06.ガライの墓


 手持ちの鍵がなくなってしまった。どこに行っても扉はあるので買っておいた方がよさそうだ。死にそうになりながらたどり着いた前回のことを考えると足取りが重くなるが、しぶしぶリムルダールへと向かった。
 だが今回は、あの苦戦が嘘のようにあっさりと町に着いてしまった。考えてみれば、今回は剣と盾を装備している。両手とも素手だった前回と比べて楽なのは当然なのかもしれない。例の鍵屋に入ると、あの老人がにやにやしながら挨拶代わりのように言った。
「ようやく返済が始まったようじゃのー」
「…ああ、やっぱり分かるんですね、そういうの」
「当たり前じゃろう。あと4万千5百……こりゃ王様の思惑も外れたかのう」
 頭を振りながら、老人は台の上に鍵を並べた。魔法の鍵、6つ購入。たった一品目でも買い物ができるのはいいものだ。何か寂しいものがあるが。

 町の人たちの期待の視線は今回も健在だ。あまりかかわらずにすぐ立ち去るつもりだったのだが、小さな女の子に話しかけられてしまった。こっちを見ながら母親と何か話している、と思ったら駆け寄ってきたのだ。
「お兄ちゃん勇者なの? 竜王を倒すの?」
「え……ああ、まあ」
 あまり純真な目で見ないでほしい。こういうのは本当に困る。
「じゃあね、あのね、いいことを教えてあげる」
 女の子は声を潜めた。
「わたし、前にマイラに住んでたの。マイラには温泉があってね、その看板から、南に4歩のところに、笛を埋めたの。ずっと前に拾って、宝物だから埋めたんだけど、引っ越す時に忘れてたの。お兄ちゃんにあげる」
「…わあー。ありがとう」
 言いながら内心げんなりした。口で礼を言うだけでは終われない。何かあると言われたら、そこに行かずにはいられない体なのだから。誰がどこで拾った物だろうが、価値がないと分かるまでは探す羽目になるだろう。
「すみません、失礼なことを。ほら、行くわよ」
「がんばってねー!」
 母親に引きずられるように歩きながら、女の子は俺にずっと手を振っていた。

 前回来た時にはひたすら逃げたリムルダール周辺の魔物にも、今はさほど苦戦することもない。戦っているうちにレベル上がり、さらに手元の金が千ゴールドを超えた。いい調子だ。
 馬鹿馬鹿しいと思いながらもマイラに寄る。女の子に言われた場所を掘りに行った。子供の歩幅で温泉の看板から南に4歩。温泉のそばは人通りが多く、じろじろ見られるのが情けない。
「あった……て、これ……」
 出てきた笛は、予想していたようなおもちゃではなかった。
(…拾ったって言ってたよな)
 これがほんとの掘り出し物、などと頭に勝手に浮かんでくるような物だった。石でできた笛のようだ。ずっと土の下にあったらしいのに鈍く光っている。もっとも、店で換金できそうには見えなかった。
「おや勇者様。その笛は?」
 顔を上げると、興味深そうに笛を見下ろしている男がいた。
「えーと……もらい物です。何か気になることでも?」
「いや、美しい笛だと思いまして。やはり勇者様ともなると、そういうものがよくお似合いだ。勇者ロトが精霊ルビスにかかった呪いを笛で解く場面を思い出しましたよ」
「ははは」
 返事らしい返事はせず、愛想笑いだけ返した。ロト伝説の有名な一場面だが、どうせ実態はそんなに美しいものではなかったに違いない。もっとも、ロトが精霊ルビスを助けたのは事実らしい。大魔王を倒したら恩返しをすると言ってたのに何もくれなかった、と後にぼやいていたそうだ。
 男はうなずきながらさらに言った。
「そういえば、ゴーレムという土でできた魔物は、力のある石笛の音が苦手だと聞きますね。その笛もそういう、何か特別な力があるものなのですか?」
「いや、どうでしょうね…」
 入手のいきさつは話す気になれなかった。だがたしかにこれは、ただの笛ではなさそうだ。何か手に入れる機会があったら、どんなものでも馬鹿にしてはいけない。いい教訓だった。

 ラダトームに戻って千ゴールドを入金した。さて、これからどうするか。
 魔物を倒しながら地道に金を貯めていけば、いずれは全額稼ぐこともできそうではある。だが、やはり時間はかかるだろう。やはり色々な場所を探索した方が早く済みそうだ。
(まあどうせ死んでも生き返るしな)
 まだ探索が済んでないところというと、一番に思い浮かぶのはガライの墓だ。アイテムの期待は薄いが、魔物の巣だから金はたくさん落ちているだろう。前に行った時は死んだが、今度はそうはいかない。

