05.岩山の洞窟


 魔法の鍵は便利なもので、これがあれば今まで入れなかった場所にも入れるようになる。具体的には城の宝物庫などだ。
 といってもそういう場所には兵士が警備についている。手をつけようとすれば大騒ぎになるだけだ……と思っていたのだが。
「真の勇者なら盗みなどせぬはずだ」
 宝物庫に入ってみると、警備の兵士はそう言っただけで俺から目をそらした。宝箱に近づいても何も言わない。
 真の勇者なら、とは意味深な言葉だ。本当は商人見習いの俺に言っているようでもあるし、鎧と盾を返さなかったご先祖に言っているようでもある。
(どうしようか…)
 ご先祖が返さなかった例の鎧と盾は、後で王様が武器屋から買い取った。この宝物庫にはそれがあるはずだ。ひかりのよろいと、勇者の盾。今はロトの鎧とロトの盾と呼ばれている。やっとぬののふくを手に入れたばかりの俺にはのどから手が出るような装備だ。持っていけばこれから先の旅は今よりずっと楽になるに違いない。
(ご先祖は返さなかったからこんなことになったわけで、ちゃんと返せば問題ないんじゃないか?)
 宝箱を見ながら思案していると、警備の兵士はそれを全部壊すようなことを言った。
「ロトの鎧と盾なら、ここにはないぞ」
「えっ? ……ああ、そうですか」
 専用の部屋でもあるのかと脱力した俺に、兵士は首を振って声を潜めた。
「…どうやら奪われたらしいのだ。竜王の手の者にな」
 俺は驚いて兵士の顔を見直した。兵士はあたりをはばかりながら続けた。
「半年ほど前、この城に魔物が数匹侵入し、ローラ姫を攫い、光の玉を奪っていった。知っているか」
「……ローラ姫のことは聞きました」
 光の玉も奪われたのか。かつて勇者ロトが闇の魔王を倒すために使ったものだ。
「その時までは、ロトの装備もここにあった。だがそれ以来誰も見ていない。念のためにさらに安全な場所に移されたという説明を受けたが……」
 その時に一緒に奪われ、そのことは秘密にされているのではないか、と言いたいらしい。
「けど、姫が攫われたことと光の玉が奪われたことは公になってるんでしょう?」
「光の玉はその名の通り、常に光を放つ不思議な宝玉だ。奪われたのは夜のことだったから、光が城から飛び去っていくのを見た町の者が多くいたのだ。そしてローラ姫の悲鳴も聞こえたという。姫のことはともかく、それがなければ光の玉が奪われたことも隠されていたかもしれん。国民の士気にかかわるし、メンツもある」
「はあ…」
 そんなものかと相づちを打つと、兵士はさらに小声になって続けた。
「城の宝が敵に奪われたことなど、声高には言わぬものだ。いつの時代でもな」
 どういう意味かと少し考えてから、俺は思わず同じように声を潜めた。
「まさか…ロトの時も…?」
「…勇者ロトは異世界からやってきたという。どれほど強かったにしても、素性の知れぬ者に城の宝を渡したりするものだろうか…。それこそ魔王の手の者かもしれぬのに」
「じゃあ、ロトはこの城から装備を借りたわけじゃなくて……盗まれてたのを取り返した…!?」
「断言はできぬ。しかし、勇者ロトはラダトームから剣と盾と鎧を借りたと言われているが、いつどのように貸したかという記録はこの城には残っていないらしい。魔王を倒した勇者ロトが剣を返した記録は残っているのにな」
 言われてみれば、俺が父から聞いたロトの話にも、ラダトームから剣や鎧を借りたという話はなかった。当然そうなのだろうと勝手に思っていただけだ。
 急に話が変わってきた。もしも魔王の手に渡っていた宝を手に入れたのだったら…まあ城に返さなかったのは倫理的に問題があるかもしれないが、城から借りたのに返さなかったというのとはだいぶ違う。ロトが借金の返済に充てようと考えても責める気になれない状況だ。
 兵士は考え込んでいる俺から目をそらした。こんなことをわざわざ言う彼は、マイラでちからのたねをくれた人と同様、こんな旅の押しつけ方に眉をひそめる人なのだろう。
 もっとも、もし彼の言ったことが事実でも、『とりたて』の契約が済んでしまった今はもう遅い。そう思うと腹が立つので、どうせ真の勇者ではないということで盗みを働くことにした。竜王に国宝を奪われるくらいだ、余った宝がさらに魔物に奪われてもおかしくないだろう。宝箱を開けた。中身は、宝物庫にしてはたいしたことはないが俺にはありがたい程度の金や、鍵や種のたぐいだった。兵士はあさっての方向を向いていた。

