40.魔王の爪痕


 あと行っていないのはマイラの西の塔だけだ。と思ったが、考えてみればラダトームの北にある洞窟も、入りはしたが死んだので最深部までは到達していないのだった。あの時よりレベルも上がったし、多分何とかなるだろう。そっちを先にすることにした。
 
 ピラミッド地下ほどやっかいではないとはいえ、呪文が使えないのはやはり不便だ。前に来た時よりはだいぶ進んだが、HPが半分になったので一度戻った。ベホマをかけて再挑戦。今度はさらに先に進み、下の階にまで行くことができた。
 宝箱があり、開けたらミミックだった。呪文が使えない場所のミミックは哀れというか、何のためにいるのかわからない。その先は行き止まりだったが、床が大きくひび割れていたのでその裂け目に飛び込んだ。下の階に落ちるだろうと思ったのだが、異変に気づいたのはその数秒後だった。 
(…!? 何だこれ)
 洞窟によくある階段代わりの穴だろうと思ったら、どうも違っていたらしい。なかなか下の階に着かず、暗い中をいつまでもいつまでも落ちていく。ギアガの大穴に飛び込んだ時の方がずっと早く下に着いた。
 まずいことになったのかもしれない。呪文が使えない洞窟だからリレミトで脱出することも不可能だ。洞窟の迷路にはたまに無限回廊があるが、この穴が無限回廊の一種だったら餓死するまで出られない。まさかこんなことがあるとは。
「……誰だ、お前は」
 いきなり何かに話しかけられた。落ち続けている最中なのに、声は妙にはっきり聞こえる。何も見えない闇の中だが、俺は思わず周囲を見回した。
「何をしている。わしには姿などない。いや、ないわけではないが見ようとしても無駄だ。わしはお前が落ちた地割れだ」
 亡霊とならさんざん話してきたが、まさか地割れに話しかけられるとは思わなかった。しかしそういえば、ランシールの試練の洞窟では「引き返せ」と言ってきた壁もあった。あれも洞窟に話しかけられたと言えなくもない。そう考えれば驚くほどのことではないのかもしれない。何にせよ、この状況を何とかしてくれるのなら誰であろうとありがたい。
「すみません、下に着かないんですが」
 落ち続けているせいか、自分の声がよく聞こえない。不安になってまた言った。
「あの、下に着かないんですが」
「一度言えばわかる。まったく、不注意なやつだな」
 地割れには聞こえているようだ。そしてどうやらこの地割れは、ランシールの試練の洞窟よりずっと話せる相手のようだった。各地にいた親しみやすい亡霊たちを思い出させる。
「何とかなりませんか」
「まあ、なるにはなる。しかしなぜこんなところにある地割れに落ちたりしたのだ」
「落ちたというか、自分から飛び込んだんです」
「なぜそんな馬鹿なことをした」
「洞窟が行き止まりだったもので、これで下の階に降りられるかと思って」
 そう答えると、地割れはしばらく何も言わなかった。不安になる。
「あの、聞こえてますか」
「聞こえているが、あきれた。わしには底はない。お前は何という考えなしだ」
「すみません。そういう可能性までは思いつきませんでした」
 ギアガの大穴でさえすぐ下に着いた。こんな洞窟にある地割れに底がないなど、考えもしなかった。
「…まあ、そういうものか。底なしの穴など滅多にないだろうからな。わしも太古の昔から地の底で眠っていたが、魔王がこの世界に現れたため表に出てきてしまった。魔王は天地を歪めるゆえ、あの者が滅びるまではまた眠ることも叶わん…」
 つぶやくような声の後、あくびらしき音が聞こえた。俺はなんだか心配になってきた。本当にここから出してくれるのだろうか。
「あの……」
「ところで、お前のそれは何だ?」
 早く出してくれと言おうとしたら、それをさえぎって聞かれた。わざとのようなタイミングだ。
「それ?」
「妙なものを背負っているではないか。お前のものではないのにお前が背負っている。何だ、それは。それとも自分ではわからないのか?」
 俺のものではないのに俺が背負っているといえば、思い当たるのは一つだ。この地割れには見えるのだろうか。商人の才能があるのかもしれない。
「…『とりたて』のことですか」
「名を言われてもわからん。それはどういうものだ」
「父親の借金が俺に回ってきたので……それを俺が払い続けるという、なんというか決まりのようなものです」
 説明が難しい。地割れにもうまく伝わらなかったようだった。
「シャッキンとはなんのことかわからないが。拒むことはできなかったのか」
「…それは…」
 できなかった、と思う。オルテガのサインがついた契約書があった。しかしそういえば、あの商人たちが来た時に、俺も契約書にサインしたような気がする。
(すでにあなたには『とりたて』がかかっています)
 あんなことを言われたから、もう何をしても同じだと思っていたが、あの時断固としてサインしなかったら、『とりたて』の方は解除してもらうこともできたのかもしれない。いや、もしかしたら本当は、あの時はまだ『とりたて』はかかっていなかったのではないか。今になって考えれば、本人の同意なしにここまで心を制限することができるとは思えない。
 だまされたのかもしれない。あの商人たちに。どちらにしても借金は俺に回ってきていたし、そんなに状況は変わらなかったような気もするが。
「…今思えば、できたかもしれません。その時は気づかなかったけど」
「そうか。もう手遅れならばしかたないな。お前はこの洞窟に何をしに来たのだ?」
 また話題が変わった。この地割れも退屈していて、久しぶりに話ができるのが嬉しいのかもしれない。そんなに長くならなければ、俺だって話し相手になるのが嫌なわけでもない。
「武器とか防具とか、何かあるかと思って」
「ほう。それを見つけてどうする?」
「まあ、一応……大魔王を倒せたら倒そうかと」
「おお、それはいい」
 地割れは嬉しそうに言った。
「ぜひ、やってくれ。眠れんのも困るが、魔王の配下の連中はわしをゴミ捨て場か何かと勘違いしているようでな。底なしとはいえ、自分の中に何か捨てられるのはいい気分ではない」
「はあ…」
「もっとも、わしも拒もうと思えば拒むことはできるのだが。いちいち拒むのも面倒で引き受けてしまっている。お前と同じだ」
 別に俺は面倒だから引き受けたわけではないのだが、それを主張するような状況でもない。
「では、ここから出してやるとするか。しっかり魔王を倒せよ」
「あ、はい」
「ふむ……そういえば前に誰か、妙な物を捨てていったな。何かの役に立つかもしれん。一緒に持って行け」
 何のことかと聞く前に、すでに慣れてしまっていた落ち続ける感覚が消えた。何かが逆転したような気がして、次の瞬間にはあの洞窟の地割れから噴水のように飛び出していた。
「いて…」
 さすがにうまく受け身が取れず、のろのろと身を起こした俺のそばで、何か落ちたような金属音がした。見ると、紋章のついた盾があった。
「あ……」
 王者の剣を見た時と似ている感覚。なんとなくわかった。これはきっと、ラダトームから盗まれたという勇者の盾だろう。

