44.ゼニスの城


「ほっほっほっ。神竜に会いに行きなさるか?」
 ゼニス城からさらに先へ進む階段を下りると、そこは小さな部屋だった。柔和そうな老人が手招きしている。厳しい道のりを覚悟して、剣を抜き放つような気持ちで階段を下りたのが少し恥ずかしくなった。そういう場所ではなかったようだ。
「神竜に会いに行くのなら、これを飲んでいきなされ」
 老人は部屋の中央でぐつぐつ煮えている大鍋から、紫色の液体をカップについだ。渡されたカップの中で、液体はまだ煮立っているように泡を立てている。妙なにおいもした。
「…何ですか、これ…」
「神竜に会うのなら、飲みなされ」
 さっきと同じセリフだ。飲まなければ会えないのだろうか。おそるおそる口に運ぶ。
「あっつ!」
 見た目と同じ熱さだった。思わずカップを落としそうになってあわてて持ち直す俺に、老人はにこにこと言った。
「どうじゃ、熱かったじゃろ。力がみなぎってこぬか?」
「…いえ、何も」
 舌がひりひりする。が、ステータスには何も変化はない。HPはすでに満たんだが、減っていたら回復していたのだろうか。老人は笑顔のままうなずいた。
「そうか。ではお前さんには必要ないのかもしれんな。ほっほっ」
「何の薬なんですか、これ」
「神竜の威に耐える力をつける薬じゃよ。なにしろ神の力を持つ竜じゃ。並の者では近づくだけで、その威に耐えられず気絶してしまって話もできんからのう」
 何でもないことのように言われた。しかし、そういうものかもしれない。俺も光の玉がなければゾーマを見るだけで足がすくむ。まだ熱い薬をもう一口飲み、俺は老人に聞いた。
「神竜が、願いを叶えてくれるというのは本当ですか?」
「願い? そんな話は聞いたことがないのう。まあたいていのことはできるじゃろうが……」
 老人は笑顔を消し、心配そうに俺を見た。
「お前さんが神竜に会いに行くのは、何かしてほしいことがあるからかの?」
「まあ、そんなところです」
「では行かぬ方がよいかもしれぬ。神竜は崇めるものであって、欲心で動かそうとするものではない。神竜の偉大な力を使おうとする者は、その力で滅ぼされるのじゃ」
 欲心か。俺の願いは、本当に私利私欲そのものだ。ようやく冷めてきた薬を飲み、俺は空のカップをテーブルに置いた。
「ありがとうございました。行くだけ行ってみます」
「うむ…。気をつけるのじゃぞ」
 老人は顔を曇らせたまま見送ってくれた。

