09.ドムドーラ
ラダトームの町にある返済の窓口は預かり所も兼ねている。返済のついでに初めて道具も預けた。ゴーレムを倒した今となっては、ようせいのふえはもういらないだろう。
(さて、ご神託を真に受けて宝探しだ)
メルキドの南の岩山の、さらに南にその場所はある。砂漠の南から、今度は海岸に沿って行ってみることにしよう。
「それじゃ、面倒かけますがよろしくお願いします」
「とんでもない。いつでもお呼びくださいませ」
姫は例のメダルを通して、俺の位置を把握できる。ならば北に140西に80の場所に俺が近づいたら姫から連絡してくれるように頼めばいいのかと思ったが、どうやらそうはいかないらしい。姫のメダルで俺の位置が分かるのは、メダルを通じて話をしている間だけなのだそうだ。
ではずっと話を続けていればいいのか、というと残念ながらそれもできない。休まず会話を続けると、せいぜい15分くらいでメダルの魔力が切れ、話ができなくなってしまう。放っておけば回復してまた使えるようになるが、結局のところ、俺が時々姫に現在地を聞き、近づいていくのが一番いいようだ。
「姫、おられますか」
「はい!」
「俺の今の位置を教えてください」
「はい、あなたがおられる場所からラダトームのお城までは…」
最初は躊躇したが、繰り返しているうちにあまり気兼ねせずにメダルに話しかけられるようになった。姫も慣れたのか、最初とは違ってすぐに答えてくれる。正直なところ姫と関わるのはかなり気が重かったが、死んで戻った後王の間で顔を合わせる時のような嫌な雰囲気もなく、思ったよりずっと気軽に話ができた。
海岸にそって南に進む。多分このあたりは、アレフガルド最南だろう。進むにつれ、神託に告げられた場所も見当がついた。
(…きっと、あのあたりだな)
北に140西に80という数字から見当をつけたわけではない。漠然と、普通だったら近づきたくないような場所なのだろうと予想していて、ある意味その予想が当たったというだけのことだ。
岩山と海の間の広い平野に、見渡す限りの毒の沼地が広がっていた。
「あなたがおられる場所からラダトームのお城までは、北に146西に37です」
沼地の入り口で聞いてみた。予想通りだ。ここから東に向かえば、この広大な沼地の奥深くに突っ込むことになる。まあ今さら文句を言っても始まらない。俺は毒の沼地に足を踏み入れた。毒のダメージも嫌だが、泥のせいで進みにくいのも地味に嫌だ。
「あなたがおられる場所からラダトームのお城までは…」
近づいてきたので、位置を聞く頻度も増した。
「きっと険しい道なのでしょうね」
ローラ姫が心配そうに言った。多分進む速度が鈍ったからだろう。
「いえ、そういうわけではないんです。ただ、沼なので足を取られて」
「沼? わたくしがいたあの洞窟の入り口にあったような、毒の沼ですか?」
ずいぶん勘がいい。それとも沼というと毒の沼しか知らないのだろうか。
「ええ、まあ…」
「先程からずっと、そのような沼の中に? いくらお強くても、それではあまりにもお体に…」
「いや、そこまで大変なものでもありませんから」
ご無理をなさらずとかありがたいお気遣いの言葉が続き、それに対して適当に相づちを打った。心配されてもどうにもならないし、どうせ死んだって生き返れる。
(しかし……いくらお強くても、か)
強いと思われているとは意外だ。あんなに死んだのに。
まああの洞窟から助けたし、MP切れでルーラが使えなかったとはいえ一応ちゃんと連れ帰った。ある程度の強さは認めていただけているのかもしれない。
目的の場所までもうすぐだ。だが、そろそろ日が沈む。思っていた以上に沼の中を進むのに手間取ってしまった。北に140西に80の場所にもそれなりの広さはあるし、暗くなってはとても見つけられないだろう。
