07.沼地の洞窟


「おお、これは確かに銀の竪琴!」
 雨のほこらに行くと、老人は嬉しそうに竪琴を手に取り眺めながら言った。と思ったら何やら弦の付け根をいじっている。音が出ると魔物が大喜びで寄ってくる竪琴だ。俺は制止しようとあわてて手を伸ばした。
「ん? どうした」
「…あれ」
 けげんな顔をしている老人の手に、竪琴から外された弦があった。これでもう音は出ないらしい。
 こんなに簡単に外れるものだったのか。魔物を呼ばないように、弦に触れないように、ずっと気をつけながら持ってきたのに…。ここに着くまでの気苦労を思い返して俺が肩を落としたのを気に留める様子もなく、老人は弦のない竪琴を目を細めてなでた。
「伝説の吟遊詩人がもっとも大切にしていた竪琴じゃ。ガライの町では壊せと言われていたようじゃが、何も壊すこともあるまい。わしは子供の頃にガライがこれをかなでているのを聴いてのう……心惹かれたもんじゃよ」
 どうやら、老人が銀の竪琴を持ってこいと言ったのは、俺の実力をはかるためだけではなかったようだ。鼻白んだ俺に、老人は笑いながら雨雲の杖を差し出した。
「いずれ音色もじっくり聞きたいものじゃな。頼むぞ、ロトの子孫よ」

 太陽の石と雨雲の杖が手に入った。ということはあとはせいなるまもり……今はロトのしるしと言われている、精霊ルビスが認めたしるしがあれば、魔の島に渡るための3つのアイテムがそろう。世に知られるロトの物語と、俺が父から聞いた話。どちらもその部分は同じだった。
 竜王を倒せる自信はまるでない。渡ってどうするという気もするが、全部そろえておきたい気持ちはある。他にやることもないし、それにどうやら俺が持っているアイテムは、俺が死んでも魔物に奪われたりせず、必ず一緒にラダトームに飛ばされるらしい。スリに遭ったりしたらわからないが、強盗殺人で奪われる心配は多分ない。ある意味安全なのだ。
(ロトの装備は魔物に盗まれたっていうしなあ…)
 こういうものだって狙ってこないとも限らない。滅ぼされた町なんか見てしまったら、俺なりにできることはちゃんとしておこうという気にもなる。
 とりあえず目標はロトのしるし。そう決めた。といっても、ロトのしるしの手がかりは全くないので、あまり意味のない目標でもある。相変わらずちゃんとした目的地のない旅が続く。

 ガライの墓は制覇した。次はいよいよ砂漠越えかとも思ったが、おそらくそれよりはまだましだと思われる場所を先にすることにした。沼地の洞窟のドラゴンだ。前回はいきなりだったから驚いたが、それなりに戦えたところをみると、あれは砂漠の廃墟に出てくる魔物よりも弱いと思う。あの洞窟の分かれ道から先にはずっとあのクラスの魔物が出てくるとかだと困るが、あいつだけだったらなんとかなるだろう。
 が、実際にまた挑戦してみたら、途中で攻撃の先を越されて死んでしまった。手持ちの金は320ゴールドになった。
 ドラゴンは前に行った時と同じ場所にいた。大きな扉の前だ。やはり、あそこには何かあるのだと思う。

 ドラゴンにはレベルが上がったら再挑戦することにした。しかしそうなると行く場所がない。砂漠の先にいる魔物は、考えるだけでため息が止まらなくなるような強さだ。あれよりやや弱いくらいの魔物が生息する地域はないのだろうか。
(…リムルダールの南って、まだ行ってないよな?)
 何かあるかもしれない。それに、そこからさらに西に進めば、砂漠から東に向かうのと同じ場所に着くはずだ。なんとなく砂漠よりも魔物は弱い気がする。さっそく沼地の洞窟をドラゴンに会わないように通り抜け、リムルダールを横目で見ながら通り過ぎて南へと進んだ。