 見送られて出たのは、塔のような場所だった。どうもこの最上階に神竜がいるらしい。しかし歩き出して早々デーモンソードが現れ、やけつくいきで麻痺して死んだ。
「おや……またお前さんか」
 アリアハンの城からゼニス城に飛び、また老人の部屋を経由する。神竜に会いに行くには必ずここを通らなければならないらしい。たどりつくことができなかったのが一目瞭然なのは少し恥ずかしい。薬は省略して先に進んだ。
 しかし今度はてんのもんばんの痛恨の一撃で死んだ。手元に残ったのは230ゴールド。神竜の塔の魔物は異常な強さで、どうやら逃げた方が早そうだった。普通に出てくる魔物相手に苦戦することは、最近はほとんどなかった。こんな状態で行っていいのかと不安になるが、最近のレベルアップ時のステータスの伸びの少なさを考えると、レベルを最大まで上げても状況はあまり変わらないだろうと思える。
 塔には宝箱が置いてあり、その中の一つにすごいものが入っていた。破壊の鉄球。魔物全体への攻撃ができて、ほのおのブーメランやグリンガムのむちよりも攻撃力が高い。さすがに天界ともなると置いてある物も一味違う。感心しながら先へ進み、俺はようやく最上階にたどりついた。
「おお、人間か。よくぞここまで来たな」
 階段を上った瞬間に、まるで強風のような圧力があった。
 神竜。一目で分かった。竜の女王様よりもさらに大きい竜だった。尾を丸めるようにして宙に浮いている。あの老人の言う通りすさまじい威圧感だった。薬のおかげなのかもともと大丈夫なのか、耐えられず気絶するということはなかったが、ずっとここにいるとそれだけで苦しくなりそうだ。
 神竜はもう何も言わず、珍しそうに俺を見ていた。俺が何か言うのを待っているというわけでもないようだ。神竜の姿を仰ぎ見て、それだけで満足して帰る。そういう人々がほとんどなのだろう。神とはそういうものなのかもしれない。
 けど俺は、そういう人たちとは違う。言わなければならないことがある。神竜はもうこちらへの興味を失いかけているように見えたが、俺は拳を握りしめて大声を出した。
「叶えてもらいたい願いがあります」
「ほう…。申してみよ」
 神竜は、いきなりそんなことを口走る無礼をとがめようとはしなかった。俺は一つ息をついてから言った。
「俺の父親を生き返らせて、借金を自分で払うようにしてほしい」
「…借金?」
 神竜がけげんな顔をした。借金なんて言っても通じるわけがない、どう説明しようかと思ったが、
「父親の借金をお前が継いだのか? それから自由になりたい。そういうことか?」
 神の力を持つという竜は、人間社会のことにも精通しているようだった。ラダトーム北の洞窟の地割れよりもそういう知識は豊富らしい。
「そうです」
「つまらぬ願いだな。こんなところまで来た者の言うこととは思えぬ」
 神竜は巨大な目をまたたいた。
「これまでにも、私に願いを叶えよと言った者は数多くいた。みなつまらぬ願いではあったが、ここまでつまらぬ願いを口にした者はいなかったぞ。借金とは……」
 俺にとってはつまらぬ願いどころではない。この5年間、それが俺の全てだった。
「まあ、どのような願いでも心に思うのは勝手だ。しかし私の力をそれに使いたいというのなら、私の力を超えねばならん」
 空気が揺らめき、神竜の体がふくれあがったように見えた。気圧されて後ずさりしそうになる足を、必死でその場にとどめる。祭壇に立って相対した時のゾーマに似た感覚だった。だが、神竜には光の玉に相当するものはない。俺は声を張り上げ、分かりきったことを聞いた。
「戦うということですか」
「そうだ。この私を打ち負かすことができたなら、そなたの願いを叶えてやろう。父親を生き返らせ、借金をその父親に払わせる。それでよいのだな」
「はい」
 神竜の目が光る。塔が揺れ、どこかで雷鳴が轟いた。

