10.竜王の城  -- 2


 これで最後にできるだろうか。
 できたとして、その後には何が待っているのだろう。

 先の不安は相変わらずだが、それでもレベルは上がっていく。竜王の城も今は無傷で歩けるようになった。正確に言えば無傷ではなく、ロトの鎧のおかげで歩いているうちに回復しているだけだが、回復呪文を使わなくてもすむという点では同じことだ。もうあの明るいフロアに着くまでに、レミーラ以外のMPは使わなかった。宝物庫の宝箱も全て開けてある。まっすぐに玉座に向かった。
「…ロギンか」
 竜王は変わらずにそこにいた。地下深くにある玉座に、一人で座っている。
 ついこの間、怒りの形相で俺を殺したくせに、今は冷めた表情だった。もっとも、あの激怒を維持するなんて無理な話だとは思う。逃げられたとかならともかく、ちゃんと殺してるし。
 俺が生き返っていることに対しては、別に驚いていないようだった。名前も知っているのだから、そのあたりの事情も知っているのだろう。
「ふん……こりもせずにまた来る気概に免じて、もう一度だけ機会をやろう」
「機会?」
「わしに仕えるというのなら、そなただけは殺さずにおいてもよいぞ」
 言いながら、竜王は杖を片手に玉座から立ち上がった。戦いが始まる前の緊張感が早くも漂い始めている。俺の返事が前回と変わらないことを、竜王はもう分かっているようだった。
(…闇の世界をくれるとか言ってたな)
 玉座の後ろでは、壁に埋まった宝玉が相変わらず眩しい光を放っている。
 これを竜王の元から持ち去ったロトの子孫には、光など与えてやらないということか。
「なあ、竜王」
 ふと、今度は俺の方から聞きたくなった。
「お前は、こことは別の世界で生まれたんだろ?」
「その通りじゃ。それがどうした」
「光の玉はもう手に入れたんだし、そっちに帰ろうって気はないのか?」
 竜王の眉間のしわが深くなった。
 俺はロトに非があったとは思っていない。だが、ロトが置いていった後は特に役に立ったという話もないこの光の玉が、竜王にとってそんなに大切な物だというのなら、持って帰ればいいんじゃないかという気もしてしまう。
(町が滅びたりしてるし、仇討とうって思わなきゃいけないのかもしれないけど)
 正直なところ、そういう気持ちはあまり大きくない。魔物の脅威が薄かったガライの町にいたせいだろうか。終わってくれるならそれでいいような気がする。異世界に逃げられましたと報告すれば、真実を知っているのは俺だけだ。いつか戻ってくるかもしれないという緊張感があった方がむしろいいかもしれないし。
 勝手なことを考えながら竜王の返事を待つ。前回とは逆の立場だ。だがどんな答えが返ってくるかは、最初から分かっているような気もした。
「帰る必要など、ない」
 そして、聞こえたのは予想通りの答えだった。
「わしはここで人間どもを滅ぼし、名実ともにこの世界の王になるのだからな」
「だったら俺は、何回でもここに来るぞ。いつかは俺が勝って、お前は死ぬ」
「竜王とは、王の中の王のことだ。人間風情に負けることなどあり得ぬ。何度来ようが、そなたはそのたびに死ぬだけだ」
 結局こうなるらしい。また戦闘が始まった。

