37.メルキド


 どうやら素通りしてしまったらしいメルキドに行くことにした。地図の灰色の部分を見れば大体場所の想像はつく。自分が通ってきたルートの南に、大きく灰色が残っていた。
 船で南に回って、そこから上陸した方が早そうだ。岩山が多かったから真南からは入れないかもしれないが、歩いて行くよりはましだろう。リムルダールから南下し、西に回ることにした。
(お、あれは)
 その途中にあった小島に、ほこらが建っているのが見えた。こういうものを見つけたら入るのが習慣になっている。しかし入ってみると、そこに一人でいた老人はまったく歓迎してくれなかった。
「ここは聖なるほこらだ」
「…はあ」
 何が聖なるなのかよくわからない。聞こうとしたが、老人は問答無用と言わんばかりに俺の前に手のひらを向けた。
「しるしなき者よ、立ち去れ」
 なんだかさっぱり分からない。それ以上そこにいても無駄らしいので、言われた通り立ち去った。

 岸に沿って船首を西に向け、進んでいくと海岸にまたほこらがあった。同じこと言われたら嫌だなと思ったが、中にいたのは老人ではなく小さな女の子だった。俺を見て顔色を変えて後ずさり、怯えたように言った。
「…あなた、人間?」
 どうやら彼女は人間ではないらしい。そういえば、竜の女王様の城にいた人たちとなんとなく雰囲気が似ている。俺がうなずくと、女の子は眉を寄せながら小さな声で言った。
「人間は、嫌い」
 ノアニールの森のエルフと同じような態度だった。しかし彼女は、戸惑ったように続けた。
「…でもあなた、オルテガに似てるわ」
 相変わらず、思わぬところで名前が出てくる。俺が驚いて目を見開くと、女の子はびくりとしてまた少し後ずさった。俺はあわてて、なるべく優しい声で聞いた。
「オ……オルテガが、ここに来たの? 何をしに?」
「別に、何も。通りかかったから立ち寄っただけみたい」
「ここ出て、どこに行ったか分かる? 今、どこにいるの?」
「知らないわ。魔王を倒しに行くって言ってた」
 あまり手がかりにはならない。思わずため息をついた。しかし女の子は、オルテガの名前のせいか、さっきよりもずっとうち解けた様子だった。
「人間は乱暴で、嘘つきで、すぐに私たちにひどいことをしようとするわ。だから嫌い。でも、オルテガは好きよ」
 相変わらずどこでも尊敬され、好かれている。俺の立場からすると少し複雑だが、そういう人柄なのだろう。それにしても、人間を嫌っている別の種族にまで好かれているとは。
「オルテガに助けてもらったとか、そんなことでもあったの?」
 少し興味を持って聞いてみた。しかし女の子は首を横に振った。
「ううん、そんなんじゃないわ。あのね、オルテガがここに来た時、私は怖かったから柱の陰に隠れてたんだけど」
「うん」
「でもオルテガはそれに気づいてわざわざ来て……。私はびっくりして、逃げようと思っても怖くて体が動かなかったの。そしたらオルテガは、私の頭をなでて笑いながら言ったわ。怖がらなくていい、大魔王は絶対倒すから、って」
 その時のことを思い出したのか、彼女はくすくす笑った。
「変な人。私が怖がってたのは、大魔王じゃなくてあの人だったのに。でも私、ああいう人は好きだわ」
 オルテガを知る人たちがオルテガのことを話す時にどこか嬉しそうな理由が、少しわかったような気がした。顔は俺と似ているらしいが、やはり中身は全然違う。
「ねえ。あなたはここに何しに来たの?」
「いや、俺も通りかかったから入ってみただけだよ。ここにいるのは、君一人?」
「ううん。お姉様もいるわ。そこの階段上がったところに」
 言われるまで気づかなかったが、このほこらには2階があるらしい。女の子は思い出したように言った。
「ここは精霊のほこらよ。私とお姉様は精霊。あなた、お姉様には会ったことあるかもしれないわね」

