ネタバレや腐臭発言が混じるらくがきメモ

2008年09月22日(月) ネット閲覧日記

痛いニュース(ノ∀`):清原「今のオレに変化球投げるなんて、辞めていく人間に後ろから切りつけるようなもん。がっかり」

これの中にあった「佐々岡の引退試合で村田がホームラン」はすごくいい話で読むだけで泣けてしまうんですが、この物語の主役の一人である村田選手のブログの該当記事は何度読んでも面白いです。
人生の中でもホームランを打って涙が出たのは初めてです(T_T)

九回の表、ツーアウトランナー無し…
ピッチャーは今期限りで引退を表明した佐々岡さん(>_<)

自分の心境は複雑でした。
しかし、広島のナインの方や佐々岡さん、ブラウン監督はタイトル争いをしている自分に対して『真剣勝負のフルスイングで送り出してくれっ』と言ってくださいましたm(__)m

すごいなあ、これ
本当に泣いてるのにその涙と「(T_T)」の結びつかなさがすごい。
あと「引退を表明した佐々岡さん(>_<)」の部分が面白すぎてすごい

2008年09月21日(日) 文章

しばらくの間なんでもいいから毎日のように何かしら文章書いてみようと思いました。粗製濫造の中から後で読み返して笑顔になるものが生まれたりするものです。多分
アンテナやRSSリーダーに入れているとムッとするかもしれないけどまあそんなこともあるよ

文章というのは意味が伝わればいいのだと思っているくせに苦手な言い回しがある不思議。何なんだろう。誤用とかならわかるんですが、別に間違ってなくても起こる現象なのですよね。
たとえば私は「盛大にため息をついた」とか「盛大に笑った」とか、行動に「盛大に」がついた言い回しがどうも苦手で、文中にそれが含まれていると、ははあこれは自分とは合わない文章だな?とかつい思ってしまう。言葉への苦手意識は繰り返しによって起こるような気がするので、つまり私はそれが含まれている文章を過去にたくさん読んだが自分に合わないものだった確率が高かった、ということなのかもしれませんが、なんかそれだけではない気がする。
苦手な言い回しはこれ以外にも多々あり、そういうのってよくないんじゃないかしら? と思う今日この頃です。日常的に文章を書いてみることでそういう言葉と自然にふれあっていけたらいいね、みたいな気持ちです。

そういえば以前「教室で盛大にゲロ吐いた」という本を書店でよく見かけたけどそれはそんなに「何というタイトルだ」とか思ったりはしなかった。タイトルは奇抜で当然という気持ちがあるからかもしれません。やはり文中に出てくるのがハッとする。それからゲロだからかもしれません。やはり「盛大に」はため息の頭にあるのが一番うわっと思う。

2008年09月16日(火) 日記

久しぶりに飲みに行って思ったんですがやっぱり携帯ないと不便だった。去年の年末くらいだったかにいつのまにか醤油がかかってて、多分それが原因でスイッチが入らなくなってしまったんですがめんどくさいのでそのままにして基本使用料だけ払っているという現状なのです。
解約か修理か機種変更か。携帯がないと不便というのは家にいる時にもしばしば思うことで、時刻を確認するためにPCを開く時が第一位です。なので今日壁掛け時計を買ってきた。千円しなかった。というか壁掛け時計がこんなにいいものだとは知らなかった。携帯のことがどうでもよくなった(未解決)

2008年09月14日(日) ドラクエ3

賢者最終装備

賢者の最終装備。ふしぎなぼうしはグリンラッドで、さざなみのつえはバラモス城でゲット。まほうのほういは武器屋で購入。
これもFC版準拠の装備ですが、FC版においてさえ最強ではない貧弱装備。賢者だけど元魔法使いなのでなんとなく剣や鎧は似合わない気がしてついこうなりました。でもまほうのほういは「魔法」かつ「法衣」という魔法使い・僧侶どっちも兼ね備えた感を醸し出しているところがいいなあと思います。
魔法の法衣の形状はこんなのでは断じてなかったけど、前と後ろに垂れ下がってるよくわからないもので僧侶らしさをアピールしてるつもりです。スリットが入っているのはさすがに法衣だけあって動きにくかったため(購入した後に切った)

