10.竜王の城 -- 1
改めて竜王の城に侵入した。
前にこの城に来た時からそれほど経っていないが、その短期間にベホイミとロトの鎧を手に入れている。驚くほど戦闘が楽になった。
ロトの鎧は、装備して歩きまわるだけでHPが回復するという特殊効果付きの鎧だった。国宝というだけのことはある。これで回復呪文もかなり節約できるはずだ。さすがに使わなくてもすむとまではいかないだろうが。
下への階段があったので下りてみた。いよいよ本格的に竜王に近づき始めたのか。装備が立派になったためか、あまり気後れもしていないと思う。が、勇んで進んだ先は行き止まりだった。そしてここでMP切れ。防御力は上がったものの、やはり一度の戦闘が長引き、ベホイミの使用頻度が高い。まだレベルが足りないのだろうか。
ラダトームに戻り、3千ゴールド入金。そういえばあの城で、まだ宝箱を見かけていない。
間をおかず、また竜王の城へ行く。それにしてもいちいち竜王の城に歩いていくのが面倒だ。道中の敵に手こずるようなことはもうなくなったが単純に面倒だ。今度はMPが切れるまでにどこまで進めるだろう。
城に侵入、下への階段をもう一つ見つけたので下りてみる。が、こちらも行き止まりだった。宝箱もない。上の階に戻る。城の入り口の正面にはラダトーム城の王の間のような部屋がある。が、玉座には誰も座っていない。
竜王が留守の時に来てしまったのか? いやまさか。きょろきょろしながらうろついた。ここが竜王の部屋なら、何か重要なアイテムでも落ちていないだろうか。玉座の中に何か隠してあるとか…。
四方から玉座を調べていたら、後ろの床に隠し階段があるのを見つけた。これが本ルートだとするとずいぶん変な構造の城だ。人間の常識で考えること自体間違っているのかもしれないが。
階段を下り、先に進む。何やら出てくる魔物が強くなった気がする。あっという間にMPが乏しくなり、ラダトームに戻った。また3千ゴールドを入金。残りは1万5千5百ゴールドだ。もうカウントダウンが始まっていると言っていいと思う。
(……このペース……まずいかもな)
旅の始めに考えていたことと逆になるが、できれば全部返す前に竜王を倒してしまいたい。
最後の5百ゴールドは町の窓口からは返せない。王の間で、王様に直接返さなければならない。最初に説明を受けたことだが、今になって考えるとあれも王様が考えた小細工の一つなのではないだろうか。その時の俺の態度次第でロトの装備の話を持ち出すかどうか決めよう、という腹なのかもしれない。
相手は王様で、竜王討伐は全国民の願い。そこで揉めても何もいい未来が見えない。旅しているうちにロトの子孫としての自覚が芽生えたので借金のこととは関係なく竜王討伐を目指します! という顔をした方がよさそうだ。しかし、そんな演技には自信ないし、王様に「さすがはロトの子孫、そう言ってくれると思っていた」とか言われたらカッとなって一騒ぎ起こしてしまう気もする。
(ローラ姫に伝言してもらおうかな……)
おとなしく竜王倒しますからロトの装備のことを他の人の前で言わないでくださいとか…。しかしなぜ俺がそこまで下手に出なければならないのか。
(とにかく。返し終わる前に竜王を倒せばそんなことはしなくていいんだ)
倒した時にちょうど返せる分の金が貯まってるとベストだ。その後で揉めそうなら国外逃亡。とりあえず余計なことを考えずに先に進もう。
今度はあの玉座のある部屋にまっすぐ向かった。やはり誰もいない。留守とかではなく、もともと隠し階段のための部屋なのだろう。
階下に降りてしばらく進む。が、そこで嫌な奴に会ってしまった。ドムドーラの武器屋跡地で戦った相手と同じ姿。悪魔の騎士だ。俺はレベル的にも装備的にもあの時より強くなっているのだが、ラリホーを唱えてきたところで記憶が途切れ、気がついたら王の間だった。眠ってそのまま殺されたらしい。
「おおロギン、死んでしまうとは何事だ」
