41.ルビスの塔
本当に今さらだが、人の話はちゃんと聞くべきだ。マイラにはすごろくのために何度も訪れていたのに、村の人たちにはろくに話を聞いていなかったことに気づいた。最初に来た時にオルテガのこと聞き回り、しかし何の情報も得られなかった。それでもう村人と一通り話をしたような気になっていたが、オルテガ以外の話は何も聞いていなかったのだ。
「噂では、ルビス様は西の島の塔に封じ込められているそうだ」
「妖精の笛があれば、石像にされたルビス様の呪いを解けるはずなんだけど」
危うく何の塔か知らないで行くところだった。直前でも聞いておいてよかった。すでに妖精の笛はレミラーマで意味も分からず手に入れてある。雨雲の杖をくれた精霊が、ルビス様は大魔王に封印されていると言っていたが、どうやら大魔王を倒す前に助けることができそうだ。
塔というものにはいつも妙な仕掛けがあるような気がするが、ここもやはりそうらしい。1階からしてフロアが妙な形をしていて、またロープから飛び降りたりしないと上に行けないような構造なのだろうとげんなりさせられる。
とりあえず階段はあったので2階に上った。この塔ははぐれメタルの出現頻度が妙に高い。といっても優先的に倒すような余裕はないのでいつも後回しになり、それまで待っていてくれる奴は滅多にいなかった。ここの魔物はかなり強い。手間取りながらも進んでいくと、あやしげな菱形の模様が描かれた床があった。宝箱が左右に置いてあるが、そこに行くにはその菱形の模様、もしくはバリアの床のどちらかを通らなければならないようになっていた。
恐る恐る、菱形の上に足を乗せてみる。何も起こらない。ただの模様なのかとさらにもう一歩前に進もうとしたら、絶妙のタイミングで菱形の模様が回転してバリアの床の方に進んでしまった。
何だこれは。妙な仕掛けを作りやがって。別にバリアの床をつっきって宝箱に向かってもいいのだが、なんとなく腹が立ったのでまた菱形の方に戻った。
(この菱形は、どの方向に進んでもバリアに突っ込ませるようにできてるのか? それとも上に乗ったものが離れる瞬間に、決まった方向に回転するようになってるのか?)
後者ならこの床を進むこともできるはずだ。さっき進もうとした方向と実際に進んだ角度を考え、別の方向に進もうとしてみた。また絶妙なタイミングで菱形が回転し、結果正しい進行方向に進んだ。
行ける。これなら大丈夫だ。一歩一歩考えながら進んだ。途中に逆回転の菱形があったが、よく見ると親切にも菱形の色の付け方を変えてあり、おかげでバリアの床を通らず宝箱に到達した。気分がいい。
「…おー」
そして宝箱にはほのおのブーメランが入っていた。長く使ったやいばのブーメランともとうとうお別れだ。
さらに上の階に行く。この塔には今までの塔のように、綱渡りを強制されることはなかったが、綱渡りとたいして変わらないような細い足場を通る場所はあった。しかもその足場の床にしっかりあの菱形の模様が描かれている。ルビス様を封印しているだけのことはあって、なかなか嫌な仕掛けを用意しているものだ。直前で回転すると分かっていても、何もない空間に向かって歩を進めるのはなんだか微妙な気分だ。これで本当は回転しない、ただ描かれただけの菱形が混ざっていたら腹が立つが、特にそういうことはなく、無事にその細い足場を渡りきった。
渡った先には宝箱があった。この塔の宝箱はみんな菱形を経由した場所にあるのだろうか、などと考えながら開けると、いきなり目の前が明るくなった。
「!?」
ミミックが何かしかけてきたのかと思ったが、そうではなかった。宝箱の中にはよろいが入っていた。最初の強い光はすぐに弱まったが、それでもぼんやりと光っている。守備力は今装備しているやいばのよろいよりずっと高い。
(これは多分……ラダトームから奪われた、光のよろいだろうな)