「姫、そろそろ暗くなってきたので、今日は諦めます。近くで野宿して明日の朝に再開しようと思うんですけど、ご都合はいかがですか」
「はい、大丈夫です……けれど、野宿って……毒の沼地の中でですか?」
「さすがに沼からは出ますよ」
紫の沼につかってくつろぐ姿が思い浮かび、思わず笑いながら答えた。しかし、それにしても広い沼だ。出るのも一苦労だ。海岸も、波打ち際までずっと毒の沼地が続いている。
「…なんで波に流されないんだ…」
「波?」
「あ、すみません。独り言です。沼地が海まで続いているもので」
「そこは海のそばなのですか?」
「ええ。ここから南はもうずっと海です」
「そうですか…」
そういえば、あの時一緒に海を見たな。
自分が何の気なしに言った言葉と、ローラ姫の声の響きで、7年前のことを思い出した。
視界の端にしか入れていなかった海を改めて見る。泥のせいでなかなか進まない足を止めた。島の影も見えない、水平線しかない海に、夕日が沈んでいく。
(ラダトームの海は向こう岸が見えるもの。ここの海は、ずっと遠くまで海だわ)
ローラ姫は、ガライの町から見える海に水平線しかないことに感心していたが、ここの海もそうだ。
姫はあの時のことをどれくらい覚えているだろう。海を見たことも覚えているだろうか。
「ここの海も、ガライの町の海と同じで……」
思わずそう言いかけた時、目の前に魔物が現れた。目をぎらぎらさせて俺を見ている。すでに襲いかかる気満々だ。
見覚えのある魔物だった。
(あいつだけじゃなかったんだな)
沼地の洞窟の、ローラ姫がいた部屋の前で戦った魔物と同じ姿。ドラゴンだった。
「ロギン様?」
「あ、すみません。では、また明日」
「はい。あの、何か……」
メダルから聞こえる不審そうな声に答えず、どうのつるぎを構える。あの頃より俺はずっと強くなった。あの時は苦労したが、どれくらい楽に倒せるようになったか、確かめてやる。向かってきた鋭い爪を盾で払い、剣を振るった。
(…おい、どういうことだこれは)
戦いが始まると、予想とは全く違う展開になった。おかしい。絶対にあの時のドラゴンより強い。本当はドラゴンとはこれくらい強いものなのか? なぜ弱いやつがローラ姫の番をしていたのか。あれは下っ端の役目だったとでもいうのか。
「おお、ロギン。死んでしまうとは何事だ」
あわててるうちに死んでしまって王の間に戻った。手元には755ゴールド。返済はできない。
目を上げると、ローラ姫がこわばった顔で俺を見下ろしていた。
(また明日とか言ったのに…)
数分で直接お目にかかってしまった。またあの沼に着くまで何日かかかるだろう。
今さらだが、不様だ。格好悪い。目が合ったのでつい苦笑すると、ローラ姫は驚いたような顔で俺を見ていた。
「あなたがおられる場所からラダトームのお城までは、北に140西に80です」
もう一度沼に行き、やっと目的の場所にたどりついた。底の泥を掻きながら沼をうろつき回る。何もなかったら神殿に抗議しに行こうと思ったが、意外に早く硬い物が指に触れた。引き上げてみると、白い鳥の紋章が入ったペンダントだった。
(この紋章、確か…)
ロトの紋章、と呼ばれているものだ。ロトの伝説関連の本の表紙などによく描かれている。実際はロトのというよりも精霊ルビス様絡みの紋章らしく、ロトがルビス様に授けられた聖なるまもりにこの紋章が入っていた。ロトは大魔王討伐後に聖なるまもりをラダトームの城に置いていき、まもりはロトのしるしと呼ばれるようになった。そして紋章もロトの紋章と呼ばれるようになったのだ。
(てことはこれ……ロトのしるしか?)
