エピローグ1  ゴールドパスの男


 テーブルを囲んでいたのは、アリアハンにオルテガの負債のことを伝えに行った時と同じ顔ぶれだった。
「…アリアハンの国王様から?」
 その中の一人。頭に大きなターバンを巻いた商人は、首をかしげて聞き返した。
「ええ。使いの方が来られましてね。勇者センドが、世界を救ったと」
 別の商人が、テーブルに国王からの手紙を置いた。5年前、オルテガの息子に勇者の称号を、とアリアハン国王に働きかけたのは、主にこの男だった。
「実は、先日勇者センドが倒した魔王バラモスの後ろに、黒幕がいたのだそうで。魔物が減らなかったのはそのためだったらしいのですが、あの勇者がとうとうその黒幕も倒したと」
「ほう」
 テーブルを囲んだ商人たちは、感心したような顔を見合わせた。
「魔物が急にいなくなったのは、そういうことでしたか」
「いや、さすがは勇者オルテガのご子息。我々が見込んだ通りだった」
「魔王が倒された後にも返済が続くのは不思議でしたが、黒幕を倒しに行っていたとは」
 口々に偉業を達成した勇者をほめそやす。王の手紙を受け取った商人が咳払いして続けた。
「それで、ですな。国王様はこの偉大な勇者にかけられている呪いを解いてほしいとお望みなのです。そのために金が必要ならば肩代わりすると」
 呪い、という言葉に小さな笑いが起こる。しかし、あの勇者にかけられているのは、確かにその言葉にふさわしいものだった。
「慈悲深い国王様だ。アリアハンの民は幸せですなあ」
「しかし、途中で解くことはできましたかな?」
 商人たちの視線が、勇者に『とりたて』をかけたターバンの商人に向けられる。ターバンの商人は肩をすくめた。
「あれはもう私の一存では解けません。しかしセンドさんがゴールド銀行から全額返済すれば、その時点で自動的に解けますよ。国王様が肩代わりをお望みなら、センドさんにその分の金を渡せばよろしい」
「それが、勇者センドは今アリアハンにはいないようなのです」
 手紙を受け取った商人が少し困ったように言った。
「黒幕を倒したことを報告しに一度城に現れたそうですが、すぐにまた姿を消したとか。国王様は勇者に肩代わりの意向をまだ伝えておられないのですが、とりあえず今すぐ解いてやりたいと、まあそういう話でして」
「ああ、それは無理です。センドさん自身の入金でなければ」
 にべもなく首を振り、ターバンの商人は思い出したように言った。 
「…そういえば先日、まとめて入金がありましたな。なるほど、あれは黒幕を倒した後、不要になった装備品でも売って作った金でしたか。あと19万2千ゴールド……確かに、平和な世界で勇者が稼ぐには厳しい額だ」
「いや、18万9千ゴールドです」
 別の商人が訂正した。
「さきほど確認しましたが、昨日3千ゴールドの入金がありました。城に行かないだけで、アリアハンに戻ってはいるようですな」
「ほう…まだあてがあったとは…」
 ターバンの商人は意外そうにつぶやいた。また別の商人が提案する。
「アリアハンのゴールド銀行に伝えておきますか。城には現れなくても銀行には来るのでしょう?」
「そうですな。せっかくの国王様のご好意だ。銀行の者から勇者に、城に行くようにと伝えて……」
「いや、もう少し待ちませんか」
 ターバンの商人はそれをさえぎり、口元に笑みを浮かべながら言った。
「本人にまだ返済する余力があるのなら、何も国王様のふところをいためることもありますまい」
「いや、しかし…」
 手紙を受け取った商人が反論した。
「魔王を倒した後、あの勇者はどこの町でもほとんど目撃されなくなっています。もし彼に返済する力がなくなり、アリアハンにも戻らなくなったら、国王様の意向を伝えることもできなくなってしまう」
「センドさんは魔王を倒し、世界を救ったのですよ。その価値が百万ゴールドどころではないということを、彼が全く分かっていないということもありますまい。本当にどうしようもなくなれば、国王様に援助を求めるか、我々のところに怒鳴りこみに来るかするはずです」
「それまでは放っておくべきだ、と?」
 問われて、ターバンの商人は口元の笑みを深くした。
「興味はありませんか? 魔物退治ができなくなっても、勇者が金を稼ぎ続けることができるものなのかどうか。名声で金を集められるような人間には見えませんでしたからな」
「これはまた意地の悪い」
 ゴールド銀行への伝言を提案した商人が、首を振りながら言った。
「世界を救った勇者ですよ。私たちが商売を続けられるのも彼のおかげだ。彼が魔王を倒したと聞いた時、私はすぐにでも彼の通る道に金を落とし、ひそかに返済の手助けをしようと思ったものです」
「なぜそうしなかったのですか?」
 また別の商人が面白そうに聞く。
「きっと喜ばれたでしょうに」
「いや、さっきの話にもありましたが、勇者センドはあの後どこの町でも目撃されなくなってしまいましたからな。アリアハンですら、ゴールド銀行以外の目撃情報はなかった。それではとても無理だと考え、援助は断念した次第です」
「なんとあきらめの早いことだ」
 テーブルに笑いが起こる。ターバンの商人はふと目をそらし、考えこんだ。
 今どこにいるのでしょうな、とぼそりとつぶやく。しかしその声は小さすぎて、冗談の応酬を続ける他の商人たちの耳には入らなかった。

