39.ドムドーラ
オリハルコンがあったのはドムドーラの牧場だ。拾い残しがないかという淡い期待を胸に、同じ場所をもう一度探してみることにした。
(……やっぱりレミラーマなしだと探すのもきついな)
馬に警戒されながらも草むらをかきわけて探してみたが、同じ場所にも、少し離れた場所にも、あの光る石はかけらも見あたらなかった。しかし、こんなところに無造作にあったくらいだから、もう少し周囲に散らばっていてもおかしくない。そして散らばっているのを全て集めれば、あの時見つけたくらいの量になる可能性もあると思う。
落ちているのが牧場だけとも限らない。俺はドムドーラをくまなく探してみることにした。しかし、地面を見回しながら武器屋の前を通りかかった時。
「いや、ですから今は、生まれてくる子供の名前を考えるのに精一杯で他のことは何も…」
「そんな理由で延期されても困るのよ。だったらあたしが名付け親になるわ」
覚えのある声に驚いて店の中をのぞきこむ。よく見知ったピンクの髪が揺れていた。その前で店の主人が困った顔をしている。
「そうね。トンヌラっていうのはどうかしら」
「あんたもう帰ってください」
俺は店の中に入った。邪魔になるような気もしたが、どうせ追い出されそうになっているからたいして変わらないだろう。
「おい、ルディ」
「あ! センド!」
「何やってんだ? お前メルキドにいたんじゃ…」
「ふふーん。いよいよ町作りが動き出したのよ。今度は商人の知り合いもいないから、いろんな町を回って素晴らしい才覚をお持ちの商人の方々に協力をお願いしてるってわけ。ね」
最後の「ね」で武器屋の主人に笑いかける。主人はまんざらでもないのと迷惑なのが入り交じったような顔をしていた。かなりしつこく勧誘されているようだ。
「あ、そうそう。驚いたわ! この町にアッサラームであたしの友達だった子がいたの!」
「……あ」
言われて初めて思い当たる。
「もしかして踊り子のレナさんか? アッサラームから来たって言ってたけど」
「そう! …って何よあんた、知ってたんならこないだ来た時に言いなさいよね!」
「いや友達なんて知らなかったし」
けどアッサラームから来たのなら、知り合いでも不思議ではないのだった。ルディはため息をつき、なにやら芝居がかった調子で言った。
「何もかも捨てたという悲壮な覚悟で再出発して、新しい町を作るための力を求めて来たこの町で、失ったはずの友と再会する……その喜びが、感動が、あんたには分からないの!?」
「…お前、ガライに変な影響受けてないか?」
「変なこと言わないでよ!」
むきになってにらんでくる。あまりいい気持ちはしなかった。
「とにかく! そんな幸先のいい再会があったこの町で、飛躍のきっかけを作りたい……」
言いながら、ルディはまた店の主人に向き直った。
「そういうわけでぜひ! あなたの鑑定眼を新しい町との交易に役立ててほしいのよ」
「だからその話は子供の名前決めてからってことで」
「だから今あたしが決めてあげるってば。ゲレゲレっていうのはどう?」
「あんたに決められたんじゃ子供がかわいそうだよ!」
よくわからないがどうやら頑張っているようだ。新しい町作りも着々と進んでいるのだろう。ぼんやりとそのやりとりを見ていると、ルディはいきなり俺の方を振り返った。
「何陰気な顔してるのよ。とうとう返済に行き詰まったの?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど……。なあ、前に拾ったオリハルコン、もうこの町に残ってないかな?」
「え? とうぞくのはなに何も反応しなかったから、もうないはずよ。なんで?」
俺は経緯を簡単に話した。あのオリハルコンを加工して剣が作られたこと、3万5千ゴールドで販売されていること、その剣に大魔王を倒せる力があるかもしれないこと。
ここにないなら、どこか他にオリハルコンのある場所に心当たりはないかと聞こうとしたが、
「へええ。オリハルコンを加工できる刀鍛冶……あの人がねえ」
ルディは王者の剣よりも、あの道具屋の主人の方に興味を持ったようだった。
「オリハルコンを加工できる人、か……もしかしたら……うーん」
なにやら考えこんでぶつぶつ言っている。と思ったらいきなりポケットからゴールド貨幣をいくつか取り出し、今まで話していた武器屋のカウンターに置いた。
「これ、手付けにしといて。また来るから、今後のことはその時に話し合いましょう」
「え、ええっ」
「センド、ちょっとあたしを仲間にしてくれる? その刀鍛冶の人に聞きたいことがあるのよ」