 階段を上がったところにいたのは、下の階の女の子と同じく緑色の髪に尖った耳の女性だった。会ったことがあるかもしれないと言われたが、見覚えはない。俺が挨拶するより前に、彼女は話しかけてきた。
「久しぶりですね、センド。私が誰か分かりますか?」
 顔には見覚えがなかったが、その声には聞き覚えがあった。
「……あ……バラモス城の」
「ええ、そうです。そしてあなたの旅立ちの日の朝、夢の中で呼びかけたのもこの私」
 バラモスを倒した後、半分眠りに落ちていた時に聞いたねぎらいの声。それからあの16歳の誕生日の朝、夢の中で聞いた声。
『…なぜならあなたは、根っこからの一匹狼だからです…』
「あの時はずいぶん失礼なことを言ったかもしれません。許してくださいね」
 軽く言われ、思わず脱力した。この人はなんでわざわざ俺の夢に出演して、あんなことを言ったのだろう。
「…あなたは、何者なんですか」
「私はルビス様にお仕えする精霊です。ルビス様はこのアレフガルドの創造主ですが、今は大魔王ゾーマに封印されているのです。ルビス様を助けてほしくて、私はずっとここで呼びかけてきました」
 そんなことを頼まれた覚えはない。あの時の夢で覚えているのは、一匹狼呼ばわりされたことだけだ。俺が首をかしげると、精霊は笑った。
「助けてほしいとは言いませんでした。けれど、今のこの世界で冒険の旅に出て、そのまま旅を続ければ、最後には大魔王と戦うことになります。このほこらにも立ち寄るでしょう。でも……私はたくさんの冒険者に呼びかけてきましたが、本当にここまで来たのはあなたが初めてです」
 精霊はそう言って、俺に灰色の杖を差し出した。
「これは雨雲の杖、というものです。魔の島に渡るために必要な物の一つ。さあ、お持ちなさい」
 俺はそれを受け取りながら聞いた。
「来たのは俺が初めてって…。さっき下で、オルテガが来たって聞きましたけど」
「ええ。しかし彼は、私が呼びかけた冒険者ではありません」
「……?」
「私は、不安や希望に揺らめき、高揚する心…旅の始まる直前の冒険者の心のありかを知り、それに語りかけることができます。そしていつも、これから始まる旅への助言をし、同時に私の声を覚えていてくれるよう、なるべく印象に残りそうなことを言ってきたのですが……」
 その結果があの言葉か。色々言いたいことはあったが、俺は黙って続きを聞いた。
「けれど、私がありかを知ることができるのは、様々な感情で揺らめいている心だけです。オルテガのことは、このほこらで会うまで知りませんでした。きっと旅に出る直前にも、彼の心に揺らめきはなかったのでしょう。彼は本当に強い人です。今も、ただ一心に魔王討伐を目指している」
 心の揺らめきとは、弱さのことなのだろうか。確かに俺の心は、さぞ動揺していたことだろう。
「…オルテガは強いから、この杖を渡さなかったんですか?」
「そうかもしれません。魔の島に渡るにはその杖だけではなく、他にも必要な物があります。ひたすらに大魔王打倒を目指す彼には、それを手に入れることはできないでしょう。けれどオルテガなら、たとえ何も手に入れなくても、自力で魔の島に渡ることができるかもしれない」
 もう渡っているような気もする。何はともあれ、泳がなくても渡る方法があるらしいことがわかったのは収穫だった。もう他に話すこともないので、俺は杖の礼を言って階段に向かった。
「センド」
 階下に降りようとした時、精霊はまた俺に呼びかけた。振り返ると、彼女は短い沈黙の後で俺にたずねた。
「あなたにとって、冒険はつらいものですか?」
「え? いえ、別にそうでも…」
 そう答えてから、同じ質問を前にもされたことがあるような気がした。きっと、旅立ちの日の夢の中で聞かれたのだろう。旅立つ前。どんな冒険になるか、まったく分かっていなかった時だ。俺は何と答えたのだろうか。もうその時の気持ちは思い出せない。

