43.竜の女王の城


 …ここアレフガルドも光あるひとつの世界として、歩みはじめるであろう。
 すべてはそなたのおかげ。センドよ。そなたこそ真の勇者じゃ。
 そなたにこの国に伝わる真の勇者のあかし…

*                     *

 日の光の下で宴が始まったところで目が覚めた。やたらに長い、そして都合のいい夢を見てしまった。
「あら、センド。もう起きたの?」
「うん」
「もうすぐできるから、座ってなさい」
 階段を下りると、母さんが朝食を作っていた。なんだか妙な気分になった。
(なんで家に帰ったんだっけ?)
 バラモスを倒して以来、家に泊まっても回復しなくなってしまった。だが今はHPもMPも満たんだ。泊まったからではなく、昨日ゾーマに殺されて王の間に戻ったからだ。死んだ直後に家に帰ったことなど、これまでなかった。なぜ帰ることにしたのか、よく思い出せない。
(死ぬのが続いたから一休みすることにしたんだったかな?)
 そんなに考えこむようなことでもない気がしたが、なぜか釈然としなかった。さっき見た夢のせいかもしれない。
 大魔王ゾーマをついに倒した、という夢だった。バラモスブロス相手に会心の一撃が出て、バラモスゾンビを倒した時点で100以上MPが残っている。そしてゾーマはいてつくはどうの空打ちと吹雪の攻撃ばかりしかけてくる。おかげで倒せてしまった。馬鹿馬鹿しい。あんなに都合よくいくものか。
「おおセンド。起きとったのか」
 じいちゃんがあくびをしながらやってきて、俺の前に座った。最近はどうだと聞かれ、答える言葉を探した。ゾーマ城であったことなど言えるはずがない。今となっては、ぬか喜びさせることを言わなくてよかったと思う。オルテガが死んだのは5年前だった。それでいい。
 しかしアレフガルドのことを言わないとなると何も話すことがない。今もまだ世界中に魔物が出没していて大変だ、と前にルイーダから聞いた話を自分が体験したことのように話した。
「そうか……魔王が倒れたとはいえ、すぐに魔物がいなくなったりはせんのじゃなあ」
「そうみたいだね」
 大魔王ゾーマを倒せば、その時はいなくなるかもしれないが。そう思い、またさっきの夢のことを考えた。何か妙に引っかかる。旅立ちの日の朝に見た夢と同じく、あれもただの夢ではないのかもしれない。
(ゾーマを倒して、アレフガルドに朝が来て…)
 そして俺はラダトームに行き、王様に何かをもらった。何だったか。確か…。
(真の勇者のあかし……何かの称号……)
 ああ、そうだ。ロト。ロトの称号だ。しかしロトの称号なんて聞いたこともない。夢の中で俺は称号の名前まで考えたのか? 妙な気分のまま朝食を取り、席を立った。またこれからリムルダールへ飛び、ゾーマ城に行かなければならない。
「行ってきます」
「気をつけるのよ」
 見送られて家を出て、大通りへと向かう小道の角を曲がる。家の影から出て朝日のまぶしさに目を細めた時、俺はあの夢が変に気になるもう一つの理由に気づいた。
(もし、真の勇者の称号を得た者がいたなら、その光の中で天界に導かれるそうですわ)
 光の玉を授かった、あの竜の女王様の城で聞いた言葉だ。大きな窓からさしこむ日の光を受けて、絨毯の金糸が輝いていた。その窓のそばに立っていた女性がそう言っていた。
 真の勇者のあかし、ロトの称号。
 少し考えてから、俺はルーラをせずにアリアハン城下町の門から外に出た。町を出てすぐのところにラーミアが座っている。背中によじ登った。
 ゾーマ城にひたすら通いつめているのは、もう他に行く場所がないからだ。馬鹿馬鹿しくてもささいなことでも、他に行く場所ができればそっちに行く。急いでゾーマ城に行く理由もない。

「あら……ようこそいらっしゃいました」
 何をしに来たと不審がることもなく、窓のそばに立つ女性は俺に会釈した。改めて見ると、雨雲の杖をくれた精霊やルビス様にどこか似ている。彼女も精霊なのだろう。
「こんにちは。あの、ちょっと気になることがあって……」
 聞かれもしないのに、俺は口ごもりながらそんなことを言って近づいた。
「どうかなさいましたか?」
「真の勇者の称号を持ってると、ここから天界に行けるんでしたっけ?」
「ええ、そうです。この窓から差し込む光から……」
 馬鹿馬鹿しいと思いながらも、言われた場所にまた立ってみた。その瞬間、旅の扉に入った時と似た感覚があった。城の壁も、窓の外の景色も、精霊の驚いた顔も、目の前から遠ざかった。