「は? 別にいいけど……」
どうやら俺の仲間になるために、手持ちの金を手放したらしい。商談の内容は知らないが、俺に取り上げられるよりは手付けにした方がましなのだろう。
「マイラに行けばいいのか?」
「その前にアリアハン」
「はあ?」
「少し前に盗賊の仕事をした時……ああ、その後すぐにあんたが来たんだっけ。仕事に失敗したって言ったの覚えてる?」
「ああ」
「あの時ね、お金になるような物は手に入らなかったんだけど、ちょっと珍しい鉱物を見つけたのよ。換金できるようなものじゃなかったけど一応持ち帰って、今ゴールド銀行の貸金庫に預けてあるわ」
「銀行に?」
「あ、知らない? 頼めばアイテムも預かってくれるのよ、銀行って」
「それは知らなかった……それより」
俺は一抹の期待をもって身を乗り出した。
「その鉱物って、もしかしてオリハルコンとか」
「違うわよ。オリハルコンだったらあたしでもそうだってわかるわ。そういう物ではないけど、でも何かある鉱物なの。あたしの鑑定では値段つかなかったし、気になってたのよね。もしかしたらその刀鍛冶さんならいい値段で引き取ってくれるかも!」
ルディは嬉しそうに目を輝かせた。
あの道具屋の主人が他の材質でも強い剣を作れるのなら、それはそれで興味深い話だ。俺も何か探して、あの店に持って行くこともできるかもしれない。
ルイーダの酒場のカウンターに座って、ルディの手続きが終わるのを待った。首だけ後ろを向けて見ていると、ゴールド銀行の受付の男が奥に引っ込んだりまた戻ってきたりしていた。ずいぶん時間がかかりそうだ。アイテムを引き取る時にはそうなのかもしれない。
顔を前に戻すと、テーブルの上にジュースの入ったグラスがあった。
「サービスよ」
いつのまにか、目の前にルイーダがいた。
「あ…。ありがとう」
「どういたしまして。というより、お礼を言うのはこっちの方よね。魔王を倒してくれたんだから」
そういえばルイーダも、大魔王のことは知らないんだな、とグラスに口をつけながら考える。
「まだ、旅を続けているのよね?」
「まあね」
「…そうよね。あなたの場合は、魔王を倒して終わりってわけにいかないものね」
ルイーダは少し顔を曇らせて言った。母さんやじいちゃんもそうだったが、こう解釈してくれると説明に困らなくてすむのがありがたい。借金の思わぬ効用だ。
「そういえば、魔王がいなくなっても魔物はあまり減ってないし、相変わらず凶暴みたいね」
「へえ、そうなのか」
今の地上にはとりあえず魔王はいないはずだが、それは魔物たちにはあまり影響していないらしい。やはりバラモスは大魔王ゾーマの手下の一人にすぎず、ゾーマこそが魔物たちに影響を及ぼしているのだろう。そう思いながらあいづちを打つと、ルイーダは不思議そうな顔をした。
「お客さんたちはみんなそう言ってるけど。あなたは旅をしててそう思わないの?」
しまった。旅をしているのは別の世界ですとは言えない。せっかく借金のために旅を続けていると解釈してくれたのに。
「いや、けっこうルーラでの移動が多かったから」
「ふーん……」
「お待たせー。終わったわよ」
ルイーダはまだ不審そうだったが、いいタイミングでルディが戻ってきた。
「あ、じゃあ行くか。ごちそうさま、ルイーダ」
「ええ、じゃあまたね」
ほっとしてルディを振り返り、俺は口を開けた。肩からさげたカバンが、元の形が分からなくなるほどふくれあがっている。預けた鉱物というのは相当な量だったようだ。
「…それ、持とうか?」
「よけいなお世話よ。値段が付かない物だろうとなんだろうと、あんたにさわらせるのはごめんだわ。さあ、マイラに行きましょう」
俺はうなずいて立ち上がったが、ルーラを唱えようとしてなぜかためらった。ルディのカバンをもう一度見る。なんだか落ち着かない。
「何よ。どうしたの?」
「なあ。その鉱物、どんなものか見せてくれよ」
「ええ?」
自分がなぜこんなことを言ったのかよくわからなかった。しかしそれを言うまではルーラを使ってはいけないような気がした。ルディは嫌そうな顔をしたが、しばらくして納得したようにうなずいた。
「はいはい、持ち物チェックね。…あたしの鑑定でも値段はつかなかったし、取り上げられることはないと思うけど」
ぶつぶつ言いながらもふくらんだカバンを開ける。中に石が詰まっているのが見えた。ルディは少し不安そうな顔で、その中の一つを俺に差し出した。手のひらに載せてながめてみたが、たしかに店で換金できるような物には見えない。というより、どう見てもこれは…。