 ほこらを出てさらに西へと進み、ようやくメルキドに着いた。なんだか長い旅をしたような気がする。
 メルキドはやたらと陰鬱な雰囲気の町だった。ラダトームの町に初めて入った時にもそう思ったが、そんなレベルをはるかに超えている。死んだように道に転がっている人が何人もいて、酒を飲んだわけでもなさそうなのに「どうせ死ぬんです」などとつぶやいていた。比較的まともな人はちゃんと自分の足で立っていたが、「魔王を恐れるあまり、誰も働かなくなってしまった」とため息をつきながら言うだけだった。
 町の中央に、神殿らしき建物がある。しかし薄汚れていて、ところどころ壁にひびも入っていた。町のこの様子では、手入れする者もいないのだろう。入ってみると、中央で退屈そうに座っている老人がいた。入ってきた俺を見て座り直したが、姿勢は崩れたままだった。
「そなた、旅の者か」
「はい」
「そうか、ちょうどよい。この神殿に以前下った神託があるのだが、この町の者は誰もまともに聞こうとはせん。そなた、何かのついでにでも他の町に、この神託を伝えてきてくれ」
 神殿もひどかった。この町はもう駄目なのではないかと思う。
「よいか、言うぞ」
「…はい」
「魔の島に渡るのに必要なものは3つ。太陽の石、雨雲の杖、聖なるまもり。もしその3つを持つならば、聖なるほこらに行くがよい。以上だ」
 聖なるほこら。立ち去れとしか言わなかった老人がいる場所だ。太陽の石はもうあるから、あと必要なのは聖なるまもりというものだけだ。いつのまにか、かなり魔の島に近づいているらしい。

 こんなに投げやりな空気の中だと、民家のタンスをあさるのもあまり気がとがめない。そして投げやりになっているからなのか、タンスの中身は妙に素晴らしかった。
 営業している店としていない店があったが、宿屋は開いていた。入って部屋をのぞいた時、中にいた男と目があった。
「やあ」
 目があっただけなのに、男は笑いながら手招きをしてきた。この町の人々とは違う、明るい表情をしている。
「君、初めて見る顔だね。旅の人?」
「ええ」
「そうか、僕もだよ。よかったらちょっと話をしないか。他の町のことも聞きたいし。さあ入って入って。くつろいでくれ」
 旅慣れているのか、宿の部屋が自分の家のような態度だった。言われた通り中に入って椅子に座ると、男はすぐにしゃべりだした。
「僕は吟遊詩人のガライだ。いや、この町はだめだなあ。ろくに人と話もできない。他のどの町より高い城壁に守られているというのに、その城壁が人の心にも影を落としているのだろうか…」
 よく口が動くやつだと思った。ガライという名前は聞き覚えがある。ラダトームの北にあった呪文が使えない洞窟の、さらに北にぽつんと建っていた家。そこで聞いた、なかなか帰ってこない困った息子の名前だ。
 俺も自分の名を名乗り、お互いに旅の途中に立ち寄った町のことを話した。といっても俺にはあまり話すことはない。途中からはガライの話を聞くだけになったが、その話が妙な方向に進み出した。
「あのさ、僕には夢があるんだよ」
「夢?」
「そう。僕は町を作りたいんだ。様々な出会いや別れ、詩情にあふれる町を。川のせせらぎ、鳥の鳴き声、通りを過ぎゆく人々は互いに笑顔を交わしあい、寒い冬にも家の中には優しいぬくもりがあり、子犬の横には、あ、ちょっとまだ話の途中だよ」
 独り言をしゃべり始めたのかと思い、部屋を出ようと立ち上がったら止められた。どうやら俺に話しているつもりだったようだ。
「話の途中で出て行こうとするなんてひどいじゃないか」
「いや、そんなこと俺に言われても何も答えようがないし」