いつもの説教を聞き流しながら金を確認。1495ゴールドあった。千ゴールド入金できる。死んでも借金はじわじわ減っていく。
話が終わったので顔を上げた。さっさと出て行こうと思っていたのだが、目に入ってきた王様の顔が妙にこわばっていた。どうしたのだろう。俺が死んで戻ってくるなんて珍しくもないだろうに。そう考えて気づいた。
(そうだ。ロトの鎧着てここに来たの初めてだった)
きっとそのせいだろう。貸したというのは嘘なのになぜか俺が着ていれば、そりゃ少しはそわそわする。何か言おうかと思ったが、やめておいた。不気味に思わせたと思えば、少しはいい気分だ。
「ロギン様、どうかご無事でお戻りください」
ローラ姫に声をかけられた。前のような硬い表情ではなかった。メダルでたくさん話したせいかもしれない。
「ありがとうございます、がんばります」
俺も普通に、というよりメダルで話していた時と同じような調子で答えた。ローラ姫は少し笑った。
また何か変な視線を感じた。そっと伺うと、王様が驚いたような顔で俺とローラ姫を見比べていた。
竜王の城の探索は続く。毎回先に進んではいるが、最終的に竜王と戦うことにもなるだろうと考えると、進むだけでどんどんMPが減る今の状態はまったく心もとない。とはいえ今はただ進むしかない、などと考えながら例の玉座の部屋から階段を下りた……が。
「……はは」
力ない笑いが漏れた。またやってしまった。鍵がない。
竜王の城とリムルダールはそう離れていないのがまだ救いだ。すぐに引き返して例の鍵屋に向かった。
「おお。どうじゃ、調子は」
店主の老人は俺が何か言う前に、カウンターに魔法の鍵を6本置いた。
「順調ですよ。順調すぎて困るくらいです」
返済は順調だが、そのせいで色々思い悩む羽目になっている。百万ゴールドの借金があった勇者ロトには、こんな悩みはなかったことだろう。全然うらやましくないが。
金を払い、鍵を受け取った。今のところ、この旅唯一の買い物の時間だ。だがもうしばらくすれば、他の店でも買い物ができるようになる。
老人は俺を見ながら肩をすくめた。
「本当か? ついこの間も死んだばかりじゃろうが」
「あれは…」
ラリホーで目が覚めなかったからで、つまり運が悪かったからだ。しかしそんなことを言い張るのも情けないと思って口をつぐみ、それから妙なことに気づいた。
「…なんで俺が最近死んだことを知ってるんですか?」
「そりゃあ、お前さんの『とりたて』をかけたのはわしじゃからのう」
当たり前のように言われた。しかしそれと死んだことを知っているのと何の関係があるのだろう。まあ『とりたて』は特殊な術らしいし、そういう情報が伝わったりもするのかもしれない。
「しかし……まあ今ならば死んでもかまわんか……」
老人が、何やら珍しく困ったような顔でぶつぶつ言っていた。何ですか、と促してみたがはっきりした答えは返ってこなかった。
「いや、これは陛下からお話があるじゃろう……返し終わった時にな。そのために最後の500ゴールドだけは直接返すようにされたのじゃからのう……」
まだ何かあるのだろうか。それ以上聞いても無駄そうだったので、嫌な予感を振り払ってリムルダールを後にした。竜王の城に引き返し、鍵を使って先に進む。が、やはり途中でMPが尽きたのでラダトームに戻った。レベルも上がったし、次はもう少し進めるだろう。
(あのままMP気にしないで進んだら死ぬんだろうな…)
そうすれば金は半分になり、借金の完済はそれだけ先に延びる。今は俺にとってもその方が都合がいいのに、そんなことをしようという気にはならない。『とりたて』とは融通の利かないものだ。
また3千ゴールド返済した。残りは1万千5百ゴールドだ。
回復し、また竜王の城。徐々に体が覚え始めたルートを通って下へ下へと進む。レベルが上がったせいか、前回よりだいぶ余裕がある気がした。迷いながらもレミーラを頼りに、今まで行ったことのない場所まで進む。
(お! 宝箱だ!)
