エピローグ2   勇者ロト


 僕は新しく生まれた町に、美しい名前をつけたいと思っていた。けれど新しく生まれる町がどんなふうに息づくのか、どんな人々が住み、どんな言葉が交わされるのか、それを見る前に町の名前をつけようとは思わなかった。新しい町が形になってきたら、その時に名前をあれこれ考えながら、町をゆっくり歩いてみたいと思っていた。
 しかし、想像以上の早さで発展したこの町は、いつのまにか僕の名前で呼ばれるようになっていた。ガライの町、と。
「創立者の名前をつけるのなら、君の名前も入れるべきじゃないかな」
 僕がそう言うと、ルディは苦笑して手を振った。
「あたしはもういいわ、そういうのは」

 僕にとって、彼女はまさに女神だった。上の世界から来た、盗賊の経験も積んだこともある美しい商人。それだけでも輝いて見えるのに、なんと彼女は以前にも新しい町を作る手伝いをしたことがあったのだという。
「成功したとは言えなかったけどね。でも今ではいい町になってるはずよ」
 苦いものをかみしめるように、それでもなつかしそうに彼女は言った。その町がどんな町だったのか、彼女はくわしくは話さなかったけど、その経験が今回の町作りに役立っているのは一目瞭然だった。彼女は色々な町を回って商人たちに協力を頼み、僕はどちらかといえば彼らをこの町で迎えて話をする役だった。町が僕の名前で呼ばれるようになったのはそのせいもある。
 そんな日々の中、突然アレフガルドに太陽が戻った。大魔王が倒されたのだ。国中が歓喜に沸き、魔物との戦いで疲弊していた町の復興作業が進む。ルディはそのお祭り騒ぎに、巧みに乗じる形で町作りを進めていった。以前からこうなることを予期していたかのようだった。
「ま、あっちの世界の魔王だって倒したわけだし。こっちの魔王も倒せるだろうなとはそりゃ思ってたわよ」
 少し誇らしげにルディは言った。大魔王を倒したのは、僕にルディを紹介してくれたもう一人の恩人だった。

 彼が何者なのか、彼が何のために旅をしているのか。僕はそれを本人ではなくルディの口から聞いた。上の世界の魔王を倒したことも、こちらの世界の大魔王も倒そうとしているということも、本人は何も言わなかった。彼が話したのは、町から町へと旅をしているということ、それからオルテガという男を探しているということだけだった。
 あいにく、僕はオルテガという名前を聞いたことがなかった。どんな人かと聞いたが、彼はよく知らないと答えて、あとは僕ばかりがしゃべっていたような覚えがある。
 ルディと知り合ってまもなく、僕は彼女にそのことを話した。すると彼女は不思議そうに首をかしげた。
「オルテガは、センドのお父さんよ」
「え…? じゃあ彼は、自分の父親を探して旅をしているの?」
「そんなはずないわ。5年前に亡くなったはずだもの」
 そしてルディは、センドの父親と、そこからつながるセンドの旅のことを話してくれた。受け継いだ百万ゴールドの借金。同時に与えられた勇者の肩書きと使命。借金の返済が終わるまでは、金を使うことができない状態が続くということ。
「上の世界にも魔王がいて、センドはそいつを倒したの。借金はまだ相当残ってるみたいだけどね」
「残ってるから旅を続けて、それでこっちに来たってことかい?」
「それもあると思う。でもきっと、それだけじゃないわ。そんなに長い間じゃないけど、あたしセンドと旅をしたことがあるの。あいつは……」
 言いかけて言葉を止め、ルディは僕を見てとりつくろうように笑った。僕には、彼女が言いかけた言葉を推し測ることはできなかった。そして彼女は続きのように言った。
「…センドはこの世界の大魔王も、そのうち倒すと思うわ」