「まあ聞きなよ、ここからが本題だ。いいかい、いくら町を作りたくても、僕は吟遊詩人。町作りには商人の力が不可欠だ」
 どこかで聞いたような話になってきた。どうやら本気で町を作りたがっているようだが、町を作ろうとするやつというのはみんな他力本願なのだろうか。
「なあ、センド。君、もしかして上の世界から来た?」
「ああ」
「やっぱり。何か覇気があるような気がしたんだよ。いいね、この絶望にうちひしがれた世界の人々とは毛色が違う何かを持っている……僕が求めているのもそういう人材なんだ」
 人材、ときた。なんとなく図々しい言い草に聞こえる。
「商人が欲しいんだよ。レベルなんか低くてもいい、大事なのは心意気さ。ねえ君、上の世界に商人の知り合い、いないかな」
「…前にはいたけど」
 今は商人じゃない、と言いかけて止まった。
(ルディが、商人を続けられなくなったのは)
 あの町の商人に、世界中に手を広げているやつが多いからだ。アレフガルドだったら、あの町のことは何も関係ない。
「いるの? 心当たり」
 ガライの目が輝いた。 わからないとだけ言って俺は宿を出て、アリアハンに飛んだ。

「ルイーダ」
「あら、センド。久しぶりね」
 ゴールド銀行で返済をすませ、めずらしくその奥に足を踏み入れた。
「ルディと連絡取れる?」
「珍しい。初めてじゃないの? あなたが自分から仲間を探すなんて。ちょうどいいわ、彼女なら…」
「あたしがどうかしたの?」
 声が聞こえ、本人が酒場の2階から降りてきた。ルイーダが笑いながら言った。
「…ちょうど一仕事終えて、新しい仕事を探しに来てたところよ」
「あ、センド! 聞いたわよ。あんた、とうとう魔王倒したらしいじゃない」
 そういえばバラモスを倒した後は、ルディとも会っていなかった。ゾーマのことは王様に秘密にと言われているから、こんなに人の多いところで話すのも気が引ける。
「今、仲間になれるか?」
「…かまわないけど。どうせ今お金持ってないし」
 終わったという仕事は失敗だったらしい。盗賊の仕事はハイリスクハイリターンなものばかりだとぼやいて、ルディは肩をすくめた。
「でも、あんた魔王倒したんじゃないの? 今さら仲間って何よ」
「いや、それが…」
 酒場から出て、俺は魔王バラモスが実はゾーマという大魔王の手下だったこと、そしてそのゾーマの手で闇に包まれている異世界があることを話した。ルディは目を丸くして聞いている。
「だから、もしお前が商人にまた戻りたいなら、そっちに行けば商売できると思うんだけど……」
「行く!」
 ルディは全く迷わずに言った。話を持ちかけた俺の方がたしなめ役に回った。
「もっとちゃんと考えろよ。こっちとは別の世界だぞ。しかも魔王に支配された…」
「別の世界だから何なのよ。そんなことどうでもいいわ。どうせこっちに何か未練があるわけでもないし」
 やはり商人には相当未練があったらしい。話しながらどんどん表情が明るくなっていく。
「あんたもたまにはいい話持ってくるじゃないの! よし! 転職する前にそのアレフガルドって世界でレミラーマ使いまくって、あんたが取り逃してたもの、探してあげる!」
「……あ…」
「何よ。嬉しくないの?」
「いや……ありがとう」
 今はそれほど借金を減らしたいわけではないが、そんな申し出をされたら受けるしかない。
「あ、それから。アレフガルドにも新しい町作りたがってる奴がいて、商人の協力を欲しがってるんだけど」
「…へえ」
「どうする?」
「そうね。ま、会うだけ会ってみるわ」
 そっちはあまり気が進まないようだった。それも当然だろう。ルディは町作りをした結果、商人でいられなくなったのだ。別の世界に行けばまた商人になれるのに、そこでも町作りをするなど躊躇するに決まっている。