理屈では今はそんなに金ほしくないと思っていても、宝箱には条件反射で胸がときめく。というかこの城、宝箱が少なすぎだと思う。探索しても本当にただ進むだけなので、MP切れで帰る時に何も収穫がなかったような感覚になるのが嫌だ……などと勝手なことを考えながら開ける。剣が入っていた。
…ここで?
意表をつかれて、宝箱の前でぼんやりしてしまった。
ガライの町で友達にもらったどうのつるぎをずっと使い続けてきた。その前は素手で戦っていたから、どうのつるぎがこの旅で手にした唯一の武器だった。ここまで来てしまったら最後までこのままだろうとなんとなく思っていた。
土壇場で装備変更か。丈も長くて攻撃力もありそうな剣だ。箱から出して改めて眺めてみて、剣格に白い鳥の紋章が刻まれているのに気づいた。
「うわ」
思わず声が出た。ロトの剣だ。
ラダトームから奪われたロト関係の装備やアイテムは、やはり意図的にバラバラにされているらしい。
(あとは、ロトの盾だけか)
盾も見つけたら、ラダトームから盗まれたロトの装備は全て手に入る。竜王を倒し、4万6千5百ゴールドを返し、ロトの装備も城に戻すことができたら……。ものすごく納得がいかないが、王様に因縁をつけられることもなく、元通りガライの町で商人を目指す生活を送れる……かもしれない。
さすがにロトの剣はどうのつるぎとは比べものにならない攻撃力だった。階段を下りるたびに魔物が強くなり、襲ってくる魔物がダースドラゴンとかしにがみのきしとかやたら強くなったが、そう苦戦せずに勝てる。MPの消費がまた減った。ロトの鎧を着て歩いているだけである程度は回復できるから、足りない分のホイミをかけるだけで追いつく。もっとも、このホイミ分が地味に減るのだが。
またMPが心細くなってくる。今回も最後まで到達するのは難しそうだが、最初からロトの剣を装備している次回こそは……まだ城にいるのに早くも次回のことを考えながらまた階段を下りた。
突然視界が開けた。ひたすら地下へと進んで来たはずなのに、まるでリレミトを唱えた時のように、光が目に飛び込んでくる。思わず上を見た。天井はある。灯りなどは見あたらないが、影になっている部分などを見ると、同じフロアに光源があることは間違いないようだ。
(あ、もしかして。ラダトームから奪われたっていう光の玉か?)
かつて勇者ロトが、アレフガルドを覆う闇でもあった魔王を倒すのに使ったという。俺は実物を見たことはないが、国中を覆う闇を払うほどの力があるのなら、城の1フロアを明るくするくらい朝飯前だろう。
光源に向かうつもりで進む。途中、鍵のかかった部屋があり、入ったら宝箱が並んでいた。どうやら宝物庫らしい。ひたすら開ける。のろいのベルトという、装備品らしいが全然身につけたくない物を手に入れ、この旅で初めて荷物がいっぱいになった。MPも限界に近い。一度帰ることにした。
ラダトームで換金する。のろいのベルトも売った。ベルトはたいした額ではなかったが、今回の返済額は過去最高の7千ゴールド。やはり下の方の階の魔物は強いだけあって金も持っている。
(あと、4500ゴールド)
次にあの城に行ったら、それくらいは貯まりそうだ。なんとか返し終わる前に決着をつけたいが、ちょっと厳しいような気がしてきた。
仕切り直しだ。ロトの剣を装備した状態で改めて入ってみると、もう上の方の階では回復呪文を使わなくてもすむようになっていた。だいまどうを一撃で倒せる。さすがに下の階では全くMPを使わないというわけにもいかないが、例の明るいフロアにかなりMPを残した状態で入ることができた。宝物庫の残りの宝箱を回収し、別のルートを通って光源に向かった。
壁づたいに大回りして進むうちに、ますます周囲が明るくなる。誰かが座っている玉座が見えてきた。その後ろの壁に光を放つ宝玉が埋め込まれている。座っている誰かの姿は逆光で輪郭しか分からなかった。
(あれが竜王か?)