 長い間装備していた風神の盾を換金し、またマイラのすごろく場に行った。
 1回目には落とし穴に落ちたが、2回目でついに最後まで行った。意気揚々と扉を開けたが、いつものようなファンファーレや花火がない。しかし宝箱は置いてあり、開けると見覚えのある形の指輪が入っていた。
 リムルダールでもらったいのちのゆびわと全く同じ形だ。どうやら既製品だったらしい。家で母さんに見とがめられる心配はしなくてよさそうだ。
 いつもと毛色の違う景品だなと不思議に思いながらその先の穴に飛び込むと、また見覚えのない場所に落ち、そこにグリンガムのむちがあった。ドラゴンテイルともお別れだ。装備がしだいに入れ替わっていく。
(そういえば、このすごろく場はゴールが2つあるのかと思ってたけど)
 ファンファーレがなかったところを見ると、今着いたのはゴールではなかったらしい。隠し出口のようなものなのかもしれない。分かれ道のもう一つの終着点が正式なゴールなのだろう。 いずれはそっちも達成しなければ。


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センド : 勇者
レベル : 54
E やいばのブーメラン/グリンガムのむち/おうじゃのけん
E やいばのよろい
E ゆうしゃのたて
E オルテガのかぶと
E ほしふるうでわ

財産 : 450 G
返済 : 577000 G
借金 : 458000 G