ふしぎなぼうしはひょうがまじんが落としてくれるのでグリンラッドで手に入れるのは一応ゲームに忠実と言えますが、ここではグリンラッドのじいさんがからんでくるのであまり忠実ではありません。
以前ちらっと「グリンラッドのじいさんは大魔法使い」的なことを書いたんですが()、魔法使いの最強にして象徴たる装備であるふしぎなぼうしがあの場所でゲットできるというのにもそういうにおいを感じずにはいられないですよね

2008年09月08日(月) ドラクエ3

サイモン

サイモンとボストロール。オルテガが火口に落ちてから2年後。
なんかサイモンは痩せた剣士のイメージです。昔攻略本で見たガイアの剣が細身の剣だったからに違いない。

本日のテーマ。「なんでサイモンは囚人のくせに牢獄に武器持参しちゃってるの?」
そもそもあのほこらの牢獄は、オリビアの呪いがあると行くことができない場所、というのがゲーム上重要なポイントなので、サイモンがどうやってあそこに渡ったのかも謎なのですが…。ここでは「かつてはサマンオサ←→ほこらの牢獄直通の旅の扉があったんだよ」という設定でいこうと思います。
あのほこらの牢獄はサマンオサの牢獄の一部のようなもので、そこに通じる旅の扉もサマンオサの地下牢の奥にあった。だがある日、王と入れ替わったボストロールはサイモンをここにおびき寄せ、他の魔物たちとともに奇襲して旅の扉に落とし、大急ぎでこの扉を封印して使えないようにしてしまったのだった(サイモンは強いので普通に殺そうとすると勝てない)。だから剣ごとあっちに行っちゃったんだよということで。
公式ではサイモンはオルテガが火口に落ちるより前に牢獄行きになってたような気もするのですが…まあいいや。

さて、ここのオリビア岬はかなり昔から呪われてるんですが、呪いが始まったのが最近という設定の世界ならば、サマンオサ東の教会の神父さんが言っていた通り、サイモンがあの教会から旅の扉をいくつか経て船に乗ってほこらの牢獄に行ったというのも可能でありそれはそれで魅力的です。この場合サイモンは足に鎖とかつけて、見張りの兵士が「さっさと歩け」とか罵りながら同行します。この兵士が賄賂を受け取ってたとかサイモンに恩があったとかで、帰り際にこっそりガイアの剣を渡してくれる…という流れ。
しかしサマンオサからあの島は地図で見るとえらい遠さで、なぜこんなところに囚人を送る慣習があるのかという疑問がわきます。そこで浮上するのが「旅の扉を利用した世界規模の囚人封じ込めシステムが存在した」説である。サマンオサの旅の扉から行けるということはロマリア・ポルトガ国境のあの旅の扉からも行けるということで、つまり始末に困るような囚人たちは、国籍問わずあの島に送られていくというわくわくする展開がそこにあった!
でも岬が呪われた後は行き来不能になって、島にいる囚人はみんな死んでしまうことを考えるとわくわくどころではない気もするんですよね

2008年08月30日(土) 地底三国志

ホウ統と呂蒙

龐統と呂蒙。下のの続きというか、この組み合わせの会話はこれくらいゆるいというのを描いてみたかったのでした。
主君はもう孫権の時代。自分三国志の周瑜は全くかっこよくないので、カッコイイと言ってるのはこの二人くらいのものです。
 
