03.マイラ


 石版の洞窟から北上し、ようやく生まれ育ったガライの町に帰ってきた。たかだか帰宅するだけでこんなに手間取るとは。見慣れた町並みが今は妙に新鮮に映る。
「お疲れさん。大変だったな。いや、これからが大変なのか」
「はあ。すみません、迷惑かけて」
 やっと親方に会えた。理由もなくいきなり姿をくらましたと思われてないかと心配だったが、ラダトームの役人は親方にちゃんと事情を話していったらしい。
「まさか、勇者ロトの子孫だったとはなあ…」
 親方は何よりもそのことに驚いたようで、俺をまじまじと見ながら何度も繰り返した。
「すみません。誰にも言うなと言われてたんですよ」
「うん……まあ、そうだろうな……」
 親方は小さくため息をついた。どうしたのだろうと思ったが、すぐに思い当たった。
(…そうか)
 親方は父の古い友人だ。子供の頃からの長いつきあいだったと聞いた。父が生きていた頃からよく家に来ていたし、父が病気で死んだ時にはすぐ、自分のところで修行しろと言ってくれた。けれど、父は最後まで親方に、自分がロトの子孫だと言うことを話さなかったのだ。
(きっと父さんも、話したかっただろうな…)
 そう思うと改めて、初対面の相手に話してしまった自分の馬鹿さに嫌気がさした。自業自得にも程がある。肩を落としそうになったが、気を取り直して親方に頼んだ。 
「どういう形になるかは分かりませんけど、この旅が終わったらまたここで商人の修行したいと思います。お願いします」
「ああ、もちろんだ」
 親方は笑ってうなずいてくれた。
「あんな半端なままじゃ、お前の親父にも顔向けできないからな」

 親方にひとまずの別れを告げた後、旅立つ前に少しガライの町を歩いた。久しぶりの生まれ故郷だ。しかし落ち着くというわけにはいかなかった。
 すでに俺の素性と旅の目的は知れ渡っているらしく、ラダトームの町の人々と同じような視線があちこちから飛んでくる。同情と期待が入り混じったあの目だった。
 知らない人からならともかく、顔見知りからああいう目で見られるのは嫌なものだった。逃げるように町の中心部から離れていくうちに、いつのまにか海の見える場所に出た。ローラ姫が言っていた、向こう岸の見えない海だ。
 長い間見ていなかった海だ。見ているうちに、なんたがもの悲しい気分になってきた。
 ロトの借金を返し終わったら、竜王討伐は自分には無理だと言って旅を終わらせるつもりだ。でもその後にもっと竜王の脅威が増したら…。たとえ俺の力が竜王の足元にも及ばないことが一目瞭然でも、きっと周囲の人々の視線は厳しいものになるだろう。
(逃げ出したいなあ…)
 向こう岸のない海を見ながらぼんやりと考える。俺がロトの子孫だということを誰も知らない場所に行けたらいいのにと思う。
(…あ、そういえば)
 子供の頃にも、確か俺はあの海の向こうに行きたいと思っていた。けどその頃は逃げたかったわけじゃない。冒険の旅に行きたかった。未知の世界で、色々な物を見たかったのだ。
(変わったんだなあ、俺…)
 もの悲しい上に、情けない気分になった。

 何はともあれ、帰宅もすんだ。気は進まないが先に進まなければならない。
 目指すのは竜王の城、ということになるのだろうが、どうも現実感がない。島に渡るためのアイテムもないし、そもそも着くまでに絶対死ぬし。
(とりあえず、マイラに行ってみるか)
 以前、親方の荷物持ちとして一度行ったことがある。それなりに距離はあるが、それでもガライからは一番近い町だろう。今の俺ならば魔物を倒しながらでも、あのくらいは進めるだろう。

 そう思ってマイラへと向かう道中、王様が説明してくれなかった事実がまた明らかになった。
 出てくる魔物がどんどん強くなる。説明がなかったということは、これは勇者的には常識なのだろうか。やけに固かったりギラを唱えてきたりするので、こっちもギラを唱えて倒さなければならない。貴重なホイミ分がそれで失われ、身を切られるようだ。戦闘後に手に入る金も多くなったので悪いことばかりではないのだが。
 これは一度帰るべきだろうかと迷いながら歩いているうちに、帰るのも難しいところまで行ってしまった。やけになってそのまま進む。ホイミ一回分のMPもなくなり、死ねばいいんだろ死ねばと腹が立ってきたところでマイラに着いた。
 町に着くとなんとなくほっとするが、別にこの事態が改善されるわけではない。宿屋には泊まれないし、キメラの翼を使えるわけでもないからだ。死ぬのが少しのびただけだ。
「ようこそ、マイラの村へ。ああ、あなたが噂の…!」
 そしてマイラにもすでに噂は届いていた。人々が俺の兜を見て目を輝かせる。適当に愛想笑いしながら声援を受け流した。
「ロトの子孫の方ですね。がんばってください!」
「大変でしょうけどくじけないで」
「とうとうムツヘタの予言の人が現れたのですね」
「あら素敵な方。ぱふぱふはいかが? たったの20ゴールド」
 旅の疲れもあってそろそろ愛想笑いも限界に達しそうな時、
「あの、がんばってください。よろしければこれ、どうぞ」
 いくつめかわからない声援とともに差し出されたのは、冒険者用の厚布の上着だった。通称ぬののふく。
「え、あ! ありがとうございます」
 俺が今着ているのはただの普段着で、旅をするには明らかにおかしい格好だ。兜がなければ誰も冒険者だとは思わないだろう。兜があってもそれはそれで変な格好ではあるのだが。これでやっと、少しは旅人らしくなった。
(しかし、いつになったら武器が手に入るんだろう)
 誰かそっちもくれないかな。こんなことがあると、ついそういうふうに考えてしまう。