 戦う相手は前回俺を殺した竜ではなく、最初に戦った人型の方だった。前回も楽勝だった。レベルが上がった今回はなおさらだ。だがやたらとベホイミを使ってくるせいで、戦闘は長引いた。
「なるほど。確かに前よりも強くなっているようだな。では、そろそろ殺すとしようか」
 どうやら力試しだったらしい。前回と同じように、また竜の姿になるのだろう。あの炎のダメージが頭をよぎり、少しばかり身がすくむ。それを隠すために無理矢理笑った。
「最初からあれで来ればいいだろう。その姿じゃ力が足りないんならな」
 皮肉だったが、竜王は気にした様子もなく笑った。
「あの姿で戦うと、理性が働かぬのでな。そなたの力が前と比べてどれほど上がったか、確かめたかったのだ。では……」
「あ、ちょっと待て!」
 全く関係ないことが急に頭に浮かび、思わず大声を出した。杖を捨てようとしていた竜王の動きが止まる。
「……何だ」
「聞きたいことがあった」
 そうだ。聞くとしたら今しかないかもしれない。
「ロトの盾はどこだ」
「盾?」
「この剣と、鎧と。一緒にあったはずだ。ラダトームの城からお前が盗んだやつだよ」
「……ああ」
 竜王はふんと鼻を鳴らした。
「盗んだとは人聞きが悪い。配下の者が、光の玉のついでに持ち帰ってきただけだ」
 それを盗むというんだよ。だが話を腰を折っても仕方がないので、俺は黙って続きを待った。
「精霊ルビスの加護を受けた、アレフガルド最強の装備らしいな。魔物にとっては恐れの対象だというから、放っておくわけにもいかなかった。ロトの血とは相性が良く、お互いに惹き合うとも聞いたが」
 竜王は今気づいたというように、俺が装備しているロトの鎧に目をやった。
「どうやら本当らしいな。全て別の場所に置くようにしたはずだが、揃ってしまっている」
「いや、見ての通り全部は揃ってない。盾はどこにあるんだ?」
「おかしな奴だ。わしがそれを話すと思うのか」
 それはそうだ。わざわざ話す理由は何一つない。期待したというより、このまま聞かずに済ませるわけにもいかないと思っただけだ。
「倒したら聞けなくなるからな。一応聞いておこうと思ったんだよ」
「……ふっ」
 竜王が吹きだした、と思ったら大声で笑い出した。
「面白い! 面白い奴だな、そなたは!」
 何がそんなに面白いのか、フロアに響くような声で笑う。俺があきれて見ているうちに笑いはおさまったが、余韻が残った機嫌のいい顔で竜王は改めて口を開いた。
「よかろう。話そうが話すまいが同じことだ。あの盾はもう、アレフガルドにはない」
「……どういう意味だ?」
「言葉通りの意味だ。小舟を海の魔物に曳かせ、外の大陸に持って行かせた。今どこにあるのかはわしも知らぬ」
「…………」
「アレフガルドの創造主の祝福を受けた盾だ。海に沈めたくらいでは、いつの間にか陸に戻るくらいのことは起こりかねぬ。だが、さすがに精霊ルビスの加護の及ばぬ場所まで離れればそうもいくまい」
「…………」
「どうする。探しに行くか、この国を出て」
 竜王はそう言ってにやりと笑い、それからけげんな顔になった。
「何がおかしい」
 言われて初めて、俺は自分も笑っていることに気づいた。
「面白い話だから笑っただけだ。おかげでやっと決まったよ」
「…決まった、だと? 何の話をしている」
「お前を倒した後のことだ。考え直して元の世界に帰るなら今のうちだぞ」
 竜王はそれに答えず、杖を捨てた。その体が薄れて光りだす。たちまちその場に、この間俺を殺したあの竜が現れた。