・呂蒙
賢くなる前から戦はものすごく強かったそうで、きっと野生のカンや嗅覚で戦してたんだろう→野生児、という連想でこうなってしまった。でも「突然やる気になって勉強→すごい吸収力」みたいな覚醒イベントも、野生児にはよく似合うと思うのですよ。
野生児だけに食べ物に弱く、すぐ餌付けされる。甘寧を推挙したのも偶然甘寧が餌付けしたのがきっかけだった。後年、甘寧の家の料理人が金に目がくらんで甘寧を毒殺しようとしたのが発覚した際、呂蒙は以前この家で食べた食事がおいしかったという理由で料理人をかばったため甘寧と大喧嘩になった(悪い史実の混ぜ方)

2008年08月29日(金) 地底三国志

士元

・龐統
自分三国志内で女になっちゃった人その4。三国武将を何人か選んで女の子にする場合、個人的にはちょっと外せない一人です。なにしろ「鳳凰の雛」……雛ですからね。なんという可愛い響き。雛。綿毛ほわほわとかそういう。
龐統にはぶさいく設定があるはずですが、横山光輝三国志のせいか、私の中では造形とかより服が汚れてるイメージでした。おかげで「よく転ぶ」という属性がついちゃいまして、なんというかおめでとうございます。

カップリングだと竜鳳なんですが。龐統は周瑜の部下だったというおいしい過去がありますので、その頃呂蒙と仲良しだったりするといいと思うんです。自分三国志の呂蒙が賢くなるのは赤壁後なので、当時はもちろん蒙ちゃんでした。頭はいいけど抜けてる龐統と、スペックの高い頭脳をまったく使ってない呂蒙。しかもこの二人同い年(多分)。すばらしいポテンシャルを秘めた組み合わせではありませんか。ねえ。

2008年08月24日(日) ドラクエ3

最終装備

戦士の最終装備…細すぎた

相変わらず三国志サイト巡りとかしていて、その影響で鎧っていいなと思う今日この頃です。
装備に関しては8割方FC版準拠なので戦士の最終装備はこんな感じです。どれもこれも形がおかしいわけですが。昔攻略本で見た大地の鎧はなんとなくこう…古代の香りがする感じの形だったし、魔神の斧は長くなかったし力の盾は丸かったような。鉄仮面も本当に仮面という感じだった。つまり全部うろ覚えなので思い切ってでたらめになっている現状です。

パッケージイラストの影響なのか、勇者は最後の方まで鎧着てなくてもあまり違和感ないんですが、戦士は最初から何らかの鎧を着てる気がするし着ててほしい。ただ戦士×武闘家好きといたしまして今回、戦士が重そうなものを装備していると武闘家とべたべたしてほしい気持ちが増すということに気づきました。戦士×武闘家のどこに萌えるかというのは過去にも色々述べたような気がしますが、「呪文や特殊能力が使えないという大きな共通項がありながらも対照的」という点がやっぱり大きい。で今まで私はこの「対照的」というのを「すばやい←→おそい」「持久力←→瞬発力」「武器の使い手←→素手が基本」とかそんな感じにとらえてたんですが、今回「重い←→軽い」「固い←→やわらかい」みたいなところに改めて気づかされて、なるほど! と自分の萌え心の一因を知った思いです。うまく説明できないんですが、

説明

こういうことです。いや違うけど。違うけど、なんていうか組み合わせとしてそういうことですよ。こんな状況いろんな意味でありえないんですが。

2008年08月12日(火) 地底三国志

自分内三国志ブームが下火になったかと思ったがそんなことはなかったのでしばらく更新止まると思います。薄々感づいてたけど連載とかしていいタイプじゃないよね。人格的に。

これまでここには読んでる人が興味ある内容だろうかとか全然考慮せずに色々書いてきた気がするんですが、なぜか今……孫権と袁術の関係がいかに萌えるかとかそういうことを書くのは何か違うような気がしている。何だろうこの気持ち。疲れてるのかな。萌えすぎて。
いずれ何事もなく戻ってくるか、サイト作っちゃいましたとか言いながら戻ってくるかすると思います。それではまた。