 墓の警備をしていたのは、今度は友人ではなかった。入ろうとすると一応声をかけられたが、別に押し問答になることもなくすぐに通してくれた。昔は墓にある宝を泥棒から守るのが警備の役目だったが、今のこの墓はむしろ挑戦者募集という状態なのだから当然だ。
 ここが魔物の巣になったのは、ガライが持っていた「銀の竪琴」のせいだった。ガライは町の創立者であると同時に吟遊詩人でもあったのだが、彼と一緒に葬られたその竪琴には、魔物を呼ぶ力があった。勇者ロトが大魔王を倒した後は魔物もおとなしくなっていたのだが、竜王が現れた後のこの墓は、たちまちひどい状態になってしまった。
 安置されている銀の竪琴を外に出して壊してしまえば、きっとこの墓も魔物の巣ではなくなるだろう。そういう考えから墓に挑戦する者が出始めた。しかし今のところ、それができた者はまだいない。
 レミーラを使って探索した。前回会った魔物の強さなら、今回はそう苦しい戦いにはならないかな、と思ったのだが、残念ながらそうはいかなかった。階下に進むにつれて魔物の強さも増してきたのだ。どうも銀の竪琴に近づくにつれて魔物が強くなるらしい。さすがは魔物を引きつける竪琴だ。竪琴の近くでは熾烈ななわばり争いでもあるのだろう。
 感心していたら道に迷った。何度も同じところを通ったりしているうちにしりょうのきしに遭遇してしまって死んだ。手元には710ゴールドが残っていた。墓の中でかなりの額の金を拾っていたのだ。もったいないことをしてしまった。

 やはりあの墓は危険すぎる。ちょっとレベルが上がったくらいで調子に乗りすぎていたようだ。
(まあ、墓以外にも行ったことない場所はたくさんあるしな)
 南には前も行ってみたので、今度は北の海岸に沿って、何かないか探索していくことにした。魔物は弱いから気楽な道行きだ。
 とはいえ、ガライはアレフガルド最北の町で、マイラも北の海岸のそばにある。その間に何か見落としがある可能性は低いだろう。しかしそう思った時、海岸近くの丘の中腹にぽつんとほこらが建っているのが見えた。
 ガライからもマイラからも離れた場所だ。きっと無人だろうと思いながら近づいた。
(……? 何だこれ)
 ほこらの壁からしずくがたれ、地面をぬらしていた。空は晴れていて、海の近くといっても波がかかるような場所でもない。どこから水が出ているのだろう。よく見ると屋根もぬれているように見える。
「誰かおるのか。入るがよい」
「うわっ」
 どうなっているのかと壁を叩いたりしていたら、中から声をかけられた。
(住んでたのか)
 入って謝ると、中にいた老人は笑いながら首を振った。
「いやかまわん。妙なほこらじゃろう? 雨のほこらという名でな……おや? それは」
 言いかけて、老人が目を細める。その目は俺が持っている道具袋に向けられていた。
「…そなた、太陽の石を持っておるな」
「あ、はい」
 そういえばそんなものも持っていた。しかし袋に入っているのによく分かるものだ。
「ムツヘタ殿がそれを渡したということは、そなたは予言にあったロトの子孫か」
 ムツヘタ。ロト。嬉しくない名前が2つも出てきた。
「ええ、一応。予言のことはよく知りませんが」
 そう答えると、老人は値踏みするようにしばらく俺をじろじろと見てから言った。
「…実はな、このほこらには雨雲の杖がある」
 雨雲の杖。一瞬何だったっけと思った。そうだ、魔の島に渡るのに必要な三点セットの1つだ。こんなところにあったのか。
「竜王を倒す力を持つ者が現れれば、わしもぜひ渡したいと思う。しかし力のない者に渡すわけにはいかん。世に1つしかないものじゃからな。ムツヘタ殿は夢で未来を見ることができるから、そなたの力を信じたのだろうが……あいにくわしにはそんな力はない。ムツヘタ殿が信じたというだけでそなたを信じるのは、やはり少しばかり不安なのじゃよ」
(あれ?)
 別に欲しいとも言っていないのに、欲しがっている前提で話が進んでいく。だが考えてみれば、欲しがっていると思われるのは当然の話だった。俺が太陽の石を持っているのはムツヘタが渡してきたからだが、この石だけ持っていても何の意味もないのだ。
(そういえばこの世に一個だけなんだよな、これ)
 あんなに簡単にくれたから、貴重なものだという実感がなかった。魔の島に渡ろうとする他の誰かが現れたらどうするつもりなのか。欲しいとも言ってないのに渡すような物じゃないだろう。夢で見たとか勝手なこと言いやがってあのジジイ、大体あいつが妙なこと言いだしたからこんな…。
「…そこでな、試すようで悪いが、1つ持ってきてほしい物があるのじゃ」
 遅ればせながら怒りがわいてきたが、老人の話が続いて我に返った。とりあえず、杖をもらいにきたわけではないということは言った方がいいだろう。
「いや、あの」
「銀の竪琴」
「えっ…」
 聞き覚えのある名を聞き、俺は思わず言葉を止めた。
「ここより西、ガライの町にある創立者の墓が、今魔物の巣となりはて、人々は困っておる。原因は墓の最深部に安置された、魔物を呼び寄せる竪琴……。ロトの子孫よ、見事竪琴を墓の外に出し、町の人々を安んじてくれい。そして竪琴をここに持ってくれば、それをそなたの力の証とし、雨雲の杖を渡そうではないか」
 言いたいことはそれで終わりだというように、老人はそこで一息ついた。
「…………」
 なんだか、杖をもらいに来たんじゃないと主張する気が失せてしまった。
(そういえば、ガライの町の人たちはあれで困ってるんだったなあ…)
 話のポイントとはだいぶずれたところが心に引っかかった。住んでいたのだからそのことは当然知っているのだが、言われて初めて気づいたような気分だった。
 ガライの墓に魔物が出始めてから、何人もの冒険者が竪琴を取りに墓に挑んだ。俺は魔物と戦ったことなんてなかったから挑むつもりもなかったが、なんとかなればいいなあとは思っていた。
 今の俺は、あの墓の中でもそれなりに戦えるくらいにはなっている。けどあの墓の竪琴をなんとかしてやろうとは、なぜか思っていなかった。
「む、自信がないか? しかし、それができねば勇者として認める気はないぞ」
 考え込んだ俺に、老人は鼓舞するように声をかけてきた。
「…わかりました。やってみます」
 俺は老人にうなずき、ほこらを後にした。
 あの墓の竪琴を取ろう、と思った。この旅始まって以来の、金とは関係ない目的だ。
 しかし、今のレベルで竪琴まで行くのは厳しそうだ。ガライの墓には鍵がないと入れないから、がむしゃらに挑戦すると無駄が多くなる。ひとまずガライから離れ、ラダトームの南に向かうことにした。先に進むとどんどん魔物が強くなっていくが、鍵がいらない分行ったり来たりが楽にできる。そっちに何があるか確かめながら金を稼ぎ、頃合いを見計って墓に顔を出すことにしよう。