 炎。爪や尾、牙の攻撃。やはり強い。だが前回と違って、ダメージの上限は把握できた。負けていない。回復呪文を使いながら、竜王にダメージも与えることができている。
 あとは俺のMPがなくなるのと、竜王のHPが尽きるのと、どちらが早いかの勝負だった。しかし、攻撃の時の手応えと、竜の苦悶の吠え声。なんとなく分かった。
(このままなら、勝てる)
 竜に勝てる。
 そう思った時、戦っている最中だというのにふと悲しくなった。なぜなのかは分からない。激しい炎を吐きかけられて我に返る。ベホイミをかけながら自分を叱咤する。戦闘中に何考えてるんだ。
 戦いは長い。気を抜くどころではない。ダメージは与えていても、決定的な一撃がなかなか入らない。時々先に攻撃されてひやりとする。ダメージ上限を把握していても、運が悪ければやはり死ぬだろう。
 竜王が吠え声をあげながら、巨体をぶつけてきた。吹っ飛ばされる。竜王も壁にぶつかり、フロアが揺れた。まったく、城の中だというのにひどい戦い方だ。城主のやることだから誰も文句はないのだろうが。ベホイミを自分にかけ、竜王に向き直った。
 竜王もこっちを見ている。またすぐにでも攻撃してきそうだった。後ろの壁には竜王がぶつかった跡のヒビが入っていた。
(あ)
 竜王は気づいていなかったのだろうか。ヒビが入っていたのは光の玉が埋め込まれている場所だった。壁が壊れたせいで、埋め込まれていた光の玉が転がり落ちた。
 また俺に攻撃しようとしていた竜王が、床に落ちた光の玉にはっとしたように動きを止めた。
(今だ!)
 その隙をついて、ロトの剣で攻撃した。今までにない、深い手応えだった。おお、と苦しげな長い呻き声があがり、そして竜王の体はゆっくりと倒れた。
(終わった、のか……?)
 息を整えながら、俺はまだ剣を構えたままだった。倒れた竜王の体が光り、思わず後ろに下がった。が、光はすぐに消え、同時に竜王の体が薄れ始めた。
 恐る恐る近づいた。竜王は俺を見て、力なく笑った。
「見事だ……ロギンよ……」
 どうやら、勝ったらしい。竜王が空気に溶けるように、少しずつ薄れていく。近づいて見下ろすと、体の下にある床のヒビが透けて見えた。
「……竜王」
「よせ……。わしは、竜王ではない」
「……?」
「竜王とは、わしの先祖の称号であった。かつて世界を統べた、王の中の王……。このように敗れるなど、ありえぬのじゃ……」
 横たわった竜は自嘲の笑いを浮かべ、床に落ちた光の玉を見ながらつぶやいた。
「持って行くがよい、ロギンよ。そなたの言う通り、母はロトに光の玉を授けたのであろう」
 俺は黙って光の玉を拾った。相変わらず光を放ってはいるが、手に持って近くで見ると眩しくはなかった。不思議な玉だ。道具袋に入れてみた。周囲は薄暗くなったが、他の階のように闇に閉ざされることはなかった。
(これが、また何かの役に立つ時は来るのかな……)
 そんなことを俺が考えていることには気づいていないだろう。竜王はとぎれとぎれに言葉を続けた。
「同じ立場になって、ようやく分かった。なるほど……死に瀕した親が子のことを案じながら……貸してやるだの返せだの……言うはずがないな」
 同じ立場? それじゃまるで……。
 言葉の意味を聞く前に、少しずつ薄れていく竜王の腹のあたりから、小さな白い玉がこつんと落ちて床に転がった。
「? これは?」
「……わしの、子だ」
「…………」
 そんな状況ではないことは分かっているが、オスとかメスとか頭に浮かぶのはさすがに止められなかった。人間とは種族が違うのだから、気にしても仕方がないのだろうが。
「本来ならばもっと長い間、わしが守らねばならぬのだ……。竜と言えど……卵の頃や、孵化してしばらくは……弱いものだからな……」
 竜王の大きな、金色の瞳がじっと俺を見た。
「ロギン……。そなたに、頼みがある……」
「あ、ああ。俺が守ればいいんだな?」
 思わずそう答え、卵を拾い上げた。手のひらに載せて改めて見る。
 本当に小さい。まるで小鳥の卵だ。ロトが見た卵がどれくらいの大きさだったかは知らないが、確か「大きな卵」と聞いたような覚えがある。
「守って、くれるか…?」
「ああ。けど、温めたりとかしなくていいのか?」
「そんな必要はない……。力はすでに分け与えた。時が経てば、卵は大きくなり、やがて、孵る……孵った後は……人間と同じ食べ物でも、与えてやってくれ」
「分かった」
「……いきさつは……その子に伝えたつもりじゃ。親の仇と、恨まれるようなことはあるまい」
 俺の手の上の卵に視線を注ぎながら、竜王は言った。
「いきさつをって……そんなことできるのか」
「そうじゃ……わしも卵であった頃、この身に流れる偉大な竜の血のことを母に教わった……」
 竜王は目を閉じ、懐かしむようにぽつぽつと語った。
「様々なことを教えてくれた母は、最後にわしに言った……幸せになれ、と」
「…………」
「生まれたわしは、竜王の血を引くことを誇り……そして、その血を引く証である光の玉を持ち去った、そなたの先祖を憎んだ……。母が何を望んでいたか、分かっていなかった……今ならば、こんなにもよく分かるものを……」
 もしかしたら、とふと思った。
 この前に俺が来て、竜の女王様とロトの話をしてから、竜王はずっとそのことを考えていたのではないだろうか。ロトに魔王討伐を頼んだ時に、生まれてくる我が子のためにも、と言った母親のことを。
「何年も、何十年も憎み……気がつくと、ここにいた。光の玉のある、この世界にな」
「…………」
「ロギンよ。そなたはわしに言ったな……元の世界に戻る気はないのか、と」
「……ああ」
「戻ろうにも、戻れぬのじゃ……。光の玉を手に入れればと思ったが、やはり、道は開けなかった。この世界を支配し、王となればとも思ったが、おそらくは同じこと……もはやわしは、天界に一番近いあの城に、ふさわしくない者となりはてたのであろう……」
 悲しそうなその声に対して、俺は何と言っていいのか分からなかった。
「ロギンよ……。その子には、わしのようになるなと伝えた。いつか竜王の血にふさわしい竜として育った暁には、その子はあの世界に戻れるかもしれぬ。だが、竜の力に惹かれ、喰らおうとする魔物は多いはず……。育つまで、守ってやってくれ……」
「分かった。心配するな、必ず守る」
 言うと、竜は目を薄く開いた。
「……本当に、分かっているのか? 魔物たちだけの問題ではない。竜王を名乗る者を倒したそなたが竜とともにいれば、人間たちもどう思うか……」
「大丈夫だ。そのことなら何も心配はいらない」
「ロギン。わしはもはや……そなたの先祖が光の玉を借りたなどとは思うておらん……。貸しがあると思ってそなたに頼むのではない」
 竜王の姿はぼんやりとして、もうほとんど見えない。ただ、その目が涙を流しながら俺を見ていることだけは分かった。
「頼む。ただ、頼む。どうか、我が子を……」
「分かってる。分かってるよ」
 俺まで泣きそうだった。勇者と敵の親玉の最後の会話にしては、ずいぶんと湿っぽい。どこかでそんなことを思いながらも、やっぱり泣きそうだった。
「貸しとか借りとかじゃない。俺が、そうしたいんだ」
 竜王の姿が目の前から消え、最後に声だけが聞こえた。
「すまぬな……。さらばだ……ロギン」
 床が震え始めた。天井から砂が落ちてくる。
 どうやらこの城は、竜王の魔力で維持していたらしい。さっきまで竜が倒れていた場所には、今はひび割れた床があるだけだった。俺は両掌に卵を包んでリレミトを唱えた。