2008年07月31日(木) たのしい三国志

脳がもう何度目か分からない突発三国志ブームを起こしてました。今回こそは三国志サイト作るか…と思ったけど落ち着いてきたので見送った。ブームのたびに自分三国志の年表が少し埋まります。
人は誰でも自分三国志を持っていると思うんですが、私のやつは姜維と黄皓が仲良しだったり、人がろくに年取らなかったり、一部の武将が女の子になってたり、赤兎馬が人間に化けたりするたぐいのものです。限られた情報を曲解して歴史を捏造する楽しさをビックリマンシール裏書きで覚えた者として、こうなるのは避けられなかったのだと言いたい。けどそんな残念三国志でも、いつかサイトにしたい気持ちはあるのですよ
そんなわけでここでちょっと、自分三国志内の愛する人たちを一部書いてみようと思います。実在の人物とは一切関係ありません。ごめんなさい。特に性別が変わったりしてる方々。

・劉焉
清濁併せ呑むヒーロー。生まれ育ちが高貴で一回官職を辞して教師をしてたとかいう、なんかよくわからないけどすごい属性持ち。益州におさまり、豪族をどんどんつぶしつつ五斗米道を味方につけ、この頃益州で水賊やってた甘寧を手なずけたりもしていたらしい。豪族つぶしとかで劉焉にこき使われる甘寧。萌え。しょうがねえ親父だなあとかぼやいたりしてるといいと思う。皇族なのに米賊や水賊と仲がいいとか「あの浪人が実は将軍様!?」的なものを感じます。
五斗米道と甘寧はどっちも劉璋の時代になると反乱してしまうので、きっと劉焉は単品での魅力がすごかったに違いない。だったら息子にちゃんと引き継げと言いたいけど、劉璋が蜀に来てから劉焉が死ぬまでに1年くらいしかないはずなので、それよりずっと前から益州にいる兄の劉瑁が本当は跡を継ぐはずだったのに突然の不幸が襲った!みたいな展開を夢見ちゃうんです。

・劉瑁
その劉瑁はなにやら精神を病んで亡くなったそうだけど、劉焉の死の10年以上後に曹操に将軍位もらったりしてるので生きてはいた…はず。この人仮病だったんじゃないかと疑っている。劉焉が死んだのと同時期に劉瑁が重病で危篤状態にもなったりした→劉璋が跡ついだ→劉瑁「ごめん治っちゃった」みたいなことがあって、正統後継者だった人がぴんぴんしてたら家中がごたごたするので病気の後遺症が残ったことにした。基本的には元気なんだけど、人前で時々大声で叫ぶなどしてちょっと残念な状態になったことをアピールしつつ、劉焉から引き継いだ裏の人間関係を劉璋に引き継いでいく劉瑁。しかし劉璋は暗愚ではないものの、長い間中央の都で帝の側仕えをしていた人。賊とか宗教団体とかとうまくやっていくことはやはり難しいのだった。あと甘寧は劉焉死んですぐ反乱したのでそもそもどうにもならなかったのだった。

・呉懿&呉氏
その劉瑁の奥さんである呉氏、その兄の呉懿。早くに父を亡くしたが父の知り合いが劉焉だったから一緒に蜀に行ったとか、妹を劉瑁の嫁にしたのは劉焉だったとか、呉懿は劉焉の息子的存在だった感じのエピソードが心を温めてくれます。そんなわけで劉瑁が仮病だということは劉璋の他には呉懿と呉氏だけ知っている方向で。
本当は国主の正室と外戚になるはずだったのになあ、と劉瑁は呉兄妹に悪いなと思ってるんだけど、むしろその方が気が楽ですみたいな兄妹。呉懿を息子同様に可愛がっていた劉焉は、息子同様に厳しく鍛えるつもりで甘寧に預けたりしたので呉懿は益州の裏事情とかを肌で知っているおいしいポジションにいます。妹は後に劉備の正室になったりするのですごい。どっちも長生きなので劉禅が成長しても存命している。異世界ファンタジー要素が入る三国志は劉禅が世界観を揺るがすキーマンになることが多いような気がしますが、そこに至るまでの経緯としてこの兄妹の果たす役割は大きいはずです。