(またか)
 リムルダールの南で俺の前に現れたのは、小さなほこらだった。またか、と思ったのは、雨のほこらに似た異様な雰囲気がただよっていたからだ。といってもこちらは屋根から水がたれていたりはせず、外見には特におかしなところはなかった。
 とりあえず入ってみると、このほこらにいたのも老人だった。
「こんにちは…」
「雨と太陽を持っておるようだな」
 俺の挨拶に対する老人の返事はそれだった。
「ムツヘタが見たというロトの子孫とはそなたか」
「ええ、そうみたいです」
 またムツヘタか。うんざりだ。しかし、もしここが雨のほこらのような場所なら、この老人も俺に何かくれるかもしれない。おとなしく次の言葉を待った。
「だが、わしはムツヘタと違ってそなたの顔を知らぬ。そなたがロトの血を引く真の勇者なら、しるしがあるはずだ。それを見せよ」
「ああ、これのことですか」
 兜を脱いで老人に見せると、何が気に障ったのか老人はくわっと目を見開いて怒鳴った。
「おろかものよ、立ち去れい!」
 気がついたら、兜を差し出したポーズのままでほこらの外にいた。
(ええー…)
 何で怒られたのか、わけがわからない。しかもおろかもの呼ばわりだ。この兜が証にならないなら、俺は借金返済とかしなくてもいいはずなのだが。
 もう一度入る気にもなれず、俺はそのまま西に向かった。しかし、陸は途中でとぎれていた。やはり砂漠を通らなければならないようだ。キメラ相手に苦戦しなくなっていたことに気づいたのと、ゴールドマンを倒したのが収穫だった。
 
 そうこうするうちにレベルが上がったので、ドラゴンに再挑戦しに行った。激しい戦いになった。つくづく、ぬののふくより固い防具が欲しい。リレミト分もルーラ分も使い果たしてMPは空になり、これはまた再挑戦かと思ったが、先に力尽きたのは今度はドラゴンだった。断末魔の呻きをあげながら、なおも道をふさぐように扉の前に倒れる。
 ギリギリだった。HPもあと12しかない。ドラゴンの死体をよけながら扉の前に立ち、袋から鍵を取り出した。
(うわ、しまった)
 袋の中の鍵は1本。これが最後だった。リムルダールの近くまで行ったのに買い忘れていた。
(この先にもう扉がないといいんだが)
 開けたすぐ前が扉だったら怒る、などと考えながら扉を開けた。
 レミーラで照らされる前から、その部屋の中には小さな灯りがともっていた。岩ばかりのじめじめした洞窟だが、この部屋の床には粗末な布が敷いてあったり、寝床らしき板敷きがあったりした。
(あのドラゴンの部屋か?)
 それにしては小さいな、と見回していると、おびえたような小さな声があがった。
「どなたですか? …ラダトームの方?」
 はっとして声の方を振り返った。部屋の隅で息を潜めるように、一人の少女が立っていた。
「き、君は?」
「わたくしはラダトーム国王の娘、ローラです」

 そういえば、さらわれてたんだっけ。
 最初に頭に浮かんだのはそれだった。黙っている俺に、ローラ姫はおそるおそるといった調子で話しかけてきた。
「あなたは……人間、ですね?」
「ええ」
「では、わたくしを助けに来てくださったのですか?」
 嬉しそうに目を輝かせたローラ姫から俺は顔を背けた。
「そういうわけではありません。が、城まではお送りします」
 多分俺は険しい表情をしているのだろう。ローラ姫が戸惑っている気配が感じられる。