これで、あの城から奪われた武器と防具はすべて揃った。まあそう言ってもいいだろう。正確に言えば王者の剣は別物なのだが、あのオリハルコンは王者の剣を砕いたものかもしれないと道具屋の主人も言っていたことだし。
ラダトームの城にあった武器と防具は、大魔王を倒す可能性があるから奪われたらしい。大魔王の立場で考えれば手元に置いておくのが一番安全な気がするが、魔王とか魔物にとっては近づくのも嫌なものなのかもしれない。だから砕いたり、底のない穴に捨てたり、ルビス様と同じ塔に閉じこめたりした……とすれば、全部を手に入れた俺は相当な強運の持ち主と言える。あまり実感はできないが。
何はともあれ、また装備変更だ。偶然だが、この塔で引退することになった装備には両方やいばという名が付いていた。引退といっても、鎧の方はもうしばらく売らずに持っていようと思う。はぐれメタルにも一定ダメージを与えることのできる鎧だ。ゾーマやその手下との戦いでも、何かの役に立つかもしれない。
あとはルビス様だ。しかし光のよろいのある階をいくらうろついても、上への階段は見つからなかった。これまでの経路を思い返しても、行っていない分岐路はなかったと思う。マイラで話を聞いておいてよかった。聞かなかったら光のよろいで満足して帰るところだった。
(塔のお約束としては、ここかな)
光のよろいがあった場所にもう一度行き、そこからわざと飛び降りてみた。が、下の階の見覚えがある場所に落ちただけだった。考えてみれば、あんなに落ちやすくしてある場所から落ちて隠し部屋などに着いてしまうのもおかしな話だ。ラーの鏡の洞窟の時のように、普通に進めば行かないような場所の方があやしい。
(…そういえば、あったな。そんな感じのところ)
こういった塔にはよく、壁がなくて飛び降り可能になっている場所がある。この塔にもそれはあったのだが、そこの床が例の菱形の模様になっていたのだ。飛び降りるにはそこを通らなければならない。あれはあやしい。さっそくその場所に向かい、扱いに慣れてきた菱形を通って下に落ちてみた。
(よし)
見覚えのない場所に着いた。俺の探索レベルもずいぶん上がったものだと思う。階段を見つけて上の階へと進む。そう時間も経たず、いかにもというものを見つけた。
石像だった。町などに置いてあれば美しい女神像として普通に扱われそうだが、こんな塔にあるのは不自然だった。悲しそうな表情の石像だ。きっとこれが封印されたルビス様なのだろう。
妖精の笛で封印は解けるらしい。といってもどうしたら解けるのかは知らないので、とりあえず吹いてみた。笛の吹き方も知らないからただ息を吹きこんでいるだけだったが、どういうわけか笛からは勝手にきれいな旋律が流れ出て塔の中に響いた。そして、その音色がしみこむように、石像は灰色からみずみずしく色を変えていった。
「…よくぞ封印を解いてくれましたね。私は精霊ルビス。このアレフガルドの大地を造った者です」
目の前の精霊はさっきの石像と同じ姿のはずだが、色が変わって動いているというだけでなく何もかもが違って見えた。周囲の空気すら変わってしまったようだった。さすがに世界を造った精霊ともなると圧倒してくるものがある。まともに顔を見るのも難しい。ルビス様は挙動不審な俺の態度を気にとめる様子もなく、にこやかに言った。
「あなたは、大魔王に挑もうとしているのですか?」
うなずくと、目の前の空間が何かきらきら光り、ペンダントのようなものが現れた。
「では、この聖なるまもりをさしあげましょう。ゾーマの居城へ渡るには、これが必要なはずです」
「え…あ、これが?」
俺は宙に浮いているそれを受け取り、しげしげと眺めた。これが聖なるまもりなのか。魔の島に渡るのに必要な3つのアイテムが、思いがけずそろってしまった。これで聖なるほこらに行けば、魔の島に渡れるようになるはずだ。