きっとそうだろう。そして壁の宝玉が光の玉に違いない。ロトが倒した魔王は光の玉で弱体化したというが、竜王にとっての光の玉はそういうものではないようだ。ラダトームの城から奪ったのは、弱点だからではないらしい。
このフロアでも当然魔物は襲いかかってくるが、それでもここまで来たらHPをきっちり回復させてから玉座に近づきたい。ロトの鎧の回復効果のためにうろうろして、結果何度かよけいに魔物に遭遇し、ちょうどレベルが上がったりした後でやっと玉座に近づいた。
玉座の前に出て、ようやくそこに座る男の姿がはっきり見えた。人間と同じような姿をしているが、肌は空の色のように青かった。
「よくぞ来た、ロギンよ。わしが王の中の王、竜王である」
何か言う前に、向こうから話しかけてきた。名前を知られているのがなんとなく気味が悪い。城の宝を盗んだりローラ姫をさらったりしているくらいだから、勇者の称号を与えられた者のことくらい知っていて当然なのかもしれないが。
「わしはそなたが来るのを待っていた。そなたのように力ある者が、非力でくだらぬ人間の王などにいいように使われているのを、いつも惜しいと思っていたのじゃ」
「…それはどうも」
態度が妙に友好的なのがますます不気味だ。ラダトーム王への評価は手厳しいが、その部分に反論する筋合いはないと思う。多分微妙な表情になったであろう俺に、竜王は優しくほほえみかけた。
「つまらぬ人間どもと、人間が勝手に作り出したつまらぬ規則に縛られて、そなたほどの者が屈辱を味わいながら生きている。なんと愚かなことであろうか。わしはそなたを縛るものを全て破壊し、この世界の王になる者じゃ。わしらの利害は一致している。違うかな?」
「……いや、それは……」
意外な展開に戸惑う。ここまで戦ってきた魔物と同様、すぐ戦いになるのかと思っていた。懐柔しようというのだろうか。
「ラダトーム王は、そなたが仕えるに足る者ではあるまい。わしに仕えよ、ロギン。わしに仕えるならば、世界の半分をそなたにやろう。どうじゃ」
とうとう引き抜きの話になった。俺が竜王を倒すために来たことは知っているだろうに、器が大きいというかなんというか。とはいえ残念ながら、迷うような内容ではなかった。
「せっかくだけど、別に利害一致してないし、お断りするよ」
「ほう…?」
「人間を破壊するから仕えろって言われても困る。俺だって人間なんだから」
言いながらふと、毒の沼地の中からロトのしるしを拾った時のことを思い出した。王様のやり口に呆然として、自分の未来に希望がないような気がしたあの時。
(今、あなたの心は……)
ローラ姫がいなかったら、俺はこの誘いに少しは揺らいでいたかもしれない。
「そうか……残念だ。そなたがこの話を受ければ……」
竜王が玉座からゆっくりと立ち上がった。左手に持った杖に魔力が集まっていく。俺もロトの剣を構えた。竜王はにやりと笑って言った。
「……光の届かぬ、闇の世界をくれてやろうと思っていたものを」
結局、戦いが始まった。魔法使いみたいな格好をしているくせに、竜王は物理攻撃もしかけてくる。しかも重い。鎧系統の魔物のような攻撃の重さだ。当然のように魔法も使う。
だが、どちらも道中の魔物とあまり変わらない攻撃力だった。レベルが足りない時のような、毎ターン回復に追われる戦闘ではない。余裕がある。
(…勝てる)
竜王のHPが異常に高かったりしなければ、このまま押し切れる。
攻撃のさなかに目が合った。
(……?)
