08.メルキド
他に行くところもなくなった。いよいよ砂漠越えだ。
強い魔物が住みついているあの廃墟の町には近づかず、まっすぐに砂漠を南下した。砂漠が終わった後は東に向かう。ここから先はまだ行ったことがない。
草原と森を歩いた後、前方にまた砂漠が見えてきた。左右に険しい岩山がそびえ、歩ける道幅は狭そうだ。
(こっちでよかったのか?)
間違えたような気もしてきた。砂漠からすぐに東に向かってしまったが、南にもまだ進めそうだったのだ。しかしとりあえずここは進んでおこう……と思ったらスターキメラ出現。強かった。死んだ。
「おお、ロギン。死んでしまうとは何事だ!」
手元の金は854ゴールド。またいつものように怒られる。しかし今までとは違っているところもあった。王様の隣の、今まで空いていた椅子にローラ姫が座っている。居丈高に俺に説教する王様と、それを一応拝聴している俺を見比べて眉をひそめ、悲しそうな顔をしていた。勘弁してほしい空気だ。
元々嫌だったが、死んで王の間に戻るのがますます嫌になった。さっさと退出する。俺がいなくなった後に何か言い合ったりしてそうで、そういうことを考えるとますます気が重くなる。
また砂漠を越えた。今度はもっと南に進んでから東に折れた。
結局進む方向は同じなのだが、どうも道筋は違うようだ。前のコースの時にあった岩山や砂漠が見えてこない。ずっと緑の道だ。気のせいか、こちらの方が敵も穏やかな気がする。と思ったらスターキメラが出たので逃げた。少し歩くとまた出現。やけになって戦ったら勝てた。
(何だ、勝てる相手だったのか)
勝ち目がないはずの相手でも腰が引けてはいけないな、俺もまた成長し続けているのだから…などと調子づいたことを考えていたらまたスターキメラに遭い、調子づいたまま戦って死んだ。
「おお、ロギン。死んでしまうとは何事だ!」
王様の言葉を聞き流し、ローラ姫を見ないようにしながら、スターキメラはまだ鬼門だという思いを新たにした。手元に残った金は939ゴールドという残念な額だった。
会ったらまずいのはスターキメラだけだ。しかし残念なことによく会ってしまう。もう一度砂漠から南の方のルートに挑戦し、また会い、死んだ。今度は1045ゴールドが手元にあったから返済できるのが救いだ。これで手持ちの金を気にせずにまた挑戦できる。
(スターキメラ来るな…来ないでくれ…)
念じながら進む。どうやらそれが悪かったらしく、かげのきし相手に死ぬという失態を演じた。
「おお、ロギン。死んでしまうとは…」
「お父様!」
恒例のお説教が、いきなり遮られた。今までにない展開に驚いてつい顔を上げてしまった。王様も口を開けたまま止まっている。遮ったローラ姫は、青ざめた顔で唇を震わせていた。
「あんまりです、こんな…。せめて何か、いたわりの言葉を」
王の間がまたいたたまれない空気に包まれた。しばらくの間、誰も口を開かなかった。
「…いたわり、か」
沈黙を破ったのは王様だった。ちらりと俺を見てからローラ姫に顔を向ける。
「ローラよ。この男が、わしのそんな言葉をありがたがると思うのか」
「そんな」
「ロギンよ、どうだ。わしがそなたの痛みに同情し、つらかったであろう、と言った方が励みになるのならば今後はそうしてもよいぞ」
「いえ、今のままでけっこうです」
検討するまでもない仰せなので即答した。死ぬたびにそんなことされたら本当に死にたくなる。
「どうか姫もお気遣いなく」
そう言うと姫は押し黙った。王様が慰めるように姫に言った。
「ローラ、部屋に戻るがよい。そなたはここにおらずともよいと言ったであろう」
「いいえ。わたくしはここにおります」
固い声で、しかしローラ姫はきっぱり答えた。
死んで戻るたびに姫が同席しているのでそういうものなのかと思っていたが、本当はいなくてもいいらしい。
(だったらいない方が嬉しいんだけどな)
そんなことを考えていたら、ローラ姫が俺と王様に頭を下げた。
「差し出がましいことを申しました。お許しくださいませ」
俺は曖昧に首を振って王の間を出た。
そういえばここのところ、あまり間を置かずに4回も死んでいる。いつもはここまでひどくはないが、ローラ姫は今までのことを知らない。これが俺の普段の死亡頻度だと思われただろうか。実際以上にひ弱に見られているかと思うと少し悔しい。
また砂漠を南下して同じ場所を通り、またスターキメラに遭った。長く戦ったがベホイミを使われたので逃げた。逃げられたのにはほっとしたが、ベホイミを使われるともう勝負にならなくなるのは相変わらずで情けない。こっちはホイミしか使えないのに、あんな便利そうなものをこれ見よがしに使うとは。いつか覚えたら俺も使いまくってやる。
逃げたとはいえ、長い戦いだったので一度帰った。千ゴールドを返済する。死ななくてよかった。死んだ後の王の間で姫に会うことを考えると、死にたくない気持ちが増す。今までだって、死にたくて死んでいたわけではないのだが。
いつものようにMPを回復させて城を出た。今までと同じ道を行く。今度はなんとか先に進み、町らしきものが見えてきた。高い城壁に囲まれている。あれはひょっとして、城塞都市として名高いメルキドだろうか。
さっそく入ろうとしたら、いきなり目の前の地面が盛り上がって巨大な魔物の形になった。俺に向かって腕を振り下ろしてくる。よけた後の地面に大きなへこみが残っていた。
(何だこいつは!?)