 この城には鍵のかかった扉がいくつもある。うっかり城から出て鍵を無駄にしたりもしたが、さらに探索した結果、まるで隠し部屋のような地下室を見つけることができた。
「おお、客人とは珍しいのう…」
 薄暗い灯りの下で、書き物をしていた老人が顔を上げた。
「…ん? そなた、ロトの子孫か」
「ええ、まあ」
「そうか。やはり面影があるのう」
 老人の口から出た言葉に俺は目を丸くした。
「…ロトに、会ったことがあるんですか?」
「うむ。わしはこの国一番の年寄りじゃからな」
 歯のない口を開けて老人は笑い、なつかしそうに続けた。
「まだ、この国が闇の中にあった頃のことじゃ。わしは夢を見た。この国に朝が来て……そしてその日に、太陽の石というものを誰かが預けに来る夢じゃった。その夢を見た何日か後、一人の男がここに来た。男はわしに、太陽の石というものを知らないか、と聞いた。ここにはないとわしは答えて、ついでにそういう夢を見たことも話した」
「…………」
「その男が勇者ロトじゃった。そしてロトは、この国に光が戻ったあの日に本当にここに来て、太陽の石を預けていった。なぜわしにと聞くと、ロトは答えた。そういう夢を見たと言っていたからだ、と。自分も旅の間に色々妙な夢を見たと、ロトは笑っておった」
 俺は黙って老人の話を聞いていた。
 世間に知られていないロトの実像を、子孫の俺だけは知っているようなつもりでいた。しかしさっきの兵士やこの老人の話を聞くと、どうやら俺の知るロトも真の姿ではないらしいと思えてくる。
「それからというもの、わしは時々そういう夢を見るようになってのう。予知夢というやつじゃな。それが当たるもんじゃから、いつのまにか予言者扱いされて、この年になっても城でいい暮らしをさせてもらっとる。はっはっは」
「へえ、それは…」
 相づちを打とうとして、俺ははっとしてまじまじと老人を見た。
「…予言者? あんたまさか……ええと、ムツ……ムツ……」
「うん? ああ、わしの名はムツヘタじゃが」
 俺はあんぐり口を開けた。ロトの子孫が竜王を倒すと口走った予言者。王様が俺に旅立たせるための口実だと思っていたが、実在していたとは。
「はっはっは。まあそういう夢を見てしまったものはしかたがあるまい。いい夢じゃったぞ」
 俺が苦情を訴えると、ムツヘタは笑いながらそう流し、
「ほれ、これが勇者ロトが置いていった太陽の石じゃ。あの島に渡るのに必要らしいな。持って行くがいい。それから、いのちのきのみがある。これもやろう。そういえば薬草もあったかのう……」
 ごまかすように色々くれた。何はともあれ、島に渡るための3つのアイテムのうち、これで1つは手に入った。