 さすがに今恨み言を言う気にはなれない。半年前にさらわれたとかあの大臣は言っていた。王宮育ちの王女が半年間もこんなところに……いやずっとここにいたかどうかは知らないが、快適な暮らしをしていなかったのは間違いない。そこからやっと抜け出せるという時に、約束を破ったなどと責める気にはなれなかった。言うとしたら別の機会だ。もっとも、ローラ姫があの約束を破ったことを今さら気に病むとも思えないが。
「失礼ですが、抱えていきますよ。つかまっててください」
 俺が言うと、姫は驚いたように首を振った。
「そんな! あなたはあの恐ろしいドラゴンと戦われたのでしょう? この上そのような負担をかけるわけにはまいりません」
「たいしたことはありませんよ。それに姫の足ではラダトームまで歩くのは無理です」
「いいえ、大丈夫ですわ。魔物が現れる前には、わたくしもお城を抜け出して走り回ったりしていたのです。歩くくらいでしたら……」
「そういう時はそのための靴を用意しておられたでしょう。今もあるのですか?」
 ガライの町で会った時のことを思い出しながら言った。姫が今はいている靴は、岩場を歩いたら3歩くらいでバラバラになりそうなものだった。ローラ姫ははっとしたように目を伏せた。
「いいえ……城のバルコニーにいたところをさらわれましたから……」
 そこまで言って表情が変わる。ゆっくりと顔を上げ、姫はまじまじと俺を見た。
「…なぜ、わたくしがそういう時に靴を用意していたことを?」
 なぜか、しまったと思った。別に隠しているわけでもないはずなのに。
 ローラ姫が口に手を当てた。
「……ロギン?」
 どうやら覚えていたらしい。俺のことも、あの時のことも。姫の顔がさっきよりもさらに嬉しそうになるのを、俺は複雑な思いで見ていた。
「ロギン! ロギンなのね?」
「……ええ」
「ああ、夢のようだわ! ここに閉じこめられて、寂しくて不安でしかたがなかった時、あなたにまた会えたらってずっと思っていたの!」
「そうですか」
 姫が約束を破ったから、俺はここに来た。そして姫はここから出ることができる。因果応報というのもあてにならないものだと思う。
「ロギン……どうしたの? 何か、怒っているの?」
 ローラ姫が心底不思議そうな顔で首をかしげながら言った。
「いえ、何も。早く行きましょう」
「いいえ、あなたは怒っているわ。なぜ?」
 なぜ、だって?
「俺のことを覚えてるのに、理由が分からないんですか?」
 言うつもりのなかった言葉が口から出てくる。かまわないだろう、聞きたがったのは姫の方だ。
「誰にも言わないと約束したのに、あなたは国王陛下にあのことを話した。おかげで俺は、陛下への借金を返すために、ご先祖と同じ目に遭ってるんです」
 だいぶ省略したが、あの時のことを覚えているのならばこれだけでも分かるはずだ。
 姫はしばらくぽかんとしていたが、みるみるうちに青ざめた。
「そんな……まさか……」
「陛下に話したんでしょう?」
「……話し、ました……」
 それだけ聞けば十分だ。もう何も言うことはない。
「さあ、行きましょう」
 うなだれたローラ姫を抱えて、俺は元来た道を歩き出した。
 MPはゼロ。ルーラが使えないからラダトームまで徒歩だ。レベルが上がって力も強くなったから、姫を抱えて歩くくらいはどうということもないが、あまり一緒にいたい相手ではないのが問題だ。気まずい。

