42.ゾーマ城  -- 2


 5年前、勇者オルテガは死んだ。しかし本当は生きていた。でもやっぱり死んだ。

 だったら、5年前に死んだのと同じことだ。ラダトームでオルテガの名前を聞く前、俺はオルテガは死んだと思っていた。あの大臣がオルテガの名前を出さなければ、もしかしたら今でもそう思っていたかもしれない。オルテガの名前を聞かなければ、魔王の城に行くタイミングも変わっていただろう。きっともっと後になっていた。もう、死体なんか残っていなかったに違いない。俺は何も知らないままだった。その方がよかったとまでは言わないが。
(その国にいるセンドを訪ね、オルテガがこう言っていたと伝えてくれ。平和な世にできなかった、この父を許してくれ……とな……)
 そんなふうに考えると、耳からなかなか離れないあの言葉も、少し遠くなったように思う。考えてみれば勝手な言いぐさだ。火口に落ちる前だって、帰ってきたこともなかったくせに。本人はそのつもりもないかもしれないが、そんな言葉を伝えられたら、息子はお前がやれと言われた気になるんだよ。結局俺がやることになるんじゃないか。魔王討伐も借金返済も。
 オルテガへの怒りがわいてくると、本当にラダトームの大臣に会う前の状態に戻ったような気がしてきた。俺は死んだオルテガの借金を代わりに返しながら、大魔王討伐を目指している。もうゾーマ城以外に行き先がなくなった今は、バラモス城に通いつめていた時とよく似ている。借金はまだ残っているが、もう行くべき場所は一つだけ。あの時と同じだ。なら同じように通うだけだ。胸のあたりがなんだかちくちくしたが、多分こういうものは、戦っているうちに消えていくだろう。

 状況はバラモスの時と似ているが、違うこともいくつかある。あの時はHPの回復に呪文を使うしかなかったが、今は賢者の石もあるし、光のよろいを着てうろついても回復する。リムルダールへのルーラ分はさすがに毎回消費するが、後はゾーマに会うまでMPを使わずにいることもできそうだ。
 そんなことを考えながらゾーマ城に乗り込んだら、だいまじんの痛恨の一撃で死んだ。MPを惜しみすぎたようだ。いつも通り手持ちの金を確認する。926ゴールド。ぎりぎり返済できない。くそ。
 いつのまにか、ゴールドに対する心構えも、ラダトームに来る前の状態に戻っていた。