 とりあえずメルキドに飛び、ガライのいる宿屋に向かった。部屋に入ると、ガライは俺の後から入ってきたルディをぽかんとした顔で見て、それから俺を見た。そして何度か俺とルディを見比べ、俺がルディを紹介する前に口を開いた。
「…センド。この人が、君の知り合いの商人?」
「悪いけど、今は盗賊よ」
 ルディがむっとしたように言った。どうやらガライの反応に気を悪くしたらしい。
「前には商人だったけど、ちょっとわけあって転職したの。これからまた商人に戻るつもりだけど、文句があるんだったら」
「あるわけないじゃないか!」
 ガライは勢い込んで大声を出した。
「君が今入ってきた時、僕は自分の目を信じられなかった。まさかこんなに魅力的な女性が商人として僕の前に現れるなんて…! 優しく均整の取れた顔立ち、秘めた力強さが感じられるしなやかな姿、それに、ああ、君はなんてきれいな瞳をしてるんだろう! 町作りに伴うどんな困難も、君と分け合えるのならばすべて美しい歌になりそうだ!」
「ちょ、ちょっと。あんた、ちゃんと話聞いてた?」
 ルディは戸惑ったようにガライの言葉をさえぎった。
「あたし、今は盗賊なのよ? 元盗賊の商人でいいの? これからレベルもまた1になるし…」
「最高だよ! 盗みと商売は同じ神が司ると言うだろう? 商人から始めて盗賊を経てまた商人に戻るなんて、君はまさに商売の女神だ! ああ、一番都合のいい夢を見た時でさえ、君のような人に会えたことはなかったよ。僕はなんて幸運なんだろう、君と町を作れるなんて!」
 ガライはもうルディが承知したものと決めこんで騒いでいる。そろそろ勝手に決めるなと言った方がいいだろうかと思いながら、俺は横目でルディを見た。
(…え!? おいおい…)
 予想していたようなあきれ顔ではなかった。驚いてはいるようだったが、顔を少し赤くして何度も瞬きしながらガライを見ている。どうやらまんざらでもないらしい。あんなことを言われて嬉しいものなのだろうか。俺にはとても理解できない。
「…ずいぶん、口がうまいわね」
 ルディは怒ったように言ったが、どうやら照れ隠しのようだった。ガライは相変わらず嬉しそうに答えた。
「それはほめてくれてるんだろう? 僕は詩人だから、心にもないことは言えない。今の自分の心のありようを、その一部でもつたなく言葉にしていくだけだ。それでも君に会えた喜び、君と一緒に町を作れるということに僕がどれだけ感激しているか、そういう気持ちが少しでも伝わったのなら…」
「おいガライ、悪いけど」
 そろそろ聞いているのが嫌になり、俺はその言葉をさえぎった。
「ルディは商人になる前に、少し用事があるんだよ。町作りはその後だ」
「え、用事?」
 ルディが不思議そうな顔で俺を見た。なんだか少し腹が立った。
「アレフガルド回って、レミラーマ使ってくれるんじゃなかったのか?」
「あ、そのこと。そうね」
 ガライに向き直り、ルディはひらひらと手を振った。
「じゃあ、そういうことだから。また来るわね」
「そうか…。名残惜しいなあ。でも、すぐに帰ってきてくれるんだよね? 君に話したいこと、たくさんあるんだよ。このアレフガルドのこと、僕の夢のこと、そして…」
 またべらべらとしゃべり始めたので、 俺は先に扉に向かった。ガライが慌てたように言った。
「あ、センド! 君にも何かお礼をしないと」
「お礼?」
 そう言われれば、相変わらず俺の足は止まる。
「あげられるものなんてそんなにないんだけど、僕のたてごとを進呈するよ。ラダトームの北にある僕の家にあるから、よかったら持って行ってくれ。まあ金に換えたりはできないし、使い道もあまりないし、ちょっと危険なものだけど」
 聞く限りでは何もいいところがない物のようだったが、とりあえず礼を言った。換金できないと聞いたせいか、急いで向かわなければという気持ちはない。先にメルキドにある物を回収させてもらうことにした。
