36.リムルダール


 マイラにはオルテガの手がかりはなかった。借金返済が妙に順調になってきた以上、生きてさえいればいつかは会えるだろうなどとのんきなことも言っていられない。早く探し出して記憶を戻させて、残りを自分で返済させなければ。
(オルテガは大魔王を倒しに行ったわけだから…)
 大魔王を倒すには、ラダトームの対岸にあるゾーマ城に行かなければならない。目の前に見えてはいるが、あの城に入るのはやはり並大抵のことではないようだった。城のある島は魔の島と呼ばれ、周辺の海は大魔王が張った結界に覆われている。そのため、船で渡ろうとするとことごとく沈められるのだそうだ。
 ラーミアをこっちに連れてくることができればいいのだが、ルーラでついてきてないところをみると、ギアガの大穴を通ることはできないのだろう。つまり、こっちの世界でのラーミアやオーブに相当するものを探さなければならない。オルテガも魔王の城に行こうとしているのだから、それを探していれば会う確率も高くなるはずだ。
(…普通に考えればそうなんだが)
 しかし一抹の、というよりかなり大きな不安がある。俺は上の世界でネクロゴンドに入るためにオーブを集めたが、オルテガがオーブ集めをした形跡は全くなかった。どうやら最初からオーブに目もくれず、徒歩でネクロゴンドに入ろうとしたようだ。火口から落ちたのもそのせいだろう。
 そのあたりを考えると、もしや今回もという不安はぬぐえない。しかもネクロゴンドのバラモス城と違って今回は目の前に見えている。顔も知らない父親だが、性格はなんとなくわかってきたと思う。もしもオルテガが俺が考えている通りの男ならば、島までの遠泳を考えかねない。
 もし泳いで渡ろうと試みているのなら、どこをスタート地点にするだろうか。地図で見る限り、魔の島に近いのはやはりラダトームだ。だが島の東側にもかなり近い陸地がある。そこに行ってみることにして、俺はマイラから南に向かった。 

 マイラの南には洞窟があった。入ってみようとしたら、ちょうど中から数人の男が出てきた。
「おう、どいたどいた」
 洞窟の中からどんどん土が運び出されてくる。
「中で何をしてるんですか?」
 聞くと、男たちは笑いながら答えた。
「トンネルを掘ってるのさ。南の陸地につながるようにな」
「ここがつながりゃあ相当便利になるぜ!」
 大魔王の闇に包まれた世界にも、前向きな人々はいるようだ。すがすがしい気分になったが、その時にはっと思い当たった。
(トンネル。もしや)
 浮かんだのはオルテガのことだった。泳ぐ可能性は考えていたが、掘る可能性は考えていなかった。もし、オルテガが地中を掘り進んで魔の島に向かっているとしたら? 見かけたという情報があまりないのは、地中にいるせいかもしれない。だとすると、いる可能性が高いのはどのあたりだろうか…。
(駄目だ、落ち着け)
 考えすぎてだいぶ煮詰まってきたようだ。考えても仕方ない可能性まで考えてしまっている。初心に戻って地図を塗り、とりあえずこの世界の町すべてを訪問することにしよう。トンネルはまだ開通していないらしいので、俺はルーラでラダトームに戻った。今度は徒歩で南に向かおう。

 ラダトームの南、砂漠の中にドムドーラという町があった。アレフガルドはラダトームが支配しているようだからまあいいだろう、といつもと同じく金品あさりをした。いいかげんこういうこともやめたいのだが。
「あら? あなた上の世界の人?」
 宿屋にいた女が俺を見て首をかしげた。
 そういえばラダトームで地図をくれた男が、上の世界の人は日に焼けているからすぐわかると言っていた。そうだと答えようとして、俺は彼女も日に焼けた肌をしているのに気づいた。
「あ……あなたも上の世界の人ですか」
「ええ。やっぱりわかる? 私は昔、アッサラームという町で踊り子をやっていたの。しつこいお客から逃げてこっちに来ちゃった」
 どれだけしつこい客がいたら異世界まで逃げる羽目になるのかと思ったが、彼女は平然としていた。こっちに来るというのはそんなに大変なことでもないのかもしれない。
「座長はお元気かしら。もし会うことがあったら、レナは元気でやっていますと伝えてね」
 こういう頼まれ事は律儀にこなすのはすでに身に付いた習慣だ。俺はすぐにアッサラームの劇場に飛んだ。
「そうですか。レナが元気で…。それはよかった」
 名前を出すと、座長は何度もうなずき、なつかしそうに遠い目をした。今どこにいるのかと聞かれたらどうしようかと思ったが、客から逃げたという経緯のせいか、それは聞かれなかった。そしていい話を聞かせてくれた礼にと、まほうのビキニをもらった。
 礼の品としては正直どうかと思うが、換金したら高額だった。もしかしたらレナに渡してほしいという気持ちでくれたのかもしれないが、すでに換金したので手遅れだ。