 地上に出ると、すでに城は消え失せていた。ただの砂地だ。まるで城があったことの方が嘘だったかのようだ。なぜかため息が出る。その場に座り、また卵を見た。
 竜王を倒した。だが、喜びも達成感もない。
(まあ、旅は終わりじゃないけどな……)
 これからのことをしばらく考え、それから例のメダルを取りだして声をかけた。
「ローラひ……」
「ロギン様! ロギン様、ご無事ですか!?」
 言いかけたとたん、メダルからローラ姫の声が飛び出した。どうやら待ちかまえていたらしい。
「…はい。無事です。どうかしましたか?」
「竜王の城が消えています! そちらにおられるのでしょう?」
 ああ、そうか。対岸のラダトーム城ならすぐ異変に気づいて当然だ。きっと今頃は大騒ぎになっているだろう。
「ええ、います。……竜王を倒しました」
 手の上の卵を見ながら言った。竜王がなんと伝えていても、この卵にとって俺が親の仇なのはまぎれもない事実だ。
「そうですか……。本当に、何と申し上げれば良いのか……」
 そんなことは知るはずもないが、メダルから聞こえるローラ姫の声はなんだか泣きそうだった。今までの経緯もあるからか、あまり嬉しそうでもない。大喜びされたらこっちの気が沈みそうなので、悪いが少しありがたかった。
「…姫。それで、お願いがあるんですが…」
「はい。何でしょうか」
「俺はこれからそちらに戻って、陛下に最後の500ゴールドを返します。その時その場に、人がたくさんいるようにしてほしいんです」
 完済の時に王様が何を言ってくるかは分からないが、俺からも言わなければならないことはある。その時に聞いている人はたくさんいた方がいい。そう思ったのだが、ローラ姫は俺を不安にさせることを言った。
「それでしたら、すでに父が人々を呼び集めています。あなたが竜王を倒したに違いないから、ともに出迎えよう、と」
「ああ……そうですか」
 どうも王様も何か考えているらしい。俺の知らないロトとの契約なんかがまた出てきたらどうしようか。これ以上あの人に振り回されるのはごめんだ。多分何とかなるとは思うが……。ごちゃごちゃ考えていたら、ローラ姫が決然とした口調で言い出した。
「ロギン様。人々の前で、ロトの装備を借りていないということを宣言するおつもりなのでしたら、わたくし、証人になります」
「は……証人というと」
「わたくしを助けてくださった時。あの恐ろしいドラゴンと戦った時でさえ、あなたはロトの装備を身につけてはおられなかった、と。いつも装備を身につけているわけではないとしても、あの状況でそれはあまりにも不自然というものでしょう?」
 ああ、そのことか。
 どうやらあの件以降、ローラ姫はあの契約を取り消す方法を色々考えてくれていたらしい。確かに、使わなければおかしい場面で使っていなかった、というのは周囲の人々に疑問を持たせるだろう。しかし……。
(王女様がそんなこと言っていいのか?)
 王様の詐欺行為を告発する手伝いをしようなんて。竜王がいなくなった直後なのに国が混乱状態になりそうだ。
 まあ、どちらにしてもその申し出を受けることはできないのだが。
「せっかくですが、あの契約はあのままでよくなったんです」
「えっ、それは……では、全て揃えられたのですか?」
「いえ、そういうわけではないんですが」
 ローラ姫には話すべきだろう。というより、話しておきたかった。
「姫。俺は……」


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ロギン : 勇者の子孫
レベル : 23
E ロトのつるぎ
E ロトのよろい
E てつのたて
E せんしのゆびわ

財産 : 4804 G
返済 : 46000 G
借金 : 500 G