「じゃあ始めますか。ついでにこの世界の町をざっと見て回れれば、町作りの参考にもなりそうね」
 どうやらルディは、ガライと町を作ることに決めたらしい。
「本当にいいのか? あんなのと……」
「面白そうじゃない、ああいう人と町を作るっていうのも。前とは全然違うことになりそうだし」
 確かに悪いやつではなさそうだ。作った町の牢に入れられたりということもないだろう。しかし前回の町作りの時とはまた別の意味で大変なのではないかと思う。本当にルディをこっちに連れてきてよかったのか、心配になってきた。

 アレフガルドは上の世界よりだいぶせまいので、回る場所も少ない。メルキドにある物を回収した後、船を出して通ってきたルートを逆戻りした。精霊のほこらと聖なるほこら、リムルダールとマイラの南のトンネル。ルーラでラダトームに飛んで町と城のものを回収、そして船をくれた男のいる小島をチェックし、北へ向かってガライの家で銀のたてごとをもらった。確かに換金できず、かき鳴らすと魔物が出現するというアイテムだった。あいつは本当に何のつもりなのだろう。
 そこからルーラでドムドーラに飛んだ。アレフガルドでもやはり、見つかるのは小さなメダルとすごろくけん、そして種や実が多いのだが、ここには妙な物があった。
「オリハルコンね」
「…何だそれ」
「鉱物よ。希少だけど扱いが難しいから、店での換金はできないわ。でも、もしかしたら個人的に欲しがってる人はいるかもしれないし、持っていったら?」
 キラキラした石ころにしか見えない。そんな物好きがいるだろうかと思ったが、一応袋に入れた。またルーラで次はマイラに飛ぶ。ここには妖精の笛というよくわからないものが埋まっていた。
 アレフガルド巡りはマイラで終わりだ。収穫を換金しに店に行った。カウンターの上に袋を置いて換金を頼むと、袋の中を見た店の主人が顔色を変えた。
「…これは!」
 そんなに驚くような内容だろうか。変なものを持ち込んだことは今までにもたくさんあるが、換金の時に驚かれたことなど一度もなかった。店の主人の手が震えながら袋の中から石を取り出した。
「オリハルコン……しかも、こんなに……」
 ついさっき拾ったばかりのあの石だった。店での換金はできないはずのそれを、道具屋の主人は泣きそうな顔でながめている。何事かと思いながらその様子を見ていると、主人ははっとしたように顔を上げて慌てたように言った。
「こ、これも、引き取らせていただけますか。2……いや、3万ゴールドで!」
「はあ!?」
 俺が驚いたのは提示された金額があまりに高額だったからだが、主人はそれを勘違いしたらしく、必死な様子で頭を下げた。
「それが私に出せる限界なんです。お願いします、是非!」
「え、あ、ちょっと待ってください…」
 俺はカウンターから離れ、小声でルディに聞いた。
「おい。さっきお前、これは店での換金はできないって…」
「言ったわよ。でも、個人的に欲しがる人はいるかも、とも言ったでしょ。さっそく現れたみたいね」
 俺は振り返ってカウンターの主人の様子を見た。向こうもこっちを見て不安そうな顔をしている。
「…売った方がいいのかな」
「あんたの物なんだから好きなようにしたら? ま、あたしに言えるのは、どの店に行ってもこんな金額では買ってくれないってことと、あの様子じゃ出せる最大ってのも本当みたいってこと」
 別に持っていても俺に使えるわけではない。結局換金した。道具屋の主人は大喜びで何度も俺に頭を下げた。一体あれをどうするつもりなのだろう。
 店を出ると、ルディが不満そうにつぶやいた。
「それにしても、交渉下手な人ね。あたしたちにあれの価値が分かってないのは一目瞭然なのに、いきなり自分に出せる最高額を言い出すなんて。商人の基礎がなってないわ」