 太陽の石以外のアイテムを売り払ったら、とうとう手持ちの金が千ゴールドに到達した。この借金は返す必要があるのかという疑問が出てきたところなので少し複雑だが、これで初の入金だ。
「ありがとうございます。あと4万5千5百ゴールドです。がんばってくださいね」
 受付の女性に送り出され、町を出た。今度はガライの町だ。あの町には創立者の墓という名の遺跡があって、そこも鍵があれば入れるのだ。
「よう、久しぶりだな。聞いたぜ。大変なことになったな」
 墓の警備をしているのは、昔からの友人だ。警備と言っても墓を守っているわけではない。墓が魔物の巣になっているので、そこから町を守るのが仕事だ。墓の中は魔物には居心地がいいようで、出てくることは滅多にないが、まれにこの場所で立ち回りをすることもあると聞いた。
「まあね。けど、これもらって少しはましになったよ」
 装備しているぬののふくをつまんで言うと、彼は驚きと哀れみの混じった顔になった。
「お前、そんなの……。分かった、俺からはこれをやるよ」
 手渡されたのは、彼が腰にさしていたどうのつるぎだった。
「え!? おい、これはまずいよ。警備中なのに」
「予備があるからいいんだよ。というか言っとくけどそんな高いもんじゃないからな。商人の卵なんだから分かるだろう」
 それはそうだが、どうのつるぎは今の俺にはさわるのもおこがましいくらいに価値がある物だ。黙っていると彼はさらに言った。
「あ、あとそこにある荷物ももらっちまえ。前に墓に挑戦しに来たやつが、重いからって預けてったんだ。1ヶ月前だから万に一つも生きてない」
「ええー…。それはまずいだろ…」
 そう言いながらもすでに俺はその荷物を開け始めていた。中に入っていたのは金だった。ラダトームの宝物庫にあったのよりも大金だ。さらにたいまつもある。
 もらっちまえと言った当人は知らん顔をしていた。やっていることがどんどん犯罪の域に入ってきたような気がするが、俺はありがたくそれをいただいた。
「じゃ、俺も墓を探索してくるよ」
「おい。今この墓、魔物がえらいことになってるぞ」
「いいんだ、死んでも生き返るから。せっかくたいまつも手に入ったし」
 そう言うと、彼は少し肩をすくめた。
 予想通りというか予想以上にというか、墓の魔物は強かった。がいこつ相手に俺は死んだ。手元に残った金は364ゴールドだった。

 武器を手に入れて、俺は浮かれていたらしい。一回死んでもなお浮かれたままだったらしい。レベルが上がってラリホーを覚えたりしたのも浮かれに拍車をかけた。今はそれが悔やまれる。泣きたいような状況だ。
(もういやだ、もういやだ)
 ガライの墓は敵も強くて死ぬ可能性が高く、一回行くごとに鍵も必要だからひとまず別の場所に行くことにしたのだ。そしてラダトームから南に行ってみたら洞窟があったので入ってみた。たいまつがないから本格的な探索は無理だが、魔物の強さの把握だけして、来た道を戻ればいいやと思ったのだ。
(なんで上への階段がなくなってるんだ。なんで)
 ちょっと進んで戻ったつもりだったのに、元の場所に着かなかった。必死で壁を探りながらうろついたが、階段は見つからない。思っていたより複雑だったらしい。たいまつなしで沼地の洞窟を抜けたことで、俺は洞窟の暗闇というものを甘く見ていたのだ。
 どれくらい時間が経ったのだろう。真っ暗だ。時々魔物が襲ってくる。ガライの墓よりも弱い魔物だから勝てることは勝てるが、とにかく真っ暗だ。出たい。階段がない。壁にぶつかる。真っ暗だ。また魔物が襲ってくる。階段がない。真っ暗だ。
(神様、俺はこんな目にあうようなことを何かしたんですか)
 これはもう死んでしまった方がいいのではないかと思ったが、こんな状況で死ぬのも嫌だった。それに、以前聞いたことのある呪文のことも頭にあった。
 レミーラという呪文があるという。たいまつがいらなくなる呪文だ。ホイミもギラも覚えた俺なら、きっと覚えられるはずだ。こうやって襲ってくる魔物を倒していれば、いつかはレベルが上がって…。
(真っ暗だ…)
 魔物が現れないと、もうこの付近の魔物は倒し尽くしてしまったのかと不安になる。吠え声とともに襲いかかられるとほっとする。暗闇の中一人でいる苦痛は、時間ととも増していく。
 レベルが上がった。しかしレミーラは覚えなかった。変な声が聞こえたと思ったら、自分のうめき声だった。
(全部、あいつのせいだ)
 また壁に頭をぶつけた。うずくまりながら考える。闇の中で思い出すあの時の光景は、いつもよりずっと鮮明だった。
(…約束したのに)
 目を輝かせて笑っていたローラ姫。なぜ秘密を守ってくれなかったんだろう。
 今までも、城から抜け出して遊びに行ったことが何度かあるときまり悪そうに言っていた。
(ちゃんと靴を用意しているのよ。いつも履いている靴は、外を走ったりしたらすぐ壊れてしまうから)
 ガライの町を一緒に走った。楽しかった。だから秘密を話したんだ。なのに彼女は約束を守ってくれなかった。
(本当に? 本当に連れていってくれるの?)
(うん、約束する)
 あれ。何だろう、これ。約束したのは、ローラ姫の方だったはずなのに。
 海が見えた。ガライの町から見える海。向こう岸のない海だ。
(あの向こうには何があるの?)
(わからない。俺、大人になったらあの向こうに行くんだ。何があるのか見に行くんだ)
(わあ、すごいわ。私も行きたいなあ…)
(じゃあ、一緒に行こうよ)
 本当に? 本当に連れて行ってくれるの?
 ああ、そうだった。あの時、俺も彼女に約束をしたんだ。今思えば、絶対に守れない約束だった。だからといってローラ姫が約束を破ったことを水に流せるわけではないけど…。
 戦い続けてじわじわ減ってきたMPがとうとう4になった。HPも減ってきたが、ホイミは使えない。もしもまたレベルが上がってレミーラを覚えたとしても、その時に使えなかったら意味がない。レミーラがあるのに使えずに暗闇の中に立ちすくむようなことになるくらいなら、ホイミ1回分のMPを残したまま魔物に殺される方がいい。暗いのはもういやだ。
 ホイミが使えないから魔物からは逃げることになる。でも戦わないとレベルが上がりようがないから一撃で倒せそうなやつとだけ戦う。ゴーストと魔法使いくらいだ。といっても全部の魔物が逃がしてくれるわけではないからやっぱりHPは減っていく。こんなに歩いているのだから、そろそろ偶然階段に当たってもいいとも思うが、まるでその気配はなく時間が経っていく。
 遠いどこかで、女の子のすすり泣く声がした。
(……ここは……どこなの?)
 闇の中に泣いている背中が浮かぶ。彼女は今、どこにいるんだろう。
(……怖い……暗い……暗い……)
 待ってて。
 絶対、助けてあげるからね。
「おお、ロギン。死んでしまうとは何事だ!」
 気がついたら例によって怒られていた。いつのまにか死んでいたらしい。見慣れた王の間は光があふれてまぶしいほどだ。俺は深いため息をつきながら頭をたれた。二度とたいまつなしでは洞窟に入らないと心に誓った。
 手元には771ゴールドが残っていた。かなり長い間うろつきながら戦っていたのだと思う。