*                     *

 俺の働くすごろく場にその男が現れたのは、アレフガルドに太陽が戻ってから一月ほどたった頃だった。
「ようこそ、旅人のすごろく場へ」
 いつものようにスタート地点で挨拶をして、俺はその男が持っている物に目を見張った。
「そ、それは……ゴールドパス!?」
 まさか、実在していたとは! すごろくけんなしで何度でもすごろくができるフリーパスだ。
 ここで働き始めたばかりの頃に、そういうものがあることは聞いた。形、刻まれた模様がどんなものかも教わった。そしてそういった外観を覚えることは、実は意味がないとも教わった。
(見ただけで、ああこれだな、と分かるそうだ。見ても何とも思わないのなら、それは偽物だから通してはいけない)
 俺に仕事を教えてくれた先輩は、本物も偽物も見たことがないと言っていた。俺も同じだ。だがそれでも一目で分かった。これだ。間違いなくこれがゴールドパスだ!
「さあ、どうぞどうぞ!」
 急いでスタート地点に誘導する。男は俺の反応の大きさに戸惑ったのか、不思議そうな顔をして自分のゴールドパスを見た。それがどんなに希少な物か、よく分かっていないように見えた。
 まだ二十歳にもなっていないだろう。何度かここで見たことがあるような気がする。その時はすごろくけんを使っていて、最近になってゴールドパスを手に入れたのだろうか。
(あんな若さで、ゴールドパスを……)
 思わず、すごろくのマスを進む様子を盗み見た。39ゴールドを拾っているのが見えた。

 旅人のすごろく場には謎が多い。ゴールドパスもその一つだ。
 ここで働き始めて何年も経つが、俺はこのすごろくというものがどういう仕組みになっているのか、よくわかっていない。マス目を調べると落ちている金やアイテムがどうやって発生しているのか。誰かがゴールして賞品を手に入れても、別の誰かがゴールするとまた賞品があるのはなぜなのか。時々襲ってくる魔物は本物ではなくて幻だが、倒せば金が手に入るのはなぜなのか。負けても本当に死ぬことはなく、すごろくけんが一枚無駄になるだけだが、そもそもあの幻の魔物はどういう仕組みで出てくるのか。
 わからなくても働くのに支障はない。ただ、時々ふと気にかかる。ゴールドパスもそんな多くの謎の一つだが、その中でも特に重要なものだ。
 ゴールドパスとは、世界中の旅人を見守るどこかの偉いお方が認めた、旅人の中の旅人に与えられるものらしい。「旅人」。それはすごろく場にとっては最重要キーワードだ。こんな町中にあっても、このすごろく場には「旅人の」すごろく場という名がついている。俺はこのマイラのすごろく場しか知らないが、世界には他にも同じようなすごろく場があって、その全てが旅人のためにあるのだと聞いた。良くも悪くも、この世界を変えるのは常に旅人で、そんな彼らの手助けをするために、すごろく場はそこにあるのだという。
 つまりゴールドパスを持っているということは、多くの謎を秘めたこのすごろく場の全てが、その者のためにあることを意味するのだ! いや、まあ少し大げさかもしれないが。