 気がつくと、全く見覚えのない場所にいた。端から端まで数歩くらいの、本当に小さな島だ。
「…うわ」
 島の端から下を見て、思わず声をあげた。雲が見える。この島は海ではなく、空に浮かんでいるらしい。地上のはるか空の上にある世界。どうやら本当に天界に導かれてしまったようだ。
 「ロトの称号」をもらったのは、ただの夢だったはずだ。夢の中で大魔王ゾーマを倒して授けられた。現実の俺は、まだゾーマを倒していない。…倒していない、はずだ。
(先にアレフガルドに確かめにいけばよかったかな)
 まさかこんなことになるとは思わなかった。空に浮かぶ島は小さかったが、中央に洞窟の入口がある。ここから来いということらしい。入ってみると、見覚えのある光景が広がっていた。
(ネクロゴンドの洞窟じゃないか)
 こうなってくるとどこまでが夢なのかわからなくなってくる。壁に拳を打ちつけてみた。どうやら夢でも幻覚でもないようだ。
 覚えのあるつくりだから迷うことはないが、出現する魔物はネクロゴンドと同じではなかった。ゴールドマンが出て、おうごんのつめを落としていった。ピラミッドの苦労が蘇ってなんともいえない気分になる。
 階段を下ると、ネクロゴンドの洞窟とは違う光景になった。しかしやはり見覚えがある。ヤマタノオロチと戦った、ジパングの洞窟だ。宝箱も同じ位置にあるが、中身は違う。なぜかガイアの剣が入っていた。火口に投げ込んだはずだが、こことつながっていたのだろうか。深く考えずに持って行くことにした。どうせ換金はできないが。
(この旅が終わったら)
 ガイアの剣を見て、ふと思った。この旅が終わったら、今持っている返せる物は元の場所に返しに行こう。ラーの鏡はあの洞窟に。かわきのつぼはスーのあの村に。船乗りの骨ももういらない。返す場所は幽霊船でいいだろうか。
 ガイアの剣はどこに返せばいいのだろう。サイモンの魂がいた、あのほこらの牢獄か? サマンオサの王様に聞いた方がいいかもしれない。
 見覚えのある場所を進んでいく。ジパングの洞窟を抜けると、また別の見覚えのある場所に出た。しかし出てくる魔物はむやみに強い。バラモスの血縁らしき外見の魔物がたくさん出てきたりした。バラモスというのは個人名ではなく、スライムなどと同じようにそういう種類の魔物の総称だったのだろうか。なぜか闘技場のような場所があり、そこでその一種と戦ったりもした。
 いつまで続くのかとそろそろうんざりしながら階段を下る。突然、視界が開けた。
 目の前の大窓から、これまでずっと見えなかった空が見えた。周囲は明るく、天井がやけに高い。床には絨毯がしいてあった。部屋を出ると、少し離れたところに玉座があり、そこに座っている男がいた。どうやらここは城で、あの男は王様らしい。
 大窓がたくさんある城だった。そこから見える空には雲一つない。最初の小島と同様、雲よりはるか上にある城なのだろう。前に進み出て挨拶をすると、王様は感心したようにうなずいた。
「おお、下界よりの旅人か。よくぞ来た。わしはこの城を治めるゼニス一世じゃ。さぞかし長い旅であったろう。ゆるりとしていくがよいぞ」
 天界ではなくてこの城を治めているだけなのか? 何か変だと思ったが、聞くのも失礼な気がしたので、恐れ入りますとだけ返事した。王様はうなずき、さらに言った。
「ここから先に進むと、神竜に会うことができる」
「神竜?」
「神の力を持つ竜だ。どんな願いでも叶えることができるというぞ。もっとも、叶えてもらったという話は今まで聞いたことがないがな」
 王様はそう言って笑ったが、俺は笑う気にはなれなかった。他の場所で聞いたら、まるでおとぎ話だと思うだけだっただろう。しかしここは天界だ。何があっても不思議ではない。
(どんな願いでも、か)
 本当にどんな願いでも叶うのなら、俺にも叶えてほしい願いがある。