なぜ毒の沼地なんかに落ちているのだろう。何はともあれ、これで魔の島に渡るのに必要なアイテムは全てそろった。とりあえず、長々とお付き合いいただいたローラ姫に報告する。
「姫。どうやら見つけたみたいです。ありがとうございました」
「まあ! よかったわ…! 一体どんな物だったのですか?」
「ロトの紋章のついたペンダント……多分、ロトのしるしです。偽物でなければ」
言いながらも、偽物ということはないだろうと思っていた。仮にもご神託で告げられたアイテムだ。
だが、それを聞いたローラ姫は不思議そうな声を出した。
「ロトのしるし……? まさか……」
「? まさかとは?」
「ロトのしるしなら、このお城にあるはずです。以前、宝物庫で見たことがあります」
「…………」
「ロトの剣、鎧と盾。そしてロトのしるし。これらは代々受け継がれている、ラダトームの国宝です」
言われてみればそうだ。本来ならこんな毒の沼地などに落ちているはずがない。だが……。
「……姫。ロトのしるしが今お城にあるか、確かめていただけますか」
「はい。待っていてください、すぐに戻ります」
俺の頭に浮かんだのは、以前に聞いた宝物庫の兵士の言葉だった。
(どうやら奪われたらしいのだ。竜王の手の者にな)
あれはロトの鎧と盾の話だった。
実際のところを確かめたわけではないが、もしもあれが本当なら、ロトのしるしが一緒に奪われていてもおかしくない。奪ったのなら竜王が手元に置けばいいような気もするが、聖なるとか妙な力を持つアイテムが身近にあるのは嫌なものなのかもしれない。誰の手にも届かないところに捨てれば同じことだし、実際神託がなければ俺だってこんなところには来なかった。
しばらく考え込んでいると、メダルから声がした。
「ロギン様。ローラです」
「あ、はい。分かりましたか」
「ええ……今、ロトのしるしはお城にはないそうです。ですから、それはロトのしるしに違いないと思うのですが……」
ローラ姫は少し口ごもってから、予想もしなかったことを言った。
「父が申しますには、ロトのしるしはロギン様にお貸ししたと」
「……は?」
「お貸ししたのはそれだけではなく、ロトの装備一式……剣と鎧と盾も。ロトの子孫が竜王討伐に向かわれるのだから、お貸しするのは当然のことだ、と」
「いや……え? ちょっと待ってください」
ローラ姫も戸惑った声だったが、こっちの戸惑いは多分それ以上だ。一体姫は、というか王様は何を言い出したのだろう。
「ロトの装備一式? 借りてませんよ。何ですかそれ」
「そうですよね…。わたくしを助けてくださった時にも、ロトの鎧どころか鎧すらお召しではなかった。そんなはずはないと思ったのですが」
戸惑った声のまま、姫の話は続いた。
「借用書を、見せてもらいました。ロギン様のサインと拇印入りの」
「…………」
「ロトの装備一式、剣、鎧、盾。及びロトのしるし。以上4点のラダトーム国宝を竜王討伐のため借り受ける、という内容です。お心当たりは?」
「…………」
「父は、同じ内容の控えをあなたに渡したと申してましたが…」
「……ちょっと、待ってください。一度切ります」
「は、はい」
メダルを地面に置き、道具袋の底をあさって紙を取り出した。ラダトーム城の王の間であの時もらった、『とりたて』の契約書の控え。今まで読み返してもいなかった。
「…………」
つくづく思う。俺は商人失格だ。あの場の雰囲気に流されて、内容の確認さえしていなかったとは。『とりたて』の対象は確かに4万6千5百ゴールド。だがそれと併せて、ローラ姫がさっき言ったのと同じ内容の文言が並んでいた。
4点のラダトーム国宝を、借り受ける。
(…やってくれる)
やはり王様としては、ご先祖の20分の1の借金では心もとなかったらしい。実際もう半分近く返しているし、今のペースなら余裕で返せるだろう。竜王を倒す前に俺が借金を返し終え、討伐をやめると言い出したら「では貸した装備を返してもらおうか」と言うつもりに違いない。竜王に奪われたものならば、竜王を倒さなければ手に入らない可能性も高い。
しかし盗まれた落ち度をこっちに押しつけるとは……。これで戻ってくれば一石二鳥というわけか。汚いことをするものだ。もっとも、4万6千5百ゴールドの借金の方だって真偽はあやしい。それを押しつけて旅立たせることを決めた時から、もうあの王様はきれいごとなどかなぐり捨てていたのかもしれない。
(どうしたもんかな…)
最初は、借金を返し終えたら竜王討伐もやめようと思っていた。けれども、レベルが上がって強くなっていく自分に勇者の血筋というものを実感したり、廃墟となったドムドーラの町を見て竜王の脅威を肌で感じたりして、本当にそれでいいのかと自問したりもした。
