02.勇者の洞窟


 じろじろ見られて居心地が悪いが、いきなり外に飛び出すのもためらわれる。とりあえず城内をうろついて、自分がこれから何をすればいいか聞き回ることにした。
「…あの、勇者様…。よろしければこれを」
 あまりめぼしい情報はなかったが、台所にいた女の人に薬草をもらってしまった。
「え、あ……どうも」
「どうか、お気をつけて」
 同情混じりのカンパのようだ。換金可能なアイテムだから使うことはできないのだが、そのことは知らない様子だった。あの時王の間にいなかった人には、そこまでは伝わっていないのだろう。伝わっているのは、俺が先祖の不始末の弁償も兼ねて竜王討伐の旅に出ることになった…というところまでのようだ。
 どうせもらってしまったら返せないし、わざわざ説明してせっかくの好意に水をさすこともない。使わせてもらいますという顔をしてありがたく受け取った。が、これで城を出て最初にやることが、薬草の売却に決まってしまったのは微妙な気分だった。
「おや? まだおったのか」
 いよいよ城を出ようとしたところで、また声をかけられた。俺に『とりたて』をかけた老人だった。
「…これから出るところですよ」
「そうか。しかし、えらいことになったのう」
 にやにや笑いながら話しかけてくる。
「子孫とはいえ、ロトと王家との間に貸借の契約書があるわけでもない。陛下も無理をおっしゃったもんじゃ。お前さん、断ることもできたんじゃぞ」
「できるわけないでしょう、あんな状況で」
 無理を言っているのは王様だって百も承知だろう。だからあんなに王の間に人を入れたり、予言者に予言をさせたりしたのだ。たとえ借金のためでも、ロトは結果的にアレフガルドを救った英雄だ。その名には絶大な力がある。話はすぐに広まるだろう。断ってガライの町に帰っても、俺はもう元の商人見習いに戻ることはできない。
「まあ、そうかもしれんな。さて、わしは帰るぞ。『とりたて』について聞きたければリムルダールに来るんじゃな。相談に乗るぞ。特別に無料でな」
 気の利いたことを言ったつもりなのか、ひゃっひゃと笑いながら手を振られた。

 ラダトームの町で、さっそく薬草を換金した。
 ついでに4万6千5百ゴールドの支払い窓口の場所を確認しに行ったら、こっちから何か言う前に受付の人に「お話は伺っています。がんばってください」と言われた。その後町をうろうろしていたら、宿屋に泊まっていた人に、やはり「がんばってください」と言われてキメラの翼をもらってしまった。
 噂が広がるのは早いものだ。期待と同情の入り交じった視線は、城の人たちとあまり変わらない。
(こういうの、あまりもらわない方がいいと思うんだけどな)
 あまり色々もらうと、全額払い終えて「やっぱり竜王討伐は無理でした」と宣言する時にうしろめたさが増しそうだ。もらったキメラの翼をさっそく売り払い、なんだか逃げるように町を出た。なにはともあれ、これで旅は始まってしまった。
 町のすぐそばにある丘に登ると、眼下に海が広がっていた。その対岸にぼんやりと、ロトが大魔王を倒した時に崩壊したはずの城が見える。
 ラダトームに来たのは初めてだから、この光景を見るのも初めてだ。けどこういう景色があるということは話に聞いていた。
(そういえば、ローラ姫も言ってたな)
 ガライの町からも海は見える。ローラ姫はあの時、海を見てすごいすごいと言っていた。
「ラダトームの近くにも海なかったっけ?」
「あるけど、ラダトームの海は向こう岸が見えるもの。ここの海は、ずっと遠くまで海だわ」
 思い出すと、ガライの海がなつかしくなった。子供の頃はよく海を見に行ったけど、そういえばここ何年かは、あの町に住んでいたのにあの町の海を見ていない。
(なんにせよ、一回帰らないとな。親方にもちゃんと事情を説明しなきゃいけないし)
 親方は父の友人だ。父が死んでから、俺は親方のもとで商人修行中だった。あの時いきなり連行されたせいで、親方に挨拶もできなかった。ちゃんと事情は伝わっているだろうか。

 ガライに戻るのにそれほど苦労するとは思っていなかったが、どうやら甘かったらしい。いきなりスライムが襲いかかってきた。武器はないから素手での戦いだ。やみくもに腕や足を振り回していたら、ダメージはあったもののどうにか倒せた。例の兜のおかげで防御力だけはそれなりにあるようだ。しかし、少し歩いたらまたスライムが出た。なんとか倒したが、少し歩くとまた。
(…おい、何だこれ)
 明らかに魔物に遭遇しすぎる。竜王の城に近いからなのかと思ったが、父に聞いたロトの旅の話にそんな感じの内容があったことを思い出した。勇者の称号を持っているとよく魔物に遭うからレベルが上がりやすいとかなんとか…。もしかしてそれか? 王様の説明にはそんなのなかったぞ。
 そこまで考えて、別の悪いことにも気づいた。金を使えないということは宿屋に泊まれないということだ。こんなに魔物に襲われるのに回復手段がない。死にながらレベルを上げろと言うのか。
(いや待て、死んだら手持ちの金が半分になるとか言ってたよな…?)
 それでどうやって金を貯めるんだ? 呆然としていたらスライムベスが襲いかかってきた。スライムより強い。倒すのに3ターンもかかって、受けたダメージも大きかった。倒したらレベルが上がった。おかげでスライム相手ならほぼノーダメージで倒せるようになったが、こんな時に限ってスライムベスばかり出てくる。レベルが上がったためか2ターンで倒せるようになっていたが、やはりダメージは大きい。残りHPが3になり、これはまずいと思ったところで容赦なくまたスライムベスが現れた。いい一撃をもらい、目の前が暗くなった。
 気がつくと、俺は王様の前で平伏し、怒られていた。
「死んでしまうとは何事だ! しかたのないやつだな」
 これちょっと理不尽すぎる。嫌がらせレベルです。そう訴える気力もなく、俺は無言で王様の前から下がった。とりあえず手持ちの金を確認。78ゴールド……本当に減っている。HPは全快しているが、それも含めて嫌になってきた。回復するために死ねというのか? そのたびに王様に怒られたりしたら、俺はいずれ確実に精神に異常をきたし、王様に対して何をするか分からない。