とてもまともに戦える相手じゃない。せっかくここまできたが、逃げた方がよさそうだ。じりじりと後退しながらそう思った時、ふとマイラで掘り出した笛のことを思い出した。同時に、その時に聞いた話も。
(ゴーレムという土でできた魔物は、力のある石笛の音が苦手だと聞きます…)
土でできた魔物。ひょっとしたら。あわてて、あの笛を道具袋から取り出した。指で押さえる穴があるが、そんなものは無視してとりあえず息を吹き込む。
なぜかきれいな音色が奏でられ、俺に向かって振り上げられた魔物の腕の動きが止まった。と思ったら膝をつき、倒れた。どうやら眠っているようだ。やはりこれはゴーレムだったらしい。
(よし、この隙に町に入ろう)
しかしほっとして笛から口を離したとたん、ゴーレムはたちまち起きあがって襲いかかってきた。あわててまた笛を吹いて眠らせる。そのまま素通りはできないらしい。左手で笛を持って美しい音色を奏で続けながら右手で寝ているゴーレムにひたすら攻撃し、倒した。息苦しい戦闘だった。
結局ダメージ無しで倒してしまったが、そのわりに経験値は多く、またレベルが上がった。MPが21も上がったのが大きい。さらに長旅に耐えられるようになった。
ゴーレムはゴールドマンとよく似た顔をしていたが、金の方は全然持っていなかった。
「城塞都市、メルキドへようこそ」
やはり、この町がメルキドだった。
「あのゴーレムを倒してしまうとは……」
城壁のどこからか見ていたらしく、町の人たちに口々に言われた。
なんでもゴーレムはもともと、この町を守るために作られたものだったそうだ。それじゃ倒してはいけなかったのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。最初こそ魔物から町を守る役に立っていたが、ここ数年は竜王の影響なのか、他の魔物と同様に凶暴になり、通すべき人間にも襲いかかり、時には町の城壁を殴りつけたりもしていたようだ。
「よくぞ、倒してくださいました」
町の人たちに礼を言われた。しかしそう言いながらも人々の表情はどことなく悲しげだった。きっと凶暴になる前は、町にとって頼もしい味方だったのだろう。
何はともあれ、久しぶりに新しい町に来た。さっそく探索を、と思って気づいた。
(……しまった)
沼地の洞窟で最後の1本を使ったのに、その後鍵を買うのを忘れていた。
この町も重要な場所は扉の向こうにあるようだ。せっかく長い距離を歩いてきたが、一度戻るしかない。ルーラでラダトームに飛び、2千ゴールドを返済してリムルダールに向かった。
「おお、久しぶりじゃのう。元気そうではないか」
鍵屋のあの老人は相変わらずそこにいて、相変わらずにやにや笑っていた。
「まあ、死んでも生き返りますから」
「そういう意味ではないわい。どんどん返済のペースが上がっておるからのう。さぞや強くなったんじゃろうと感心しておったんじゃ。やはり、ロトの血筋とはたいしたものじゃな」
「そうですね。だからこんな目にあってるわけですからね」
そう答えると、老人はいつものように鍵を6本カウンターに並べながらじろりと俺を見た。
「お前さんにとっては災難じゃな。しかし、竜王討伐がお前さんにしかできんことなら、国王様がどんな汚い手を使おうが、わしは応援するより他にないのう」
「勝手な言い分ですね」
「まったくじゃ。だがわしはな、もしも国王様がお前さんに何も仕掛けなかったらと思うと、ぞっとするんじゃよ。もしそうだったらと、お前さんは考えたことがあるかの?」
俺は返事をしなかった。考えたことがないわけではない。一人旅は考える時間も多いのだ。
黙ったまま鍵を袋に入れる俺を見て、老人はいつものようにひゃっひゃと笑った。
「よけいなことを言ったようじゃな? まあ気にするな、そのまま進んでおけ」
ラダトームに飛び、またメルキドへ。今度は一度も死なずに着くことができた。手元には2千ゴールド以上の金がある。一番遠い町とはいえ、ただメルキドに来るだけでこんなに貯まるとは…。これを入金すれば返済額は2万に到達する。
買った鍵を使って町をうろつき回る。途中、ドムドーラで代々武器屋を営んでいたという男に会った。
(……もしかして)
聞いてみたら、思った通りの人物だった。ロトからラダトームの鎧と盾を買い取った武器屋の子孫だ。
『とりたて』をかけられたあの日、リムルダールの老人は言っていた。ドムドーラは滅びたが、武器屋の子孫はメルキドにいて、そいつがロトが売りに来た時の記録を持っていたと。
「買い取ったのは、私のひいじいさんです」
温和な顔の中年の男はのんびりとした口調で言った。