「これ、ただの石ころじゃないか」
オリハルコンも石ころに見えたが、何かキラキラしているなとは思った。ルディがカバンから出したのは、道ばたに落ちていそうな本当にただの石ころにしか見えなかった。俺が返しながらそう言うと、ルディはひったくるようにして受け取り、馬鹿にした口調で言った。
「ま、あんたの目利きなんてその程度よね」
「自分だってわからないんだろ。こんなもん誰が引き取るんだよ」
「ふん、正しい目利きがどっちなのかはすぐわかるわよ」
ルディは自信満々にそう言うと、カバンを肩にかけ直した。
「いらっしゃいませ」
マイラの道具屋には、他に客はいなかった。
「こんにちは。よいしょっと」
ルディが石の詰まったカバンをカウンターに載せる。目利き争いをしたいわけではないが、鑑定の結果は気になった。どうなるかと見ていると、ルディはカバンを開けながら主人の後ろの壁に架かっている例の剣に目を向けた。
「あ、それがこないだのオリハルコンで作ったっていう剣?」
「おや、先日はどうも。そうです、おかげさまでいい剣ができました」
「それ、売り物? いくらなの?」
「3万5千ゴールドです。お客さんには装備できないと思いますが、お買いになりますか」
「買うわ」
ルディはそう言って、カバンの中のものをカウンターの上に出し始めた。
何が起こったのか、わからなかった。カウンターの上に、さっき見たのと同じような石ころの山ができ、その後で俺がいつもゴールド銀行で見なれている袋がいくつも積み上げられた。道具屋の主人がその袋を一つ一つ開けて中を確かめていく。
「はい、確かに。毎度ありがとうございました」
壁に架かっていた剣が外されて、客に手渡される。ぽかんとしている俺を振り返り、ルディは勝ち誇ったように笑った。
「ねえ、センド。あんたこの剣、欲しいのよね?」
どう答えていいかわからなかったが、ルディは俺の返事を待たずに続けた。
「大魔王を倒す予定の勇者様だから、特別に儲けなし、利子なしで売ってあげる」
「…利子…?」
「あんたには今払えるお金なんかないでしょ。ほら」
ルディはカバンの別の口から紙を取り出して俺に渡した。
「……これは」
「借用書。見るの初めてでしょ。今あたしから3万5千ゴールドを借りれば、この剣はあんたのものになるってこと。欲しいんだったら、とっととそれにサインしなさいよ」
俺は紙に書かれている文面をながめた。3万5千という数字が目立つように記載されている。
「どうするの? いらないんなら別にいいのよ。この場で言うのもなんだけど、この剣はもっと高い値でも売れると思うわ。どっちにしてもあたしが損することはないのよね」
目の前のやりとりを不思議そうに見ていた道具屋の主人が、それを聞いて嬉しそうな顔をした。
「ちょっと。そこは喜ぶとこじゃないでしょ、商人としては」
「いやいや、ははは」
なぜか注意するルディに、道具屋の主人が照れたように笑っている。俺はまた借用書に目を落とした。展開が唐突すぎてついていけない。ここには鉱物を見せに来たはずだったのに、なぜ俺が借金をする話になっているのだろう。
「…ルディ」
「何?」
「鉱物の話は…」
「ああ、あれ。嘘よ。そんな物拾ったことないわ。あんたが気づかなければ、お金持ってても取られないってことは、きえさりそうの時に分かったからね。額が大きいから普通に隠すの難しいし、カムフラージュのために言っただけ。あんたの目利き通り、これはただの石ころよ」
カウンターの上の石をつつきながら言う。
「ゴールド銀行から下ろしたのは、あたしの口座に入ってたお金」
「けど、お前……口座凍結されてるんじゃ」
「それも嘘。いくらなんでも凍結解除にそんなに時間かかるわけないでしょ? あんたがそういうことに疎くて助かったわ。牢に入れられた時に凍結されたのは本当だけど、出された時にはもう解除されてたわよ。あんまり使う気になれないお金だからほっといたの」
「使う気になれない金…?」
「そう。あの町を出て行く見返りにもらった1万ゴールドと……あとはあんたのお父さんが借りて、あんたが返した2万5千ゴールド」
合計で3万5千ゴールド。ちょうどこの剣の値段と同じだ。しかし…。
「返済は債権者にランダムに振り分けられるんじゃなかったのか? 俺、まだ半分くらいしか返してないけど、お前には全額返ったのか?」
「へえ、もう半分返したんだ。知らなかった。なかなかやるじゃない」
感心したように言い、軽い口調で続ける。