 力の差は歴然としていた。激しい炎。宙空から落ちてくる巨体。骨まで砕く、牙での攻撃。そして100%確実に効く眠り攻撃。これが一番つらい。にらまれるとそれだけで意識が飛び、目が覚めた時にはHPがごっそり削られている。
 戦いが始まれば、相対していた時のすくみや気後れは消える。だがそのためにかえって力の差がはっきり分かった。自分にベホマをかけながら剣を振るう。神竜はあしらうように炎を吐いてから言った。
「なぜ立ち上がる? 苦痛を受ける回数が増えるだけだというのに。ここまで戦ったのだ。私に歯が立たぬことを悟れぬほど愚かではあるまい」
 返事をせず、なおも攻撃した。王者の剣の切れ味は神竜の鱗も切り裂く。しかし、たいしたダメージになっているようには見えなかった。神竜は首をかしげて続けた。
「奇妙な生き物だな、お前は。借金から自由になりたいなどというくだらぬ理由で、そこまで無駄な戦いを続けるのか」
 そうだ。あんたにとってはくだらない理由でも、俺はそれだけを考えて今まで戦い続けてきたんだ。『とりたて』から抜けて、自由の身になること。それだけを願ってきたんだ。
(本当にそうか?)
 自分の心の、別の場所から声がする。
(百万ゴールドあった借金も、7割近く返した)
 だから何だ。まだ残ってる。
(もう、残りは自分で返せる額だろう。こんなに苦しい思いをして叶えてもらう必要はない)
 苦しくなんかない。こんな戦いはいつものことだ。
(だが、勝てない。本当は分かってるだろう? レベルを最大まで上げても、決して勝つことのできない相手だと)
 黙れ。
(立ち上がるな。次に目が覚めたら、いつものように王の間だ。もう忘れろ。自由の身になるのは、この旅の目的であって、願いじゃない。願いなんか、最初からなかったんだ)
 違う。願いはある。ずっと前から、俺はそれだけを…。
 地面に叩きつけられた衝撃で、手から剣が離れた。落ちてくる神竜をかわしながら、剣に手を伸ばす。自分の手が目に入った。小さくて丸っこい、やわらかそうな手だった。周りを見る。俺はベッドに横になっていた。自分の小さな体に見合う、小さなベッドだった。
 くそ、これは夢だ。また眠らされたのか。
「そう…。とうとう、魔王討伐に…」
 母さんの声がした。寝たまま、声の方向を見る。俺が知っているよりも、少し若い母さんがいた。そしてその母さんと向き合って座っている、がっしりした男の後ろ姿。
「ああ。後のことは頼むぞ」
「…ねえせめて…せめてこの子が大きくなるまで待てないの?」
 言いながら母さんがこちらを向く。俺が目を覚ましていることに気づき、立ち上がって近づいてくる。男も振り返り、俺を見て笑った。
(…父さん)
 ゾーマ城で見た、傷だらけの姿ではない。生命の全てを使い果たし、見開いた目に何も映っていなかったあの姿ではない。けれどすぐ分かった。間違いなく勇者オルテガだ。俺の父さんだ。
「すまない。わかってくれ。俺は一日でも早く平和を取り戻したいんだ」
 母さんと一緒にかがみこんで俺の顔を見ながら、父さんはつぶやくように言った。
「お前や、センドのためにも…」
 その言葉には覚えがあった。胸の奥底に、しまいこまれたままになっている言葉だ。俺は父さんに向かって手を伸ばし、指をつかんだ。たいして力もない子供が、それでもせいいっぱいの力でつかんだ手をあやすように振って、父さんは笑いながら言った。
「なーに、心配はいらない。すぐに戻ってくるさ」
 体に痛みが走り、目が覚めた。神竜の長い尾が視界に入る。 まだ終わっていない。このまま終わらせるわけにはいかない。
 オルテガを知る者は皆、嬉しそうにオルテガのことを話した。誰もが彼を好きだった。
(……そうだよ)
 俺だって。
 俺だってそうだった。
 勇敢で、大きくて、あたたかかった。俺がようやく立って歩けるようになった頃に旅立った父さん。まわりのみんなは、俺が父さんのことを覚えていないと思っていただろうけど、本当は覚えていることだってあった。覚えていることと同じ数、思い出さないようにしていただけだ。
 俺はやたらと父さんにしがみついている子供だった。肩車をしてもらうのが好きだった。父さんの肩に座って見る、いつもより高い景色が好きだった。
「遠くまで見えるだろう」
 そう言って笑う父さんの顔は俺よりも低い位置にあったけど、それでも父さんはもっとずっと遠くまで見えているのだと俺は信じて疑わなかった。実際そうだったのだろう。ずっと遠く、この世界の人々全てを守るために戦うことに、父さんは迷いのかけらも抱いていなかった。旅立ちの日、足にしがみついてわあわあ泣いていた俺に、自分のいないアリアハンはお前が守るんだと父さんは笑った。
(心配はいらない。すぐに戻ってくるさ)
 生まれて初めて胸に刻んだ言葉だ。父さんは確かにあの時、戻ってくると言った。だから俺の願いも、あの時からずっと変わらないままだ。
「まだ戦う気か?」
 不思議そうに神竜が言う。何度も斬りつけたのに、ちっともダメージにはなっていないようだった。牙で体を噛み裂かれる。ベホマで回復した。MPはもう残り少ない。意識がとぎれ、いつの間にかHPが減っている。どうやらまた眠らされたらしい。
 強制的な眠りに落ち続けているうちに、自分の状況が分からなくなってくる。攻撃をさけて飛びのいたと思ったのに、気がついたら別の場所で神竜の下敷きになっている。HPがまた減っていた。
 これまで、何度も死んだ。そのたびに生き返ってまた挑戦した。その時勝てなくても、レベルを上げればいつかは倒すことができた。何度も負けて死にながらも、俺は無敵だった。
(神竜……)
 それが通じない相手がいる。今勝つことができなければ、限界までレベルを上げても同じ結果になることがはっきり分かる。目の前にアリアハンの城下町が見え、それが激しい炎で焼かれた。夢か。また眠らされていたらしい。意識の境目もよくわからなくなる。知らないうちにHPが減っている。回復呪文をかける。MPが減る。終わらせないと思っていても、避けようもなく終わりが近づく。
(いやだ! いやだあ!)
 どこからか泣き声が聞こえた。かんしゃくを起こしている、聞きわけのない子供の泣き声だ。いやなものはいやだと、泣きわめく子供の声だった。

 父さん! いやだ! 死んじゃいやだ!
 帰ってきてよ! 父さん!
 父さん!