今度の自問は、それとは逆の内容だ。あの王様の言いなりになって、このまま竜王討伐を目指していいのだろうか。今までだって無茶苦茶なことをする人だとは思っていたし、死んだ後に説教されながら、人の苦労も知らないでと思ったこともあった。だがそれでも、竜王の脅威の前ではある程度やむを得ないのかもしれないと、あの理不尽行為の動機については一応理解していたつもりだった。だが、これは…。
こんなことをする人の言いなりになって、竜王を倒して、何になるのだろうか。腹立ちと脱力に同時に襲われ、考えがまとまらない。とりあえずローラ姫に報告することにした。
「すみません。確認したら、ありました。借用書」
「…あの、でも……借りてはおられないのでしょう?」
「当然ですよ。借りてたらぬののふくでウロウロしてません」
「…そんな……ひどい…」
姫の声に怒りが混じった。
「借用書、燃やしてきます」
「いや、やめてください」
その反応にかえって冷静になり、俺は姫を止めた。
「でも!」
「姫に見せたのが本物かどうか、あやしいものですよ」
そう言うと、姫はしばらく黙ってから、悔しそうに言った。
「わたくしに、何かできることはないのですか?」
「してくれたじゃありませんか、今回。おかげでロトのしるしを見つけることができました」
「でも、それは……」
「太陽の石と雨雲の杖はもう持っているんです。これで魔の島に渡って竜王の城に行けます」
「行くのですか」
ローラ姫の声が震えていた。
「あの約束を破ったわたくしに言えることではありません。けれど、行くのですか。このまま、竜王を倒しに?」
姫の言いたいことは分かる。俺自身がさっき考えていたことだ。だが、おかしなことかもしれないが、俺は姫の言葉に同意はしなかった。
「小さいことですよ、こんなの」
「そんな」
「もし姫が何も言わなくて、陛下が俺のことを知らないままだったら……俺はあのままガライの町にずっといて、いつか魔物の軍勢が町に攻めてきて、でも俺はレベル1だし勇者の称号もないから、普通に死んで、そのままだったと思う」
リムルダールの鍵屋の老人に言われるまでもなく、そう考えたことはあった。
「そう考えれば、悔しいけど俺は陛下に恩があるのかもしれない。それに、この旅でロトの血がやっぱり特別なんだってよくわかった。期待されるのは当然だ。やり方はどうかと思うけど、陛下も竜王さえ倒せば文句はないはずです」
姫と王様の不仲を心配して言ったわけではない。多分旅の間ごちゃごちゃ考えてたせいだ。
なぜこんな目に遭うのか。客観的に考えれば仕方ないのではないか。逃げられないのか。死んでも死なないのはむしろ恵まれている。自分にその力があるのなら竜王を倒したい。こんな目に遭わされても王様の思惑通りに動くのか。
何か考えた後で、また違うふうに考える。ふらふら無意味に考える。姫にああ言われて、つい逆のことを言いたくなったのだ。
姫はなおも言った。
「でも、借りていないのに」
「竜王を倒したら、借用書を捨ててくれるように頼んでみます。本当は借りていないものだし、それに竜王を倒したら、この国で一番強いのは俺だ。陛下も断ることはできないはず……」
そこまで言って、ぎょっとした。もしかして、いやもしかしなくても俺は、けっこうまずい立場にいるのかもしれない。国宝を借りて、返さない。それだけならご先祖と似た立場だが、ご先祖の時には結局は国宝は城に戻った。俺の場合は、もし見つけられなければそれもない。
竜王を倒したロトの子孫は、借りた国宝を返すのを惜しんで王様を脅してそのまま持ち去った。
そんな話になったら、次は俺が討伐される立場に……とまでは言わないが、元の商人見習いに戻るどころではないのでは……。
愕然としていたら、メダルからローラ姫の声がした。
「ロギン様。あなたは確かにお強い方です。助けていただいたあの時から、そのことは知っています。でも……」
姫の声を聞きながら考える。竜王を倒せば、もう俺は王様の思うとおりになんてならない。けど、その後は。王様は俺のことを放っておいてくれるんだろうか。それに他の人たちもだ。正体を隠して生きていくのは難しい。異世界から来たロトとは状況が違う。
「でも、あなたの心は傷ついているでしょう?」
ローラ姫が何を言ったのか、とっさに理解できなかった。
「え?」
「どんなに強くても、蘇ることができても、人に裏切られれば悲しいものではありませんか?」
難しいことを言われたわけではないのに、やはり分からなかった。
ロトの借金。姫との約束。商人見習いの自分。簡単に強くなれる血筋。竜王。滅びた町。王様の小細工。
この旅を構成しているのは変なものばかりだ。そして俺はそれを適当に取り上げて頭に浮かべては、王様があんなことをしたのは立場的に仕方ないだの、それを差し引いてもこれは理不尽だの、ごちゃごちゃ考えながら旅を続けている。
(心が傷つく? 悲しい?)