「あたしの口座に入ったのはもうずいぶん前よ。あの町を出て行くことになった時に、それもね。いずれ返ってくるお金だから、あたしの口座に優先的に入るようにしてくれたの。あ、これはあたしが頼んだわけじゃないわよ。あの町は、あんたに貸しがある商人が集まっている町。貸しがなくなったお前はもう来るなってことよ。ありがたいお取り計らいじゃないの」
ルディは少し苦い顔になったが、それでもまた笑った。
俺はもう一度紙を見た。いかにも正しい書式に則したものですという調子のもっともらしい文面が、几帳面な字で書かれている。
(いつのまに、こんなの用意したんだ……)
ゴールド銀行の受付にいた時だろうか。全然気づかなかった。きえさりそうの時もだまされたが、あの時は何か違和感があったような記憶がある。今回は何一つ疑わなかった。前の時よりむしろ状況は不自然だったのに。町作りの経験や盗賊の経験が、目に見えないルディのレベルを上げているのだろうか。
「百万ゴールドの方の『とりたて』があるから、すぐ返せなんて無茶は言わないわ。でもそれが済んだら、こっちの借金はあたしが人力で取り立てるからね」
カウンターの上の石ころをカバンに戻しながらルディが言った。
(…俺の、借金…)
父さんが残したのとは別の、俺の借金。金銭感覚が麻痺していても、3万5千ゴールドが相当な大金だということくらいはわかる。俺は一つため息をついてから顔を上げて言った。
「ペン、持ってるか?」
「もちろん」
カウンターのすみを借りる。道具屋の主人は面白そうに見ていた。
「じゃ、ここにサインして。その横に拇印もね」
「…ここ?」
「そう」
ノアニールで見た変な夢を思い出す。父さんが金を借りる夢だ。妙にはっきりしていて、ただの夢とは思えなかった。迷いもせずに契約書にサインをする父さんを、夢の中の俺はあわてて止めようとしていた。
それなのに今、俺もたいして迷いもせずに金を借りようとしている。仕方ないと思う。この剣なら大魔王を倒せるかもしれないのだから。父さんが金を借りる時も、こんな気持ちだったのだろうか。
「…まいったな」
サインをした借用書を手渡しながら言った。
「借金だけは、絶対しないって思ってたのに。貸すやつがいるとも思わなかったけど」
ルディがサインを確認してうなずき、王者の剣を俺に差し出した。
「まあ、生きてれば色々あるわよ。大変ね、勇者ってのも」
苦笑しながら受け取る。王者の剣は見た目ほど重くない、扱いやすそうな剣だった。柄はあつらえたように俺の手にぴったりだ。いい買い物をしたなと思った。
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センド : 勇者
レベル : 53
E やいばのブーメラン/ドラゴンテイル/おうじゃのけん
E やいばのよろい
E ふうじんのたて
E オルテガのかぶと
E ほしふるうでわ
財産 : 487 G
返済 : 558000 G
借金 : 477000 G
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プレイヤーから補足。
ゲーム内では借金はできませんので、3万5千は実際には銀行から下ろしました。妙に緊張しました。
従ってこの章以降、章末尾の「返済額」は、実際にゴールド銀行に入金してある額に3万5千ゴールドをプラスした額になります。借金総額が103万5千ゴールドになるというわけで、ややこしくてすみません。
王者の剣は購入必須ではないのでこういう制限プレイでは買わないのが普通だと思いますが、トップページにあるように、このプレイ日記ではもともと買うことにしてました。プレイヤーがぬるいからというのもありますが、ゲームでのゴールド銀行には99万9千ゴールドまでしか入金できないからでもあります。つまり大魔王討伐前に百万ゴールド達成した場合、最後の千ゴールドが返せない。そうなった時にどうつじつまを合わせればいいか。入金できなかった分を入金できたことにしてプレイを進めると、死んだ時のゴールド半分の処理とかに困りそうだと考え、では百万の他に別口で借金をした形にしてその分銀行から下ろすというのはどうか? そうしよう、そっちに返す分は会えなくてなかなか返せないとかいう状況を作れば何とでもなる、というわけで、王者の剣を買うことにしたのでした。
もっとも、そんなことを考えたのはプレイ前であり、ある程度進めてから考えるとそんな心配はいらなかったのではないかと思わざるを得ません。でもせっかくだから買いました。