「どうも、ありがとうございます」
「お礼は私が言わなければなりません。あなたは封印された私を救い、私が造ったアレフガルドも救おうとしているのですから。もし大魔王を倒してくれたなら、いつかきっと、その恩返しをいたしますわ」
「倒したら、ですか」
あまり具体的な約束ではないような気がしたが、何かくれそうな話になると食いつかずにはいられない。それに魔王を倒した後の話となるとまた別の意味も出てくる。誰が倒すにしろ、大魔王が倒される頃には父さんにも会えるだろう。そして百万ゴールドの借金も父さんに戻せるはずだ。けど俺は、それとは別に借金をしてしまった。
「恩返しって、たとえば現金とかでも?」
「まあ。ほほほ」
冗談だと思ったらしく、上品に笑っている。どうやら現金はだめらしい。それはそうだろうな。
「…私は精霊ルビス。この国に平和が来ることを祈っています」
まだ笑いながらルビス様が言った。その姿が薄れて、目の前から消えていった。
これでゾーマ城に行けるようになった。が、その前に一つ心残りがある。マイラのすごろく場の、もう一つのゴールのことだ。
ラダトームの城から奪われた武器と防具は、これで全て俺が身につけている状態になった。 もうこれ以上装備で強くなるのは難しいかもしれないが、まだ可能性がないわけではない。これが最後というつもりで挑戦した。
1回目はいきなり落とし穴、2回目にまほうのまえかけを拾ったりしながらあっさりゴールした。何だろう、このあっけなさは。そういえばこの間にもう一つのゴールに着いた時もこんな感じだったような気がする。今さらすごろく運がついてきたのだろうか。
景品の宝箱を開けようとして、ふと思った。
(アレフガルドに来てから入れ替わった装備は……)
武器は個体・グループ・全体攻撃用の3種とも地上にいた頃とは別のものになった。鎧と盾も変わった。地上にいた時と変わっていない装備は兜だけだ。
(もしかして、この宝箱に入ってるのって)
すごろく場の景品は今まで武器が多かったが、今持っている3つはどれも入れ替わりそうな気がしない。やいばのブーメランから長い時を経てやっと交代したほのおのブーメランと、このすごろく場のもう一つのゴールで手に入れたグリンガムのむち。そして言わずとしれた王者の剣だ。
この宝箱の中身は、兜なのではないか。そんな気がした。だとすればありがたい話だ。長い間変わっていない装備が変わるのだから大幅な守備力アップが見込める。ムオルからずっと装備してきたこの兜とも、ついに別れの日が来たのか。
なぜかムオルの村のことが頭に浮かんできた。泣きそうな顔をしながらこれをくれたポポタ。装備した俺を見た時の村人たちの笑顔。そして、もっと強い兜が手に入ったら絶対に売り払ってやるという自分自身の決意。
(そうだ。売るぞ。会っても渡せないけど、知るか。その分借金が減るんだ、ありがたく思え!)
勢いをつけて宝箱を開ける。光り輝く布地が目に入った。ゴールの景品、ひかりのドレス。
「…………」
脱力して深いため息が出た。女性専用装備だ。景品でそれはどうなのか。とはいえ、以前にも景品の武器を装備できなかったことはあったし、文句を言う筋合いはないのだが。
まあどうせ光のよろいよりは守備力もないだろうから目くじらを立てるのはやめよう。これからゾーマ城に向かうというのにそんな器の小さいことを言っていてはいけない。
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センド : 勇者
レベル : 56
E ほのおのブーメラン/グリンガムのむち/おうじゃのけん
E ひかりのよろい
E ゆうしゃのたて
E オルテガのかぶと
E ほしふるうでわ
財産 : 320 G
返済 : 613000 G
借金 : 422000 G