余裕があるせいか、妙なところに気づいた。竜王は俺への怒りと憎悪を隠していなかった。もちろん、魔物の親玉が、魔物を倒し続けている俺を憎むのは当然のことだ。しかし、今俺に向けられている怒りは、そういうものではないような気がした。
(じゃあ、何だ?)
さすがにそれを口に出して質問するほどに余裕があるわけではない。竜王の杖からベギラマが放たれ、それを受けきってロトの剣を振るった。
「ぐう…っ」
呻き声をあげ、竜王の体が床に倒れる。
(……勝った)
一つ息をつく。ずいぶんとあっけない幕切れだ。まだMPにも余裕がある。
壁に埋め込まれている光の玉を見上げた。ラダトームに持ち帰らなければならない。さて、どうやって取り出そうか。
「……また、それを持ち去ろうというのか」
低い声に驚き、振り返った。倒れていた竜王が顔を上げて俺を見ている。凄まじい形相だ。最初に話しかけてきた時とは別人のようだった。
「竜王!」
「あの卑しい人間の子孫が再びそれに触れるなど、あってはならぬのだ……」
「は…?」
卑しい人間? 俺の先祖というとロトのことか。なぜここでロトの話になるのか分からない。
「何の話だ?」
「とぼけるな! あの男が我が一族の宝であるこの光の玉を借り、そのまま返さなかったことを、知らぬとは言わせぬぞ!」
俺は口を開けた。が、言葉は出てこなかった。竜王の怒りに満ちた声が続く。
「光の玉が元あったのは、こことは別の世界だ。だがあの男は、魔王を倒した後もあの城を訪れていたにもかかわらず、返そうとはしなかった!」
「…………」
「そればかりか人手に渡し、最初から人間どもの宝であったかのように扱った。なんと卑劣な所業であろうか…!」
「…………」
またか。
止まった思考がやっと動き出した時、最初に思い浮かんだ言葉はそれだった。
もういいかげんにしてほしい。ご先祖が国宝を返さなかったと言われることで始まったこの旅の終わりに、また似たような話が出てくるとは。
だが、同時に思う。きっとこれは濡れ衣だ。旅の始まりの頃に今の話を聞いたら、ご先祖ふざけるな何やってんだと思ったかもしれない。しかし、ロトが盾と鎧をラダトーム城から借りたという話は疑わしいと思っている今は違う。
一般的なロト伝説にもある場面だが、ロトは魔王討伐から戻った後、光の玉をラダトーム王に渡した。そして、魔王が死に際に「再び何者かが闇から現れる」と予言したことを告げた。いつか本当にそんな日が来たら、魔王の弱点であった光の玉はきっと役立つだろう、というわけだ。実際には今、役立つどころかひどいことになっているのだが、それはそれとして。
ロトはそんな負け惜しみみたいな魔王の言葉のために、借りたものを人手に渡すような男ではなかった……と思う。思いたい。旅を終えた後、手元にあった換金できない物を全て元の場所に返したと聞いた。借りたものだったらきっと返したと思う。思いたい。
このあたりは同じ条件で旅をした俺の感情が多く混ざっていてあまり根拠はない。だが借りたという証拠だってないはずだ。旅の始まりのあの日、ラダトームの王様にもそう言ってやればよかったかもしれない、そんな思いを込めて俺は竜王に言った。
「貸したって言うなら借用書とか見せろよ。話はそれからだろ」
「たわけたことを申すでない」
即座にそう返され、げんなりする。
「あのなあ。貸し借りの話がたわけたことで済むんだっだら俺はこんなところにいないんだよ」
「光の玉は、誇り高き竜の王族、王の中の王の末裔たる証であるぞ。竜の女王と呼ばれた我が母が、人間に授けたりするものか!」