 その言葉の通り、アレフガルドには朝が来た。しかしそれと同時に、勇者の行方は分からなくなってしまった。ラダトームに現れ、またすぐ消えてしまったという、おとぎ話の結末のような噂が流れてきただけだ。
「大魔王がいなくなって、アレフガルドと上の世界をつないでいた穴が閉じちゃったんだって」
 ルディは、そんな噂よりももっとくわしいことを知っていた。大魔王を倒した後の彼と、彼女はドムドーラで会ったらしい。借金返済のために、ラダトームの国宝を武器屋で換金してしまった勇者のことを笑いながら話した後、彼はもうアレフガルドには戻ってこないかもしれないと彼女は言った。
 どうやらセンドは、彼だけに有効な、上の世界に戻る手段に心当たりがあるらしい。しかしそれで上の世界に戻って、再びアレフガルドに来ることができるのか。難しいのではないかと彼女は見ているようだった。
 正直言って僕は、センドがもうアレフガルドに戻らないかもしれないことより、ルディが故郷である上の世界に帰れなくなってしまったことの方がショックだった。僕が上の世界の商人を紹介しろなどとセンドに言わなければ、そんなことにはならなかったのだ。僕が青くなって謝ると、ルディは笑いながら首を振った。
「何言ってんの。穴が閉じる前にこっちに来れてよかったわよ」
「それは……どういうこと?」
「あんたに初めて会った時、あたし盗賊だったでしょ? あれね、上の世界じゃ商人を続けられなくなったからなの」
 ルディは軽い口調で話し始めたが、その内容は口調とそぐわないものだった。上の世界に作られた新しい町。以前ルディは、自分はその町を作る手伝いをしたと言っていたけど、実際は今回の僕と同様、町を作りたいから商人が欲しいと言っている人がいて、その人と2人で始めたことだったそうだ。そのためルディは、周囲の人々に町の創立者と目されていた。今回と同じように他の町の商人たちに協力を頼んだが、町が大きくなり生まれる利益が大きくなるにつれ、ともに町作りをしていた商人たちは、創立者を排除しようとし始めた。
「それから色々あって、あたしはその町を出て行くことになったの。けど、あたしのこと知ってる商人がたくさんいたから、他の町で商売をすることもできなくて……。商人を続けることはその時、一回あきらめたのよ」
「…そんなことがあったなんて。驚いたよ、君はそんな試練を乗り越えて今の輝きを」
「で、盗賊に転職したんだけど。やっぱり商人に未練があったのよね。隠してたつもりだったけど、センドにはバレてたみたい。こっちの世界のこと、教えに来てくれたの」
 気持ちを見抜かれていたことを話す時、ルディはかすかに頬を染めて嬉しそうな表情になった。
 ああ、僕はルディがセンドのことをどんなふうに思っているか、今までにも彼のことを話す彼女の表情でなんとなく察していて、そういう時の彼女はまた一段と魅力的だと思うけど、もう会えないかもしれないなんていう悲しい言葉をそんな顔で言うべきではないと思う。
「きっと、戻ってくるさ。僕もつい最近、メルキドでセンドに会ったんだ。この町のことを話したら、時間ができたら来ると言っていたよ」
「…どうだかね」
 それから一月ほど経った頃、センドは初めてこの町を訪ねてきた。

 僕はその時町にいなかったから、2人がどんな再会をしたのかはよく知らない。感動の再会だったかとも思うが、あの2人はあまりそういう感情を表に出さないようにも思えるから、内心はどうあれ表面上は平然とした顔をしていたかもしれない。
 センドは上の世界に行き、また戻ってくることに成功したようだ。上の世界とつながる場所が、大魔王の城の跡地にあるらしい。上の世界には竜の女王様というお方がおわした城があり、そこと大魔王の城跡がつながっているのだそうだ。
 再会した2人は、一緒にその場所に行った。しかしそこに立ってみると、ルディの目の前でセンドの姿が消えてしまうという現象が起こった。上の世界に行けるのは、やはりセンドだけらしい。何度か試したが、やはりルディは上の世界に帰ることはできなかった。
「まあ、別にあっちに用はないからいいんだけどね」
 その短い旅から戻ってきたルディは、笑いながらそう言った。本心を隠しているようには見えなかった。
「…ねえ、ガライ。これ、何だと思う?」
 突然、ルディが僕に向かって右手のひらを広げた。だが、その手には何も乗っていない。
「これって? この町を作る、君の魔法の右手のことかい?」
「…ああ、うん。そうね」
 彼女は自分の手のひらをしばらくながめ、それからそっと握りしめた。まるで、何か大切な物がその手の中にあるような仕草だった。