 結局、ドムドーラにも魔王やオルテガの手がかりはないようだった。東にメルキドという町があると聞き、教えられた通りに橋を渡って東へ向かった。
(…道、間違えたか?)
 歩いても歩いても町など見えてこない。そろそろ一度引き返そうかと思い始めた時、ようやく町らしき建物が見えてきた。しかしメルキドは高い城壁に囲まれた町だという話だったが、その町の城壁はそれほど高くは見えなかった。
「ここはリムルダールの町です」
 町に入って聞いた名は、やはり別のものだった。まあ順番が変わっただけだから別にかまわない。どちらにしても全ての町を訪問する予定だ。例によってオルテガのことを聞きながら金品あさりをしたら、なぜかさとりのしょがあった。こんなものを2つ持ってても何の意味もない。よく分からない町だ。
「…オルテガ様?」
 ほとんどの人はオルテガを知らなかったが、町はずれにいた男はその名前に反応して不思議そうに俺を見た。
「なぜ、オルテガ様を探しているんだ?」
 どうやら知っているらしい。俺は男にくってかかった。
「知ってるんですか!? 俺はオルテガの息子です!」
「な、何だって? ……そういえばよく似ている。息子さんがいたのか。あの方は記憶をなくされていたから、そういうことも何も話されなかったが…」
「どこにいるんですか、父さんは!」
 男の言葉をさえぎってたずねた。我ながら必死すぎる剣幕だが、記憶をなくしたまま大魔王に立ち向かう父親を思う息子の態度としては不審なものではなかったようだ。
「あ、ああ。オルテガ様は、あの島に渡ろうと何度も試みておられて…」
「試みてって、どうやって?」
「船では結界に沈められるので、身一つて泳いで…」
 やっぱりか。思わず歯ぎしりする。どうせ魔の島に渡る方法のヒントが耳に入っても無視しているに違いない。追いかける身にもなってほしい。
「それで、渡れたんですか」
「いや、やはり結界のために海が荒れ、何度挑戦しても失敗続きで」
 他の手段を考えようとは思わないのかと言いたかったが、俺は黙って続きを聞いた。
「この町の北西に岬があるんだが、魔の島からの距離がアレフガルドで一番短いのがそこなんだ。そのことに気づいてからは、オルテガ様は主にあの岬からの飛び込みを繰り返しておられた」
「北西の岬ですね!」
 そこに向かおうときびすを返しかけた俺に、男はあわてて付け加えた。
「あ、しかし先日様子を見に行った時には、もうおられなかった」
 苛立ちのあまり鼻息が荒くなってくる。男は困ったような表情になった。
「…もしかしたら、もう渡ったのかもしれない。しかしあの岬は、確かに魔の島までの距離は短いが、海面からの高さがかなりある。他の場所から挑戦することにしたのかも…」
 こんな父親嫌だ。海を渡るという目的に対して泳ぐことしか思いつかないのか? その果てしないバイタリティには感心するが、あんたが残した借金を返済している息子は、そんな規格外の力は持っていないんだ。
 何はともあれ、その岬に向かってみることにした。礼を言って立ち去ろうとすると、男は思い出したように言った。
「そうだ。宿の私が泊まっている部屋に、オルテガ様からいただいた物が置いてある。よかったら持って行ってくれ」
 よけいなことを言ってくれる。俺はオルテガの物なんてほしくないし、オルテガはこの人にあげたんじゃないか。だが、くれると言われれば、「え、でも」などと言いながらもすでに俺の足は宿屋に向かい始めていて、装備品か換金不可能な物だと判明しない限りは止まることはない。男は歩いていく俺を見送りながら言った。
「世話になった礼にと下さったんだが、私は魔物たちと戦っているわけではないし、君が持っていた方がきっと役に立つだろう」
「そ、うですか? ではお言葉に甘えて」
 欲しいわけではないが、そう答えなければ宿に向かって歩いていることの説明がつかない。俺の背中に、男の少し嬉しそうな声がかかった。
「きっと記憶をなくされていなければ、息子である君にあげたかったと思うんだ」
 宿の部屋にあったのは、「いのちのゆびわ」という装飾品だった。身につけているだけでHPが少しずつ回復する装飾品だ。便利だがほしふるうでわを身につけているので、あまり使う機会はなさそうだ。
(指輪か…)
 同じデザインの物を母さんが持っていたりはしないだろうか。いくら記憶をなくしていても、さすがに結婚指輪を人にやったりはしない…と思いたい。だが念のため、家に帰ってもこれは母さんに見られないようにしなくては。

 男の言っていた通り、町の北西にある岬には誰もいなかった。岬は切り立った崖になっていて、はるか下に暗い海面が見えた。俺なら飛び込んだだけでアリアハンの王の間に直行しそうだ。
 オルテガはここで飛び込みを繰り返していたという。繰り返していた……つまり飛び込んで泳ぎ、うまくたどり着けないとなったらルーラか何かでリムルダールに戻り、もう一度チャレンジ、などと元気なことをやっていたのだろう。想像しただけでげんなりしてくる。
(しかし、ここにいないということは…)
 魔の島にたどりついたか、別の場所に行ったか。男はそう言っていた。
 魔の島に着いてあの城に行ったとすると、多分俺はもう追いつけないだろう。あとはオルテガが勝つか、大魔王が勝つか。空は暗いままだからまだ大魔王は倒されてはいないだろうが、オルテガがゾーマに負ければ俺と同じく王の間に戻るはずだ。
 そういえば、オルテガが死んだらアリアハンに戻るのだろうか。それともラダトームだろうか。どちらからも旅立ったきりのようだから、きっとこれまで、死んだこと自体ないのだろう。さすが、本物の勇者は俺などとは違う。
(……?)
 ふと、何か大切なことを忘れているような気がした。考えてみたが、思い出せない。
(急がないと)
 また、焦りがわいてきた。オルテガとゾーマがぶつかり合えばある意味俺には好都合、と一瞬思いかけたのに、その考えに変な違和感かある。その前にオルテガを見つけなければならない。なぜだかわからないが、そんな気がした。


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センド : 勇者
レベル : 49
E やいばのブーメラン/ドラゴンテイル/バスタードソード
E やいばのよろい
E ふうじんのたて
E オルテガのかぶと
E ほしふるうでわ

財産 : 393 G
返済 : 359000 G
借金 : 641000 G