「母? …あ」
思い出した。ロトが光の玉を授かった時の話。世間に流布されている勇者ロト伝説にはない、子孫だけに伝わっている部分だ。
ロトは、竜の女王様というお方に光の玉を授けられた。竜の女王様は光の玉を授けた直後に亡くなったが、確かその時に……。
「卵! お前、その時の卵か!」
「な、何だと?」
俺が思わず出した大声に、竜王が目を丸くした。
「ロトは、竜の女王様という方から光の玉をもらったって聞いた。その時に竜の女王様は卵を生んだんだか温めてたんだか……とにかく卵があったんだ、それがお前だろ?」
父に聞いたうろ覚えの逸話を思い出しながら言う。竜王は返事をしなかった。
「それで確か……そう、竜の女王様はロトに、生まれてくる子供のためにも魔王を倒してくれって頼んだんだ。それで光の玉をくれた」
「…………」
「そんな状況で、貸すとか返せとかいう話なんか…」
「黙れ!」
竜王の吠えるような声が響き渡った。
「下らぬ言い逃れを! やはりあの男の血を引くだけあって、卑しい性根をしているようだな……」
起きあがった竜王が杖を捨てた。その体が光を帯び始める。
「叩きつぶしてやろう。おののき、ひれ伏すがよい。これが竜の王の血族の、真の力だ…!」
竜王の輪郭がぼやけ、次の瞬間にふくれあがった。背後の宝玉が放つ光が遮られる。
一頭の巨大な竜がそこにいた。
これが竜王の真の姿らしい。剣を構え直す。再び戦いが始まった。さっきの言葉通り、尾や脚でつぶそうとしてくる。炎を吐いてくる。確かにさっきよりずっと強い。
(けど、歯が立たないってほどじゃない)
一撃でHPがなくなるわけでもないし、ダメージに合わせて回復をしていけば何とかなりそうだ。1回の攻撃のダメージは多くて40くらい……と思ったら激しい炎を吐かれた。ダメージが60近くあり、タイミング悪く俺は死んだ。意識が途切れる寸前に見たのは、俺を見下ろす竜の憎悪に満ちた目だった。
「おおロギンよ、死んでしまうとは何事だ」
恒例の説教を聞きながら金を確認。3973ゴールドあった。死んで半分になった状態でこれだ。あの城の魔物は本当に金を持っている。
王の間を出て、町に向かいながら考える。竜王は強かったが、絶望するほどではなかった。1回に受けるダメージの幅が広くて、回復のタイミングを間違えた。次は常に大ダメージを想定して戦ってみよう。
(…次、か)
あの城の宝物庫で手に入れた物を換金した。手持ちの金は4千ゴールドを超え、それをいつもの受付で入金する。
「ありがとうございます。いよいよあと500ゴールドですね。がんばってください」
受付の女性が笑顔で言った。手元には90ゴールドある。
(次に竜王の城に行ったら確実に届く。というか……)
装備品は売らなくてもいいから持っていられるが、今装備しているてつのたては換金すれば400ゴールドになる。せんしのゆびわはなんとなく装備しているとはいえ、役に立っているとは思えないからいつだって売っていい。まほうのかぎも売ろうと思えば売れる。
本当は届いている。今の時点で、もう。
危いところだった、とほっとしている。出発の時にはこんなことになるとは思わなかった。なんとしても次は勝たなければ。
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ロギン : 勇者の子孫
レベル : 22
E ロトのつるぎ
E ロトのよろい
E てつのたて
E せんしのゆびわ
財産 : 90 G
返済 : 46000 G
借金 : 500 G