 センドは、残った借金をマイラのすごろく場に何度も挑戦することで返すことにしたらしい。どうやってすごろくけんを調達するのかと思ったが、すごろく場に何度でも挑戦できるフリーパスを旅の間に手に入れたのだそうだ。そんなものがあるとは知らなかった。
 すごろく場で金を稼ぎ、上の世界に持っていってはまたアレフガルドに戻る、彼はそんな日々を送っているようだ。上の世界につながる大魔王の城跡にはルーラでは行けないので、行き来のたびに何日かかかってしまう。何度も上の世界に行くのではなく、稼ぎを手元に貯めておいていっぺんに返済した方が早く済むのだろうが、彼にかかっている『とりたて』のせいで、金稼ぎに一区切り付くとどうしてもその金を返しに行きたいという衝動に駆られるらしい。
 上の世界と、マイラのすごろく場。その合間にだろうか、彼は時々この町に来るようになった。しかし毎回と言っていいほどルディと言い争いをしているようだ。僕とルディがマイラのすごろく場に行った時も、やっぱりなごやかに談笑することはできなかった。
 すごろく場で借金返済、というあまり世にない彼の行動に対して、ルディは時々からかうようなことを言う。センドはこの町のつくりや目についた悪い部分などをあげつらって言い返す。よく見ているなあと感心したくなるような内容だが、視点はあまり好意的なものではなかった。どこか、町に対する敵意に似たものが感じられる。
(センドは、この町が嫌いなんだろうか…)
 聞いていると悲しくなる。多分ルディも同じで、だから腹を立てるのだと思う。
 僕はルディがいない時に、センドに聞いてみた。率直に、君はこの町が嫌いなのか、と。
「いや、好きだよ。いい町だと思う」
 彼はためらいもなくそう答えた。僕には意外な答えだった。
「本当かい? 君はこの町の全てを悪く解釈しているように僕には思えるけど」
「そんなつもりはない……けど」
 センドは困ったように視線を宙にさまよわせた。
「……この町、上の世界でルディが作った町に、少し似てるんだ。あの町もいい町だったけど、途中から何かおかしくなった」
「そうか…。そういえば彼女は、その町で悲しい目にあったんだったね…」
「ああ。自分の作った町の牢に入れられて、結局追放されて」
 僕は内心ひどく驚いた。投獄された? そんなことがあったとまでは、彼女も言っていなかった。
「町を作りたがってたじいさんのところに、ルディを連れていったのは俺だ。お前の時と同じだよ。この町でも同じようなことが起こったら……いや、あんなことはもう二度と起こさせない」
 この町への、彼の厳しすぎる視線がどんな気持ちから来るものなのか、ようやくわかった気がした。そういえば彼は、僕に対しても何か警戒するような目を向けることがある。彼女に協力を頼みながら、彼女を守ることができなかった、その町の創立者と僕を重ねているのだろう。
「センド。仮にもここは、僕の名前が付いた町だ。決してこの町で、彼女をそんな目に遭わせたりはしない。君が取り戻してくれた、あの太陽の光にかけて誓うよ」
 思わず勢いこんでそう言うと、うさんくさげな冷たい視線が返ってきた。
「君が、この町の悪いところを指摘してくれるのは嬉しいよ。でも君は、この町で全然くつろごうとしていないだろう? 魔物がいた頃の荒野を歩くような態度じゃないか。僕は、この町の始まりに関わった者として、それが悲しい。ルディだってきっとそうだ」
「…………」
「もう少しこの町を、信じてくれないか?」
 センドは意外そうな顔をして、すこし黙ってから口を開いた。
「……お前、それなりに真剣に町作りをしてたんだな」
「当たり前だろう? ふざけ半分に町を作っているように見えるかい?」
「見える。いや、見えた」
 彼は笑ってそう言い、広がっていく町並みにふと目を向けた。
(…なんだ。こんな優しい目で町を見ることもあるんじゃないか)
 彼女を思いやるがゆえに、町への目が厳しくなり、そのために彼女と衝突していたということか。
(困ったもんだなあ)
 これはルディにも言えることだけど、思いやる相手にこそ聞かせたり見せたりしなければならない言葉や表情というのがあるはずだ。多少は見せているのかもしれないが、きちんと伝わっていれば、会うたびに言い争いになったりはしないと思う。