 先に進もうと歩き出した時、一人の男に呼び止められた。
「あなたは下界からの旅人ですか。天界は旅の終着点。さぞかし長い旅をされたのでしょう」
 こっちを見ているのにどこか遠くを見つめているような、奇妙な目をした男だった。
「あなたの旅のことを知りたい。小さなメダルをお持ちではありませんか?」
 メダルと旅と何の関係があるのだろう。いぶかりながら、まだメダルおじさんに渡していないメダルのうちの1枚を渡すと、男はそれを見ながら感心したように言った。
「ああ、やはり長い旅だ。苦労も多い旅だが、色々な物を手に入れてもおられる。しかし、見落とした物もあるようですな」
 水晶玉を見ながら話す占い師のように、男はメダルを何度も裏返して眺めながら話した。
「では、見落とした物がどこにあるか、ヒントを差し上げましょうか。まず一つめ。…滅びの町。十字架の下できらりと光る物は…」
 突然意味の分からないことを言い出した。何を言っているのかと男の顔を見ると、男は俺を見返して笑った。
「そこに良い物があります。さあ、お行きなさい。見つけたら、またここに戻ってくるのですよ。この城にはルーラでも来れますから」
 何もかも知っているというような口調だった。好きになれない種類の奴だ。そこに何かあると言われたら、俺が動かずにはいられないということまで、この男は分かっているのではないかと思った。
 滅びの町。心当たりのある場所は一つしかない。俺はルーラでイシスに飛び、ラーミアに乗った。

 昼に訪れるテドンの村は、相変わらず静まりかえっている。
(十字架、十字架…)
 探して村をうろついた。廃墟の村は何も変わっていない。朽ちかけた牢屋もそのままそこにある。あの落書きもそのままだ。
『生きているうちにオーブを渡せてよかった』
 きっと夜に現れる村人たちも、あのままなのだろう。もうずいぶん前のことのような気がする。あの後も色々なことがあったな、となんとなく感慨深くなる。
(…あれか、十字架って)
 毒の沼地に浸食された教会の、壁からずり落ちた十字架。行ってその下を調べてみると、まじゅうのつめが落ちていた。十字架の下なんて言うから何かのたとえかと思ったが、そのままの意味だったようだ。
 まじゅうのつめは希少な物のようだったが、俺には装備できない。すぐ換金した。あまり高額ではなかった。ゼニス城に戻ると、例の男は俺が口を開く前に言った。
「おや、謎は解けたようですね。しかしまだありますよ。これは…そうですな…。暗き世の囲まれたる町。花の中にそれは眠る…」
 この男の言う通りに行動するのはあまり気分のいいことではないが、何か手に入るのならば腹を立てる筋合いもない。出されたヒントはまた簡単だった。暗き世とはアレフガルドのことだろう。そこの囲まれた町と言ったら、やはりこれも一つしかない。

 メルキドはアレフガルドの中でも一番陰気な町だ。灯りも消えかかった暗い街道で、相変わらず無気力に座り込んでいる人々がいる。
 この町の様子を見て今さらながら改めて実感する。やはり俺はまだゾーマを倒していない。なぜ真の勇者の称号を先にもらってしまったのだろう。夢の中の話なのに、天界に導かれたところを見ると本当にもらってしまっているらしい。
(…ま、いいか)
 考えてみればいつもとたいして変わらない。王様の頼まれ事を解決する前に、ほうび代わりにと国の金品をあさることなど、今までさんざんやってきた。それと似たようなものだ。いつか魔王を倒してラダトームに行き、改めて王様にこの称号をもらえばいい。夢の中で渡し済であることなど、王様は気づかないだろう。前借りした方がやる気も出るし、魔王を倒す前に借金が減るのも歓迎すべきことだ。
(あとはこの町の…花か)
 こんなすさんだ町に花などあるだろうかと思ったが、あのやる気のない老人がいたぼろぼろの神殿の中に、雑草だらけの花壇があった。調べてみると、やみのころもが落ちていた。やはり俺には装備できないが、道具屋に持って行くと高額で引き取ってくれた。ありがたい。
「あれ、センドじゃないか」
 換金を済ませて道具屋を出たところで、この町に似つかわしくない陽気な声が聞こえた。振り返ると、ガライが嬉しそうに駆け寄ってくるところだった。
「元気だったかい。君がルディを紹介してくれたおかげで、町を作るという夢はもう夢の段階ではなくなったよ」
「そうか、それはよかったな」
 相変わらず大仰なしゃべり方だ。ついこっちは冷めた受け答えになる。
(…こいつもルディをルディと呼ぶんだな)
 どうでもいいことだが少し気に障る。こいつにこんな調子で変なふうにおだてられて、新しい町のやっかいな部分をまた押しつけられたりしないだろうか。大丈夫だとは思うが。
「ん? なぜそんな目でにらむんだ。僕、君に何かしたかい?」
「いや、別に。俺はもともとこういう目つきなんだよ。で、町はどこにできるんだ?」
「ラダトームの北に、僕の生まれ育った家があるんだが……ああ君はもう知っていたっけ。あの南に新しい町にふさわしい素晴らしい場所があってね。それもルディが見つけたんだよ。本当に彼女は女神だ! この大地を創りたもうた精霊ルビスの申し子だよ!」
 ルビス様はあんなんじゃなかった、と言いたくなったがやめておいた。
「時間ができたら、そっちにもぜひ来てくれ」
「そうだな、行くよ」
 そう答えると、ガライは嬉しそうだった。
(まあ、いいやつなんだろうけど)
 君もがんばれよと笑いながら言われ、曖昧にうなずいてルーラで立ち去った。