 残念ながら武器をくれる人はいなかった。代わりに、というわけでもないだろうが、昔ロトに剣を売った道具屋の子孫という人に会った。道具屋で剣を買うというのも少しおかしな話だが、
「売ったというより、勇者ロトが持っていた剣が折れてしまって、それを修復したという話らしいです。ご先祖は刀鍛冶だったんですよ」
 それが、ロトがラダトームから借りた王者の剣だったらしい。
「修復の費用は5千ゴールド。マイラでは昔から有名な話です」
「へええ…」
 高いような気もするが、すごい剣だったらしいしそんなものなのかもしれない。
「剣はかなりひどい状態だったみたいです。材料のオリハルコンとして3万ゴールドで買い取り、王者の剣として3万5千ゴールドで売った、という記録が残ってますよ」
「ああ、そういえばそんな話を聞いたような」
 ロトの仲間だった商人が、剣の代金3万5千ゴールドを立て替えたという話なら聞いたことがある。マイラでの出来事だったのか。そういえばその商人は後にロトと結婚する…要するに俺のひいばあさんなのだが、ロトがけじめとしてこの金を全額返済するまでプロポーズしなかったので結婚が遅れたとかなんとか…。
「この記録、何か役に立ちませんか?」
「へっ?」
 関係ないことに考えが行っていたため、間抜けな声が出た。道具屋の子孫は少し声を潜めた。
「いやその……あなたの旅立ちのいきさつは、もうこのマイラにも届いてます。ご先祖の借金と引き替えに竜王討伐を請け負ったとか」
「はあ」
 微妙に違う気もしたが、噂として伝わるのはそんなものだろう。
「…そりゃもちろん、竜王を倒してくれる人がいたらいいとは思います。けどあまりにもやり方が…。そんな理由で旅立つ勇者なんて、聞いたことありませんよ」
 いやロトもそうだったんですけどね。だから王様は俺にも同じようにさせようとしたわけで。
 しかしそう言ってくれる気持ちは身にしみてありがたい。
「勇者ロトは、剣を直すのに5千ゴールド自分で払ったわけですし……借金がいくらなのかは知りませんが、その分を差し引いてもらうことはできませんかねえ……」
「…ああ」
 それができたら、借金は4万千5百ゴールドになるわけだが……多分無理だろう。『とりたて』がかかっている状態で、仲間に立て替えてもらってまで王者の剣を修復したのは、きっと借り物だったからに違いない。王様には内緒で、折ったことなんかないような顔で返したかったのだと思う。
「ありがとうございます。でも多分、無理ですよ。王者の剣はラダトームから借りたものだし、きっとロトは折ったことも報告してないと思うし…」
「そうですか…。そうかもしれませんね」
 会話がとぎれ、なんだか暗い雰囲気になった。
(しかし…剣は自腹切って直して返したくせに、なんで鎧と盾は売るかなあ)
 わけのわからないご先祖だ。もっとも、俺はロトの話は子供の頃に何度か聞いただけだし、父もそんなに話がうまい方ではなかった。もっとくわしく聞けば納得のいく理由もあったのかもしれない。
「あ、そうだ。よかったらこれ」
 気を取り直したようにそう言って、道具屋の子孫は俺に小さな袋を差し出した。
「ちからのたねです。食べると力が強くなるらしいです。旅のお役に立ててください」
「…すみません色々」
 道具屋の子孫だというが、商人ではないらしい。俺にかかっている『とりたて』のことは分からないのだろう。せっかくもらっても俺にはこれが食べられないということも。
 くれると言われれば俺の手は勝手に伸び、金に換えるまで離せない。そしてここを出たらすぐ道具屋に向かうことになる。ちからのたねはけっこう高価だ。100ゴールド以上で換金できるはずだ。だが、俺のMPはもうホイミ一回分もない。ラダトームに戻る前にまず間違いなく死ぬ。せっかくの高額アイテムだが、換金したその金が半分に目減りするのは目に見えている。
 種を見つめてそう考え、思わずため息をついた。
「? どうかしましたか?」
「いえいえいえ。それではそろそろ失礼を」
 ごまかして逃げるように立ち去り、あたりをうかがいながら道具屋で種を換金した。なんだか、どんどん卑屈になっていく気がする。
 換金額は112ゴールド。予想通りの大金だ。できれば守り抜いてラダトームに持ち帰りたい。しかし頭に浮かぶのは悪いイメージばかりだった。

 予想通り、帰り道で死んだ。メイジドラキーが先制攻撃をしてきた上にいきなりギラを唱えてきたのだ。容赦とかそういうのを知らないのか。
 それでも王様の前で頭をたれる俺は、以前にはなかった防具を装備している。マイラに行ったことは一応無駄ではなかった、と思うことにしよう。


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ロギン : 勇者の子孫
レベル : 4
E ぬののふく

財産 : 175 G
返済 : 0 G
借金 : 46500 G


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プレイヤーから補足。

今回初めて装備品が手に入り、↑の装備ステータスが変わりました。この話の勇者は最初から先祖伝来の兜を装備していますが、ドラクエ1のステータス画面には兜の項目がないのでそれは表示されないのです(という設定)