ローラ姫の言葉は、今まで考えていたあれこれの中にはないものだった。まったく見当外れのことを言われたように思えた。しかし……。
(そうか。だから、姫は)
理由はともかく、俺がロトの子孫だということを誰にも言わないという約束をローラ姫は破った。そのために俺がこういう目に遭っている、姫が俺をやたらと気遣うのはその負い目からだろうと思っていた。実際それもあるのだろうが、それだけではなかったらしい。
裏切られれば悲しい。心が傷つく。
それは、子供の時に交わしたあの約束のことでもあるのだろう。
(……心)
俺の心。この旅で、きっと一番どうでもいいものだ。そう思ったらなぜかのどの奥の方が熱くなり、あわててそれを飲み込んだ。一つ息をついた時には、また新しい思いがあった。
(何を悩むことがある?)
先のことなどわからない。本当に竜王を倒せるほど強くなれるのかも、まだわからない。もし強くなって、竜王を倒して、それから……この国に居づらくなるようなことになったら。それこそ子供の頃に夢見たように、海の向こうに旅立ってしまえばいい。
「ロギン様……?」
俺が黙っていたせいだろう。メダルから、ローラ姫の心配そうな声が聞こえた。
「大丈夫です。とりあえず今は、王様には何も言わなくていいですよ」
「そう、ですか……」
自分の声がやけに明るかった。ローラ姫は無理をしているとでも思っただろうか。そうではないと言いたかったが、何と言えばいいのかわからない。
「姫」
「はい…」
「俺、また姫に会えて、よかったです」
出てきたのはそんな言葉だった。
「……え?」
「あ、いや、そうじゃなくて。いやそうじゃないわけじゃないけど、なんていうか、その」
考えなしに何か言うもんじゃない。なぜそんなことを言ったのか説明もできない。口ごもっていたら、メダルから小さな声がした。
「ロギン……様。わたくしは、あなたを……」
そこでぷつんと途切れた。しばらくメダルを見ていたが、続きの声は聞こえてこない。
(…ああ、そういえばさっきからけっこう話してたか)
どうやら魔力切れらしい。何を言いかけたのかは分からなかった。少し気になったが、続きの連絡が後で来たりはしなかった。途中で切れたことに気づいていないのかもしれない。
(わざわざそれだけ聞くような内容でもなさそうだよな)
今度何か話す機会があった時にでも聞くことにしよう。
ともあれ、この広大な毒の沼地ともお別れだ。
3つのアイテムがそろったので、聖なるほこらに行った。以前俺を追い出したあの老人は、そんなことは忘れたかのように迎え入れてくれた。
「おお、神よ! この聖なる祭壇に、雨と太陽を捧げます」
祭壇に現れた虹のしずくを受け取った。これで魔の島に渡り、竜王の城に入ることができる。
(…それにしても…)
自分の装備を顧みる。いまだにぬののふくだ。まさかぬののふくで竜王の城に乗りこむことになるとは。本当にこれで本拠地の魔物と渡り合えるのかと不安だが、とりあえずは行って試してみることにした。リムルダールの西、魔の島と一番距離が短い岬に行き、虹のしずくを空にかかげる。空が虹色に輝き、島への橋が架かる。勇者ロトの伝説の山場の一つの光景が、目の前で起こった。実際に見るとなかなか壮大だ。
だが、そんな場面とともにできあがった橋を渡る俺の装備はぬののふく。
(ロトがこの橋を渡る時には、ラダトームの国宝装備だったんだろうな)
そう思うとみじめな気分になった。
竜王の城の魔物たちは、実際戦ってみると絶望するほど強いわけではなかった。だが1ターンで食うダメージはいよいよ増えてきて、ホイミの限界をひしひしと感じる。魔物がベホイミを使うたび、それどころではないのに羨望の眼差しを向けてしまう。あれをなんとか覚えたいものだ。
探索するつもりだったがすぐにMPが切れた。ラダトームに戻り、3千ゴールド返済。さすがに竜王の城にいるような魔物は羽振りがいいらしい。
また竜王の城に行こうかとも思ったが、ペース的にそろそろレベルが上がりそうな気がする。もしレベルが上がってベホイミを覚えるのなら、ドムドーラに行ってみるのもいいかもしれない。
(あとどれくらいで上がるんだろ)
道具袋からメダルを取り出し、話しかけた。
「ローラ姫、おられますか」
「あ、はい!」
驚いたような声が返ってきた。ロトのしるしを手に入れてからは、話をしていなかった。
「今の位置ですか?」
「いえ、あとどれくらいでレベルが上がるのかをお聞きしたくて」
「分かりました。あなたが次のレベルに上がるまでには…」