 今度は洞窟を無視してさらに南に進んでみた。が、リカントマムルという一目で無理とわかる魔物に遭遇したので一目散に逃げた。これ以上南に進むのは無理かもしれない。しかしもう洞窟は怖くて入れないので南に行けないとどこにも行く場所がない。どうしたものか…。
 うろうろしているうちに千ゴールドたまったので一度戻って入金し、また南に向かった。どこまで行ったら強い魔物が出てくるのか、おそるおそる行ったり来たりしているうちに、レベルが上がった。
「あ!」
 レミーラを覚えた。やっぱり覚える呪文だった。これで南に無謀な挑戦をしなくてすむ。また手持ちの金が千ゴールド近くなっていたのでしばらくうろついて、入金してからトラウマを作った洞窟にもう一度挑むことにした。

 正直言ってもう入りたくなかったが、レミーラがあるだけで楽勝だった。同じ洞窟とは思えない。途中に扉があって残り1本になっていた鍵を使ってしまったが、どうも他のルートを通れば鍵を使う必要はなかったようだ。
 鉄の盾を手に入れた。ものすごく強くなった気分だ。なんだかよく分からない戦士の指輪というのも手に入れた。とりあえずはめておいた。金や高そうな種もやたらある、いい洞窟だった。灯りがあるだけでこんなに印象が違うとは。たいまつもあったがこれはもう用済みだ。
 意気揚々と町に戻って種とたいまつを売り、2千ゴールドを返済した。一気に返済が始まったと思う。この旅も、ここから先はそう長くないかもしれない。


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ロギン : 勇者の子孫
レベル : 10
E どうのつるぎ
E ぬののふく
E てつのたて
E せんしのゆびわ

財産 : 783 G
返済 : 5000 G
借金 : 41500 G