 ゴールドパスの男はその日、丸一日すごろくをして帰って行った。丸一日、と簡単に言っても、普通はそんなことはできない。すごろく1回は、一つの冒険の旅を圧縮したようなものだ。常人なら1回で疲れ果て、連れにかかえられて帰ったりする。
 俺はこっそり、あの男のその日のすごろくの記録をのぞき見た。
(うわ、10回もやってるのかよ…)
 やっぱり、ただ者ではなかった。旅人の中の旅人と認められただけのことはある。
(……あれ?)
 記録を見て、妙なことに気づいた。3回目と9回目にゴールしている。ここのすごろく場は2つゴールがあるが、彼は今日どちらのゴールにも到達していた。
 しかし、賞品を手に入れた形跡がなかった。つまり前にもこのすごろく場に来ていて、その時にどちらの賞品も入手済みということだ。俺は首をひねった。
(何しに来たんだろう、あいつ)
 それ以来、ゴールドパスの男は数日おきに現れるようになった。

 その日も彼はやってきた。やはり丸一日いたが、1回が長かったらしく5回で切り上げて出口に向かった。思わず、その背中に声をかけた。
「あ、お帰りですか」
「うん。また来る」
「お待ちしております」
 俺がそう言うと、ゴールドパスの男は少し笑って会釈し、たいして疲れも見えない普通の足取りで去っていった。
(そういや、初めて声を聞いたな)
 特に印象に残る声でもなかった。それも含めて彼は、どこにでもいる、どちらかといえばおとなしめの若者に見えた。だがこのすごろく場ではそれが逆に異様だ。なぜか彼はいつも、よろいも兜もない軽装で、しかも丸腰で現れた。幻とはいえ、すごろく場では魔物との戦いもある。武器や防具は必須といっていい。
 しかし今のところ、彼が魔物に倒された記録はなかった。多分戦闘になったら逃げてるのだろうが、逃げるのにだって高いレベルがいる。
(レベル高いんだろうなあ、あれでも)
 だったら武器や防具を身につけて戦えば、経験値も入るのに。変な奴だ。

「よう、元気だったか」
「ああ。長かったな、今回は」
 同じ日、俺は仕事帰りに友達に会った。ほうぼうの町を巡り歩いている商人で、マイラに帰ってくるのは久しぶりだった。酒を飲み、他の町の噂を聞く。ふと、彼は思い出したように言った。
「そういや俺、勇者ロトを見たぞ」
「ええっ! ほんとか!」
 思わず身を乗り出した。当たり前だ。大魔王を倒し、このアレフガルドに光を取り戻した勇者。ラダトームでロトの称号を受け、また姿を消したという。まだそれほど日数も経っていないのに、彼はすでに神話と同じようなレベルで語られ始めている。
「凱旋した時に、俺ちょうどラダトームにいたんだよ。すごい騒ぎだったなあ」
 話す口調に感激の色は薄かったが、俺はせかすように聞いた。
「どんな人だったんだ、勇者ロトは」
「うーん……なんか妙な人だった」
「どんなふうに?」
「服装も、魔王と戦ってきたばかりって感じじゃなくて、普段着みたいでな。なぜか兜だけかぶってて、そのせいで顔もよく見えなかったんだが……。あと、なにやら重そうな袋を持ってて、それをずっと手放さないんだ。町全体が宴の会場のようになっていて、荷物を持っている奴なんて他に誰もいなかったんだけど、持ちましょうと言われても断ってたよ。誰も取るはずないのにな」
 どうやら勇者ロトは、俺が勝手に思い描いていた凛々しい勇者像とはだいぶかけ離れているようだ。だからといって彼の偉業に変わりはないし、俺の感謝の気持ちも変わらない。けどそれだけに、聞かなきゃよかったかなという気持ちになった。
「よほど大切な物でも入ってたのかな」
 いい解釈をしてみようとしたが、彼は肩をすくめた。
「それがな。近くに行った時にジャラジャラいう音が聞こえたんだ。多分あれ、金袋じゃないかな」
 ますます印象が悪くなる。大魔王を倒した後、喜びに沸く人々の中で、決して金を手放そうとしない勇者。別に文句を言う筋合いはないが、そんな話を聞いたらどうしてもテンションが下がる。
「…王様からのほうびかな?」
「そうかもしれない。宴の途中でいなくなっちゃって、どういう人なのかは結局よく分からないままだったけど…。まあ、あの大魔王を倒すくらいだ。ちょっと変わったところがあって当然なんだろうな」
「そうだな…。そういえば勇者ロトって、別の世界から来たんだろ? 風習とかも違うのかもしれないしな」
 やっぱり、いいように解釈しておきたい。俺たちが空と光を拝めるようになったのは彼のおかげだ。その後話題は勇者ロトから、ラダトームの北西にできたという新しい町のことに移っていった。