 気を取り直して、またゾーマ城に乗り込んだ。今度は道中の魔物に殺されることもなかった。オルテガが死んだ場所を通過する。痕跡は何一つなかった。どうやら片づけられたらしい。
 ここで何があったのか、俺以外は誰も知らない。いっそ俺の記憶からも消えてしまえば、本当に何もなかったことになるのだろうか。
「こりもせずまたやってきたようだな」
 例の祭壇にたどりつくと、大魔王ゾーマはまたゆっくりと近づいてきて言った。
「いでよ我がしもべたち! こやつを滅ぼしその苦しみをわしに捧げよ!」
 前に聞いたようなセリフと同時に、またキングヒドラが現れた。
(…おい)
 一瞬愕然としたが、前に倒したじゃないかと憤る資格は俺にはない。向こうにしてみれば俺だってそうなのだから。しかし一度死んだ者同士となると、何か気まずい空気がただよう。今回は特に会話も交わさず、普通に戦って普通に倒した。今後も俺がこの先で死に続ける限り、こいつも何度も死ぬことになるのだろう。さすがに親近感はないが、同属意識はある。
 次にはやはりバラモスブロスが現れた。こいつはキングヒドラよりずっとやっかいだ。俺はこの先も戦わなければならないのに、こいつとの戦闘で容赦なくMPが減る。くさなぎのけんを使った上で攻撃。時々ベホマ、微妙な時はけんじゃのいしで回復しながら戦う。今度もなんとか勝てた。そしてその次に現れるのは。
「やはり……来たな……」
 バラモスゾンビ。前回は手も足も出なかったが、今回は考えてやいばのよろいに着替えた。換金しなくてよかった。必ず物理攻撃をしてくるバラモスゾンビには有効な装備だ。こちらのダメージも増えるが、その分相手にも大ダメージを与えられる。下手をすると毎ターンベホマが必要になる相手だ。こうでもしないと戦闘にならない。
「……ぐ……ふ……」
 自爆に似た嫌な戦闘が終わり、ゾンビの骨がぐずぐずと崩れていく。なんとか倒せた。
「わしは……また蘇るぞ……。ゾーマ様がおられる限り……」
 不気味な言葉を残して、ゾンビは消えていった。だが、生き返るのはお互い様だ。
 倒すことは倒したが、ベホマをさんざん使ったせいでMPが69にまで減ってしまった。この状態で大魔王ゾーマと戦うなど、無謀にもほどがある。だが戦わなければ次に進めない。
「センドよ! なにゆえもがき、生きるのか?」
 ゾーマは、ようやくたどり着いた俺を見て笑いながら言った。その言葉に俺も笑いたくなった。本当にもがいて生きていると思う。理由なんか知らないし、知りたいとも思わない。借金を返し終わったら、その時に考えてみるのもいいかもしれない。
「滅びこそ我が喜び。死にゆく者こそ美しい。さあ、我が腕の中で息絶えるがよい!」
 ゾーマが近づいてくる。
(無理だ。絶対勝てない)
 足がすくんだ。祭壇の上で初めて対峙した時の、あの絶望的な無力感にまた襲われた。ゾーマが支配しているという闇の圧力が、フロア全体から俺を押しつぶしてくる。
(…これじゃ、どうにも…)
 その時ようやく、竜の女王様にもらった光の玉のことを思い出した。バラモスを倒す前にもらったから、さすがにすっかり忘れていた。取り出し、闇の圧力に抗するように高くかかげる。玉が一段と明るく輝いた。
「……む……」
 ゾーマが驚いたように目を見開く。ばりんと割れるような音がして、フロアに満ちていた闇の圧力が消え去った。大魔王は感心したように少し目を細めた。
「ほほう。我がバリアを外すすべを知っていたとはな。しかし……無駄なことだ」
 ようやく、絶対に勝てないという絶望感は薄れた。だが苦しい状態に変わりはない。戦いが始まる。ゾーマは2回攻撃で、吹雪、マヒャド、物理攻撃、いてつく波動。バラモスと違って順番に規則性はないようだ。一つ一つの攻撃は当然のように重く、残りのMPが少なすぎることも相まって、苦境に立つのも、そして死ぬのもあっという間だった。

「おおセンドよ、死んでしまうとはふがいない」
 大魔王との初の直接対決に敗れ、王の間に戻った。手元には3273ゴールド残っていた。
 光の玉のおかげで、少しは希望が出てきた。とりあえずまた通い続けることにしよう。バラモスの時は、レベルが足りない時にはレベル上げをしてから挑戦しに行ったりもしていたが、ゾーマ城の魔物は恐ろしく経験値を持っているので、通うだけでレベルがどんどん上がっていく。城の入り口から生贄の祭壇までの間にレベルが2くらい上がるから、ひたすら通うだけでいい。
 最近レベルが上がってもHPやMPがあまり増えなくなってきたのが不安だが、ともあれこの戦いにも終わりが見えてきたと思う。今回最後まで使わなかったまふうじのつえを換金した。長いつきあいだった。バラモス戦では特に世話になった。

 またゾーマ城に向かう。ゾーマのところまではあっさりと到達できたが、今回初めてバラモスブロスに殺されてしまった。攻撃の先を越された。手元に残った2779ゴールドから、いつものように返済してゾーマ城に引き返す。今度はバラモスブロスを倒し、バラモスゾンビも倒せた。残ったMPは81。前の時より増えた。少しは成長しているらしい。
 ゾーマとの2度目の戦い。やはり負けた。MPが尽きるまで戦ったが、ゾーマはまだ余裕を見せていた。バラモスと違って攻撃はループしないから、ダメージはその時々の運にもだいぶ左右されそうだ。しかしやはり、MPがもう少し残っていないと厳しいだろう。
 今回の死亡で手元に残った金は4164ゴールド。途中でゴールドマン2匹を倒したから、死んだ後でもずいぶん手元に金が残っていた。死んだ後でもまとまった返済ができるのは少し嬉しい。同額の金が消えていることはこの際考えないことにする。