 アリアハンの城を出て、城下町を歩く。いい天気だ。これからまたゾーマ城に向かうつもりだったけど、久しぶりに家に帰ろうかな、と思った。
「あっ! お帰り、センド!」
 初めて見るような、何の曇りもない笑顔の母さんが迎えてくれた。後ろのテーブルにじいちゃんが座っている。そしてじいちゃんと向かい合って座っていた男が、うつむき加減になっていた顔を上げて俺を見た。
 俺はその場に立ちつくし、これが夢だということを知った。こんなことが現実に起こるはずがない。母さんが嬉しそうに言う。
「お父さんが……お父さんが戻ってきたのよ! お前は顔を覚えていないだろうけど……。ほら、ちゃんと見て! お前のお父さんだよ!」
「おいおい、そんなに騒ぐな。これからは、また一緒に暮らすんだ。焦ることはない」
 母さんをたしなめながら、テーブルについていた父さんが立ち上がる。じいちゃんが少し不満そうな顔をした。どうやら、長い不在について説教をしていたらしい。
「センド。お前、ずいぶん大きくなったなあ。私が旅に出る時は、まだこんなに小さくて…」
 そう言いながら父さんが手で示した大きさは、握り拳くらいしかなかった。いくらなんでもそれはない。俺は笑いながら、装備していた兜を脱いだ。父さんに会ったら返そうと思っていた兜だ。それから、何か言おうと思っていた。何だっけ。
 じいちゃんのように、長い留守について何か文句を言おうとしていたような気もする。しかし目の前の父さんは、少し照れくさそうにはしているが平然とこの家になじんでいて、長く留守をしていたようにも見えなかった。当たり前のようにそこにいる。
 そういえば、父さんはそういう人だった。
「その兜……そうか、お前が持っていたのか」
 懐かしそうな視線を兜に注いだが、父さんは兜を受け取らなかった。
「これはそのままお前が持っておけ。見れば分かる。この兜とともに、お前も長い戦いを続けてきたんだろう?」
 父さんがまっすぐ俺を見る。目線の高さは、今はもうそんなに変わらない。 
「立派になったな、センド」
 しみじみとした声と、肩に乗せられた父さんの手。俺よりもはるかに長く戦い続けてきたその腕に、ほんの少し前、どこかで触れたような気がした。そして俺はようやく、自分が父さんに何を言いたかったのかを思い出した。
「父さん」
「ん?」
「…おかえり」
 たったそれだけの短い言葉を言う日を、俺はずっと待っていた。
 父さんは少し目を見開き、また照れたように笑ってから口を開いた。
「本当に、奇妙な生き物だな……」
 神竜の声だった。何かがつぶれる音がして、生まれ育った家の中が急に遠ざかった。