 ゴールドパスの男は相変わらずやってくる。実在さえ疑っていたゴールドパスを、こんなに何度も見ることになるとは思わなかった。最近はもうほとんど顔パス状態だ。
(しかし、本当に何しに来てるんだろう)
 記録を見ると、やっぱり時々ゴールまで到達している。しかしゴールできなかった時と同じように、何事もなかったような顔でまたスタート地点にやってくる。丸腰で来ているところをみると、魔物がいなくなったからここでレベル上げをしようとかいうつもりでもなさそうだ。
(マスに落ちているアイテムで、欲しい物でもあるのかな)
 彼が今まで手に入れたアイテムを見てみた。
(いしのかつら、にげにげリング、いのちのいし、うさみみバンド、パワーナックル、まほうのまえかけ、ルーンスタッフ……。うーん、一通り手に入れてるみたいだけどなあ)
 まさか、ここのすごろく場には落ちてない物を、あると思いこんで通っているのか? いや、ゴールドパスを持つほどのあの男に限ってそんなことは……。あれこれ考えている時、ちょうどすごろくを終えた本人が戻ってきた。しかし、スタート地点に来ようとはせずそのまま出口に向かう。
「あれ、もうお帰りですか?」
 驚いて思わず呼びかけた。今日はまだ1回しかすごろくをしていないはずだ。男は振り返り、元気なく言った。
「金を全部落とした」
「…ああ」
 手持ちの金が全てなくなればすごろくは終了だ。そして、手持ちの金がない状態だとスタート地点に立っても即そこで終了する。たとえゴールドパスを持っていても、そのルールは動かない。男は珍しくいらだった様子で、ため息をつきながら出て行った。今日はもう来ないか、と思っていたらすぐ戻ってきてスタート地点に立った。
「早かったですね」
「うん。前にここで拾ったアイテム、売ってきた。こういうことがあるかもしれないと思っていくつか売らずに持ってたから」
 言いながらサイコロを振り、またすごろくが始まる。
(いくつか売らずに、か……)
 なんとなく、アイテム目当てでもないような気がした。ただすごろくをしたいだけなのか? いや、それにしては別に楽しそうでもない。本当によく分からない男だ。

