをいうんだ。
「俺は、あんたが考えてるような勇者じゃないよ。英雄になんて元々なってない」
「人間どもの英雄としてでなく、わしを倒しに来たのか。何度死んでも、そのようにまた来るのか」
「ああ。来るさ」
 俺の目的は、借金を返すこと。旅を続けるうちに、それに何か混ざったような気もするが、結局はいつもそこに戻っていく。その借金は、まだまだ残っている。しかし…。
「もう、他にやることがないんだ」
 まふうじのつえを出して身構えた。勇者らしい問答なんて、多分俺には似合わない。
「…一応、あんたを倒さなきゃいけない理由もあるけどな」
「理由だと…? どのような理由だ」
「あんたに言っても、多分わからない」
 ネクロゴンドの生き残りの人々が住むあの洞窟。墓を調べて見つけた、小さなメダル2枚とすごろくけん。
『そなたなら、きっと魔王を討ち滅ぼしてくれるであろう』
 あれは、その報酬の前借りだ。メダルはもう景品と交換して、その景品も換金して返済に充てた。
(借りた物は、返す。…できる範囲で)
 この魔王を倒すのは、多分できる範囲のことだ。俺がまふうじのつえを振り上げたのが、戦闘開始の合図になった。今回は一発で魔法を封じこめた。次はくさなぎのけんだ。我ながら手慣れた持ち替えだった。
「こしゃくな!」
 炎を吐いてくる。物理攻撃。バシルーラの空打ち。時々先に攻撃されたが、HPがある時だったから死ななかった。
(今度はどうだ)
 MPがなくなるまで戦い続けられるか。できたとして、それで魔王を倒せるか。
 剣での攻撃と、ベホマ。少しずつ減ったMPが、残り9になった時。
「ぐっあっ……!!」
 ついにバラモスは、血を吐いて倒れ伏した。
「お、のれ……センド……わしは……あきらめぬぞ……」
 その体が崩れ、地の底に吸い込まれるように消える。魔王バラモスの最期だった。
「……はー……」
 終わった。ついたため息と一緒に、体から力まで抜けていくようだった。
(……疲れた)
 今回の戦いの疲れだけではなく、連続して死んだことによる死に疲れもありそうだ。一度休んだら当分起きあがれないかもしれないと思いながらも床に座り込む。疲れのせいか、眠くなってきた。この城の魔物は、魔王が死んでも襲ってくるだろうか。殺されるかもしれない。なんでもいいから休みたい。魔王も倒したのだから、少しくらいはいいだろう。残りの借金、どうしよう。
 眠りに落ちる前のとりとめのない頭の中に、どこからともなく誰かの声が入ってきた。
「…センド…センド…私の声が聞こえますね?」
 誰だっけ、とぼんやり考える。聞き覚えのある声だった。
「あなたは本当によくがんばりました。さあ、お帰りなさい。あなたを待っている人々のところへ…」
 ああ、そうだ。この声は。
『…あなたの涙を誰も見ることはありません。なぜならあなたは根っこからの一匹狼だからです…』
 旅立ちの日に見た夢で、ろくでもないことを言った、あの……。

 目が覚めると、背中に柔らかい感覚があった。起きあがり、ラーミアの背中にいることに気づいた。空の上ではなく、ラーミアは地面に下りていた。見覚えのある城がすぐ近くに見える。アリアハン城下町の、入口のすぐそばだった。ラーミアがバラモス城から連れてきてくれたらしい。なんだか嫌な夢を見たような気がするが、思い出せない。まあ夢の内容なんてどうでもいい。
「アリアハンにようこそおかえりなさいまし!」
「魔王バラモスを倒したという噂はすでにここまで届いていますわ!」
 城下に入ろうとしたところでいきなりそんなことを言われ、俺は口を開けて立ちつくした。何で俺が帰るより前に知っているんだ。どうもネクロゴンドの王様からアリアハンの王様に知らせが行ったようだが、俺はそんなに何日も寝ていたのだろうか。そういえば死に疲れはなくなっているような気もする。
「さあ、早く王様のもとへ!」
 言われて城への道を歩く。町の人々は大喜びだった。この喜びをなんとか借金返済に回せないものかと思うが、バラモスが言っていた通り、魔王がいなくなった今では多分無理な話だろう。
「おお、センドよ! よくぞ魔王バラモスを討ち倒した!」
 死んだ後でもないのに王の間に入るのは、旅立ちのあの日以来だ。
「しかもたった一人で倒してしまうとは! さすがオルテガの息子! 国中の者がセンドを讃えるであろう」
 ふがいないと言われないのもあの日以来だ。
(そういえばあの日、王様に期待していると言われたっけ)
 嘘だろう、などと考えたものだが、結局はその期待通りになった。借金のことはともかく、それは嬉しい。
 一人での戦いの褒美としてバスタードソードをもらった。いい剣だった。いなずまのけんより攻撃力が上だ。魔王を倒した後でもらっても武器としての意味はないが、換金すれば相当高そうだ。そういえば、王様に武器をもらうのもあの日以来だ。
「さあ皆の者、祝いの宴じゃ!」
 王様が声をあげ、兵士たちがトランペットの演奏を始めた。
 突然、王の間に差し込む陽光が消えた。空が暗い。そう思った時、うなり声のような地響きが鳴った。


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センド : 勇者
レベル : 45
E やいばのブーメラン/ドラゴンテイル/バスタードソード
E やいばのよろい
E ふうじんのたて
E オルテガのかぶと
E ほしふるうでわ

財産 : 644 G
返済 : 287000 G
借金 : 713000 G