 ゾーマ城に行くのも何度目か分からなくなってきたところで、バルログのザラキで死んだ。即死系呪文もたまに効くから怖い。手元に残ったのは1666ゴールド。返済してすぐまたゾーマ城にとってかえした。
 今度は途中で引っかかることもなく先に進んだ。例によって祭壇で歓迎の言葉をかけられ、例の3匹を呼び出される。レベルの上昇とともに少し楽になった戦いを経て、バラモスゾンビを倒した時点で残ったMPは84。前よりまた少し増えた残りMPで、ゾーマに挑んだ。
「なにゆえもがき、生きるのか?」
 よけいなお世話だ。MPをなるべく多く残すことに必死になっている時に言われると、やたらと腹が立ってくる言葉だ。ゾンビを倒した後にHPを回復するため、光のよろいに着替えてフロアを走り回る俺を見た上で言うのだから、本当に嫌な奴だ。それともそういう姿を見て、本心から不思議に思って言うのだろうか。
 今回もMPが尽きるまで戦ったが、力及ばず死んでしまった。残りMP80台ではやはり足りないらしい。

 レベルが上がったために大魔王に至るまでの道は楽になったが、今回またバラモスブロスに攻撃の先を越されて死んでしまった。手持ちの金は3052ゴールド。千ゴールドの単位にぎりぎりで乗っているのは気分がいい。
 今のレベルは70だ。さっきレベルが上がった時、久しぶりにMPも上がった。まだ行ける。今度はどれくらいMPを残せるだろうか。
「こりもせずまたやってきたようだな」
 ゾーマはバラモスと違って、繰り返し訪れてもそれほど迷惑そうではない。もう少し嫌そうにしてくれるとこちらとしては気分がいいのだが、さすがに大魔王ともなると器も大きいようだ。しかし毎回呼び出されるキングヒドラやバラモスブロスは、さすがにうんざりした顔をしていた。もっとも奴らの顔を見飽きたのは俺も同じだ。バラモスゾンビは嫌そうでもないが、俺の方はあいつに会うのは嫌だ。どれだけベホマを使わせたら気がすむのかと思う。
 どうにか3匹を倒すと、MPは97残っていた。今までで一番多い。これならどうだ。
「センドよ、なにゆえもがき生きるのか?」
 このセリフを聞くのにも慣れてきた。戦闘開始。しかし途中まではよかったが、ダメージの見切りが甘く、物理攻撃が2回続いたために死んでしまった。手持ちの金は3463ゴールド。返済してすぐまたゾーマ城に向かった。
 いつもの3匹との戦闘。先の2匹を倒し、バラモスゾンビと戦っている時に珍しく会心の一撃が出た。おかげで倒した後に残っているMPが128。今までとは段違いに残っている。これはいけるかと思ったが、途中で攻撃の先を越されて死んでしまった。
「おおセンドよ、死んでしまうとはふがいない」
 大臣に怒られながら、王の間でため息をつく。
(くそ……今度こそと思ったのに)
 MPをあれだけ残せただけに、倒せなかったショックは大きかった。これから先、あんなにMPを残すことができるだろうか。ふと、死ぬ寸前に見たゾーマの満足そうな表情が頭に浮かんだ。
(そういえば……ゾーマは絶望を食うんだっけ)
 さっきの俺の絶望は、さぞいい食事になったことだろう。ゾーマがバラモスと違って、俺が何度押しかけても迷惑そうな顔をしないのは、そのせいもあるのかもしれない。


--------------------------------


センド : 勇者
レベル : 73
E ほのおのブーメラン/グリンガムのむち/おうじゃのけん
E ひかりのよろい
E ゆうしゃのたて
E オルテガのかぶと
E ほしふるうでわ

財産 : 784 G
返済 : 651000 G
借金 : 384000 G