 また別の日。ゴールドパスの男は、いつも通り何度目かのすごろくのマス目を進んでいた。スタート地点からはもう見えない。スタート地点に来る他のお客に挨拶し、すごろくけんを受け取って送り出していると、入口から一組の男女がやってきた。
「…別に用があるわけでもないのに」
「用がなかったら会いに来ちゃいけないって言うのかい? そんなことあるはずないよ」
 話しながらスタート地点に近づいてくる。
「ようこそ、旅人のすごろく場へ」
 いつものように挨拶すると、女の方が手を振って言った。
「ごめんなさい、お客じゃないの。知り合いがここに通ってるって言ってたから、いるかなと思って」
 ピンク色の髪を頭上で一つに束ねている、なかなか可愛らしい顔立ちの子だ。
「毎日来てるわけではないらしいけど……あ、いた! おーい!」
 男の方が突然大声をあげ、嬉しそうに手を振った。その方向に振り返ると、ゴールドパスの男が目を丸くしているのが見えた。
(ゴールドパスの男の、知り合い!?)
 別に不思議なことでも何でもないが、いつも一人で来る彼には孤独な旅を続けてきたという印象があった。すごろく場に会いに来るような親しい友人がいるというだけで驚いてしまう。
「何だよ、お前らもすごろくか?」
「違うわよ。マイラに用があったから、ついでに見に来たの。どう、調子は」
「…まあ、普通だよ」
 ゴールドパスの男は不機嫌そうな顔で2人と話していた。親しい友人が会いに来たにしてはあまり嬉しそうでもない。それとも、親しいからそんな顔もするのだろうか。
「そこにいられると気が散るんだけどな」
「サイコロの目は変わらないでしょ?」
「気が散るの自体が嫌なんだ」
「何よ、心配して見に来てあげたんじゃない」
「よけいなお世話だよ」
「調子悪いから八つ当たり? 馬鹿じゃないの? ま、別に用があるわけじゃないし、お望み通りもう帰るわ。行きましょ、ガライ」
「えー? でも…」
「早く行けよ。町作りで忙しいんだろ」
 ゴールドパスの男が言うと、女はしかめっつらをして、早足で出口へと歩き出した。連れの男は困ったように2人を見比べていたが、「また町にも来てくれよ」と言い残してやはり出口へと向かった。
 後に残ったゴールドパスの男は、すぐにスタート地点に立とうとはせず、何かしょんぼりした様子だった。さっきの不機嫌な顔もそうだが、今日の彼はいつもより妙に幼く見えた。
 ゴールドパスの男の横を通って、別のお客がスタート地点に立った。すごろくけんを受け取り、サイコロを振る回数を告げる。マスを進むお客の背中を見送り、俺はゴールドパスの男に向き直った。
「あの、お客さん。そこに立っておられると、他の方が通りにくくなりますので……」
「あ、ごめん」
 スタートのマスに来るかと思ったが、彼は少し横にそれてすごろくの進路の段差に寄りかかった。休憩するつもりだろうか。ふと、このタイミングなら聞けるかなと思った。
「失礼ですけど、お客さんはなぜこのすごろく場に通っていらっしゃるんですか? 何か、お目当てのアイテムでも?」
「いや、金稼ぎ」
 あっさりと返ってきたのは、予想していなかった答えだった。俺は思わず聞き返した。
「え……金?」
「うん。すごろくのマスには金やアイテムがたくさん落ちてるから、手っ取り早く金が稼げるんだ」
 確かに、言われてみればその通りだ。もちろん、魔物と渡り合える高いレベルとゴールドパスがなければ無理な話だが、彼はそのどちらも持っている。
 だが、まさか旅人の中の旅人と認められた男が、すごろく場に通って金稼ぎとは。よく分からないが、なんだか冒涜的なものさえ感じてしまう。
「ゴールドパスを手に入れるほどの方なら、他にも金を稼ぐ手段があるのでは……」
 つい、よけいなことを言ってしまった。しかしゴールドパスの男は首を横に振った。
「今のところ、他にないんだ。ここである程度稼いだら、他の手段も出てくるだろうけど」
「……?」
「他のところでも金を稼げるようになったら、多分もうここには来ない」
 そう言うと、ゴールドパスの男は思い直したようにスタートのマスに上がり、またサイコロを振り始めた。だんだん遠くなっていく背中を見ながら、ただ金が欲しいわけではなく何か事情があるんだろうなと考えた。
(しかし、ゴールドパスの男でも、金は大事か……)
 そう思った時にふと、どこかに引っかかっていたもう一人の人物が、俺の頭の中に浮かび上がってきた。

 今日もまた、ゴールドパスの男はやってきた。サイコロを振り、マス目を歩き、金やアイテムを拾う。俺は時々その様子をうかがう。
(…500ゴールド拾った、35ゴールド拾った……あ、電磁波で終わった。596ゴールド、26ゴールド……また落とし穴か)
 ここは旅人のすごろく場。1回のすごろくは1つの旅だ。ゴールドパスの男は相変わらず、ゴールを目指さない旅をしている。
(なんでだ…?)
 疑問に思ったのは、彼がなぜすごろくをするかではなかった。
 ゴールドパスの男が何者なのか。少し前、もしかしたらと脳裏をかすめた考えは、いつのまにか確信に近くなっていた。ゴールドパスを手に入れるほどの旅人で、ここの魔物からやすやすと逃げられるほどレベルが高く、金を稼ぐためにすごろくをしている。
 それに当てはまりそうな人間を、俺はもう一人だけ思い浮かべることができた。その人は、長い旅をして別の世界から来たという。空の全てを覆いつくしていた闇を打ち破るほどの強さの持ち主で、そして。
(…金、か)
 世界を救い、ラダトームに戻ってきた彼は、手から金袋を離さなかったという。
 今サイコロを振り、マスを進んでいく彼は重そうな金袋を持っているわけでもないし、兜を身につけてもいない。しかし、そんな人間が何人もいるはずがない。あのゴールドパスの男は、きっと……。
(なんであの人が、すごろくで金稼ぎをしなきゃいけないんだろう)
 後の世で、確実に伝説になる人なのに。彼には、すごろく場と同じくらい謎が多いと思った。


-------------------


 センド : 勇者ロト
レベル : 81

財産 : 143 G
返済 : 909000 G
借金 : 126000 G


--------------------


プレイヤーから補足。 すごろくの記録1