「おお、2つめの謎も解かれましたか。では最後。…星を見る者。足元に気がつかず…」
 星を見る者? 何かの比喩のようだが、今までのヒントはどれもそのままの意味だった。きっとこれもそうだろう。俺が今まで行った場所のどこかに、本当に星を見ている誰かがいたのだ。
(…あ、あれか)
 話もしていないが、ルザミに空に向けた望遠鏡をひたすら見ている男がいたのを思い出した。ルーラでアリアハンに飛び、ラーミアであの小島に向かった。相変わらず静かな村を横切って、大きな望遠鏡のあるあの家に入る。足元どころか入ってきた俺にも気づかずに望遠鏡を見ている男が座る椅子の下に、確かに何か転がっていた。
 黙ったまま拾い、持って行った。あの男がわざわざ「旅で見落とした物」として指摘したところを見ると、もらっていっていい物だということだろう、多分。もっとも落ちていた物というのは、これで2つめとなる賢者の石だったので、俺には何の役にも立たない。換金もできないし、荷物になるだけだ。

「おや、全ての謎を解かれましたな。たいしたものだ。では、これはお返しします」
 ゼニス城に戻ると、男はさっき渡した小さなメダルを俺に差し出した。受け取ってまた袋に入れる。それをじっと見ながら、男はまた口を開いた。
「…あなたはすごろく場にもいくつか行かれたようですね。あなたが今まで行ったすごろく場の、マス目にあるメダルは全部で5枚。そのうちあなたは4枚を取っておられます」
 今さらだが、なんだか薄気味悪くなってきた。この男は、なぜそんなことが分かるのだろう。
「それも含めて、あなたが今までに取ったメダルは102枚。ちなみにこの世界に散らばっている小さなメダルは全部で110枚ですから、あと8枚です。がんばって全部集めてみてはどうでしょう」
 あと8枚か。取り逃しも意外とあるようだ。ルディのレミラーマに世話になったとはいえ、エジンベアには入れなかったし、ゾーマ城にも宝箱以外の場所に落ちていたりするのかもしれない。それに、この天界……神竜がいるというこの先にメダルが落ちていることも考えられる。
 そこまで考え、はたと気づいた。これはどう考えてもおかしい。
「…ちょっと待ってくれ。世界に110枚しかないのに、そのうち102枚を俺が取ったのか?」
「おや? あなたは小さなメダルがどういうものか、ご存知ないのですか」
 男は首をかしげて俺を見た。説明してくれるのかと思ったが、
「メダルを集める者の前には、メダルを預かる者が現れるはず。気になるのならば、その者にお聞きなさい」
 意味ありげにそう言い、男はまたどこか遠くを見る目になった。やっぱりこういうやつは好きになれない。こいつのおかげでまた少し借金が減りはしたが。


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センド : 勇者ロト
レベル : 75
E ほのおのブーメラン/グリンガムのむち/おうじゃのけん
E ひかりのよろい
E ゆうしゃのたて
E オルテガのかぶと
E ほしふるうでわ

財産 : 70 G
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