 リムルダールとマイラをつなぐ海峡トンネルが、ついに開通した。大魔王が滅びて掘削作業のペースもだいぶ上がっていたようだ。一応、これでアレフガルドの全ての町に徒歩で行けるようになった。
 さらに、ラダトームとマイラの間の海峡にも、橋を架ける計画が進められている。その計画の話し合いのためにラダトームの町に行き、僕はそこで勇者ロトの噂を聞いた。大魔王を倒して凱旋した勇者は、国王陛下からロトの称号を賜ったが、宴の途中で姿を消してしまったという。人々の前に出た時も兜を目深にかぶっていたため、顔を覚えているという人もほとんどいないらしかった。
 事情を知っていれば、そのふるまいの理由も想像がつく。ラダトームの宝である、光のよろいと勇者の盾を売ってしまったせいだろう。とがめられる前に姿を消し、なるべく顔を覚えられないようにしたに違いない。だが事情を知らなければ、謎だらけの神秘的な英雄だ。
 アレフガルドを救い、忽然と姿を消した英雄。勇者ロトが再び姿を現すことは、おそらくないだろう。そして人々は、彼がなぜ消えてしまったのか、様々に思いを巡らすのだろう。ラダトームの町の広場で、勇者ロトの冒険が歌われているのを聞いた。勇ましく、美しい歌だった。語り継がれていく勇者ロトの伝説は、こういうものになるのだろう。
 
 橋のことで今度はマイラの町に行った。話し合いが終わった後、僕はまたすごろく場に寄ってみた。今日はセンドはいるだろうか。きょろきょろしていると、スタート地点に立っている男が、笑顔で僕に会釈した。
「あのお客さんをお探しですか? いらしてますよ。そろそろ戻られると思います」
「ありがとう」
 前に1度来ただけで、しかも客でもなかったのによく僕の顔を覚えているものだ。感心していると、センドが地下からの階段から上がってきた。どうやら落とし穴に落ちていたらしい。
(あれ?)
 彼の雰囲気が、前に会った時とどこか変わったように思えた。しかし、どこが変わったのかはわからない。考えていると、センドはスタート地点のそばに立つ僕に気づいた。また来たのかと言わんばかりに眉間にしわをよせたが、ふと思いついたように道具袋に手を突っ込みながら近づいてきた。
「ちょうどよかった。返す物があったんだ」
「え? 僕に?」
 彼はうなずき、道具袋から取り出した物を僕に差し出した。
「これ」
「……これ、って……銀のたてごとじゃないか。僕は君にあげたつもりだったんだけど」
「俺が持っててもしょうがないしな。旅が終わったから、返せる物は返して回ってるんだよ。前から返そうと思ってたんだけど、毎回忘れてた」
 そう言われて、どうしたものかと思う。僕にとっては大切な物だから、手元にあれば嬉しい。でも大切な物だからこそ、感謝のしるしに手放したのだ。いらないと言われても、そうですかと受け取るのにはためらいがある。
「お前にとっては価値のある物なんだよな?」
 センドが確認するように言った。
「うん。でも……」
「じゃあ、これ返すかわりに一つ、俺の頼みをきいてくれないか」
 珍しい。センドが僕に頼み事なんて。
「何だい?」
「…もう少し経ったら、俺も普通に物の売り買いができるようになる。そうしたら…」
 センドは、少し不安そうに僕を見た。
「俺もお前の町で、働かせてくれないかな」
 予想もしていなかった言葉に反応が遅れたが、僕は喜んで彼の手を握った。
「大歓迎だよ! ぜひ、来てくれ」
「……ありがとう」
 彼はほっとしたような顔をしていた。断られるかもしれないと思っていたのだろうか。そんなことは万に一つもありえないのに。
「君が来れば、ルディも喜ぶよ」
 そう言うと、センドは一瞬嫌そうな顔をした。あれ、と思ったが、なんだか大体僕にも分かってきた。
(そうか。彼女のことを、僕が言ったのが気に入らないんだな)
 まるで子供だ。そういえばルディも時々、彼のことを話す時に子供のような顔をしている。まったく、二人とも可愛いなあ。
 ほほえましい。しかし少しだけ、いいかげんにしてほしいと思う。やはり彼らは、伝えた方がいい気持ちをお互いに伝えていないらしい。愛の歌を歌うためだけに言葉が存在する瞬間が、人生には何度もある。言葉にならない気持ちこそ、伝えようとすることで優しい歌になるものだ。そもそも…。
「おい」
 我に返ると、センドが薄気味悪そうな目で僕を見ていた。
「何ポーズ取ってるんだ?」
「あ、いやいや、少し考え事をね」
 この場で愛の歌の重要性を説くのもいいけど、これまで余裕のない旅をしてきて、今も借金返済のためにすごろくに挑み続ける彼に、今すぐ愛の歌を歌えというのは酷な話かもしれない。同じ町に住み始めてからでも遅くない。あえてこの場は話題を変えることにした。
「そうそう。君、こないだ会った時と雰囲気が違う気がするけど。何かあったの?」
「雰囲気? いや、何も……あ」
 センドははっとしたようにすごろくのルートを振り返った。 
「そういやこの前、性格が変わるマスに止まったっけ。あてにならないと思ってたけど、見て分かるくらいなら本当に変わったのかな」
「へえ! どういう性格に変わったんだい?」
「…一匹狼から、きれものになったらしい」
 センドは不満げな顔をしていたが、僕としてはとても興味深い性格変化だった。
「いいじゃないか、きれものなんて。町作りにも大いに役に立ちそうだ」
「性格だからなあ。頭の性能は変わらないと思う」
「そうかな? いや、そうだとしても、一匹狼ではなくなったというだけでも大きいよ。同じ町に暮らす者として、これは歓迎すべきことだ。これからは一人じゃないってことだろう? 僕とももっと仲良くなろう。一緒にいい町を作ろうじゃないか」
「…本当に一匹狼だったかどうかも怪しいもんだけどな」
 しばらく話した後、センドはまたすごろくのスタート地点に立った。その背中を見送り、僕はすごろく場を後にした。井戸の中から見上げると、彼が取り戻した青い空が、丸く切り取られてそこにあった。