 ラダトームの南に広がる砂漠に足を踏み入れてしばらく進むと、地平線に町らしき影が見えた。魔物と戦いながらそこを目指したが、着く前に千ゴールド貯まったので引き返してラダトームに戻り、入金してから改めて目指した。
 砂漠の町、というとつい蜃気楼を疑ってしまうが、どうやら本物らしく歩いているうちに徐々に大きく見えてきた。しかし喜んだのもつかの間、現れたのは町とはいえないものだった。
(……廃墟だ)
 建物は崩され荒らされている。だが魔物のたまり場になっているらしく、吠え声があちこちから響いていた。そういえば、竜王にどこかの町が滅ぼされたなんて話を聞いたことがある。ここがそうなのだろうか。
(住んでた人たちは……死んだんだろうな、やっぱり)
 そして、俺と違って生き返ることはできない。なんだか、後ろめたいような嫌な気分になる。
 それにしても、滅ぼされた町なんてものが本当にあったとは。竜王の侵攻は南から進められているらしく、最北にあるガライの町は、墓こそ魔物の巣になってしまったものの本格的に攻められてはいない。あの町で暮らしていた俺の認識は、かなり甘いものだったようだ。
(これじゃ、全額返済しても……)
 全額払い終えたら、周りに白い目で見られても商人見習いに戻ろうと思っていた。いや今も思ってはいるが、その頃にはもう商売どころではないのではないかという新たな不安が出てきた。俺が思っていたよりずっと、アレフガルドの状況は悪いようだ。
 ふと、俺を見て懐かしそうにしていたムツヘタの顔が頭に浮かんだ。そしてなりふりかまわず俺を勇者に仕立てた王様の、どこか必死な表情。それからなぜか、その娘であるローラ姫の顔も。
(いやいや、別にあそこらへんの人たちが気にくわないから竜王倒さないとかじゃないからな。倒せるなら倒すけど。でも無理だろ? もともと俺商人見習いなんだし)
 廃墟を見ながらなんとなく頭の中で言い訳した。返済が終わる頃、俺はどれくらい強くなっているだろう。きっと今よりは強いだろうけど…。考えにふけっていたら突然だいまどうに襲われて全力で町の外まで逃げた。どうやらここをたまり場にしている魔物は、外のやつより強いらしい。