考えてみれば、レベルの方を聞くのは初めてだった。このメダルをもらった時には、そんなことのために王族を呼び出したりなんてできるわけがないと思っていたはずだが、俺も図々しくなったものだと思う。
「どうか、お気をつけて」
「はい」
会話はそれで終わった。終わった瞬間に気づいたが、この間姫が何を言いかけたのか聞くのを忘れていた。
砂漠をうろうろしていたらレベルが上がった。
「……よし!」
ついに念願のベホイミを覚えた。ありがたい。これでもうスターキメラも怖くなくなった。
さっそくドムドーラ跡に入りこむ。メルキドで聞いた、あの武器屋を探す。滅亡した時に持ち出せなかったものとやらがまだ残っているとは正直考えにくいが、ああいう話を聞いてしまったからにはひと通り探さなければ気が済まない。
ベホイミのおかげでずっと楽になった戦闘を繰り返しながら、武器屋の跡を探し歩く。裏手に大きな木が立っているという話だった。聞いていた通り町の東の方で、それらしき大木を見つけた。魔物の侵攻でも倒されたりはしていない。
しかし店の方はひどいありさまだった。どこが入り口かもよくわからないような壊され方だ。武器屋なら何か、今の装備のぬののふくより高い防御力の鎧とか、贅沢を言えばどうのつるぎよりも強い武器とか、そんなものがあるのではないかと少し期待していたのだが、商品など何一つ見当たらない。
カウンターらしき台が斜めに歪んでいる。その周囲にもゴールド一枚落ちていなかった。どうやらハズレのようだ。
(そういえば、ロトが例の装備売ったのって、多分このカウンターからなんだろうな)
失望しながらもそんなことを考える。ロトにとっては旅の終わり、俺にとっては始まりとなる出来事が、ここで起こったわけだ。なぜかため息が出た。
(!?)
その時だった。突然後ろから気配がして、とっさに横に避けた俺をかすめ、斧がカウンターを断ち割った。距離を取って向き直ると、鎧に覆われた魔物がゆっくりと斧を構え直していた。
どこから来たのかと思ったが、どうやらこの店を見つける目印にした、裏手の木の方から入ってきたらしい。むやみに殺気をみなぎらせている。魔物はまた斧を振りかぶり、すぐに戦闘が始まった。
強い。やたらと強い。姿はよろいのきしに似ているが、よろいのきしより数段強い。竜王の城で遭った魔物よりも強いと思う。なんですでに滅ぼした町などにいるのだろう。
激しい戦闘になったが、ベホイミのおかげでなんとか勝てた。何も収穫がないのにこんな強敵と戦うとは。くたびれ儲けもいいところだ。息をつき、何気なくこの魔物がいたはずの裏手の木の方を振り返った。
(……何だ、あれ)
木の根元に何か光るものが見えた。近寄ってみると、青い金属が地面から突き出ている。埋まっている何かの一部のようだ。引っ張ってみたが、大きい物らしく動かない。外側から掘っていくことにした。馬鹿馬鹿しいような気もしたが、その考えはすぐに消えた。
(この形! 鎧っぽいぞ)
どんなボロでも鎧である以上、ぬののふくより防御力は高いはずだ。胸が高鳴り、掘る手にも力がこもる。かなりの時間をかけ、ようやく掘り出して土を払った。
俺はしばらくの間、その鎧をただながめていた。ボロとかそんな次元のものではなかった。胸の部分に白い鳥の紋章が刻まれている。
(ロトの鎧……)
かつてはひかりのよろいという名だったらしい。ロトが装備して魔王を倒したため、ロトの鎧と呼ばれるようになった、ラダトームの国宝。
ドムドーラの武器屋が持ち出せなかったのがこれ、というわけではないだろう。やはりこれも竜王に城から奪われていたのだ。そしてロトのしるしと同じく、人の手の届かないはずの場所に隠された。
見つけ出した経緯を考えると、先祖同士のやりとりも含めてなんとなく感慨深くなる。さっそくぬののふくから着替えた。なんかものすごく強くなったような気がする。レベルが10くらい上がったような気分だ。
手元には2千ゴールド以上の金がある。これを返済すればとうとう返済額が半分を超える。ここまで来ればもうすぐだろう。
(それと、ロトの剣と盾か)
竜王の侵攻で滅びたこの町にいても、やはり今の自分の状況には釈然としない。当たり前だ。
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ロギン : 勇者の子孫
レベル : 17
E どうのつるぎ
E ロトのよろい
E てつのたて
E せんしのゆびわ
財産 : 895 G
返済 : 25000 G
借金 : 21500 G