 センド。いつか、聞かせてくれないか。君の旅のことを。
 ラダトームで歌われていた勇者ロトの物語のような、絢爛なものではないのだろうけど。歌われることのないその歌が、僕はきっととても好きだと思うんだ。

*                     *

 ゴールド銀行に、一人の客が訪れていた。
 受付の男にとって、彼は少し特別な客で、そして今回の来訪にはさらに特別な意味があった。金を数え慣れた手が、珍しく震えた。
「5千ゴールド……確かに」
 受付の男の言葉を聞き、待っていた客はほっとしたように息を吐いた。
「おめでとうございます。とうとう……」
 思わず言葉につまる。受付の男は、この客の身の上を知っていた。彼が、魔王討伐と借金返済、2つの目的がある旅をしていたこと。世界を滅ぼそうとしていた魔王バラモスを倒したこと。しかし世界を救った後にも、まだ彼の借金は残っていたこと。
 始めにこの客が持ってきたのは千ゴールド。彼の借金の総額に比べると、それはあまりにも小さい額だった。同情の思いから力づける言葉をかけたものの、受付の男は内心、全額返済はとても無理だろうと思った。しかし客はその後も途切れることなく金を持ってきた。疲れた様子だったり、少し嬉しそうだったり、異様に顔色が悪かったり、客の状態に受付の男はひそかに一喜一憂したものだった。
「これで、お客さんにかけられた『とりたて』は消えました」
「え、ああ。もう解けてるの?」
「ええ。今お手元にあるゴールドは、すぐにご使用になれますよ」
 ゴールド銀行に5千ゴールドを入金しても、まだ客の手元には2千ゴールドあまりの金が残っていた。どんな大金を持っていても、使うことが許されなかった今までとは違う。はめを外しすぎてまた新しく借金を作ったりしなければいいがと心配だが、 ちょっとした豪遊くらいはしてほしいような気もする。しかし客はさほどうかれた様子もなく、首をかしげた。
「けど、まだ借金残ってるからなあ…」
「えっ?」
「『とりたて』とは別の借金があって……まあそっちは地道に返していくつもりだけど」
「そ……そうなんですか」
 受付の男はなんとなく肩を落としたが、気を取り直したように言った。
「でも本当に、よくここまでおやりになりましたね。たった一人で……」
 すると客は笑いながら首を横に振った。
「一人じゃ無理だったよ、絶対」


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 センド : 勇者ロト
 レベル : 81

 財産 : 2284 G
 返済 : 1000000 G
 借金 : 35000 G


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プレイヤーから補足。すごろくの記録2