・張魯&張衛
張魯の祖父張陵は、みんなが見てる前で天に昇ったとかいう仙人伝説の持ち主。なので妙に逸話のある張魯の母は逆に天から舞い降りてきた天女ということで。そして張魯は女の子でお願いしたい。張魯は女の子でお願いしたい(大事なことなので2度)張魯の父張衡が死んだ時に張魯はまだ3歳くらいのガチ幼女なんだけど、前教祖×天女というサラブレッドな血筋なので、信徒は崇め奉ること甚だしく混乱も少ないのだった。
もう一人のサラブレッド張衛はその時点では母の腹の中。生まれてきた彼を利用しようとたくらむ叔父の張脩…。益州平定に五斗米道を利用しようとする劉焉…。賊同士だから的な流れで張魯張衛の子守役をさせられる甘寧…。萌え目線で見る当時の益州は色々とおいしすぎるのです。
そういえば馬超は漢中に滞在した時に馬秋という息子を作っているそうで、またそういう嬉しい存在を歴史書に残すから困る。殺されたという話ですが、そんなの妄想的に許されませんよ。曹操に米道が降伏した時、幼い馬秋を連れて張衛出奔みたいなのでよろしく

・張遼
自分三国志の初期主人公は彼です。呂布軍にいた頃の張遼って世間的にどういう人物像なんだろう。なんかその頃はあんまり活躍してないというかむしろ弱かったくらいのイメージがあるのですが…。最終形態はあれだけど、ゆっくり成長した努力型だったり…するといいなあ。弱かったり逃げたり泣いたりしたけど私は元気です。一生懸命努力して20年以上かけて遼来来の境地までたどり着く正統派主人公。でもよく考えたらそういうのって脇役のキャラ付けかも。

・楽進
史実で張遼と仲悪いとか書かれちゃう楽進。小柄・元文官ということで、あやうく張魯に続いて女の子になるところだった。ただ張遼との関係を考えると、楽進が女だったら間違いなくメインヒロインになってしまうので、人間関係の広がり的にちょっとそれは避けたい事態なのでした。だから男です。
それにしても文官(小柄)を武将にコンバートする曹操の無茶さには惚れ惚れする。楽進は呂布包囲戦の時に別将を撃破したということなので、これがまだ弱かった頃の張遼だったりすると燃えるんですがね。けど成長し続ける張遼にそのうち追い抜かれるんです。うーんいい関係。武官の中で唯一曹操より背が低いとかどうでもいい設定が欲しい。

・李典
張遼、楽進と来たら外せない人。ただ張遼と楽進は同年代っぽいけど李典は多分十歳以上は年下なので三すくみという感じになるのは難しい気がする。呂布軍に縁者が殺されたりしてるので子供の時にその事件が身近にあったせいで張遼との仲が険悪だったりとかするのかな