(…忘れてた)
 この洞窟の入り口には、毒の沼地が広がっているのだった。以前そこを歩いている間にHPがつきて死んだこともある。残りHPは12。大丈夫だろうか。死んだら沼地にローラ姫だけ置き去りになってしまうかもしれない。洞窟のあの部屋にいた方がまだましだ。
 立ち止まって考えている俺に、ローラ姫が気がかりそうに話しかけてきた。
「…あの……」
「ご心配なく」
 短く答えて歩き出す。目算だがHPがつきることはなさそうだ。ギリギリだから強い魔物に遭ったら死ぬが、この付近の魔物はもう一撃で倒せるようになっている。
 毒の沼地を抜けたらHPは2になった。さすがに心細い。先制攻撃をされてギラでも唱えられたら終わりだ。さっさと魔物が一番弱い地帯まで行かなければ。
「…ロギン、様」
「は? 様?」
 そんな呼ばれ方は初めてだ。思わず抱えている姫を見下ろすと、こちらを見上げている目線とぶつかった。うわ、と思った。当たり前だが顔が近い。
(…あまり、変わってないかな)
 日の光の下で見るのと、洞窟内のレミーラの光で見るのとはやはり違う。7年前に会った時も、日の光の下だった。日が沈む前に別れたのだ。
 頬はもっと丸かった。金髪なのには変わりないが、あの時はもう少しオレンジがかった金だったと思う。だが、ローラ姫だった。誰にも話したことのなかった俺の話を嬉しそうに聞いていた、あのローラ姫だった。
 場違いな懐かしさがこみあげ、俺は急いで目をそらした。
「…何ですか、様って。あなたは王族でしょう」
「あなたは勇者です」
 勇者というのは様付けされるようなものだっただろうか。しかし面倒なのでそのことにそれ以上触れるのはやめた。
「それで、何か?」
「あの、大丈夫なのですか?」
「なんとかなります。MPが足りないのでラダトームまで飛んでいく呪文は使えませんが、それは辛抱していただくしかありません」
「そうではなくて、あなたの体のことです。傷だらけではありませんか」
「回復呪文を使えば治ります。MPがないからそれも今は使えないというだけですよ。城に戻れば回復してくれる人がいるから大丈夫です」
 俺がそう答えると、ローラ姫はしばらく黙った後でまた口を開いた。
「……約束の、こと……」
「もういいです」
「いいはずがありません。……父に話してしまったのは、やむを得ない理由があったわけではなく、すべてわたくしの愚かさゆえのことなのですから」
 ちょっと意表をつかれた。やむを得ない理由があったなどとは俺も思っていなかった。むしろその逆で、特に何の理由もなく、平民との約束など約束のうちに入らないとばかりに、世間話代わりに話してしまったのだろうと思っていたのだ。どうやらそういうわけでもなかったらしい。
「あの時、あなたに話を聞いて……わたくしは思ったのです。勇者ロトはこのアレフガルドに光をもたらした英雄。その英雄が、自らを恥じてラダトームに二度と現れなかったり、子孫がロトを先祖に持つことを誇れなかったりするのはおかしなことではないかと。鎧と盾を城に返さなかったというのがそれほど重い罪だとは、どうしても思えませんでした。世界を救ったという功績の前ではあまりにも小さなことだと思いました」
「…………」
「父は、勇者ロトを敬愛していました。わたくしは、きっと父も同じように思うだろうと考え、あなたのことは言わずに、あなたから聞いた話をしてみたのです。父は言いました。鎧と盾を返さなかったことなど、ロトの功績の前ではあまりにもささいなことだと」
 俺は思わず苦笑した。『とりたて』をかけられたあの日の、王様の演説を思い出したからだ。
「…だからわたくしは、あなたのことも話してしまったのです。ロト自身だけでなく、子孫までもがそれを気にして、子孫だということを周囲に隠している。なんとかできないものかと……」
 ローラ姫の目からぽろぽろと涙がこぼれた。
「すぐには無理だと、父は言いました。ロトは伝説の人だから、このような形で取り上げればその名を傷つけることにもなりかねない。少し時間は必要だが、いずれはロトの子孫に、先祖の分まで報いたいものだと……その時にはそう言っていたのです」
「…………」
「それが、こんな……ごめんなさい、ごめんなさい」
 俺はため息をついた。多分王様も、その時点ではそのつもりだったのだろう。だがその後、竜王の侵攻が始まった。光の玉が奪われたり、町が滅ぼされたり、姫がさらわれたりして……さらに例のムツヘタの予言なんかがあった。そして王様は、ロトの子孫の居場所も、ラダトーム王家にどういう感情を持っているかも知っていた。
(そりゃ、ああなるか……)
 拉致同然にラダトームに連れて行かれた時点ではさっぱりわからなかった経緯が、ようやく分かったような気がする。俺の立場からすると理不尽だが、王様の立場からすれば自然な展開……だったのかもしれない。
「城に帰ったら、その術を解除するようにと父に言います」
 ローラ姫は涙を止め、唇をかみしめて言った。
「無理ですよ。陛下は金が欲しいのではなくて、竜王の侵攻を何とかしたいんです。解除しろと言われてあっさり解除できるものでもないでしょう」
「でも!」
「それに」
 姫の言葉を遮って続けた。早くこの話を切り上げたかった。
「こう言ってはなんですが、姫が城に戻れるのも、陛下が俺にこの術をかけたからです。あなたが解除しろと言っても説得力がないと思いますけどね」
 言いすぎか、と思いながら言った。姫は再び泣きそうになるのを我慢しているような顔だった。
「では、では……わたくしが個人的に、今回のお礼として何か…。お金に換えられそうなものでしたら、いくらか持っておりますから…」
「王家への借金返済を、王族が援助ですか?」
 また、姫の言葉を途中で遮った。具体的に何をくれる、という話になったら断れなくなるからだ。はっきりと「いらない」と言いたいのだが、そんな言葉はいくらがんばっても口から出てこない。皮肉みたいなセリフを言うのがせいいっぱいだ。まったく、『とりたて』とはつくづくたちが悪い。俺がいつか一人前の商人になってこれを使えるようになっても、絶対に使わないようにしようと思う。
「どうせならこの際、ラダトーム王家とロトの血筋のつながりを、きっちり断っておきたいんです」
 なんとかそう続けると、ローラ姫は黙りこんだ。どうしても礼をさせてくれと言い出す気配はなかったので、俺は少しほっとした。