 廃墟からさらに南に進むと、魔物がいよいよ強くなる。どこまで行けるかと行ったり来たりしているうちにレベルが上がってリレミトを覚えた。洞窟から一瞬で抜け出せる呪文だ。ありがたい。しばらくうろつくうちに千ゴールドたまったのでラダトームに戻り、さてこれからまた南に行くか、それともそろそろガライの墓かと迷った時、ふとどちらでもない場所を思い出した。
(そうだ、沼地の洞窟を忘れてた)
 ほぼ一本道のあの地下道。だが本当に一本道かどうかはわからない。せっかくレミーラを覚えたのだから、あそこも探索してみよう。魔物も弱いし。

「おおロギン、死んでしまうとは何事だ」
 死んだ。何事なのかはこっちが聞きたい。
 沼地の洞窟に行ってレミーラを使ってみたら、横にそれる通路を見つけた。これは宝箱かと喜び勇んで進んだら、目の前にドラゴンがいて襲いかかってきた。意味が分からない。場違いすぎるだろう。驚いたわりにはいい勝負だったとは思うが死んだ。一体何だったんだろう。
 もしかしたらあの奥に何かあるのかもしれない。もう少しレベルが上がったらまた行ってみるとするか。そう思いながらまたラダトームから南下した。砂漠の廃墟まではもう何度も来たが、その先に何があるのかは今も分からないままだ。そろそろ本格的に進みたいのだが。
 しかしそんな気持ちがどうでもよくなるようなことが起きた。ゴールドマンが2匹連続で現れたのだ。
 ゴールドマン。別に強くもないくせに、1匹が650ゴールドを持っているというとんでもない魔物だ。それが、2匹だ。それだけで1300ゴールド。2匹倒しただけで1300ゴールド。
 このぶんなら支払い完了もすぐだ、と思ったが、こんなことは滅多にあるものではないようだ。それにゴールドマンはそんなに強くないのだが、同じ場所に出る他の魔物たちがことごとく強い。とても相手ができないような魔物がわらわら出てくる。
 せっかく大金を手にしたので引き上げることにした。今回の入金は2千ゴールド。これで返済額は合計1万ゴールドだ。返済が進むことになんだか複雑な思いもわいてくるが、今は考えないことにする。どうせまだ3万以上残っているのだから。

 魔物の強さ的には、「墓の上の方<砂漠<墓の下の方<砂漠の先、砂漠の町の中」という雰囲気だ。先に進むよりはもう竪琴を狙った方がいい。本腰を入れて墓に挑戦することにした。
 墓に入り、下へと進む。強い魔物が出る前にレベルが上がった。幸先がいい。しかもルーラを覚えた。地上ならどこにいてもラダトームに飛んでいけるという呪文だ。前に覚えたリレミトと組み合わせれば、いつでも一瞬にラダトームに行ける。
(しかし、なんでラダトームなんだろう)
 俺が生まれ育ったのはガライなのに。死ぬと王様の前に戻るのと同じような仕組みなんだろうか。どうでもいいことを考えながら進んだ。レベルが上がったせいか、前に来た時より苦戦しない。迷いはしたが、とうとう棺のある部屋に着いた。
 棺を開けて創立者と対面しなければならないのかと思ったが、レミーラで部屋の中を照らすと、ありがたいことに竪琴は棺とは別のところに転がっていた。魔物同士で奪い合いでもしていたのかもしれない。魔物に群がられる前に、リレミトですぐに退散した。

 雨のほこらに行く前に、ラダトームで入金した。墓でずいぶん稼いだから、今回も2千ゴールドの入金だ。一気に返済が進み始めた。もう2割超えだ。ご先祖との金額の差を実感する。
(けどな……全額払い終わっても……)
 しかし金額が少なければ少ないなりに、余計なことも考えてしまう。ご先祖みたいな馬鹿げた額だったら、何も考えることはないのかもしれないが。


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ロギン : 勇者の子孫
レベル : 13
E どうのつるぎ
E ぬののふく
E てつのたて
E せんしのゆびわ

財産 : 529 G
返済 : 12000 G
借金 : 34500 G