・麋竺
自分三国志内で女になっちゃった人その2。妹が劉備の奥さんなわけですが、実は同一人物でしたという…麋竺=麋夫人という…こやつめハハハ! 呂布に城を取られて夫人がみんないなくなった時に、寂しい慰めてくれみたいな流れで関係をね。
優秀な文官と側室という二足のわらじ生活を続けるが、長坂の趙雲一騎駆けの時にどう見ても甘夫人と阿斗だけでせいいっぱいなので「私は置いて行ってください」「いやしかし」「流民に紛れて逃げます。大丈夫です」とかそんな感じで戦場に残って行方不明に。未練を持たせたくないから井戸に飛び込んだと伝えてほしい、もし生きてたらあれは嘘でしたーこやつめハハハですむ、と言われて劉備にそう伝える趙雲。その後劉備は呉に渡って赤壁を経てまた荊州に戻り、生き残った夫人が甘夫人だけ(そして子供は阿斗だけ)になったので甘夫人を正室にする。甘夫人が体を悪くしてるので早く元気になってくれという意味もあったのだけど、そこに実は生きてた麋竺が帰って来ちゃう。めでたいんだけど正室決まった直後なので微妙な空気に。家柄やこれまでの貢献などから考えると麋夫人が正室になるべきでは、などという心ないささやきを気にして甘夫人の病がますます悪化、でも自分が死ねば丸く収まるとか思う甘夫人。麋竺は甘夫人に、これからますます忙しくなるので自分は文官に専念する、私は夫人をやめます、劉備様の室はあなた一人だから早く元気になってください、と言って劉備の側室の立場を捨てるのだった。そんな経緯を見て、井戸に飛び込んだと伝えるにしてももっとうまい言い方があったのではと責任を感じる趙雲。堅物なりに色々考えた結果趙雲は麋竺に、責任を取ってあなたを妻にしますとか言い出し、何を言ってるのかと笑う麋竺だったが、その後趙雲が趙範の兄嫁を劉備が世話しようとしたのに断ったりしたので、もしや本気だったのかしらと困惑。そうこうしているうちに甘夫人が亡くなり、周囲が麋夫人復帰を囁く中(本人は否定)、孫権の妹と劉備の縁談話が持ち上がり、なんやかんやで結局趙雲×麋竺。趙雲が奥向きの取り締まりとかしてたのはその関係だったということでひとつ。

・魏延
女になっちゃった人その3。えろいお姉さんキャラ。韓玄にお誘いをかけて褥の中で首を取り、城を劉備に明け渡しました。そんな魏延を劉備が将として用いようとしたので「おい待てこら」ともっともな制止をする孔明。けど結局将になってしまう。破廉恥な格好でうろついたりするため、特に文官たちの評判はとても悪く滅多に都に呼ばれない。でも戦場の魏延を知っている人には認められているのだった。孔明とも仲がいい。馬岱とも仲がいい。わしを殺せるイベントはなし。劉備がいなくなってだんだん居心地悪くなってきたのは感じていたので孔明の死を契機にマイク置いて引退。泣く配下の兵たちは馬岱が引き継ぎました。

そういえばこういったたぐいの三国志二次創作では、袁術が死んだ後の玉璽の行方というのは欠かせないと思うんですが、自分三国志では袁術は袁紹の元に向かってたということで袁紹に届けられる→袁紹が三男袁尚に渡す→公孫康が袁尚殺害時にくすねる→息子に受け継がれる、というわけで都の公孫晃が持っている感じでした。そして遼東の風見鶏である弟の公孫淵はこの玉璽を使って成り上がる野望を持ち、帝位を伺っている司馬一族に玉璽の存在を匂わせてみたり、呉の孫権に貢ぎ物をする際に玉璽の複製を入れて「これに見覚えはございませんか。本来これを持つべきなのはどなたなのか…」みたいな手紙を入れてみたりする。しかし孫権は「この世に一つしかない物なんか持っているとろくなことがない」という考えの持ち主で、父が死んだのはこれのせいではないかと思っているせいもあって玉璽とか大嫌い。他の件はともかくその汚ねーハンコの話は今後一切俺にするなみたいな返事をしたので、あてがはずれた公孫淵は呉の使者を斬り殺したりする。その後公孫淵は司馬一族に狩られて死に、都の公孫晃も連座して死亡、玉璽は司馬昭の手に渡る…。玉璽には夢がいっぱいですね。司馬昭はなんとなく苦労人な感じがすごく好きです

ちなみに一番好きなのは孫権かもしれない。晩年のあれこれにはちょっとしょんぼりする
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