 何度か魔物に遭遇したが、毒の沼地以降はHPを減らすことなくラダトームに帰ることができた。城門の前でローラ姫を下ろす。門番が目を見張った。
「あ、あなた様は…!」
 たちまち城内は大騒ぎになった。感謝の言葉が俺に降り注ぐ。うれし泣きしている人もいた。ローラ姫はずいぶん人気があるらしい。王様も喜んでいたが、別に褒美とかはなかった。まあ当然だろう。
「お待ちください!」
 王の間を出て、MPを回復をしてくれる老人のところに向かう途中に声をかけられ、驚いた。現れたのは王の間にいるはずのローラ姫だった。
「ロギン様に、お渡ししたいものがあるのです」
「姫、それは…」
 きっぱり断りたいのだが、「渡したい」とまで言われるとどうしても受け取る方向に動いてしまうのが悲しい。あんなことを言ったくせに受け取るなど、情けないから嫌なのだが。
 しかしローラ姫は、俺の内心に気づいているのかいないのか、首を横に振った。
「いえ、大丈夫です。さしあげるのではなくて、お貸しするだけですから。お金に換えることもできないと思いますし、どうか旅の間だけお持ちになって、お役立てくださいませ」
 大丈夫ですというのも妙だが、どうやら城までの道中に色々考えていたらしい。約束を破ったことを相当気にしているようだ。
「これです」
 姫が取り出したのは、分厚いメダルだった。表面にラダトーム王家の紋章が刻まれている。
「何ですか、これ」
「ラダトームの代々の王族が、力試しの旅に出る時に持っていく物です。そのメダルと、こちらのメダルが対になっていて…」
 ローラ姫はもう一つ、似たようなメダルを取り出して俺に見せながら真剣な顔で説明を続けた。
「これを持っていれば、どれほどに離れてもお互いに話ができるのです」
「話、ですか?」
「この紋章に手のひらを触れながら声を出すと……聞こえますか?」
「!?」
 姫がメダルに触れながら言った、『聞こえますか』の声が、俺が持っているメダルからも聞こえてきた。驚いてメダルを見直す俺に、姫は勢い込んで続けた。
「もちろん、そちらからもこちらに声を送れます。何か困ったことがあったら、これでわたくしにおっしゃっていただければ」
「…言ってどうにかなるようなことなんかなさそうですけどね」
「それに、あの、他にもあるんです」
 姫は慌てたように、自分が持っている方のメダルを裏返して俺に見せた。時計のような針が2本あり、周囲にはやはり時計のような目盛りが刻まれている。しかし、目盛りのそばに書かれているのは「100」「200」など、時計にはない数字だった。今、2本の針はどちらも「0」を指している。
「何ですか、これ」
「あなたが持っているメダルが、今この城から見てどのくらいの位置にあるかがわかります」
「はあ……」
「たとえば、これからあなたがこれを持って南に進めば、この針はこちら側に傾きます。ですから、道に迷った時などにご連絡をいただければ、大体の位置をお教えできます」
「いや教えてもらっても……進めば何とかなるものですし」
「それから、あの……」
 ローラ姫はいよいよ困ったように視線を空にさまよわせ、やっと思いついたように言った。
「…わたくしも王族ですから、ご連絡いただければ父と同じように、あとどれくらいでレベルが上がるか、お教えできます」
「そうですか」
「はい…」
 俺の反応が薄かったためか、姫は肩を落とした。どうやらもう言うことがなくなったらしい。
 いつレベルが上がるか知るために、一国の王女にわざわざ連絡など、どう考えてもありえない話だ。これが役立つ時が来るとはとうてい思えない。しかし俺はそのメダルを袋に入れた。
「お借りしていきます」
 うつむいていたローラ姫がぱっと顔を上げた。
「ありがとうございます、ロギン様! 何かお役に立てることがありましたら、いつでもご連絡を」
「はい。それから、姫」
「はい!」
「あの、そんなに気にしなくてもいいですから。約束っていっても子供の頃の話だし……俺もちょっときつく言いすぎました」
「いいえ、そんな」
 姫は首を振り、また悲しそうな顔をした。

 ラダトームの町に行き、2千ゴールドを入金した。返済は一応順調だ。
 借りたメダルを袋から出して改めて見た。
(ロギン様、か……)
 姫への腹立ちは、ほとんど失せてしまっていた。あれだけ気にされると、むしろ忘れろと言いたくなる。どうやら俺によかれと思ってのことだったようだし…。姫は自分のことを愚かだったと言っていたが、姫に軽々しく話した俺だって似たようなものだ。お互いまだ子供だったのだ。
 洞窟で姫を責めたのは他ならぬ俺だが、そのことを少し後悔し始めていた。どうせ俺の旅立ちの事情は、城に戻れば分かることだっただろうが。
(ロギン! ロギンなのね?)
 あの洞窟で、目の前にいるのが俺だと知った時のあの笑顔は、7年前のままだった。同じ表情を俺が見ることは、きっともう二度とないのだと思う。


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ロギン : 勇者の子孫
レベル : 14
E どうのつるぎ
E ぬののふく
E てつのたて
E せんしのゆびわ

財産 : 856 G
返済 : 14000 G
借金 : 32500 G