 ダーマの神殿に飛び、ルディは商人への再転職をすませた。何か見た目が変わったわけではないが、やはり商人の方が似合っていると思う。
「それじゃ、ここでお別れね」
 メルキドの宿屋の入口でルディは言った。
「これからさっそく町作りか?」
「それはちょっと早すぎるわよ。あたし、まだこっちの世界のこと何も知らないし。ガライに聞いて、自分でもちゃんといろんな町を見て回って……それからね」
「あいつに聞いても無駄なことばかりしゃべりそうだけどな」
「そうでもないんじゃない? 町を作りたいって気持ちは本物みたいだし。そのためだったら真剣になってくれると思うわ」
 意外とガライの評価は高いようだった。 あんなのを信頼するのもどうかと思ったが、一応今後のパートナーになるのだろうからそれ以上言うのは控えた。
「それにしても、本当にこの町はひどいわね。とても商売なんかできそうにないわ」
 言われて改めて見回した。相変わらず道に人間が転がっている。他の町に比べて灯りの管理もいい加減で、道を歩けば転がった人間を踏みつけそうだ。
「けど、町は他の場所に作るんだろ?」
「こことも無関係ってわけにはいかないでしょ」
 ルディはそう言ってため息をついたが、気を取り直したように俺を見てにやりと笑った。
「ま、あんたが大魔王を倒せば、ここの人たちもこんな状態ではなくなるだろうけど」
 当たり前のようにそう言われ、俺は思わずルディをまじまじと見た。
「…何よその顔。あんたがこっち来たのは、ゾーマを倒すためなんじゃないの?」
 それはそうなんだが。というより、そういえばそうだった。 しかしラダトームに来てオルテガの生存を知って以降、俺は自分自身で大魔王に挑むということをほとんど考えていなかった。魔の島に渡る手段を探しているのも、父さんに会うためだ。
 レミラーマでのアレフガルド巡りの間、俺はルディに父さんの話をしていなかった。言ったら途中で中止にされるかもしれないと思うと、口から出てこなかったのだ。多分『とりたて』の影響だろう。回収が終わった今なら言える。どう言おうかと考え始めた時、ルディが楽しそうに言い出した。
「ねえセンド」
「ん?」
「あたし、けっこうあんたのために役立ってきたと思うのよ。あんたがあたしのために役立ってくれたこともあったけど、ギブアンドテイクというにはちょっとあたしの方が貸しが多いわよね。そう思わない?」
「……思う」
 それについては別に異論はない。今回の再転職には俺も役に立っただろうが、それもアレフガルド巡りで帳消しくらいだろう。
「でしょ? その恩人のあたしが、この世界に商人として骨を埋めようって言ってるのよ。だったらあんたは借りを返す意味でも、大魔王を倒してこの世界を救ってくれてもいいんじゃないの?」
 そう言われて、なぜか急に父さんのことを言う気が失せた。
 考えてみれば、父さんが自力で魔の島に渡れるかどうかだってまだわからない。今もどこかで挑戦し続け、失敗を繰り返している可能性もある。俺が魔の島に渡れても父さんはまだ渡れておらず、居場所も分からない。そんな状況になる可能性もある。
 もし、そうなったら。
「…そうだな。まあ、やれるだけがんばるよ」
「そうそう、その意気よ! 頼んだからね、あたしの商売のために!」
 ルディは握り拳を軽くつきだして笑った。
(もし、俺が魔の島に渡れて、その時にまだこの空が暗かったら)
 その時は、俺がやるしかないのかもしれない。そう思っても、それほど嫌ではなかった。 


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E ふうじんのたて
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