「おおセンドよ、死んでしまうとはふがいない」
 アリアハンの王の間。いつもと同じ声。どこまでが夢だったのか、よくわからない。
 大臣の声を聞きながら、俺は手探りで自分の持ち物を確認した。破壊の鉄球がある。天界に行ったのは夢ではなかったらしい。
 負けたのか。あのまま何もできずに死んだのか。
「そなたの父の名を汚さぬように……」
 いつもの言葉を言いかけた大臣が、戸惑ったように口をつぐんだ。その理由は分かるが、どうにもならなかった。玉座の前で膝をつきながら、俺は泣いていた。涙が勝手にぼたぼた床に落ちる。ゾーマが現れて以来静かになった王の間に、自分の嗚咽が響いているのが聞こえた。
 色々なことが、いっぺんに分かってしまった。ムオルの村で、ラダトームで、あんな気持ちになった理由。5年前、死の知らせとあの商人たちが来た時に、心の奥底におしこめた忘れられない言葉。
(心配はいらない。すぐに戻ってくるさ)
 涙も、喉から漏れる嗚咽も、なかなか止まらなかった。
「…センドよ…」
 王様の声がした。涙をぬぐって顔を上げたが、すぐにまた視界はぼやけた。
「もう、よい。これ以上は、もう……」
 絞り出すような声で王様が言った。何のことか分からなかった。
「そなたは、大魔王ゾーマと戦っているのであろう? 思い出すだけで身の毛がよだつ、あの闇の王と……。そなたがいかに強くなろうと、人の身であのような者と戦うなど、不可能だ。わしはもう、見てはおれぬ……」
 ああ、王様は俺がゾーマに打ちのめされて泣いていると思ったのか。死んで戻ってきた勇者が泣いていたのでは、そう思うのも無理はない。そんな誤解は解かなければならないが、どう言ったらいいのだろう。
「センド。わしはそなたに、勇者の称号という重荷を与えたが……そなたが背負っているもう一つの重荷のことも知っている」
 俺が言葉を探しているうちに、王様はまた続けた。
「オルテガの残した、借財のことじゃ」
「……え」
 思わず、間の抜けた声が出た。
 旅立ちの日。仲間たちの分の装備品まで渡された時、もしかすると王様は『とりたて』のことを知っているのかもしれないと俺は思った。本当にそうだったのか。
「5年前、この城に他国の商人たちがやって来た。オルテガに金を貸したという者たちじゃ。あの者たちはそれを話した上で、そなたに勇者の称号を与えるべきだとわしに訴えた」
「……それは、あの商人たちの都合では……」
 そんなことを王様に言って何になるのか。しかし王様は首を振った。
「そうではない。その借財でそなたの心を縛り、ひたすらに借財の返済に向かわせる術がある。それをかけることによりそなたは、強大な魔物に立ち向かう恐怖も、戦いの痛みも、何一つ苦にしない最高の勇者になるであろう、とあの者たちは言った」
 俺は何も言えなかった。金を使えないせいでしなくてもいい苦労をしたことの方が多かったような気もする。だが『とりたて』のない状態での旅などしたことがないから比べようがない。
「そしてこうも言った。よほどのことがない限り、死しても蘇るのが勇者。ならば今の強さより、どこまで強くなれるかが重要だ、と。オルテガの息子であるそなたなら、際限なくどこまでも強くなれるはずだと…。あの者たちもわしと同じく、オルテガへの未練に動かされておった」
 王の間はしんと静まりかえっている。大臣が困惑した顔で王様と俺を見比べていた。どうやら大臣も、そのあたりの事情を知っているらしい。
「そなたは、あの者たちがオルテガの借財を返済させるためにそなたを勇者に仕立てたと思っていたかもしれぬが……そうではない。金では購えぬこの世界を、あの者たちはオルテガの借財で購おうとしたのだ」
「…………」
「そしてわしも、その話に乗った」
 王様の口調はまるで懺悔のようだった。俺は怒らなければならないのだろうか。けれどその話には、俺が今さら怒るような部分はないような気がした。王様に対しても、あの商人たちに対しても。
「すまぬ」
 黙っている俺に王様は頭を下げ、大臣があわてたような顔をした。
 俺は手のひらで目の下をぬぐった。もう新しい涙は出てきていなかった。
「…大丈夫です、陛下」
 自分の声は、思ったより明るかった。王様がけげんそうに顔を上げる。
「ゾーマは、俺が倒します」
「何?」
「ゾーマの力を弱めるアイテムもあるし、もうそこまで悲観するような相手でもありません」
「…しかし、そなたは…」
 王様はあぜんとしているようだった。さっきまでみっともなく泣いていた人間の口から出る言葉とは思えなかったのだろう。
「今回は、ちょっと違うんです」
 何の説明にもなっていないが、俺はそう言って立ち上がった。一礼して王の間を出る。あと何回くらいここに戻ることになるだろうか。天界でまた少しレベルを上げたが、まだゾーマに勝てるとは限らない。しかし、いつかは勝てる。そんな気がする。ロトの称号を前借りできたのも、きっとそれが手の届くところにあったからだ。
(けど、本当に勝ちたかったのは……)
 くちびるをかみながら進む。グリンガムのむちとほのおのブーメランを換金して、また返済にあてなければならない。城を出て目に入ったアリアハンの城下町の光景に、ふと胸をつかれた。
 はるか上空にある天界の城の、さらに高い塔の一番上にいる竜。決して逆らえない眠りにつかせるあの竜が最後に見せた夢は、俺への哀れみからだったのだろうか。


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センド : 勇者ロト
レベル : 76
E はかいのてっきゅう/おうじゃのけん
E ひかりのよろい
E ゆうしゃのたて
E オルテガのかぶと
E ほしふるうでわ

財産 : 314 G
返済 : 715000 G
借金 : 320000 G


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プレイヤーから補足。

神竜を勇者一人で倒すには、種をたくさん食べなければほぼ無理みたいです。つまり残念ながらこのプレイ日記のルールでは…。ものすごく運が良ければいけるかもしれませんが、倒してもターン数が多いと無効扱いにされてしまうはずなのでどちらにしても願いは叶いません。神様は独り者に冷たい。