 こんな状況が続くならとても旅は続けられないが、レベルが1上がったことで受けるダメージが少なくなったのも事実だ。とりあえずもう少しレベルを上げてみることにした。勇者ロトは何十回も死んだらしい。1回死んだだけで弱音を吐くのは早い、と自分に言い聞かせながらラダトーム周辺を回った。
 スライムならダメージなしで倒せるが、やはりスライムベスばかり出る。じわじわとHPが減り、これはまた死ぬ、今度怒られたら王様に抗議しようと思い始めたところでレベルが上がった。
「……あ?」
 ホイミの呪文を覚えた。呪文なんて勉強したこともないのに、いきなり頭の中に現れた。
 ホイミはHP回復の呪文だ。ラダトームの城には無料でMPを回復してくれる人がいるから、死ななくても体を治せるようになった。
(……なんとかなるもんだなあ)
 ついさっきまで絶望的な状況だっただけに、なんだか拍子抜けだ。まさか呪文を使えるようになるとは思わなかった。修行なしで覚えられるなんて、血筋というのはたいしたものだ。ロトの子孫だからというだけであんなに期待されるのも、少し分かるような気がする。
 
 ようやくレベル上げではない旅が始まった。といっても当面の目的地は自分の家だから、ただの帰宅と言えなくもない。
 せっかく回復手段ができたからには、死んで金を無駄にするようなことは避けたい。ガライを目指しながらも、MPが少なくなってきたらすぐにラダトームに戻った。何度か繰り返しているうちにまたレベルが上がり、今度はギラの呪文を覚えた。MPも増え、これでだいぶ余裕ができた。今度こそ、と北上していくと、その道中に洞窟の入り口があった。かなり目立つ場所だ。
 そういえば、ガライとラダトームの間に、勇者ロトを祀った洞窟があると聞いたことがある。多分これがそうだろう。たしか、ロトが自分の子孫にメッセージを残した石版があるとか……。
 正直うさんくさい話だ。正体を隠して暮らしていたロトが石版を作ったりそれが祀られたりするのも妙だし、第一子孫に伝えるなら、自分の家に置いとけばすむ話だ。多分無関係の誰かが、ロトの記念碑の意味で作ったのだろう。
 とはいえ、子孫にあてたメッセージと言われると少し気になる。それに、洞窟だ。宝箱の一つや二つあるかもしれない。たいまつもあることだし、入ってみることにした。

 ちょっと覚悟していたのだが、意外にも洞窟の中に魔物はいなかった。複雑な迷宮というわけでもなく、あっさりと石版のあるところまで着いた。たいまつの光をあて、刻まれた文字を読む。
「私の名はロト。私の血を引きし者よ。ラダトームから見える魔の島に渡るには3つの物が必要だった。私はそれらを集め魔の島に渡り魔王を倒した。そして今その3つの神秘なる物を3人の賢者に託す。彼らの子孫がそれらを守ってゆくだろう。再び魔の島に悪が蘇った時、それらを集め戦うがよい」
 誰に何を預けたかは書いていない。一番下に「ゆけ!私の血を引きし者よ!」と少し大きな字で書いてあった。もう一度読み返し、俺はため息をついた。どう見てもロトが残した物じゃない。
 魔の島に渡るのに必要な物が何だったか、俺は父に聞いて知っている。けど別に俺じゃなくても、この国に住む人ならたいてい知っているだろう。世に知られる勇者ロト物語にも出てくるからだ。ロトの旅の実態はあまり知られていないが、魔の島に渡るのに必要なアイテムについては、メルキドの神殿で神託が下っていたとかで当時からわりと知られていたらしい。物語の作者がそれを取り入れて、ロトの冒険譚を作り上げたのだ。
(3人の賢者に託す、ね…)
 物語の中にはそんな感じの感動的なエピソードがあったが、実際はもともとあった場所に返しただけだったはずだ。返された方も代々守る約束なんてしてないだろうし、今どこにあるかは知りようもない。
(やっぱり無駄足か)
 来た道を引き返す。無駄足とはいえ、魔物が出ない洞窟だからそれほど悲壮感はない。
 もしも本物のロトが子孫あてに石版を残していたら、そこには何が刻まれているんだろう。そんなことをふと思った。
 本物のロトは、「私の血を引きし者よ」とか「戦うがよい」とか言うキャラじゃなさそうだ。借金を手っ取り早く返す方法でも書いてくれただろうか。それはないか。そんな方法を知っていたらラダトームの宝を売ったりしなかっただろうし。

 地上に出ると、たいまつの炎が消えた。これも一回使い捨てだ。
 結局洞窟の中に宝箱はなかったから、これで手持ちのアイテムは何もなくなった。武器を持ってないから、今の俺は完全に手ぶらだ。状況が悪化したような気もするが、なぜか妙にすがすがしい。嬉しくなかった餞別とおさらばできたからかもしれない。


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ロギン : 勇者の子孫
レベル : 4

財産 : 172 G
返済 : 0 G
借金 : 46500 G