「その後、鎧と盾はラダトームの王様が買い上げてくださったんですが、その時に売りに来た男の人相やなんか色々聞かれて、どうやら勇者ロトだったらしいと。ひいじいさんはそりゃ驚きましてねえ、なにしろ大魔王を倒した伝説の人でしょう? 記念にその時の帳簿とか、大切にとっておいたわけです」
よけいなことを。
「私たちもそれ聞いてましたからね。ドムドーラが魔物に襲われた2年前、優先的に持ってきたわけです。まあたいした荷物にもなりませんからね」
本当によけいなことを。
俺の恨みがましい視線に気づいた様子もなく、武器屋の子孫は懐かしそうに語った。多分そうだろうと思っていたが、やはりあの砂漠の廃墟がドムドーラだそうだ。
「あの時は大変でした。持ち出せなかった物も色々ありましたよ…」
「なるほど。ちなみに店はドムドーラのどのあたりに?」
武器屋。持ち出せなかったもの。いつものことだが、何かあるかもしれないと聞けば反射的に食いついてしまう。
「東の方ですよ。裏手に大きな木があって……いや、今もあるかどうかはわかりませんが」
武器屋の子孫はのんびりと言った。今度近くに寄ったら探してみることにしよう。
「勇者のために祈りましょう。光がいつも、そなたと共にありますよう…」
メルキドには神殿がある。行ってみると、神官らしき老人にそんなことを言われた。ラダトームでMPを回復してくれる老人と似たようなセリフだが、こちらでは何も回復しなかった。比べるわけではないが、神殿のわりにはありがたみが薄い。
「先日、この神殿に神託が下りました」
そんな俺の内心に気づいているのかいないのか、老人はにこにこしながら言った。
「行きなされ。そして探すのです。ラダトームの城まで北に140、西に80を刻むその場所を」
「は……北と、西?」
「そこに何かがあるということでしょう。この神殿の神託は、かつて勇者ロトが魔の島に渡ろうとしていた時、必要な物を示したこともあります。おろそかに思ってはなりません」
「……しかし……140とか言われても」
「ちなみにこのメルキドの町からラダトームの城までは、北に118、西に58です。これを目安にするとよいでしょう」
よいでしょうと言われても、俺は地図を持っていない。東西南北は太陽の位置から漠然と判断しているだけだ。しかも、今の話ではその場所はメルキドの南にあるようだが、メルキドのすぐ南には岩山がそびえ立っている。他から回らなければならないだろう。それではますます場所を把握しにくくなる。
無理だと思いかけたが、その時俺は道具袋の中にある、まだ一度も使ったことのないアイテムのことを思い出した。
(確か、この紋章に手を触れながら…)
本当に声が届くのだろうか。何にせよ、誰にも見せられない姿だ。
町の外に出て周囲をうかがいながら、メダルに話しかけた。
「えー…、ローラ姫?」
返事はない。まあ、あのメダルが今姫の手元にあるかどうかも分からないし、あったとしてもすぐに返事できる状況とは限らない。まったくぶしつけなアイテムだ。何かがそこにあると言われれば何としても手に入れようとする、あの『とりたて』の力がなければ、このメダルを使うことはなかっただろう。そんなことを思いながらももう一度話しかけた。
「今、そこにおられますか?」
やはり返事はない……と思ったらメダルから何かぶつかるような大きな音がして、その後を追いかけて声が飛び出してきた。
「は、はい! おります! ここに!」
「…………」
「ロギン様! 聞こえますか!? ローラです!」
「あ、聞こえてます。何かすごい音がしましたけど、転んだんですか」
「いえ、大丈夫です!」
答えになってない。しかしそれ以上言うのも失礼な気がしたので、すぐ本題に入った。
「姫。俺が今いる場所からラダトームの城までの距離は分かりますか?」
「はい。……北に118、西に58の位置ですわ」
さっき神殿で聞いたのと同じ数字だった。このメダルがあれば、さっき聞いた場所に向かえる。ただ、ちょっと面倒なことにはなりそうだ。
「……ローラ姫。お願いしたいことがあるんですが」
「はい! 何でもおっしゃってください!」
メダルから弾んだ声が聞こえた。
(こうやって姫に頼み事をしてしまうのも、『とりたて』のせいだ)
ただの事実なのだが、腹の中のそのつぶやきはまるで言い訳のように響いた。
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ロギン : 勇者の子孫
レベル : 16
E どうのつるぎ
E ぬののふく
E てつのたて
E せんしのゆびわ
財産 : 712 G
返済 : 20000 G
借金 : 26500 G